水瓶座の悪魔
『アクエリアス・ブラッド』4
・水瓶座の悪魔
時は二百年前に遡り、江戸時代、吉原。阿津田家初代当主、阿津田弧八生は遊郭に訪れていた。いつも贔屓にしている遊女、オシエを身請けする為にだった。オシエは弧八生に借金を肩代わりしてもらい、共に遊郭を出た。オシエは弧八生の家に着くなり、こんな事を言った。
「あら、意外と小ぢんまりとしてるのね」
「家は質素な方が良い。だが、あそこで遊ぶだけの金は持ってる」
「流石お医者様。でも私はお金なんてどうでも良いの」
「だろうね。そういうところに私は惹かれたんだ。でも、多少はお金の面を頼りにはしてるんだろう?」
「まぁ、多少はね」
暫く共に生活をしていると、オシエは黄道史枝が本名だと言った。そして史枝は蟹座の悪魔について語り出した。
「蟹座の悪魔って知ってる?」
「あぁ、何か噂になってるうやつか。さほど興味が無かったから詳しくは知らないよ」
「この蟹座の悪魔と契約するとね。寿命が延びる上に、病気にも掛からないのよ。寿命、延ばしたくない?」
「しかし私は医者だ。自分の命よりも患者の命を救いたい」
「寿命が延びればその分、患者を多く救えるわよ?」
「寿命は自然の摂理であり、それに抗うのは神に対する冒涜だ」
「じゃあ医療行為は神に対する冒涜ではなくて?」
「何だと?」
「だってそうでしょう?自然の摂理に従うなら、医療行為はそれに抗ってる。矛盾してるわよ」
そう史枝は言い放った。弧八生は「確かに一理あるかもしれない」と思った。それから数ヶ月間、弧八生の診療所では度々、臓器が無くなっていく患者を見掛けるようになった。それを疑問に思い始めた時、何かを悟ったのかその日の晩、史枝は家を抜け出して行方不明になった。弧八生は、何故、逃げたのか分からなかったが、所詮その程度の女だったかと早々に諦め、次の妻を探そうとした。弧八生は史枝の部屋を片付けようと史枝の部屋に入ると、そこには十二星座の悪魔についての資料が卓袱台に置いてあった。それに目を通すと、ふと水瓶座の悪魔についての資料に目が留まった。水瓶座の悪魔は契約すると人の傷や病気を癒す力を得る事が出来ると書いてあった。医者にとってこれ程、良い話は無いと思い、弧八生は早速、儀式の準備を始めた。部屋を閉め切り、黒く装飾し、半径一メートルの円を書いて自分の血を一リットル抜き、水瓶座の星座に則って血を小分けして配置し、古代ギリシャ語で召喚の呪文を唱える。これをやると、魔法陣から水瓶を抱えた女性の姿をした悪魔が現れた。
「私と契約したいのは貴方ですか?」
「は、はい……」
「契約の内容は?」
「ひ、人を癒す力が欲しいです……」
「では契約を結びましょう。手を出して」
「は、はい……」
弧八生が手を差し出すと、水瓶座の悪魔は弧八生の手を取った。するとその瞬間、弧八生の体が発光し、体の血が浄化されるような感覚が起こった。その後、水瓶座の悪魔は言った。
「貴方の血は人を癒す力を得ました。その代償として、貴方の残りの寿命の半分を頂きます」
「な、何だって!?」
「あら?知ってて契約をしたんだと思いましたが。まぁもう契約をしてしまったのですから、受け入れて下さい」
「ほ、他には!?他には代償は無いんですか!?」
「そうですねぇ……今後、貴方の子孫も同じ能力、同じ代償を持って生まれてくるでしょう。それを伝えるかどうかは、あなた次第。それでは私はこれで……」
そう言って水瓶座の悪魔は消えていった。
「残りの寿命の、半分……?」
その時、弧八生は二十歳。江戸時代の平均寿命は約五十歳。後、約十五年の命だと分かった。弧八生は躍起になって新しい妻を探した。一年後、妻を貰い、子を授かった。そして自分の血の力を使って治療をしていった。しかしその血の力は思っていたものとは違い、人の寿命を縮めているように感じた。更に子供に使うと成長を促す作用がある事に気が付き、自分の血の力に恐れた。幕府から目を付けられ、悪用される事を危惧し、瑞亀村に移住した。そこでひっそりと医者として生活する事にした。それから十五年余りが経ち、子供が十五歳の時、自分の持つ医学の知識を全てと水瓶座の悪魔の契約について教え、心不全の為、永眠した。それから二百年が経ち、留衣へと時代が移っていった。最初の代は人の為に使っていた血の力だったが、時代が変わるに連れてその感情は薄れていった。何故なら昭和に入って戦争が起こった時、この力を利用して大金を手に入れる事が出来たからだ。軍事目的で軍医として働いた時に非常に良い待遇を受けた代から、金銭目的の医者へと変わっていった。戦時中から「金次第で救う優先順位を決める」としたところ、金で命を買おうとする人間を見てきたその代の当主は、如何に人間が愚かかを認識した。大金を持った権力者が真っ先に命が助かり、金を持たない一般兵や民間人を救う事が出来なかったからだ。
今の留衣は金儲けの為にしか自分の血を使っていない。いや、一歩引いているのかもしれない。あまり患者に深入りしたら、自分が暴走してしまうかもしれないからだ。しかし人の為になっている事に変わりは無い。
果たしてこれは正しい事なのだろうか。それはこれからの留衣の運命によって変わる。




