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08_閑話_カイルとセーム

「……ほぅ、随分と派手に立ち回ったものだのぅ。」

「──っ?!」


今まさに止めの一撃を食らわそうとしていたカイルの手が、静止した。

カイルのその拳も、体も、あちこちから血がにじみ、服は千切れ、ボロボロの状態であった。


しかし、その周囲には十人は下らない若者が、カイルの比にならない程にズタボロになって転がっている。


ここはカダー王国王都トロリス。

その一角にある薄暗い路地裏である。

王都に赴いていたセームは、偶然見掛けた修羅場に、好奇心から首を突っ込んていた。


「……なんだよオッサン。

見世物じゃねぇんだぞ。

巻き込まれたくなかったらあっち行ってろ!」

「ほっ、まだまだ元気そうだのぅ。

ちなみに、そ奴らはお前に何をしたのだ?」

「……俺の女と帰る場所を盗った。」

「ほぅ……。

そりゃあ、怒って当然だの。」


毒気の無いセームの声に、すっかり興が削がれたカイルは、掴んでいた男をゴミの様に放り投げた。


「……なぁ、ジイさん。

あんたの身なり、相当良いモノだよなぁ?

お偉いヒトなんだろ?

……こんな場所、さっさと立ち去れって。」

「はは、優しいなぁ。

じゃあ、立ち去る前に一つだけ聞いて良いか?」

「……はぁ。ぁんだよ?」

「儂の護衛をする気はないか?

お前ほど強いなら、文句は無いわい。」


その言葉はなんの気負いも無く、まるで明日の天気の話をする程の気楽な口調で語られた。


「…………は?」


だからこそカイルは、その言葉の意味をすぐには理解出来なかった。

その言葉は、そう安々と口にするものではないと理解していたからだ。


「……いや、ジイさん頭大丈夫か?

こんな所で喧嘩していたゴロツキ風情に何言ってんだ?

はっ!まさか、マフィアのお偉いさんか?

悪いが、裏稼業をする気な無いからな。」

「はははっ!

まぁ、そう思うのも無理ないか。

だが、安心せい。

儂はカタギだ。」


セームの態度は初めからまったく変わらない。

カタギと言うが、先程まで言い逃れ出来ない状況で暴力を振るっていた男を雇おうとするカタギの者など居るだろうか?


カイルが状況に混乱する中、もう一人の人物がその場に足を踏み入れた。


「セーム様っ!

こんな所にいらっしゃったのですか?!

困りますよ、勝手に歩かれては!」

「おお、ナーベか、すまんな。

いやぁ、喧嘩の気配がして血が騒いでなぁ。

そうそう、こ奴を護衛として連れて行くことにしたからな。」


「「はあぁぁぁぁっ?!」」


ナーベはつい最近まで、伯爵であったセームの執事をしていた男だ。

ちょっと目を離した隙に姿をくらましたセームを探していたのだ。

しかし、見つけた途端にとんでもない提案をされるとは思わなかった。

彼はボロボロの身なりの青年と声を揃えて驚愕したのだった。


「ちょっ、セーム様、何をおっしゃるのですか?!」

「そうだ!

だいたい、何で一緒に行く事になるんだよ?!」


ナーベとカイルは仲良く口々にセームを説得しようと試みた。


「ん?

さっき、帰る場所が取られたと言っておったろう?

なら、儂の所に来れば良いではないか。

食うには困らない程度にはしてやるぞ?」

「それは……。」


しかし、セームにそう言われてしまうと、帰る場所を無くしたばかりのカイルにはそれが魅力的な提案に思えてしまう。


「セーム様、護衛なら各所から素性のしっかりしている者達を推薦されているではないですか。」

「そういう奴らはつまら……、いや、もっと未来ある若者に付けてやれと言っとるだろ。

それか軍に入れろ。

儂の様な老輩には、こ奴くらいで十分なのだ。」


長年の付き合いだ、ナーベはセームの性格はよく分かっている。

彼が言い出したら聞かない事も、よく分かっていた。


「はぁ……。

君は異存ないか?」

「へ……?

い、いや、そりゃあ俺は構わねぇけど……。」

「うむ!では決まりだな!」


カイルに依存無いと知るや、そのままセームは話を決めてしまった。

そしてカイルを王都の屋敷に連れて行くのだった。


**********


「はあっ?!子爵様ぁ?

アホか、なんでそんなヒトが路地裏で喧嘩していたゴロツキなんか雇うんだよ?!」

「これ、口を慎め。

ちなみに、昨年までは伯爵様であった方だ。

……まぁ、気持ちは分かるがな。

あのお方は変わったお方なのだ。

有能な者なら、多少の欠点など気にされない。

……だから家臣には少々癖の強い者が多くてな。

お前はまだまともな方だよ。」

「俺で……?マジかよ……。」


連れて来られた先、ローエンタール家の屋敷でナーベから話を聞いたカイルだったが、彼の、いや、セーム子爵の意図がまったく理解出来なかった。


「取り敢えず、今日はこの屋敷で休め。

明日、セーム様は子爵領に戻られる。

お前はそれに付いて行けば良い。」

「……分かった。

……ました。」


流石にお貴族様相手に普段の口調はまずいと思ったか、取って付けたような丁寧語を語るカイルであった。


**********


セームに拾われた翌日、セームに同行するカイルには服が用意されていた。


「ははっ!馬子にも衣装だな。

なかなか様になっているではないか?」

「あのっ、本当にこんな上等な服着て良いのかよ?

