第4話 封鎖扉の向こう側
保安封鎖線は暗闇の中でも黒かった。
下層の錆びた鉄と違い、その壁は継ぎ目なく滑らかだった。停電前は、入場権限のない者が近づくだけで警報が鳴った場所だった。今では、扉上の赤いランプだけがゆっくりと点滅していた。
月城玲華が整備ハッチから降りると、透明戦術盾6個が同時に彼女に向けられた。
「現場権限確認。」
先頭の桐生凌牙が言った。彼の右目の下には細かい傷が光っていた。玲華は端末の黒い印章を示した。
桐生が盾を下げた。その背後には、最初から銃を手に持たない男が立っていた。
黒鉄の黒い戦闘服には埃1粒もなかった。左腕のイリジウム外装は非常灯を赤く反射させ、滑らかな指が封鎖線制御盤の上に置かれていた。3年前には骨と肉でできていた手だった。
「遅かったな。」
「下から39人を救出した。」
「だから遅くなった理由は記録に残す。」
玲華は彼の顔を覗いた。黒鉄は謝罪も笑顔もしなかった。ほとんど黒い瞳が彼女の首の後ろの端子に付いた血と左手のグローブの過熱痕を確認した後、視線が顔に移った。
「銀眼校正誤差は?」
「作戦可能な範囲。」
「具体的な数値で。」
「あなたの権限は現場指揮まで。私の身体の所有権を譲ったことはない。」
黒鉄の動きが止まった。彼が怒るときの静けさだった。
桐生が2人の間で作戦図を表示させた。「断電派の兵力が封鎖線内中央回廊を占領しています。主動力中継器と寄与台帳バックアップ室の間にあります。侵入者は最低14人。民間人信号は23人確認されます。」
「民間人身元は?」
玲華が尋ねた。
「大半はエネルギー債務者と配給区住民です。」
「人質か協力者かは?」
「確認不能。」
黒鉄が言った。「確認するまでは両方を保護対象として扱う。武器を手に取った瞬間には変わる。」
玲華は彼を見つめ、彼の判断が第9乗換層以降、より速く、より堅固になったことに気づいた。変わったのは結論よりも、結論を説明する方法だった。彼は今、自分の決定が正しかったと述べるのではなく、他の選択肢の損失を述べるだけだった。
「進入順序。」
玲華が尋ねた。
黒鉄が中央回廊を拡大した。「私のチームが全面的に圧力をかける。月城は上部整備橋を通って民間人を分離する。捕縛は桐生が担当する。」
「整備橋は3年間閉鎖されている。」
「あなたが閉鎖前につくった迂回路がある。」
玲華の右目が彼を向いた。その通路は公式設計には存在しなかった。彼女たちが現場パートナーだった頃、事故対策のために残した道だった。
「その記録も封印していないのか。」
「有効なものは封印されても消えない。」
封鎖線内では3発の銃声が鳴り響き、続く金属扉を叩く信徒たちの低く響く合唱が聞こえた。言葉は聞こえなかったが、一定の息遣いだけが感じ取れた。
黒鉄が拳銃を取り出した。
「扉を開ける。現場指揮は君がする。」
玲華は銀眼の絞りを細めた。「それじゃ、最初の命令。内側の人から数えて。」
黒い封鎖扉が裂け、火薬の匂いと熱い空気が押し寄せた。
桐生が透明の防弾板を設置した。青い衝撃波が表面を広がり、その瞬間、銃弾が飛んできた。
「光の方向だけ押さえろ。民間人熱源が付いている。」
通路の内側は煙と緊急蒸気が満ちていた。銀眼には柱の後ろに蹲っている人々と、低速で移動する武装員が同じ色で映った。身分情報が途切れた瞬間、機械の視界は二人を区別できなくなった。
玲華は防弾板の左側に身を引き、薄い反射板を投げた。板に映った熱像が天井構造と重なった。銃を構える3人、横たわる5人、移動中の8人。
「左側の柱上2、右側の配管下1。」
黒鉄が彼女の言葉が終わる前に撃った。三発の弾丸は正確に銃口と腕保護具を打った。攻撃者の二つの武器が落ち、3人は配管の後ろに隠れた。
同時に玲華は地面を滑り、防弾板の前へと進んだ。倒れた民間人を柱の後ろに引き寄せた。男の太ももからは血が流れているが、銃撃傷ではなかった。金属片に切り裂かれた傷だった。
「圧迫しろ。」
玲華は桐生に止血包を投げた。
天井から金属音がした。断電派の二名が整備橋の手すりを越え、保安隊の背後へ降り立った。黒鉄は振り返らなかった。
「月城。」
その一言で十分だった。
