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07_放蕩娘の帰郷(後編)

「そ、そんなこと認めんぞ!!

そんな、何処の馬の骨とも分からん男が相手だなどと!

貴族の娘として果たさねばならぬ義務があるだろう!

騎士の道に進むというからその点は先送りとしていたが、それを投げ出したのならば、素直に家へ戻りエシャロット家の娘として生きるべきだ!」


お父様が激昂して仰います。

ある程度予想してはおりましたが、やはり反対され手しまうようです。


わたくしは一旦、冷静にお父様の言葉を肯定します。

「……確かに、職務と全うせず、家にも戻らずにいたのは貴族の家に生まれた身として、義務を果たしていないと非難されて当然の行動です。」


「う、うむ。」

わたくしの性格を知っているお父様からすると、予想外の反応だったのでしょう。

ほんの一瞬だけ、お父様はたじろぎました。


「しかしながら、今回わたくしが持ち帰った情報は、コラペ王国の安寧に関わる極めて重要なものです。

これを、我がエシャロット家から王家にお伝えできるというのは、大変栄誉なことです。

お父様に、エシャロット家当主にその様な大役をお任せ出来たこと、それだけでもわたくしはこの家に、領民に報いたことになると思っておりますわ。」


「……そ、それほど重要な内容なのか、あれは?」

「はい、わたくしはそう確信いたします。

そして、今後も彼の地で腕を振るうことで、間接的ながらコラペ王国へ貢献し続けていけるものと考えておりますわ。」


そう、クロー様の思惑通りにいけば、あの「魔王領」はとても重要な意味を持つ場所になる筈です。

であれば、そこで身を粉にして働く事が、ひいては故郷の為にもなるとわたくしは思っているのです。


「ぐぬぬ……、だから、この家を出て行くと言うのか。

その青年と共に!」

「はい、もちろんですわ。」


そして、わたくしの傍らにはリックが居て欲しいと思っているのです。

これは譲れません。


「ならばリックとやら、お前に決闘を申し込む!

男親として、このままむざむざと娘を差し出せるものか!

私自ら、お前に娘を守る力量があるのかを見極めてやる!

表へ出ろ!!」


「ええっ?!」

リックにとっては予想外の出来事だったのでしょう。

驚いて動揺しているみたいです。


「面白い、受けて立ちますわ!

リック、実力を見せ付けてやりなさい!」


「ええっ?!」

そして、わたくしの言葉で更に激しく動揺したみたいです。


「……いや、でも勝ったら娘との関係を認めるって、強さだけを判断基準にするのはヤバくないっすか?

強くても性格悪い奴も居る訳で……。」

そして混乱したリックは、やや的外れな指摘を口にするのでした。


「阿呆ぅか!!

本来なら家柄、人柄を良く見極めた上で、最後の関門として行う筈の関門だったのだ!

ただ、今回はそんな事を見極めている余裕もないし、どうにか娘を留まらせたいので、難癖をつけるために言っておるのだ!」

お父様もお父様で、自分の思惑まで素直に白状してしまっていました。


「あ、すんません。

それなら納得っす。」

「うむ!

では付いて来い。

私はこれでも軍閥なのだ。

今でも鍛錬を行っているし、若い者に稽古を付けてやっているほどだ。

貴様など、叩き伏せてくれるわ!」


そう言って我先にと中庭へ向かって歩いて行くお父様のあとを追って、わたくし達も向かいます。

途中、リックが小声で聞いてきました。


(あの……、ティアナさんがノリノリで受けて立っちゃったのでやるっすけど、この状況マズくないっすか?)

(心配いらないわ。

正々堂々と打ち負かしてくれて構わないわ。)

(ええ……。)


わたくしの自信満々な様子に戸惑う様子のリック。

けれど、わたくしはリックの勝利を確信していました。

何故なら──


**********


「ぐわぁーっ!!」


ドサッ!!