俺なんかが……。」

「儂の様な立場になると、周りに侍らせる者の服まで気に掛ける必要があるのだ。

ま、気にするな。

その服はまだ安い方だからな。」


自分が半生で一度も目にしたことの無いような、高価そうな服を下賜するセームに、改めてこの人は貴族なのだと実感の湧くカイルであった。


「あのっ、でも俺、口の利き方もなってねぇのに……。」

「ほっ、なら黙っとりゃええ。

儂の代わりにお前に話させる事なんな無いからな。

不安ならただ黙って困った顔をしておけ、儂が何とかするわい。

お前の役目は儂の護衛だ。

……最悪、儂を囮にして儂の周りの者達を守ってくれれば、それで良い。」

「──っ?!」


そんな事出来る訳がない。

雇い主を囮に使うなど、理屈に合わない。

しかし、セームの口調はそれを、何でもない当然の事と思っている様であり、カイルは混乱するのだった。


**********


カイルが雇われて一年程が経った。

ローエンタール領の屋敷で、カイルは夕食後にナタリーに声を掛けた。


「……あのっ、ナタリー、さん。」

「んっ?

なんだい、カイル坊。」


人生経験豊富なナタリーにとって、二十歳そこそこのこの頃のカイルは「坊や」と呼べるような若造であった。

そんな坊やに、ナタリーはニッコリ微笑んで応じた。


「折り入って頼みがある。」

「あら、ごめんねぇ。

今は誰とも付き合う気は無いんだよ。」

「ち、違う!そういう事じゃない!

そのっ……、言葉遣いを、教えて欲しい。」


若者特有の潔癖さで全力否定されたナタリーだったが、怒るでもなく苦笑して応じる。


「いや、冗談だけどさ。

全力否定は傷付くねぇ。

ま、いいや。

言葉遣い、だっけ?

どうしてまた……。

セーム様も気にしてないんだろう?」


「その……、昨日、客人の前でセーム様に恥をかかせちまった。

俺が、せめてもうちょっとマシな言い方が出来れば……。」


この頃には、カイルはセームの事を大恩ある主と認識していた。

だからこそ、自分の無知でセームの顔に泥を塗るような事は許容出来なかったのだった。


「はぁん……、分かった、良いよ。

その代わり、今日から夕食の片付けを手伝っとくれ。」

「わ、分かった。」


ナタリーとの交換条件は成立し、カイルはナタリーに言葉の使い方を教わることになった。

だが、カイルはまだ知らない。

交換条件とは言っているが、片付けなどナタリーにとって大した手間ではないのだ。

それに対してカイルへの授業にはそこそこの時間が掛かる。

そんな不平等な交換条件を出したのは、カイルに罪悪感を持たせないようにとの、ナタリーからの配慮であったのだった。


**********


カイルがセームに拾われて三年が過ぎようとしたある日、カイルは書斎に呼ばれた。


「おぅい、カイル、ちょっと来てくれ。」

「は、はい!

セーム様、こちらに。」


そう言って入室してくるカイルは、背筋もピンとして、服装に乱れは無く、子爵の側近と言われても違和感ない立ち居振る舞いとなっていた。


「……カイル、お前、話し方がそれらしくなってきたのう?

ナタリーに教わっとる成果が出とるな。」

「そ、そうですかね?

ありがとうございます。

……ところで、ご用事は何でしょう?」

「おお、そうだった。

今日、文官から子爵領の予算配分可案がいくつか出て来たのだが、お前に意見を聞こうと思ってな。」


「はぁ?!

いやいや、俺の意見なんて聞いてどうするのです?!」

「……口調が少し戻っておるぞ。」

「はっ!!」


セームの突拍子もないセリフに、思わず素の粗雑さが口調にひょっこり顔を出したのだった。


「はははっ!

もちろんお前に決定させるとかそんな話ではない。

いくら儂でも、そんな無謀な事などせんよ。

そうではなくてな、難しい事を一切抜きにして、お前の感性でどう感じるか聞きたいのだ。」

「俺……、私の感性、ですか?」


「庶民の感覚と言っても良いな。

いやな、儂は貴族生まれ貴族育ちのボンボンだ。

おまけに長いこと政(まつりごと)に関わってきておる。

だから庶民感覚には疎いのだ。

そこで、まだまだ庶民感覚の抜けていないお前の意見聞きたいのだ。」


「……なるほど、そういう事なら喜んでお答えいたします。」

「うむ。

ではまず、この水道設備についてだが──」


それはセームの軽い思いつきであった。

しかし、この時のやり取りが思いの外しっくりきてしまったセームは、以降もカイルに話を向ける事が多くなっていったのだった。


**********


カイルがセームに拾われて五年。

とある屋敷でカイルは青い顔をして横たわっていた。


「カイル!しっかりしろ!!」

「……う、セーム……様?」


カイルが目を覚ますと、一番に目に映ったのはセームの心配で青くした顔であった。


「気付いたか、この馬鹿者が!

