渋井大学入学
『アクエリアス・ブラッド』8
・渋井大学入学
理央は渋井大学に入学した。入学式前の一週間のオリエンテーションを終え、履修登録をして帰ろうとした時、自由から連絡が入った。「これから会えますか?」と。理央は即「会えます」と返信し、待ち合わせた。大学のキャンパス内にある喫茶店で落ち合い、話をした。
「お久し振りです、阿津田さん」
「お久し振りです、平さん。でも久し振りって感じじゃないですね」
「そうですね。毎日メールと電話してましたからね」
「今更ですけど、もう敬語と苗字呼びは止めませんか?」
「そうですね。あ、いや、そうだね。じゃあこれからは理央君って呼んで良い?」
「はい。あ、いや、うん。俺も自由さんって呼んで良いかな?」
「良いよ。これから宜しくね。理央君」
「うん。自由さん」
二人は暫く談笑した後、昼食を喫茶店で済ませ、最寄り駅まで一緒に歩いて帰った。駅付近に着いた時、近くの飲食店で爆発音が聞こえた。駆け寄ってみると、そこには火達磨になっている人がいた。自由は救急に通報し、理央は火達磨になっている人の火に水を掛け、上着で仰いで消化した。自由と共に理央はその人を火災が起こった店から離し、通りに連れて行った。理央は留衣に電話した。応急処置の方法を聞こうとした。しかし留衣からは「救急が到着するまで何もするな。ひたすら話し掛け続けろ」と言われた。様子を見ていた周りの人がAEDが来たが、心肺停止ではなかった為、自由は名前や電話番号、住所、家族構成等をひたすらに聞き続けた。出血が止まらず苦しそうにしているその人を見て何も出来ないでいる理央は焦り、とりあえず流水で体を冷やさせた。しかし一向に良くなる気配の無いその男性に対して、ある事を閃いた。自分の血を与えようと。「父さんは何もするなと言ったが、このままじゃこの人は死んでしまう!」そう思った。血を入れればこの火傷は治るのではないかと思い、理央は鞄からカッターナイフを取り出し、自分の人差し指を切って血をその人の体に垂らした。これで大丈夫だろうと思った。しかし血を垂らした瞬間、火傷は治るどころか悪化し、やがてその人は眠るように亡くなった。AEDを使ったが、時既に遅しだった。暫くして救急車が到着し、渋井大学付属病院にその人は運ばれていった。状況がよく分かっていなかった理央は病院に急いで向かった。自由も状況が分かっておらず、理央の後ろを追いかけて行った。病院に着いた理央と自由はあの人のその後を聞いた。Ⅲ度熱傷による窒息死だと言われた。理央は「何故こんな事に……自分のせいか……?」と膝を着いた。遅れて留衣が病院にやって来た。
「理央!」
「父さん……」
「加藤院長から聞いて遺体解剖を依頼されてな。お前も立ち会え」
「え?でも俺、医師免許持ってない……」
「立ち会うだけなら何とでもなる。着いて来い」
留衣に連れられ、理央は遺体解剖室に向かった。留衣が解剖を始めると、理央は吐き気を催した。しかし留衣から「しっかり見ろ」と言われ、吐くのを我慢して見ていた。すると留衣は火傷の痕を見て言った。
「お前、自分の血を入れたな?」
「な、何で分かったんだ?」
「一部はⅡ度熱傷だが、全体的にⅢ度熱傷だ。お前の電話から察するに、最初は痛がっていたんだろう?」
「あ、あぁ……」
「だが加藤院長の話だと、暫くしたら眠るように亡くなったと聞いている。急激に痛みが引いた。そしてⅢ度熱傷の痕。眠るように亡くなった。これは細胞が一気に加速した証拠だ」
「…………」
「一度壊死した細胞をそのまま時間経過させるとどうなると思う?」
「……死に至る」
「そうだ。これが私達一族の血の特徴だ」
「…………」
「何故こんな事をした?」
理央は俯き、涙を流した。
「俺は……この人を助けたかっただけだ……人の体を治す力のこの血なら、火傷が治ると思って……!」
理央は留衣に殴られるんじゃないかと思った。しかし、留衣は理央の肩に手を置いた。
「理央。私達の血の力は万能じゃない。適切な治療をして、細胞を成長、促進させる事でしか患者を治す事は出来ない。それを覚えておけ」
「……はい」
「これは伝えてなかった私の落ち度だ。ご遺族には私から説明しておく」
「いや、俺が……!」
「医者でもないお前が行ってどうなる。それとも言うのか?自分が殺したと」
「そ、それは……!」
「ここは大人である。医者である私達の仕事だ。お前は帰りなさい」
「……はい……」
理央は促されるまま遺体解剖室を出て病院の受付のソファに座った。理央が項垂れていると、自由が缶珈琲を持ってやって来た。
「お疲れ様」
「あ、あぁ、ありがとう」
理央は缶珈琲を受け取り、自由と一緒に飲んだ。
「何かあった?」
「え……?」
「お父さんから何か言われたんでしょ?」
「あ、ま、まぁ、ね……」
「あの血?」
理央はドキッとした。自由は続けた。
「あの血、どういう力なの?」
「それは……」
