(2)返事をしない救難信号
トウマは航法モニターに映し出されたアラート表示に目をやった。フォーンという警告音も鳴り始める。ゆったりと座っていたキャプテンシートから上半身を起こし、緊張した姿勢を取る。
「立体モニターに映してくれ」
ファルケン・スピカ号の航法コンピュータがトウマの指示に答えた。即座にあらゆる情報が立体モニターに映し出される。それを見慣れているトウマは、何が起きているのかを把握した。
同時に、減速Gを感じる。
「……ト、トウマ、何?」
さきほどまでトウマの隣の操縦席、——近頃はふかふかのクッションを座面と背もたれにくっつけて、かつ、レースの飾りをふんだんに貼り付け、副操縦士の席を私物化している席——でうたた寝をしながら寝息を立てていたライラが目をこすりながら声を上げた。
高次元ジャンプ中だったスピカ号は物質界に戻った。予定はしていなかったが、計器を見ていたトウマに不安はなかった。
「救難信号を受信した。——同時に航路管制からは、航路封鎖の緊急措置通知が来た」
「救難信号!?」
ライラは驚いて声を上げ、立体モニターに表示されたレポートに目をやるが首を傾げる。ピンク色の髪の毛が揺れた。
「航路封鎖の通知を受けて止まったのかい?」
ライラとは反対側の椅子に座っているエルフのシオンが言った。
「いや。スピカ号は救難信号を受信したら、高次元ジャンプを即座に中止するようにしてある」
シオンは小さく頷いた。
「どのみち航路封鎖なら足止めを食らっちゃうね」
「それより、救難信号だ」
トウマの行動原理は簡単だ。助けを求める者がいれば、なるべく助ける。
トウマは操作卓を指ではじいた。
「救難信号の高次元通信波に同調した。ライラ。呼びかけてみてくれ」
ライラは短く頷く。
「こちら、帝国政府、調停局所属、ファルケン・スピカ号。そちらの船名を教えて。……聞こえるなら返事をして」
高次元立体モニターには何も映らなかったが、鈍い雑音の中に、苦しそうな唸り声を上げているような機械音が聞こえた。
ライラが何度か呼びかけても、意味のある応答が返ってくることはなかった。
「すこし、いびつだけど、一定の間隔で通信波は受信してるんだけどね」
オレンジ色の髪の毛を揺らしながら、ドワーフ族のリッカが、操作卓モニターの表示を素早く切り替えながら、そこに映し出される通信波形を見つめた。
「——通信ヘッダには、銀河共通の緊急救難信号コードがちゃんと乗ってる。だからスピカ号は反応したし、周辺の航路管制からも通達が来たよ」
「なんて?」
ライラがリッカに顔を向ける。
「さっきトウマが言ったとおりだけど、補足も加えると、ミラード航路は救難信号を再受信したため、十四日間封鎖する。——なお、この救難信号は百年前から続く正体不明のものであり、今回の長期間封鎖において、最終的な解決を見る予定である」
リッカは首を傾げながら通信文を読み上げた。
「百年前から続く救難信号ですって!?」
ライラは驚きの声を上げ、トウマとシオンの顔を見たが、彼らも驚きの色を隠せない。
「最終的な解決、というのも気になるね」
シオンは苦笑した。
「……この航路を通ろうとしていた船たちが」
リッカは立体モニターに映し出された宙域図を指さした。
「引き返していくね。二週間も足止めされちゃうから、燃料代が余計にかかるけれど、迂回できる航路に向かうんだ」
「僕たちもそうするしかないね。——それとも、早めの休暇をこの宙域で取るかい?」
シオンが、決定権を持つ船長のトウマに目を向ける。
「そうだな……。今は調停依頼が途切れている。ということは」
トウマはライラの背後に立ち、微動だにせず宙域モニターを見つめているモリーを横目で見た。モリーの頬の回路が微かにチカッと瞬いた。
「調停の報酬が途切れる。干上がってしまう前にファルケンギルドの仕事をこなさなくては。——リッカ、迂回する航路を策定してくれ」
「了解」
リッカは軍隊式の敬礼を真似た。操作卓を指ではじいて航路を検討しはじめたところ、ポーンと通知音が鳴った。
「あれ。調停局からだよ」
