(1)面白い間違え方
調停者ライラ 漫画版
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帝都大学。天井の高い教授室。徹夜で研究に没頭し、朝が過ぎ、昼も過ぎたあたりで、ピアは来客用のソファで微睡んでいた。短めの丈のドクターコートが、柔らかく身を包み、体温で温まったピアの体を眠りに留めようとしているようだった。
十六歳にしては背の高い彼女は、銀髪を肩には届かないほどの長さにし、少し尖り気味の耳と、赤橙色の虹彩を持つエルフ族の娘だ。
夢の中で中学校の校舎が出てきた。休み時間、ピアはタブレット端末で読書をしていた。友達はいなかった。必要とも思えなかった。飛び級で高校には行かずに、すぐに帝都大学に入学する話が進んでもいた。
教室の中央では、淡いピンク色の髪をした少女が、まわりの生徒たちの中心にいた。男子生徒も、女子生徒も、その少女を取り囲み、話に花を咲かせていた。彼女はなかなかの有名人であった。なにしろ、銀河帝国皇帝陛下の次女なのだから。
帝国市民なら、高次元立体映像TVで、その姿を幾度か見かけたことがあるはずだ。皇女ライラ。頭にある二本の角は、鬼とも呼ばれる、オークのスナ族の特徴だ。
皇女ライラのご学友。自分には関係がない、とピアは思っていた。子供っぽい話をしている、ライラたちと口をききたくなかったし、半年もしないうちに、自分は帝都大学へ転籍となり、彼女らとの薄い関係もすぐになくなるはずなのだから。
物理学の授業がはじまると、ピアはタブレットで大学生になってから学ぶはずの、宇宙物理学の勉強をしはじめた。中学の教師は、そんなピアのことを暗黙の了解で干渉してこない。
中学の授業内容は頭の隅のほうで流れていて、ピアは気にもとめていなかったのだが、ライラが書いた物理学の数式が、立体モニターに映し出されたのを、ふと、視線の端に捉えた。
「殿下。残念ながら——」
教師の声を遮るようにして、ピアは声を出していた。
「面白い間違え方だ」
皇女ライラはきっとした顔で、ピアのいる教室の後ろを振り返った。
「わたくしだって間違えることくらいあるわ。ピア、面白い間違え方ってどういうこと?」
ライラはきつい口調で言った。でも、いつもそんな言い方でまわりとも話しているような気もする。
「ああ、ごめん。ボクは間違い方が少し面白いなと気づいてしまって。気にしないで」
ライラはすっくと立ち上がり、ピアを睨みつけながら指さした。
「だから、面白いってどういうことなのか教えなさいよ」
一度も話したことがない自分の名前を、皇女様が知っていることのほうを、ピアは意外に思った。
「はっきりと、間違っているんだけど、その間違えた方向は、宇宙物理学の、特に高次元領域を理解しようとするときの考え方に近いんだ。だから、間違ってはいるけれど、その感覚は捨てないほうがよいと思う」
ピアの言葉を聞いて、ライラは理解しようとしたのか、口を結んで天井に視線を向けた。
「と、とにかく間違ってるってことなんでしょ」
そう言うと不機嫌そうに勢いよく椅子に腰を落とした。
「殿下は間違えるときも斬新な解法をご提示されました。流石です……!」
教師の追従は聞くに耐えなかったので、ピアはまたタブレットに目を落とし、宇宙物理学の世界に意識を向けることにした。
放課後、ピアは廊下で、ライラに呼び止められた。ライラの居丈高な調子は相変わらずだったが、謝罪を求めるのではなく、間違い方の面白さについて詳しく教えろということのようだった。
「それ、命令?」
ピアは背の低いライラの顔を見下ろすようにして聞いた。
「友達になるかどうか、聞いてから決めるから」
ライラは挑むような顔つきをした。
居丈高なのはいつものことだけど、もしかして、ボクを友達にしたいのかな?
もしそうなったら悪い気はしないだろうという打算もあったかもしれないが、なにより、間違い方が興味深かったのは事実だったので、ピアはトートバッグからタブレットを取り出した。
「あそこに座ろう。説明するよ」
ピアは噴水がある池のほとりにあるベンチを指さした。ライラは即座に歩き出した。誰かに前を歩かれるのを嫌うように。
二人はベンチに座った。ピアがタブレットの画面にペンを使って図を示しながら話をする。ライラは口を真一文字に結んでそれを聞いていたが、途中から目で笑い出したのがピアには分かった。
そう。宇宙物理学は面白いのだ。それがおぼろげにでも理解できるのなら、ライラとは友達になれる。
ピアが説明し、ライラが質問する。ピアが答え、ライラは更に問う。その反復に二人は夢中になりはじめた。
「ではこういうこと? わたくしも、ピアも、粒子の確率で動いていて、そこではあらゆる可能性を秘めている」
ピアはうなずく。
「ボクたちの熱と粒子の集まった大きさで、そうそう自由にはならないけどね」
新しい図をタブレットに表示させる。
「でも、高次元重力学によって、さっき言った量子のもつれや確率を操作できるようになったんだ」
「高次元ドライブで遠くの星まで行くこともできる」
「そう。人族は自分の熱と大きさの考えに囚われやすいんだ。硬い壁は通り抜けられなそうだし、光より早くは進めなさそうだ。でも高次元重力学の技術によってそれを覆せる。ライラの間違え方は、常識に囚われていなかった分、そっちに近かったってわけ」
ライラは顔全体を歪ませて嬉しそうにした。角まで曲がっていたかもしれない。
その日から、学校では、二人はいつも一緒だった。二ヶ月半後、ピアは飛び級で帝都大学に進み、会う機会は減ってしまったが、お互いを面白いと感じることに、変わりはなかった。
それから三年ほどが経過し、ピアは帝都大学で研究を進める立場になった。指導教授はピアに宇宙科学講座の教授代理を任せるようになり、次期教授への就任も内定した。
皇太子の座をかけた調停レースのために、調停者となって宇宙を飛び回りはじめたライラとは、定期的に高次元通信で話をしていた。
「先日からボクは教授代理になったんだ。近い内に教授にもなる予定」
ライラは驚かなかった。立体モニターに映った彼女は、宮廷で縮こまっていたときより、元気そうに見える。
「ピアなら当然ね」
「ライラ……。ボクは君に皇帝になってほしいんだ」
「……? どうしたの急に」
「ボクが教授になったら、研究予算を増やしたいんだ。予算がないと、やりたいことが全然できない」
モニターの奥で、ライラの瞳が怪しく光った気がした。
「予算ね。いいわよ。わたくしが調停レースに勝てば皇太子府も開けるし、そこから少しは出してあげるわよ。ピアのことならわたくしが一番良く分かってるんだから」
「少しじゃ足りない」
ピアは笑いながら言った。ライラは難しい顔をする。
「お父様におねだりできたのは、部屋いっぱいのぬいぐるみを買ってもらったときくらいだったわ……。皇太子になれれば、相談できるかしら……」
「ほんとお願い。損はさせないから」
「……だったら、わたくしの調停レース。困ったことがおきたら手伝いなさいよね」
「いいよ。でも、ボクが手伝えることなんてあるかな」
「今のところ、何もないわね……。でもこれから何か起きるかもしれないし」
「そうだね。そのときは言って。予算のためならなんでもするから」
「分かったわ! 約束よ。——あ、でも、わたくしが調停レースに勝てたらって条件付きの成功報酬になっちゃうわ。それでもいい?」
ピアは笑った。ライラの率直な強がりを聞くのも楽しんでいたから。
「いいよ」




