昏睡
『アクエリアス・ブラッド』2
・昏睡
留衣はその日、渋井大学付属病院という病院から依頼を受けて街に出向いた。そこには意識不明のまま一年が経過した小学校二年生の少年がいた。脳の病気で世界でも数人しか手術をした事が無いという珍しい病気だった。そこへ過去何件かその病気を治した事のある留衣が依頼を受けて行ったのだった。病院に着くと、院長の加藤孝之が出迎えた。
「やぁ、よく来たね」
「どうも。加藤院長。私なんかがこんな立派な病院に来ても良いんですか?」
「この病院は肝要だからね。それに、猫の手も借りたい気持ちなんだ」
「私は猫の手ですか」
「あぁ、表現が悪かったね。藁にも縋る思いなんだよ」
「そうですか。で、患者は?」
「こっちだ」
孝之に案内されて着いていくと、集中治療室のベッドの上に横になっている少年の姿があった。カルテを診てみると、留衣は自分になら手術は出来そうだと思った。すぐに手術をしようとするが、手術してもいつ目覚めるか分からない。もしかしたらそのまま死んでしまうかもしれないとも思った。そこで少年の両親と面談をした。
「私ならこの手術は成功する『かも』しれません」
「本当ですか!?」
「ただ、いつ目覚めるか分かりません。それに、手術によって脳が錯覚を起こして亡くなってしまう可能性もあります。まぁ結果が出るのは大体、五年程でしょうか」
「じゃあどうすれば……!?」
「私の特別な手術をすれば結果はすぐに出ます」
「どれくらいで分かるんですか?」
「最低でも三日程ですかね」
「そんなに早く……?」
「まぁ特別な手術なので。値段は法外ですよ」
「おいくらなんですか?」
「一千万、ですかね」
「そんなに……!?」
「今まで治せてこれなかったんです。それくらい安いものでしょう?」
「それは、そうですが……」
「払えないようでしたらこの話は無かった事に……」
留衣が席を立つと、母親は留衣の袖を掴んだ。
「払います!一生掛かってでも!」
「そうですか。では一つ条件があります」
「条件?」
「息子さんの寿命を五年程、頂きます」
「寿命を……?どういう事ですか?」
「早く結果を出したいのならばそれだけ寿命が縮まります。つまり身体年齢が五年進むという事です。それでも良いならその施術をします。それをしないならば約五年間、黙って指を咥えて高い入院費を払って、失った時間をただ過ごせば良いと思いますが」
両親は黙った。しかしすぐに父親が口を開いた。
「身体年齢が五年進むというのは、それだけ成長するという事ですか?」
「そうですね。身体年齢が進むという事は、それだけ体も成長するという事です」
「精神年齢はどうなるんですか?」
「そのままです」
父親は母親と顔を見合わせた。
「……身体年齢だけが五年だけ進むという事ですか?」
「そうです」
父親と母親はまた顔を見合わせ。悩んだ。そして母親が言った。
「……分かりました。例え寿命が縮まったとしても、息子には今を生きてほしい。お願いします!手術をして下さい!」
「母さん!?」
「どうしても生きてほしいの!私は、息子の、翔太の為なら、見た目が変わろうが愛せると思うの!」
「……そうだな。先生。お願いします!」
「分かりました。では同意書にサインと印鑑を」
留衣は同意書を差し出した。父親はサインと印鑑をし、留衣に返した。
「では契約成立という事で。では早速、手術をします」
留衣は手術着に着替え、翔太の手術をした。手術は無事成功。留衣は翔太に自分の血を流し入れた。そして病室に移し、三日後、翔太は自分の歯が喉に詰まって吐き出して目を覚ました。自分の歯が全て生え変わっており、自分の手を見て、大きさに吃驚し、しかも髪の毛が異常に伸びていて、思わず「うわっ!」と言った。その声も嗄れ声になっている事に気が付いて更に彼は激しく動揺した。看護師がそれに気付き、孝之に連絡した。孝之は少年の両親に連絡し、来てもらった。電話口では泣きながら喜んでいた両親だったが、病衣室に着くとどこにも自分達の息子がいない事に不思議がっていた。翔太はベッドの上で、看護師が持ってきた鏡で自分の姿を見て益々動揺して泣いていた。そして両親を見ると「お父さん……!お母さん……!」と呟いた。両親はその声に疑問を持った。そこには目を疑う光景があった。確かによく見れば息子の顔だった。しかし、その姿は中学校一年生くらいに背が伸びていたのだ。
「貴方、翔太なの……?」
「何言ってるの……?お母さん……?ここはどこ……?」
