結婚の挨拶
『アクエリアス・ブラッド』9
・結婚の挨拶
理央は大学二年生になった。この頃になると家を飛び出し、自由のアパートに転がり込んで同棲生活をしていた。大学一年生の時は大学では高校の復習で楽なものだったが、二年生になると専門的な講義を受けるようになり、もう習うのかと少し戸惑った。しかし今までの留衣の個人授業のお陰で難無く試験はクリアしていった。だが理央は留衣から逃げるように連絡は避けていたが、亜久阿とは連絡を取り合っていた。ある日、亜久阿は理央にさり気無くこんなメールを送った。
「最近、大学はどう?」
「大丈夫だよ」
「自由さんとはどうなの?」
「良好だよ」
「そう。失礼の無いようにね。将来のお嫁さん候補なんだから」
「そうだね。来年には挨拶に行くよ」
「分かった」
そんなやり取りをした後、亜久阿は留衣に話に行った。
「留衣君」
「何だ?亜久阿」
「理央、来年には彼女さん、自由さんとの結婚の挨拶に来るって」
「そうか。もうそんな時期か……」
少しの間が空いた。
「もう過ぎたのね。お義父さんが亡くなった歳……」
「そうだな……いつまで生きていられるか……」
「生きられるって!最近は平均寿命が延びてるし、きっと水瓶座の悪魔だって分かってくれるって!」
「だと良いんだが……いつ死んでもおかしくないからな。亜久阿には迷惑掛けるな……」
「そんな事、気にしないで。少しでも体調が悪くなったらすぐに言ってね?」
「分かったよ」
この時、留衣は四十四歳。留衣の父親が亡くなったのは四十二歳。留衣が高校生三年生の受験シーズン真っただ中の時だった。その死に様は夜中、眠っている間に心不全で安らかに亡くなっていた。本当に自分の家系は短命なんだと思い知らされた瞬間だった。せめて大学合格の通知を見せてやりたかったが、それも叶わず、仏壇に手を合わせる形でそれを済ませた。そして理央と自由はベッドの上で抱き合っていた。
「なぁ、自由。もし、こんな俺で良かったら、結婚してくれないか?」
「何?急に。良いよ」
「えっ?」
「『えっ?』って何よ。オーケーしたんだけど?」
「あ、いや、その……俺の実家って闇医者だろ?それでも良いのか?」
「良いよ。何とか私の実家を説得してみせるから」
「多分、無理だと思うぞ?」
「何で?」
「だって闇医者だぞ?普通、反対されるって」
「でも私を助けてくれたのは事実でしょ?駄目だったら家を捨てる」
「何もそこまでしなくても……」
「あれ?私と結婚したいんじゃないの?」
「……したいです」
「じゃあ良いじゃない」
「……ありがとう」
「でも気が早いんじゃない?まだ大学二年生だよ?」
「それはな……」
理央は話した。自分の家系の男子は短命である事を。悪魔契約の事は伝えず、そういう遺伝子だと嘘を吐いた。すると自由は起き上がり、服を着て珈琲を淹れ始めた。
「自由……?」
「それで?」
「『それで?』って?」
「もう話す事は無いの?阿津田家について」
「あ、あぁ……もう多分、無い」
「そっか……後二十年くらいの命なんだ……理央君って……」
「うん……ごめん」
「何を謝るの?理央君のせいじゃないじゃない」
「それはまぁそうなんだけど……」
自由はスマートフォンを取り出し、どこかに電話を掛けた。
「もしもし?お母さん?私だけど。次の連休、結婚の挨拶に向かうから」
「はっ!?」
「未来の旦那さん、連れてくるから。はい、はーい。じゃあねー」
自由は電話を切った。
「み、自由……?どこに電話掛けてたの……?」
「実家」
「今週末、挨拶に行くの!?」
「そうだよ?駄目だった?」
「いや、その、心の準備が……」
「残り短い寿命なんだから早いに越したことは無いでしょ?」
「それはまぁ、そうなんだけど……」
「男は度胸って言うでしょ?」
「……分かった」