儂なんぞを助けるために大立ち回りをしおって!」

「はは……、お陰で、セーム様を、お守り出来ました。」


この日、セームはとある貴族のパーティに出席していた。

そこで、この家の主を狙った襲撃事件が起きたのだ。

狙われたのはこの家の当主であったのだが、不運にも襲撃者達はセームか当主の側にいる時にやって来た。


カイルの気迫は鬼気迫るもので、剣を抜いた四名の剣客を相手に、見事セームと当主を守りきってみせたのだった。

その姿を見ていた当日の参加者から広まったのが「鬼のカイル」の二つ名であった。


しかし、襲撃者の中に一人、毒の塗られた短剣を用意していた者が居た。

そのせいでカイルは、四人を倒し終えた後に、自身も倒れ伏してしまったのだった。


「阿呆ぅ!!

お前、毒で死にかけたのだぞ?!

司祭が間に合わなかったらどうなっていたか……。」

「それは……、良うございました。」

「何ぃ?!」


ムキになって叫ぶセームに、カイルは青い顔のまま微笑んだ。


「私だから耐えられたのです。

セーム様が毒に侵されたなら、司祭を待つ事も出来なかったでしょう。」

「……ぬぅ、言いよるわ。」


「ご安心下さい、セーム様。

私は貴方が天寿を全うするその日まで、必ずや貴方をお守りいたします。

それまで、決してくたばるものですか。」


「……阿呆が。

そんな忠誠より、儂はお前に孫子の代まで生きて守り続けて欲しいのだ。

主の言う事は聞くものだぞ。」

「はは……。

では、セーム様を生涯お守りした後、ご子息様達もお守りすることにいたしましょう。」


「まったく、剣の腕ばかりか口まで達者になりおって……。」


セームは毒づいたが、その瞳は赤く潤んでいた。


**********


「──とまあ、こんなところだな、儂とカイルの出会いは。」

「……驚きました。

まさかカイルがそんな無頼漢の様な事をしていた頃があったなんて。

今の彼からは想像できません。」


場面は戻って現在。

ローエンタール領の屋敷でサキの寝顔を眺めながら、セームはルミにカイルとの出会いを語っていた。


「まったく、お恥ずかしい限りです。

……あの頃は本当に自暴自棄になっていましたからね。

あの時、セーム様に声を掛けて貰えなかったら、自分はどの様な末路を辿ったものか……。

想像するだけで恐ろしいですよ。」


「はははっ、あり得ん!

……当時の儂は妻に先立たれたばかりで、伯爵位も、優秀な部下も丸っと息子に丸投げしところでな。

半ば隠居生活を始めようかという時だったのさ。

責任も軽くなった、時間も取れるようになった、けれど暇でなぁ。

そんな時に、無頼そうで、そのくせ微かに真面目さを滲ませた面白そうな若者を見つけたのだ。

あの日、儂は道端で誰も気にも止めない、隠れた宝石の原石を拾った気分だったのだぞ?」


語るうちに興が乗ってきたのか、セームがカイルをこれでもかと褒めちぎった。

しかしカイルは、それを過大評価だと謙遜する。


「そんな……、持ち上げ過ぎです。」

「過ぎなものか。

それが「鬼のカイル」と呼ばれ、周りの貴族すら気に掛ける程の存在になるなど、誰が思ったろうか。

更には立派な伴侶を得て、こんな愛らしい娘の父親になろうとは、儂も想像だに出来なかったとも。

……ああ、明日から数日、王都に行かなくてはならんとは。

サキと数日会えないとは、なんと寂しいことか。」


やっと表情を見せる様になったサキに、最近のセームはメロメロであった。


「……私は本当に付いて行かなくて良いのですか?」

「構わん、ルミとサキに付いていてやれ。

コウ、コンジー、コンラッドの三人が居れば十分だ。

お前が一年以上、みっちり仕込んだ弟子達なのだからな。

そんな事より、お前はちゃんと妻子を見ておくのだ、良いな?」

「承知しました。」


「それにしても……、そろそろ完全に隠居でもするかのう。

いつまでも爺いが派閥の領収などやっていても仕方あるまい。

若い者に、次男辺りに子爵位も譲る準備を始めるとしようか……。」


セームが呟いた通り、この年の剣術大会期間中、つまりカダー王国の貴族達にとっては社交シーズンであるこの期間に、セームは息子達に自身の隠居について本格的に話し始めるのだった。

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