理央は躊躇った。好きになった人にこの力とさっきの事、人を殺してしまった事を告げるのが怖くなったのだ。しかし自由は理央の手を取った。
「話して?大丈夫。信じているから」
理央は意を決して答えた。
「俺達一族は、特別な血の力がある。それは、人の怪我や病気を治す力だ。そう思っていた。だから俺はさっきの人に自分の血を入れた。それで火傷が治ると思って……でも実際は、この血の力はその人の時間を進めるだけの力だったんだ。だから治る事無く、あの人は火傷が悪化して亡くなってしまった……全部、俺のせいなんだ……!」
泣き出す理央の話を黙って聞いていた自由。自由はそっと理央を抱き締めた。
「分かった……にわかには信じられないけど、私にした治療もあの血の力のせいだったんだね?」
理央は頷いた。
「そっか……じゃあ、私の体には、理央君の血が流れてるんだ」
「うん……」
「理央君」
自由は理央の頬に手を当てた。
「確かに理央君は過ちを犯した。でも、それは遅かれ早かれ起こった事だと思う。だからこの罪を償う為にも、理央君は医者になるべきだと思う」
「自由さん……」
「私が支えてあげるから。一緒に、歩んでいこう?」
「良いのか……?俺の家、闇医者だぞ……?」
「私が愛したのは闇医者じゃない。理央君。阿津田理央君という男の人。だから着いていくって、今、決めた」
「でも俺といたら不幸になる……家族とも縁を切らなければいけなくなる……」
「それはまぁ、その時に決めるよ。でも今は、貴方を愛させて?」
「自由さん……!」
二人は抱き締めあった。そこへ留衣が先程、亡くなった人の遺族の妻を連れてやって来た。
「あー、お二人さん。お熱いところ悪いが……」
「あ、父さん……」
「ここは病院だ。そういうのは家かホテルでやりなさい」
「やだ……ホテルだなんて……!」
「ところで何の用?」
「あぁ、この方はさっきの人のご遺族の奥様だ。話があるそうだ」
理央はまたもドキッとした。殺人の罪で訴えられるのではないかと。しかし理央が席を立ち、遺族の前に立つと、遺族の妻は頭を下げた。
「ありがとうございました」
「えっ?」
意外な言葉に理央は面食らった。遺族の妻は続けた。
「貴方が応急処置をして下さったから、夫は苦しむ事無く、眠るように亡くなったと聞いています。貴方のお陰で、あの人は苦しい思いをせずに逝けたんだと思います。ありがとうございました」
どういう事か訳が分からず「いや、俺はただ……」と口籠っていると、留衣が「ゴホン」と咳払いした。理央が留衣の方を見ると、留衣はただ黙って頷いた。理央はそれを察し、頭を下げた。
「旦那さんを救えず申し訳ありませんでした!」
「いいえ。謝らないで下さい。どうやらガスコンロの爆破との事で、あの店を管理していた夫の責任です。貴方に罪はありません」
「……ありがとうございます!」
「では警察の事情聴取や葬儀の事がありますので私はこれで……本当にありがとうございました」
「はい!」
遺族の妻はお辞儀をして去っていった。それを留衣と理央と自由は見送った。
「父さん。何て言ったの?」
「何も。息子の応急処置で苦しんだ様子も無く亡くなった。そう言っただけだ」
「そんなの嘘じゃないか!」
「嘘でもそう思わせた方が幸せだろう。あの人も、亡くなった人も、何よりお前が」
「それは……!」
「嘘を上手く吐けるようになってからが本当の大人というものだ」
留衣は眠そうに欠伸をしながら玄関に向かった。そして振り返り、自由に言った。
「あぁ、車で来ているから家まで送っていくよ。どこだい?」
「いえ、電車で帰れますから……」
「息子が世話になってる礼だ。子供は素直に大人に甘えておきなさい」
「で、では折角なので……」
三人は留衣の車に乗り、まず自由の住むアパートに向かい、そこで自由を降ろして自宅に帰った。理央は自室に帰ってベッドの上に横になった。そこへ留衣がやって来た。
「理央。入るぞ」
「何?父さん」
「今日の事は絶対に忘れるんじゃないぞ。あれだけ酷い事は、我が一族にはよくある事だ。ああいうのを軽く流せるようにならないとこの先やっていけないからな」
「……分かった」
「大人になるという事は、残忍になる事も大切であると自覚する事だ。肝に銘じておけ」
そう言い残し、留衣は去っていった。
「そんな大人になんて、なりたくないね」
理央はそう呟き、不貞寝した。その後、入学式を経ていよいよ大学生活が始まった。最初の一年は大学のつまらない講義と楽しい悪魔研究サークルの生活、そして自由とのデートで過ごし、そこそこ楽しんた。
そこからは理央は実家、留衣から逃げるように自由と半同棲生活を始めるようになった。大学では常にトップクラスの点数を取っており、それもあって留衣からは何も言われなかった。何より、将来の嫁候補である自由と関係が続いている事にむしろ喜んでいた。大学二年になる頃には、もう理央は実家を出て自由の住むアパートで同棲を始めるようになった。