そして週末。理央と自由は自由の実家に向かった。理央はスーツ姿で自由の実家の前で狼狽えていた。
「なぁ、服装、大丈夫か?髪型、大丈夫か?臭いは平気か?」
「大丈夫だから。行くよ」
「は、はい……」
自由はインターホンを鳴らした。すると中から自由の母親の明が出てきた。
「はいはーい」
「お母さん、連れてきたよ」
話は聞いていたのだが、明は頭を下げる理央の姿を見て「あぁ!あの時の!」と納得していた。そのまま家に招き入れると、明はお茶を出して席に着いた。理央は自由の父親がいない事に気が付いた。
「あの、お義父さんは……?」
理央の言葉に明は自由に聞いた。
「その話もしてなかったの?」
「ここに来るまで言わないでおこうと思って」
「そう……」
「あの……?」
「理央君、だったわね?」
「は、はい!阿津田理央です!」
「そんな固くならないで。こっちに来て?」
明に言われるまま理央が着いていくと、和室に仏壇が置かれていた。そこには自由の父親らしき男性の遺影が飾られていた。
「えっと、この方は……?」
「自由の父親の偉大です。今から三年前に亡くなりました」
そして明は語り出した。偉大は生前、渋井大学附属病院の医者だった。阿津田家の事も知っており、いつか自分も同じ力を手に入れようとして留衣に儀式の方法を頼み込んだ。留衣に儀式方法を教えてもらい、実際にやってみた。契約は完了したが、その直後に亡くなったらしい。寿命がもうすぐだったとの事で、心不全で亡くなった。それから残された自由と明は阿津田家に対して怒りの感情が芽生えたらしい。そこで丁度、自由の受験のインフルエンザが重なり、どんな闇医者かを確かめるべく留衣の下へと向かったそうだ。しかし実際の治療を見て、そして最初こそ阿津田家の悪行を知るべく自由は自分の体を利用して近付いたが、次第にこの家は信用出来る、偉大は分かってて契約したのだから自業自得、と思ったらしい。
「線香だけでもあげてやって下さい」
「分かりました」
理央は仏壇に線香をあげ、手を合わせた。理央は心の中で「父がごめんなさい」と呟いた。そして理央は明に向き直り、頭を下げた。
「お義母さん、娘さんと結婚させて下さい」
「……闇医者になるつもりなんですか?」
明は重々しく聞いた。
「いえ。僕は父とは違います。僕は、正規の医者として、真っ当に働こうと思っています」
それを聞いて明は微笑んだ。
「そうですか……貴方の気持ちは分かりました。正直、未だに貴方のお父様を許した訳ではありません」
「……はい」
「ですが、理央さん。貴方は違うと思います。貴方なら、正しい医者としてやっていけると思います」
「……はいっ!」
理央は涙を流した。
「娘を宜しくお願いします」
そうして理央と自由は明の用意してくれた夕飯を食べ、自由の実家を出て自由のアパートに帰っていった。
「緊張した~……」
「ごめんね。理央君」
「何で?」
「さっきもお母さんが言ってたけど、私、貴方の家を潰す為に近付いたの」
「それが?」
「え?いや、だから、怒ってないかなって思って……」
「怒ってないよ。自由からしたら俺の家は敵になる訳だし。寧ろこっちが謝りたいよ」
「それは大丈夫だよ。こっちが悪いんだから」
「まぁまぁ、ここは両成敗って事で……とりあえず大きな仕事は片付いたな……」
「まだ残ってるでしょ?」
「何が?」
「理央君の実家への挨拶」
「あー……いいんじゃない?それは」
「何で?大事な事だよ?」
「でも家出同然で出てきちゃったし、今更、会う顔が無いって言うか……」
「理央君。スマホ貸して?」
「スマホ?はい」
理央は自分のスマートフォンを自由に渡した。自由は理央のスマートフォンを受け取ると、どこかに電話を掛けた。
「あ、もしもし?お世話になっております。平自由です。はい。明日、そちらに結婚の挨拶にお伺いしようと思っているのですが、ご都合は宜しいでしょうか?」