アッサリと叩き伏せられたのはお父様の方でした。

リックに袈裟斬りにされて尻もちをついています。

もちろん、使用している剣は刃を落とした練習用のものなので、お父様は怪我らしい怪我はしていません。


「な、何故だっ?!」

「……いえ、当たり前ですわよ。

お父様は子爵様で領主様なのですよ?

兵士達は気を遣って手加減してお相手しているに決まっているではありませんか。

万が一にでもお父様に怪我をさせてしまっては、この領の統治に悪影響を及ぼすかも知れないのですから。

それに怪我が無くとも、お父様に勝ってしまったら不興を買う可能性もあるではないですか。

そりゃあ部下の立場ならわざと負けようとするのは当然です。

それなのに「若者に稽古を付けてやってる」などと、よく言えたものです。

若者に、わざと負ける練習をさせている、の間違いじゃないですか?」


「なっ?!ぐぬぬ……。」

わたくしの指摘に返す言葉が見当たらなかったのか、お父様は歯噛みしました。


「ええいっ!

ならば、リーキ!

代わりに立ち会え!!」

そして、いつの間にか居たお兄様に代わりに立ち会えと言ってきました。

……というか、お兄様はいつの間にここに来ていたのでしょう?

あまり存在感のある方ではないので気付きませんでした。


「……は?

いやいや、勘弁して下さい。

私には彼と戦うメリットなんて何一つ無いのですよ?」

「なにぃ?!

可愛い妹が、また何処かへ行ってしまっても良いと言うのか?!」

「ティアナも大人ですよ。

まして後継にもほぼ絡まない身です。

好きにさせれば良いではありませんか。」


「黙れぃ!!

つべこべ言うなら、お前を後継ぎ候補から外すぞ!」

「んな無茶な……。」


「そうです!

このままでは私のスノウノもティアナに連れられてしまします!

なんとかなさい!」

お父様の無茶振りに肩をすくめるお兄様に対して、お母様まで参戦してきました。


「え〜…………?

じゃあ、決闘云々は関係なく、私がただリック君と手合わせするだけというなら、やりますけど……。」

「この際、それで良い!

何としても、この馬の骨に一泡吹かせてやれ!」


まったく……、無茶苦茶な事を言うものです。

こんなのでちゃんと領地経営を出来ているのでしょうか?

それにしても、リーキお兄様が出てくるとは思いませんでした。


リーキお兄様は、どこか華のある両親とは対照的で、失礼ながら地味なヒトです。

性格も温和で誠実、ヒトを押し退けて自己主張など絶対にしない方です。


その剣術の腕前は……、強いです。

わたくしとスノウノが家を出るまで、スノウノと互角に渡り合える実力がありました。

その剣の太刀筋は堅実の一言に尽きます。

お兄様は、スノウノの様に生まれ持った身体能力に恵まれてるとまでは言えないヒトです。

それでもお兄様はへこたれる事なく、ただただ基礎を積み重ねました。

そして、才能の塊であるスノウノと拮抗する程の実力を身に着けたのです。

そんな努力の結果が弱い筈などありません。


「リック。」

「なんすか、ティアナさん?」

「……リーキお兄様は強いです、魔術の使えないスノウノ並みに。

全力を出してください。」

「え゛……。

分かったっす、全力を出すっすよ。」


リックが小声で魔術を使うのが分かります。

さて、どうなりますか……。


**********


キィン!


リックとお兄様との戦いは、両者譲らずの状況が続きます。

身体能力を魔術で向上させたリックが一見攻めている様に見えます。

けれど、お兄様は崩れない。

基礎を着実に積み上げたお兄様にしてみれば、能力で上回る者への対処する事も当然、想定内です。


一方のリックは、身体能力を上げているにも関わらずお兄様を崩せず、更に魔術の効果切れも迫っているため、内心焦りが生まれている筈です。

このままでは……、リックは負ける。


わたくしが危惧したその時──


「たあっ!」


リックが大振りに剣を振り下ろしました。

リック、それはっ!


