水瓶座の一族
『アクエリアス・ブラッド』1
・水瓶座の一族
瑞亀村。その村ではとある一族が家族で闇医者をしていた。その一族は当主が短命で、水瓶座の男ばかりが生まれる。その一族の末裔、阿津田留衣は研修医を終えて正式に医者になった。留衣は今年二十四歳。残りの寿命は約二十五年。それは決められている。それが悪魔との契約だと代々、言い伝えられているからだ。
時折、阿津田家に依頼者が来る。患者は訳あり、という程でもないが、少し急用で診察、施術をしてほしいと頼みに来る。しかしそれでも依頼者は来る。ある日、留衣は家で依頼者を待っていると、訪問者が現れた。扉をノックされたので、家の中に招き入れると、留衣は対応した。
「こんにちは。施術の依頼ですか?」
「はい」
その依頼者は中年の女性で、松葉杖を突いた高校生くらいの少年を連れていた。
「予め言っておきますが、値段は法外ですよ」
「構いません」
「分かりました。それで、どういった施術をご要望ですか?」
「息子の脚を治してほしいんです」
「骨折ですか?」
「複雑骨折です」
「そうですか。ちょっと診ますね」
留衣は少年の脚を診た。そしてすぐに離れ、椅子に腰掛けた。
「完全回復、で宜しいですか?」
「はい」
「ちなみに何故、ここに依頼を?」
「それも依頼の為に話さなければなりませんか?」
「いえ、個人的興味です」
「それは俺から話すよ、母さん」
「そう」
「で?どうしたんですか?」
少年は語りだした。少年はサッカー部の主将をやっているが、来月、全国大会があるらしい。その前に階段から落ちて骨折してしまい、掛かり付けの病院からは全治二ヶ月と言われ、高校生活、最後の大会に主将として出たくて早く治したいが為にここに来たと言う。
「成程。事情は分かりました。良いでしょう。引き受けます」
「ありがとうございます!」
母親と息子は頭を下げた。そして母親は言った。
「それで、どれくらいで治りますか?出来れば当日までに……」
「今ここで治りますよ」
「本当ですか!?」
「はい。特別な治療なので。しかし、条件があります」
「お金の事ですか?いくらなんですか?」
「治療費は百万円です」
「高いですね……」
「まぁ治らなければ返金しますよ」
「そうですか……」
「治療費だけでなく、もう一つ条件があります」
「何ですか?」
「寿命が縮まります」
「寿命が?どういう事ですか?」
「本来、二ヶ月でしたか?その療養期間を飛ばして治すので、二ヶ月程、寿命が縮まります」
母親と息子は顔を見合わせた。「まぁそれくらいなら……」と了承した。留衣は母親に同意書を渡した。
「今一度確認しますが、本当に同意しますか?」
「どういう事ですか?」
「実際のところ、どれくらいの寿命になるか分からないんですよ」
「?益々意味が……?」
「少なくとも治療期間分は寿命が縮まります。しかし、もしかしたら早くに寿命を迎えるかもしれません。またはそうでない可能性もあります。成人してすぐなのか、それとも百歳近くまで生きるのか……そこの保証は私には出来ません」
「ま、まぁ、でも、たったの二ヶ月ですよね?それくらいなら誤差では……?」
「そう思われるなら結構です。どうぞサインを」
母親は同意書にサインと印鑑を押してそれを留衣に返した。
「契約完了です。では料金は指定の口座に振り込むか、またここに現金で持って来て下さい」
「分かりました」
「では少々お待ち下さい」
留衣は机から注射器を取り出し、自分の腕に刺して血を少し抜き取った。
「何してるんですか?」
「治療です」
母親と息子は訳が分からないといった表情を浮かべた。留衣は息子をベッドの上に寝かせ、脚のギプスを外し、脚に自分の血を注入した。
「何してるんですか!?」
「言ったでしょう?治療だと」
「そんな事したら血が混ざって死んでしまうかもしれない!」
「私の血は特別性ですので問題ありません」
留衣が全ての血を注入すると、息子の脚が波打った。すると息子は「痛みが消えた……?」と自分の脚を擦った。
「立ってみて下さい」
「は、はい……」
息子は立ち上がった。すると松葉杖無しで歩けた。
「折れてない!治ってる!」
「大丈夫なの!?」
「あぁ!大丈夫だよ、母さん!これで試合に出れる!」
母親と息子は「ありがとうございました!先生!」と頭を下げ、帰って行った。後日、無事、口座に百万円が振り込まれたのを確認し、留衣は家に帰った。家に帰ると、妻の亜久阿と息子の理央が待っていた。
「おかえりなさい、留衣君」
「あぁ、ただいま。亜久阿、理央」
亜久阿とは大学で知り合い、学生結婚した。そして卒業と同時に理央を出産し、看護師学部を休業しながら妻として、母として留衣を支えていた。
「もう三ヶ月か」
「えぇ。留衣君も闇医者として三ヶ月。お義父さんの後を継いでまたこの阿津田医院を再開して何とか軌道に乗ったよね」