「は!?」
「はい、はい。分かりました。では明日、午後一時にそちらにお伺いします。宜しくお願い致します」
そう言って自由は電話を切った。
「自由……?どこに電話、掛けたの……?」
「理央君の実家」
「何で!?」
「だって将来、継ぐ事になるんでしょ?だったらキチンと挨拶はするべきじゃない」
「でもいきなり明日って……」
「向こうは良いって仰ってたよ?」
「いや、俺の心の準備が……」
「電話越しではお義母さんは嬉しそうだったよ?」
「あ、そう……じゃあ、行く?」
「もう決めちゃったし」
「そっかぁ……じゃあ行くかぁ……」
その日は二人は風呂に入り、就寝した。翌日、二人は理央の実家に向かった。インターホンを鳴らすと、阿久亜と留衣が出迎えた。居間に通され、阿久亜はお茶を出した。緊張していた理央はお茶を飲んで自分を落ち着かせた。すると自由が口を開いた。
「本日はお時間を頂きありがとうございます。この度は理央さんとの結婚の挨拶に伺いました」
「そうか……」
留衣はお茶を飲んだ。
「家出同然でウチから逃げておいてよくウチに帰ってこれたな」
「それは悪かったよ。でも、俺にだって考えがあるんだ」
「考え?どんな?」
「医者になる為の覚悟をする為の時間」
「……そうか」
留衣はお茶を飲んだ。
「平自由さんでしたね?我が一族に加わるという事がどういう事か、分かっていますか?」
「はい。覚悟はしております」
「家族を捨てる覚悟があるのですか?」
「いえ。家族は母だけですが、母は認めてくれています」
「……へぁ?」
留衣は素っ頓狂な声を出してしまった。すると理央が言った。
「昨日、自由の実家に挨拶に行ったんだ。そして、最初から俺達の結婚を認めてくれていたんだ」
「えっ?良いのですか?闇医者なんですよ?」
「はい。存じております。あの日から」
「……ま、まぁご家族が認めているなら良いですけど……でも、生半可な気持ちじゃウチはやっていけませんよ?」
「大丈夫です。この気持ちは変わりません」
「……そうですか……」
留衣はまたお茶を飲んだ。
「分かりました。結婚を認めましょう。但し、学生結婚が前提です。それでも宜しいですか?」
「分かりました。いつにしますか?」
「そうですね……大学三年生の時にしましょう。来年です」
「分かりました。ではそれまでに手続きを進めておきます」
「じゃあ父さん、母さん。帰るから」
「あぁ。自由さん」
「はい?」
「息子を、宜しくお願い致します」
「はい!」
そうして理央と自由はアパートに帰っていった。残された留衣と阿久亜はお茶を飲んだ。
「孫の顔ももうすぐ見れるね」
「それまで生きていられれば良いんだが……」
「生きてよ!じゃないと私、凄く悲しい!」
「わ、分かったよ……」
所変わり、自由のアパート。理央と自由はアパートに帰ってきた。
「気疲れした~……」
「認めてくれて良かったね。理央君」
「あぁ……じゃあ、結婚の準備を進めようか」
「そうだね」
数週間後、夏休みに入った大学の期間中、理央と自由は結婚指輪と婚約指輪を見に行き、留衣のお金で買った。留衣からは「結婚の祝福祝いだ」と言われて半ば強制的にお金を渡された。最初は断ろうとした理央だったが、留衣から「最後くらい、父親らしいことをさせてくれ」と少し寂しそうな、照れくさそうな言葉を貰い、使わせてもらう事にした。その後、夜景の見えるレストランで理央は改めて自由にプロポーズした。理央は本当に結婚してくれるのかと少し不安になりながら指輪が入った小箱を震えながら開けて自由の左手の薬指にはめると、自由は涙を流しながら「残りの二十年、良い思い出を残そうね……!」と言って承諾した。
翌年の夏休み、理央と自由は結婚した。