「……っ。」

スッ……


お兄様さリックの剣を受け止めず、見事に避けます。

その結果、リックの斜め後ろに回りました。


──まずいっ!!

お兄様から見て、リックの背がガラ空きです!


もちろん、そんな隙を見逃すお兄様ではありません。

お兄様が勝負を決める一振りを──


キィンッ!!


「──えっ?!」


お兄様の口から、短く驚きの声が上がります。

それもそのはず、リックは必敗の態勢から、後ろをふり返りもせず、見もせずに、後ろ手でお兄様の振る剣を弾いて見せたのです。


シュッ!!


更には、姿勢を低くしたかと思うと、振り向きざまに足払いを繰り出しました。


「くっ!!」


堪らずお兄様の体勢が崩れます。

それを逃さずリックが肩口を掴んで押し倒しました。


ドサッ!!


倒れたお兄様の首筋には、リックの剣が押し当てられていました。


「……はぁ。

まいったよ、降参だ。」

「あ、はいっす。」


しばし見詰め合っていた両者ですが、沈黙を破ったのはお兄様でした。

それを受けてリックは緊張を解き、お兄様に手を差し出しました。

もちろんお兄様は素直にその手を取り、立ち上がりました。

そして、先程までの緊張感など無かったかの様に、穏やかにリックに話し掛けます。


「……いやぁ、あんな事されたら勝てる気がしないよ。

後は根気強くミスを待つくらいしか……、いや、そのミスが誘いなのかどうかも分からなくなるのか。

恐ろしいな。」

「いえ、本当に根気強く待たれたら、オレが負けてたっす。

今回のは反則勝ちした様なものっすから。

普通にやったら、間違いなくリーキさんが勝ってたっす。

ただ……、今回は反則をしてでも勝たなくちゃいけなかったっすから。」


リックの言葉に、お兄様は静かに目を細めます。


「そうかい……。

頼もしいヒトが妹に付いていてくれたようで安心したよ。

妹をよろしくな。」

「はいっす。」


そう言って二人は改めて握手をしました。

なんと清々しい姿でしょう。

負けたとは言え、お兄様の強さも確かに感じられました。


ただ、そんな二人の様子が面白くない方も居たようで……。


「何を爽やかに握手を交わしておるのだ!

このままではティアナが、また何処かへ行ってしまうのだぞ!」


お父様、そもそも自分があっさり負けたことなど忘れているのでしょうか?


「……はい、ですからそれはもう仕方がないではありませんか。」

「わたくしが何処に行くかは、先の手紙に書いておりますので、ご心配には及びませんわよ。」


お兄様とわたくしがそう言っても、興奮したお父様の耳には入っていない様子でした。


「ええい、黙れ!

こうなれば……、おいっ!屋敷中の使用人と護衛を全員呼んで来い!

こ奴らを捕らえるのだ!」


はぁ……

本当に面倒なお父様ですわ。


「……クロー様。」

「はいはい、『重力制御』!」


パチンッ!


「──急ぐぇぁっ?!

な、何だ?!」

クロー様が指を鳴らすと、わたくし達七名以外の全員が膝を折り、座り込みました。

あ、リックの隣りに居たお兄様も立ってますわね。


「正々堂々と決闘、というのであれば目を瞑りましたが、パーティに危害を加えようとするのであれば見過ごせませんからね。

みなさん、しばらくは動けないようにさせてもらいました。」

「なっ……?!」


クロー様の語る言葉にお父様が驚愕して目を見開きました。

相変わらずお見事な魔術です。

初めてクロー様とあった日、わたくし達もこれをされましたっけ……。


「お父様、今年の春先に帝国がカダーに攻め入ったという話は知っていますか?」

「はぁ?なんだ?

