インフルエンザ
『アクエリアス・ブラッド』7
・インフルエンザ
理央が渋井大学の入試に受かって一週間が経った。高校生活も残り二ヶ月を切った。勉強に明け暮れて特に友達がいなかった理央は、家で久し振りにベッドの上でダラダラと過ごしていた。そこへ留衣が理央の部屋にやって来た。
「理央」
「父さん?どうかした?」
「勉強はやってるか?」
「もう受験は終わったんだから少しは休ませてよ」
「今は良いかもしれんが、大学が始まったらそうはいかないぞ。それに、我が一族は短命だ。ダラけるのはあの世に逝ってからにしろ」
「ちぇっ。分かったよ」
「我が一族存続の為に、大学在学中に結婚相手を見付けるんだぞ」
「気が早いよ。一応まだ高校生だぞ?」
「五十歳前後で死ぬ運命なんだ。今の内に考えておいて損は無い」
理央はベッドから起き上がり、留衣に向き直った。
「なぁ、父さん」
「何だ?」
「この家、続ける必要なんてあるのか?」
「何だって?」
留衣の顔が一瞬、強張り、理央は少し引いた。しかし続けた。
「別に俺の代で終わっても良いんじゃないか?何も闇医者を家業にしていくなんて世間的にはイメージというか、法的にアウトだし。母さんだって実家と縁を切ってる訳だし」
「何が言いたい?」
「だからさ、もう闇医者なんて辞めようって言ってんの。普通の医者として生きていく道もアリだと俺は思う訳よ」
「この血の力を知っているだろう?この血を使えば、多くの人を助けられるんだ。それを使わずに一生を終えるなんて勿体無いとは思わないのか?」
「じゃあ聞くけど。父さんは本当に人助けをしてると胸を張って言えるのか?」
「何だと?」
「どうも父さんがしてるのは金儲けと一族の繁栄だけで、本当に人助けをしてるようには思えない。父さんが治した患者は殆ど早死にしてるじゃないか」
「それはその患者の寿命がただ短かっただけの話であって……」
「本当にそうなのか?悪魔との契約だか何だか知らないけど、この運命はいつか終わりを告げないとドンドン不幸な人が増えていく気がする」
「その不幸になる人を助ける為にご先祖様は水瓶座の悪魔と契約したんじゃないか」
「じゃあその頃のご先祖様とやらの気持ちに父さんは応えられてるのか?私利私欲と非人情で与えられた仕事をやってるだけじゃないのか?」
「……分かった。もうお前には何の期待もしない。好きに生きろ」
留衣は怒ったのか理央の部屋を出て行った。理央はモヤモヤした気持ちのまま昼寝をした。留衣は理央の部屋を出た後、リビングで亜久阿が淹れた珈琲を飲んだ。眉を顰めて飲む留衣を見て、亜久阿は自分の分の珈琲を持って向かいの席に座った。
「不味かった?」
「え?」
「しかめっ面してたから」
「いや、美味いよ」
「何?理央と喧嘩でもした?」
「喧嘩という程のものでは……いや、喧嘩か。勘当に近いような事を言ってしまった……」
「勘当?何でまた?」
「私が金儲けと一族繁栄の為にしかこの血の力を使ってないと言われてカッとなってな……」
「厳しくても怒らなかった貴方が、珍しいわね」
「あの子は素直で反抗した事が無かったからな……初めて真っ向から私を否定してきて、私も大人気無く拗ねてしまった……」
「まぁあの子の事だからすぐに謝ってくるわよ」
「いや、私から謝らなくては」
「そう……まっ、任せるわよ」
そう言って二人は珈琲を啜った。すると玄関のインターホンが鳴った。出てみると、そこには具合の悪そうな高校生くらいのマスクをした女子とその母親らしき女性がそこにいた。理央も自室から出てきて「何事か?」と伺った。そして診療所に招き入れると、どうやらインフルエンザとの事だった。理央も社会勉強と称して着いてきた。
「初めまして、阿津田先生。私は平明。この子は娘の自由です」
「平自由です」
「それで?何の御用ですか?インフルエンザなら内科で薬を貰った筈でしょう?」
「そうなんですが、この子、三日後、大学受験なんです。それまでに治したいんです」
「しかし一週間は経たないと診断書は貰えないでしょう?」
「まだ言ってないんです。なので内密に事を進めたいんです」
「成程?分かりました。治しましょう。但し、値段は法外ですよ」
「お噂は聞いています。いくらなんですか?」
「そうですねぇ……まずは診療してみますので、マスクを外して下さい」
「はい」
自由はマスクを外した。すると横で見ていた理央が「あっ……」と声を漏らした。
「どうした?理央」
「あ、いや、別に……」
留衣は不思議がりながらも診療をした。
「まぁ、この程度なら後、三日から四日で治るでしょう」
「そうですか……」
「三、四日で良ければ百万円といったところでしょうか」
「そんなに高いんですか……」
「これからの一生を決める大学受験です。安い物でしょう?」
「それはまぁ、確かに……」
「お願いします、先生。治してください!」
「分かりました。それともう一つ、申し上げておく事があります」
「何でしょうか?」
「寿命が縮まります」
「寿命が?どういう事ですか?」
「早く治すという事は即ち生命エネルギーを前借りするという事です。なのでその分、寿命が縮まるという事です」
「よく分かりませんが、四日程、寿命が縮まるという事ですか」
「そういう事です」
「まぁ、それくらいなら……」