玲華は体を捻り、最初の攻撃者の腕の内側に潜り込んだ。電撃棒が肩を撃ち抜いた。彼女は腕を折り、電流を地面に流し、膝裏を蹴った。2番目の攻撃者が刃を下ろした瞬間、黒鉄のイリジウムの手が刃を捉えた。
金属と金属が擦れ、鋭い音がした。
黒鉄は攻撃者の肘を1回押して関節を外し、玲華の視線を避けながら言った。
「後方整理。」
「前方2追加。」
玲華は彼の肩越しに銃を撃った。非致命弾が配管の隠れた警備員の胸板を打った。黒鉄はその瞬間、身を低くして弾道を避けた。
3年経ってもお互いの動きは記憶より速かった。玲華が不快に感じたのは、その息遣いではなく、体がそれを安堵している事実だった。
通路の奥から誰かが叫んだ。
「西側の扉が開いた!民間人を動かせ!」
面を被った者が銃撃を止めずに民間人を側通路に押しつぶした。1人が残り、倒れた者を防弾板で警備隊の視界を塞いだ。攻撃と避難が一つの命令系統下で動いた。
桐生が鎮圧弾を撃った。防弾板を掲げる者が倒れた。
「前進可能。」
玲華は首を横に振った。「倒れた者から確認する。」
黒鉄が前方を向いたまま一歩後退し、彼女にスペースを譲った。
捕らえた者が面の下にはまだ髭が生えていない顔があった。唇は祈りの言葉を唱えるように動いたが、右手はまだ何かを握っていた。
玲華が腕を押して開いたのは小さな子供用身分証だった。
身分証には、七歳の少女の写真が貼られていた。
名前は南結衣。エネルギー寄与債務は保護者へ継承。強制移送審査待ち。
玲華は拘束した構成員の戦術バッグを開いた。弾倉二本、止血剤、解熱剤、子供用栄養ゼリー、紙に印刷された住所一覧。爆薬はない。住所の横には、避難完了を示す黒い線が引かれていた。
桐生がバッグを受け取った。
「救護物資に偽装した潜入装備かもしれません」
「逆の可能性もある」
玲華が言った。
若い構成員が血の付いた歯を見せた。
「俺たちは、あんたたちみたいに人へ点数から付けたりしない」
「だから撃ったの?」
「あの子を連れていこうとしただろ」
「誰が?」
構成員は口を閉ざした。玲華は身分証の移送承認欄を拡大する。担当部署は下層エネルギー配分局。行き先は矯正労働区とだけ記され、保護者の署名はなかった。
黒鉄が近づいた。
「捕虜を搬送しろ」
若い構成員が起き上がろうとした。桐生が肩を押さえた。
「結衣はどこ?」
玲華の問いに、構成員の目が一瞬揺れた。視線が回廊西側の扉へ向かう。
「移動させたのね」
「子供をまた台帳へ載せるつもりなら、いっそここで――」
「生きているかだけ聞いている」
構成員は答えなかった。だが顎に入っていた力がわずかに抜けた。
黒鉄が身分証を受け取った。イリジウムの指が、薄い樹脂板を慎重すぎるほど丁寧につまむ。
「移送命令の適法性は別途調査する。今は停電を終わらせる」
「別途調査」
若い構成員が笑った。
「その言葉の後ろで、何人消えたと思ってる」
黒鉄の顔からは何も読み取れなかった。
玲華は捕虜の右腕を確認した。発砲の反動で肩が外れている。警告せず関節を元へ戻すと、構成員は悲鳴を呑み込んだ。
「攻撃の責任と治療は別よ」
「俺たちを理解したふりをするな」
「理解したとは言ってない。根拠を集めている」
桐生が捕虜を保安隊員へ引き渡した。逮捕番号と名前が現場原本へ同時に入力される。玲華は保存状態を自分で確かめた。
その時、回廊の天井で赤い警告灯が激しく点滅した。
風間美緒の声が全回線へ流れた。
「中央冷却管で熱暴走。封鎖扉を開放した影響により圧力が逆流中。4分後、隣接六区画へ波及する」
黒鉄が地図を開いた。熱源はすぐ前の整備区画から始まっている。内部には民間人の信号が二つ残っていた。
「隔壁を閉じる」
玲華が黒鉄の手首を掴んだ。冷たいイリジウムの表面が、グローブの下で止まった。
「中に二人いる」
「4分後には六区画が危険になる」
第九乗換層で聞いたものと同じ構造の言葉だった。
玲華は手を放した。
「封鎖の前に残った人から数える。3分で連れ出す」
黒鉄は止めなかった。代わりに隔壁の時計を正確に180秒へ合わせた。
「時間が来れば閉じる。責任者欄には私の名を入れろ」
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