知ってはいるが……。」


訝しげに答えるお父様に、わたくしはクロー様の正体を語りました。

「その際、長距離からたった一発の魔術で帝国軍の司令部を穿ち、潰走に至らしめた大魔導師が、こちらのクロー様です。

やろうと思えばこんな屋敷くらい、簡単に爆破してしまえる方ですよ。」

「えっ…………?!」


「いえ、やれと言われてもやりませんけどね?

そんな事、余程の大悪党に対してしかやりませんよ。」

「…………。」

できない、ではなく、やらない。

クロー様が何気なく答える態度が、わたくしの言葉を裏付ける事になりました。


……これ以上、ここに居る意味も無さそうですわね。


「さて……、ではもう行きましょうか?

これ以上ここに居る意味ももうありませんから。」

「ああ、気を付けるんだよ。」

「はい。

ありがとうございます、お兄様。」

「ああ、元気でな。」


ヒラヒラ……。


お兄様は遠ざかるわたくし達に、ずっと手を振ってくださいました。


「こらっ!リーキ、何故追わん?!

お前は魔術が効いていないのだろう?!」

そんな様子が気に障ったのでしょう、お父様がリーキお兄様を責めます。


「え…………?」


…………。


「うわぁっ!

くっ……、頑張って耐えていたのですが、もう限界です。

もう、立つことすらできません。」

お兄様は一呼吸おいてから座り込むと、棒読みでそうおっしゃいました。


「見え透いた嘘を吐くな!!

ええいっ、待て、ティアナーーッ!!」

「スノウノーー!行かないでーー!!」

わたくし達の背中には、振り返っても見えないほど遠くから、お父様お母様の声だけが届いていたのでした。


**********


お父様の性格は分かっています。

あれも結局は我が娘可愛さで、過保護になった結果だったのでしょう。

そこに悪態をつきたい訳ではないのですが……。


「はぁっ。

難儀ですわね。」

「……本当ニャ。

悪気が無いのが一番困るニャ。」

隣でスノウノも同じ感想を吐露しました。


そんなわたくし達をフォローするため、リックが声を掛けてきました。

「はは……、大変なご両親だったっすね。」

「ええ、もう恥ずかしい。

……ですが、これで義理は果たしましたよね?」

「……はい?」


「両親への挨拶も済ませ、試練とやらも無事乗り越えました。

これでリックも心置きなくわたくしに手を出せるでしょう?

……というか、わたくしの方がもう限界です!

女に恥をかかせないでくださいまし!」

「そうニャ、そうニャ!」

「あの……、善処するっすよ。」


……スノウノは何故乗ってくるのでしょう?

まぁ、それは良いですか。

兎も角、これで気兼ね無くリックとイチャイチャできるというものです。

リックがどうしたら良いか分からないと言うなら、わたくしがしたい事を教えていけば良いだけです。


無垢とも言えるリックをわたくし好みに……。

くふっ!な、なんだか興奮してきました!


そんな邪悪さに目覚めたわたくしに気付かず、クロー様達は次の行き先を話しています。


「さて、クロー。

この後はリプロノで良いんだよな?」

「はい。

あ、でもその前に、フラウノさんのご実家の商会に寄りたいですね。

せっかくなので、儲け話の情報をお流ししておきましょう。

「魔王領」としても、コラペとの流通経路は多ければ多いほど良いですからね。」


ヴェロニカさんの問い掛けに、クロー様はフラウノの実家に寄る事を提案しました。


「わ、良いのですか?

私も親には心配掛けているので、少しは親孝行になれば嬉しいです。

ウチのブルーム商会なら、来年にもあるであろう国からの本格的な公募に向けて準備しておくことは可能と思います。

いち早く手を挙げる事ができれば、それだけ役所からの信頼を勝ち取る事ができますから。」


フラウノがそんな事を話す中、わたくしはリックとどんな事をしたいか、いつ切り出すかとか、そんな事ばかり妄想していたのでした。

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