翔太は縋る思いで母親に抱き着こうとするが、体が言う事を聞かずにベッドから落ちてしまった。それを見て母親は助けに入ろうとするが、目の前の大きい姿の少年が自分の小さい息子とは思えず、どうする事も出来なかった。それを見て翔太は酷く傷付いた。「助けてくれないのか」と。父親はすぐに孝之に詰め寄った。「どういう事なのか」と。孝之はすぐに留衣を呼び、事情を説明させた。
「どういう事なんですか!?息子があんな姿になって!」
「言ったでしょう?寿命を五年程、頂くと。その結果ですよ」
「それは死ぬ時期が早まるって事で……!」
「そんな事、一言も言ってませんよ?寿命が縮まるという事は、成長を促進するという事です。五年の寿命が縮まるという事は、五年分成長するという事なんですよ。説明もしましたし、同意書にも書いてあったでしょう?」
「そんな……!?」
「これから息子はどうすれば良いんですか!?あれじゃあとても小学二年生には見えませんよ!?」
「それをこちらに聞かれても……私は確かに身体年齢が五年進むと申し上げました。しかしそれを勝手に貴方方は『多少老ける程度』としか思わなかった。それだけの事です」
「そんな事聞いてない!」
「同意書をキチンと確認しなかった貴方方が悪いんですよ」
「息子を元に戻して!」
「無理ですね。一度進んだ針は逆戻り出来ません」
「そんな……!?」
「良かったじゃないですか。息子さんが目を覚まして」
「何も良くない!アンタそれでも医者か!?」
「医者ですよ?闇医者ですがね」
「加藤先生!アンタも何でこの藪医者を紹介したんだ!?」
「だから再三、申し上げたでしょう?どんな手を使ってでも治したいのなら、一人、危ない闇医者を紹介するって」
「だからってこんな……!」
「まぁ後の事はそっちでやって下さい。何。身体は五年進みましたが、精神年齢は変わっておりませんのでご安心を。では私は帰りますから」
「待て!訴えるぞ!」
「どうぞご自由に。但し、訴えた所で金が得られるだけで息子さんの姿は元には戻りませんよ?」
「だからってこんな事が許される訳が無い!」
「そうですね。これは私の罪です。でも闇医者に頼んで息子さんが悲惨な目に遭ったとなれば、世間のバッシングはそちらも受けるでしょうね」
「ぐっ……!」
「では入金を忘れずに。失礼します」
留衣はそう言い残して病院を去ろうとした。そこへ孝之が追い掛けてきた。
「おい。もうちょっと親切に言えんのか?」
「加藤院長。でも訳は言ってますし……」
「寄り添えと言ってるんだ。もしお前の家族、息子君が同じような事になったらどういう気持ちになるんだ?」
「……まぁ、驚きはしますね」
「分かってない……分かってないよ……!前々からいつも言ってるだろう?君は……!」
「いくら大学の恩師である加藤先生でも、この性格を直すつもりはありません。では」
そう言い残し、留衣は帰っていった。その後ろ姿を見て、孝之は溜め息を吐いた。そのまま先程の少年の両親の所に行き、これからの事についての相談をした。
留衣が家に帰ると、亜久阿が家庭菜園をしていた。
「ただいま」
「おかえり」
「何、植えたの?」
「トマト」
「そうか。じゃあすぐに収穫しよう」
留衣は注射器で自分の血を少し抜き取ると、それをトマトの種を植えたプランターに垂らした。すると見る見るうちにトマトは芽を出し、一気に実が熟した。
「丁度食べ頃だろう」
「ありがとう、留衣君」
「鶏の卵もそろそろ孵る頃か」
留衣は残った血を鶏小屋に持って行き、卵に掛けた。すると卵は割れ、中の雛も一気に鶏になった。留衣はナイフで鶏を捌き、肉にして家の中に持って行った。
「今日は鍋にしよう」
「トマトと鶏肉の鍋ね。分かった」
亜久阿はトマトと鶏を持って台所へと向かって調理し始めた。そこへ学校帰りの理央がやってきた。
「ただいまー」
「おかえり、理央。学校はどうだ?」
「勉強が難しいよー」
「でも将来、医者になる為に必要だ。頑張れよ」
「分かったー」
「分からない事があればすぐにお父さんやお母さんに聞くんだぞ」
「はいはーい。お母さーん。今日のご飯は何ー?」
「トマトと鶏肉の鍋よー」
「トマトかー……嫌いなんだよなー」
「好き嫌いしたらいけません。ちゃんと食べるのよ」
「はぁい……」
後日、あの少年の両親から入金が確認出来た。その後、彼がどうなったのかは分からないし、留衣は知ろうともしなかった。