「あぁ。この子が成人するまで金を稼がないとな」
「頑張ってね?お父さん」
「あぁ」
亜久阿は夕食の準備をした。少しでも留衣が長生き出来るようにと栄養バランスを考えた食事をいつものように出した。要はあまり美味しくない食事だった。
「なぁ、たまにはラーメンとかハンバーガーとか食べたいんだけど」
「それで早死にしたらどうするの?」
「どうせ五十歳前後で死ぬんだ。今更、食事で長生き出来るとは思ってない」
「そんな事、言って……本当は長生きしたいんでしょ?」
「でもなぁ……もう決められた運命だから……」
「運命なんて自分で変えられるものよ」
「亜久阿に変えさせられそうなんだけど……」
亜久阿は食事をテーブルに置き、一緒に食べ始めた。
「ねぇ、留衣君は夢とか無いの?」
「夢?」
「そう。夢」
「医者になって家庭を持つのが夢だったからなぁ……もう叶ってるよ」
「そうじゃないでしょ?」
「え?」
「医者になるのも、家庭を持つのも、阿津田家の血筋を途絶えさせない為の義務でしょ?それは夢とは言わないよ」
「そう、か……?」
「他に何か無いの?」
「そうだなぁ……考えた事も無かったが……」
留衣は理央の頭を撫でた。
「強いて言うなら、孫の顔が見たい、かな……」
そう言いながら微笑む留衣を見て亜久阿は涙を流した。
「え?え?え?どうした?」
「やっぱり生きたいんじゃん……素直になってよ……」
「生きたい、か……もしかしたら、そうかもしれない」
その日はなんだか気まずくなり、後の事は亜久阿に任せて留衣は風呂に入って寝た。
それから数年後、理央は小学生になった。理央の成長は嬉しいが、留衣の寿命は刻一刻と迫っていた。理央を送り出し、いつものように依頼者を待っていると、そこへ留衣の母、留奈がやってきた。
「留衣」
「母さん。どうした?」
「そろそろお父さんの十三回忌ね」
「あぁ、もうそんな時期か」
「血の繋がった一族は貴方と理央しかいないけど、今年もやるわよ」
「分かった」
数日後、父の十三回忌を行った。理央は終始よく分かっていない様子だったが、大人しくご飯を食べていた。そして墓参りをした。
「父さん。理央ももう小学生だよ」
「アナタ。留衣が病院を再開してもう七年よ。こっちの事は良いから、ゆっくり休んで頂戴ね」
一同は手を合わせた。その後、一同は家に戻り病院を再開した。するとある日、一本の電話が鳴った。
「もしもし!?」
突然の怒声に近い声に留衣は一瞬、耳を受話器から離した。
「もしもし?どなたですか?」
「七年前の施術をしてもらった息子の母ですが!」
「……あぁ、あの時の。その後、息子さんはお元気ですか?」
「何を言ってるの!?息子は死んだのよ!?」
「亡くなった?」
「そうよ!貴方のせいでしょ!?」
「よく分かりませんが、何故、亡くなったのですか?」
「心不全ですよ!」
「……そうですか」
「そうですかって何ですか!?貴方が血なんかを入れたから死んだんじゃないんですか!?」
「そうですねぇ……あながち間違ってはいませんが……」
「やっぱり!どうしてくれるんですか!?」
「どうするも何も、同意書の内容はキチンとご覧になりましたか?」
「何がですか!?」
「同意書にも書いてあったと思いますが、寿命が縮まった。それだけの事ですよ」
「寿命が縮まった!?だってまだ二十五歳なのよ!?」
「息子さんの寿命がそれだけの事だった。それだけの事だったんですよ」
「そんな馬鹿な!たった二十五年ですよ!?たったの二十五年で人生が終わったんですよ!?プロになってこれからって時に!あの時、あんな治療をしなければ息子は早死ににする事なんてなかった!」
「すぐに亡くなったのなら私に落ち度があります。しかし七年も経ってからじゃあ私の責任ではありませんよ」
「何ですって……!?」
「あの治療が無ければ後、二ヶ月は生きられたでしょうね。心苦しいですが……残念でしたね……」
「残念でしたで済みますか!訴えますよ!?」
「どうぞご自由に。ただ、訴えて世間に知れたら、貴方が闇医者に手術を依頼して息子を死なせたという事で悪評が広がると思いますが」
「ぐっ……!ぐぐっ……!」
「では私はこれで。訴えるならどうぞ。息子さんのご冥福をお祈り申し上げます」
そう言って留衣は電話を一方的に切った。その後も何度か同じ電話番号から電話がかかってきたが、無視した。数日後、警察が訪れ、家宅捜索された。しかし同意書を見せると警察は一度「持ち帰る」と言って帰っていった。しかし後日、傷害罪として起訴された。裁判では「同意書があるとは言え、行った手術は適切ではない」と言われた。留衣は執行猶予付きで釈放され、元の業務に戻った。法外な自由診療と度重なる似た事件で医師免許は剥奪され、正式に闇医者となった。