副操縦席のふかふかクッションに半ば埋もれるようにして、再度うたた寝をはじめようとしていたライラは、半身を起こしてリッカの立体モニターに注目した。
「なになに」
リッカが調停局から届いた緊急高次元通信を読む。
「緊急調停依頼だよ。——遭難船の乗組員家族会から、その船を強硬排除するためのミサイル発射を止めてほしいっていう訴えがあったんだって! 帝国の担当判事は一番近くにいる調停者のライラに調停依頼を回してきたよ」
「強硬排除……」
トウマが怪訝な顔をする。
「よく分からないけど、誰がそんなことを?」
ライラも眉間に皺を寄せた。
「この宙域を管理している通商組合が相手のようだね」
「正体不明の救難信号……」
シオンが腕を組みながら考え込む。
「そのせいで、たびたび航路が封鎖されてしまったら、組合としては溜まったものではないだろうね」
「だからって強硬排除なんて許されないわ」
ライラは口を尖らせた。
「おかしな情報があっただろう?」
トウマが注意を向けたのは、そもそもの救難信号についての通達だった。
「百年前から続くって、普通じゃないぞ」
皆が頷いた。
「とにかく、調停依頼がきた。家族会とやらは強硬排除を止めようとしている。よく分からない情報もある。急いで状況を把握しなくては。クルー全員で取り組むぞ」
トウマの言葉に、ブリッジにいる全員が姿勢を正した。
「惑星ミラード近くの宙域ステーションへ行くように指示がきたよ。そこに通商組合も、家族会の面々もいるみたい」
「よし。宙域ステーションに向けて転舵。系内高次元ジャンプですぐに向かおう」
トウマとリッカは両手を忙しなく操作卓の上で動かし続けて、スピカ号を走らせた。
ミラード宙域ステーションには、惑星の大気圏には入れない大型船が、多数駐機していた。航路の途中の補給地としても機能していて、航路管制所も併設されていた。
ステーションに到着するまでに、リッカはミラード航路周辺の高次元通信網にアクセスして、事件の概要を掴んだ。
この航路は、周囲にある巨大ブラックホールの干渉を抑えるために設置されていた。航路を外れたルートを進んでしまう船がいると、ブラックホールからの干渉によって乱された高次元空間の影響で、遭難してしまう事故がたびたび発生していたようだ。
約百年前。医療輸送船アステラ号がミラード航路で高次元ドライブ事故を起こした。乗員・乗客は避難艇に乗り移って難を逃れたが、船長は船とともに消息を絶った。
その後である。ミラード航路では、どの船の航宙計画にもない宙域からの、度重なる遭難信号発信に悩まされてきた。遭難信号は発せられるのだが、航路を封鎖して救難しようとすると、その宙域に遭難した船など、みつからないのである。
航路を封鎖すると、物流が止まる。物流が止まると、惑星ミラードを中心とする宙域の経済がダメージを受ける。それが百年続いて、ついに、強硬な手段を取らざるを得ないほど、宙域経済は疲弊してきたということだ。
「あれを見て」
リッカが窓の外に見える宇宙港駐機場を指さした。大型の輸送船が多くいる中、一隻だけ場違いな感じに浮いているものがあった。鈍い金属光沢のある黄土色の船体は他の船よりも小ぶりで、古そうだが、俊敏に動きそうな形をしている。
「軍艦だな。一隻だけ」
トウマは嫌そうな顔をした。
「にしては、小さいな」
軍艦はスピカ号とあまり変わらないサイズだった。
リッカが立体モニターに集めた情報に目を通しながら話す。
「ここの通商組合は百年続いてる正体不明の遭難信号を終わらせるため、重なり崩壊装置を備えた専用ミサイルを、無人発射艇で撃ち込むことにしたみたい」
「馬鹿な。発信源を高次元側から破壊しようというのか?」
「遭難した輸送船が無人の状態で漂流しつつ、制御不能になって救難信号を垂れ流しているって結論付けたみたいだよ」
「それが本当なら、仕方ないかもしれないわね」
ライラは、経済圏の安定を考えた立場に立つようだった。
トウマは話しながらも、巧みな操船でスピカ号を宇宙港の係留リングに滑り込ませた。
「本当かどうか。そこが重要だな。——よし。俺とライラ、モリーとシオンで双方の主張を聞きに行こう。リッカとダグは船に残って引き続き情報収集にあたってくれ」