納得した親子に理央がストップを掛けた。
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
「何だ?理央」
「父さん、ちょっと……」
留衣は理央に奥の部屋に連れていかれ、小声で抗議された。
「父さん。もしかして血を入れるつもり?」
「それ以外に無いだろう?」
「駄目だ。普通に治してくれ」
「何故だ?」
「あの人が死ぬかもしれないからだ!」
「じゃあ受験は諦めろと言うのか?」
「そ、それは……」
「それに早くに死んだらそれまでの命だった。それだけの事だ」
「しかし……!」
「これ以上、患者を待たせる訳にはいかない。私は行くぞ」
理央は診察室に戻ろうとする留衣の腕を掴んだ。
「何だ?」
「だったら、俺の血を入れてくれ!」
「は?」
「あの人の未来は、俺が救う!」
「何を言ってる?」
「俺にも阿津田家の血が流れているんだろう!?だったら、俺にとっての最初の患者をあの人にしてくれ!」
「……あぁ、そういう事か。分かった。腕を出せ」
理央は自分の腕の裾を捲り、突き出した。留衣は注射器で理央から少量の血を抜き取り、二人で診察室に戻っていった。
「お待たせしました。それでは同意書にサインと印鑑をお願いします」
留衣は机の引き出しから同意書を出して明に渡し、明はサインと印鑑をして留衣に返した。
「では契約完了です。早速施術に掛かります。腕を出して下さい」
自由は腕を捲って差し出し、留衣は理央の血を流し入れた。するとさっきまでの熱が引き、咳も喉の腫れも引いた。
「な、治った……!」
「ありがとうございます!先生!」
「今回は息子の力です。礼なら息子に言って下さい」
「ありがとうございます!えっと、あの……?」
「り、理央です!阿津田理央です!」
「ありがとうございます!理央さん!」
自由は理央の手を取って礼を言った。理央は顔を赤らめながら「いいえいえ、そんな……」と照れていた。
「ところで自由さんはどこの大学を受けるんですか?」
「渋井大学の看護学部看護学科です」
「そうなんですか!俺、いや、僕はこの前、推薦で渋井大学の医学部医学科に受かったんですよ!」
「へー!じゃあもし私が受かったら一緒にキャンパス回りましょうね!」
「きっと受かりますよ!自由さんなら!」
「ふふっ。ありがとうございます」
そうして自由と明は帰っていった。二週間後、理央のスマートフォンが鳴った。それは「お陰様で渋井大学に合格した」という内容だった。それを聞いて留衣は理央に報告すると、理央は飛んで喜んだ。そしてある日、自由は一人で再び阿津田家にやって来た。どうやら理央と連絡先を交換したいとの事だった。理央と自由は顔を赤らめながら連絡先を交換し、自由は帰っていった。その様子を見て亜久阿はニヤニヤしながらやって来た。
「あらあら。もうお嫁さん候補を見付けたの?」
「なっ!?ち、違うわ!只の友達だよ!」
「あらそう?なーんか、昔を思い出しちゃった」
「昔?」
「そう。お義父さん、貴方のお祖父ちゃんとお父さんの事」
「何があったの?」
「私もとある事情でここに来たのよ。患者として。そしてそこでお父さんが私に初めて自分の血の力を使ったのよ。そしてそこから何故か私はお父さんの事を気になってきちゃってね。大学に入って暫くした後にたまたま再会してそこで付き合ったのよ」
「そうだったんだ……」
「もしかしたら血を入れられた女性はその人の事を好きになってしまうのかもね」
「そしたら今までの女性患者、皆、父さんの事を好きになっちゃってる気がするけど」
「じゃあ思い込みか」
「だと思うよ」
「まぁ今じゃああの人の方が私にべったりだから」
「そうかぁ?」
そこへ留衣がやって来た。
「聞こえてるぞ~」
「父さん」
「あら、お父さん。夕飯はまだよ?」
「理央の勉強の時間だから呼びに来たんだ」
「またか……」
「良いから。やるぞ」
それから留衣は理央の部屋に勉強向かった。椅子に腰掛け、理央は留衣に尋ねた。
「なぁ、父さん?もう俺には何の期待もしないんじゃなかったのか?」
「あー……それはだな……」
留衣は言葉を詰まらせた。どう言おうか悩んでいた。
「実はこの前の事なんだが……」
留衣が言おうとしたその時、理央がそれを止めた。
「待った。俺から言わせてくれ」
「何?」
「この前は父さんの事を悪く言ってごめん!俺が悪かった!」
「えっ?」
「この前の父さんの仕事でやっと分かったよ。俺の使命が。これからは俺が次の世代に向けて医者をやるよ!」
「お、そ、そうか……いや、私も悪かった」
「父さんは悪くない」
「いや、私が悪い」
自分が悪い合戦が始まり、やがて馬鹿らしくなって止めた。そしてそれから二ヶ月間、理央は留衣に勉強を教えてもらいながら高校卒業を迎えた。その間もずっと理央は自由と毎日メールや電話をして日々、楽しそうにしていた。そして理央は渋井大学に入学したのだった。
入学した後、理央は自由と待ち合わせをしてサークルを何処にしようかと一緒に探していると、ふと悪魔研究会が「部員募集」の看板を持って佇んでいた。それが目に入った自由は「面白そうなサークルがあるね」と言ったが、理央にとっては「悪魔か……」とかなり気になる様子で、このサークルに入る事にした。




