09_獅子王女の修羅場
「……あ〜、退屈ぅ。
ナスバレイさんとこの報告も、最近、順調って事ばかりで、進展も無いしぃ。」
「であれば、講師を呼びましょう。
まだまだ覚えるべき事はありますからね。」
「やぁだぁ!
お勉強するくらいなら、退屈してた方がマシだもん〜。」
「……。」
リグレットの退屈発言を受けて放った、フィザリスの提案はあっさりと却下されてしまった。
ここはリプロノ王国王都シータンパピア、その一角にある王女リグレット用の私邸である。
今日も今日とて、屋敷の主であるリグレット王女は退屈を持て余していた。
「リグレット様、そんな事ですとリック君と次に会えた時に後悔しますよ?」
そんな様子に、側仕えのメイドであるシロが苦言を呈する。
リグレット王女にとって最も身近に居るメイドであるシロの発言は、いつもであれば一定の効果があるものであった。
「ゔ……、い、いいもん。
どうせボクが成人するまでまだ時間はあるし。
それまでに頑張れば良いんだもん!」
しかし今日の王女は、いつも以上に厄介な状態のようだ。
「……それまでリック君が待ってくれているとお思いますか?」
「え……?」
シロが何気なく漏らしたその言葉は、至極当然の内容であった。
それゆえ、リグレットの不安を掻き立てるのに十分なものだった。
そんなリグレットのもとに、新人メイドのシェンがやって来る。
「──お話し中、申し訳ありません。
リグレット様にご挨拶したいという冒険者が来ているそうなのですが、どうなさいますか?」
「……冒険者、ですか。
一応聞いておきましょう、代表者の名前は何と?」
答えたのはフィザリスであった。
冒険者が王女に謁見など、普通に考えて許される理由はない。
しかし、それが無謀な事くらい一介の冒険者なら弁えている筈だ。
そこを敢えて言ってきているのだ、もしかしたらフィザリスの知っている者達かも知れない。
「はい、リックの名で申し込まれております。」
「「──っ?!」」
案の定、シェンから返ってきた名前は、この場の誰もが知っている名だった。
なんなら、今しがたその名が会話に挙がったばかりだ。
「リック?!リックが来たの?」
「リグレット様、落ち着いて。
シェン、応接間にお通しなさい。
くれぐれも丁重に。」
フィザリスはリグレットを落ち着かせ、シェンに指示を出した。
せっかくの機会だ、不意にするわけにはいかない。
「は、はいっ!」
「ささ、リグレット様はご用意をいたしましょう。」
「うんっ!」
シロとリグレットは、客人に会うため、久々におめかしをするのだった。
**********
「おお、リグちゃん、久しぶりっすね!」
「……。」
リックの第一声に、リグレットのテンションはだだ下がりしている。
リックの挨拶に不満があった訳じゃない、むしろ彼らしく、リグレットにとっては心地よい挨拶であった。
問題は彼の隣の人物である。
「あ、あれ?えっと……。
申し訳ないっす、ちゃんとリグレット王女様って呼んだ方が良かったっすかね?」
リグレットの様子に、自分が粗相をしてしまったと思ったリックは、慌ててリグレットに問い掛けた。
「はっ!
ううん、リグで良いよ!
ごめんね、ちょっとビックリしたから。」
「ビックリ……?
ああ、ウチのパーティのメンバーが増えたっすからね。
初めて見るヒトが居れば驚くっすよね。
じゃあ、紹介するっす。
こっちが──」
(違うっ!違うよリック!
そのヒト誰?!
メチャクチャ仲良さそうじゃん!!)
にこやかに初対面のメンバーの紹介を行うリック。
しかし、リグレットの注意はリックの隣に立つ人物一人に注がれていた。
「──で、最後がティアナさん。
コラペ王国の貴族令嬢で……、その、今お付き合いさせてもらってるっす。」
「「──っ?!?!」」
それを聞いたリグレット、フィザリス、そしてシロは息を呑んだ。
それ程に、リックの語った言葉は衝撃的であった。
「あ、あれっ?!
どうかしったっすか──。
えっ?!
クロー、何すか?」
そして、彼女らが衝撃を受けていることはクロー達にも分かった。
当本人であるティアナでさえ、何となく事情を察する程に。
分かっていないのはリックくらいである。
なので、クローは慌てて割って入り、本来の目的を話す事で誤魔化そうとした。
「コホンッ!
え〜……、ここからはボクが話します。
まず、今回の目的をこの書面にまとめてきましたので、一読願います。
……あ〜、フィザリスさん、お読み下さい。」
立場的にはリグレットに渡すのが筋なのだろう。
しかし、彼女はまだ先程の衝撃から立ち直っていないようだ。
そのためクローはフィザリスに文書を渡した。
クローの意を察したフィザリスも、素直にそれを受け取り中身に目を通す。
「拝見いたします。
…………。
──っ?!
これは……。」
その内容は、リプロノ王国の国防にとって、無視出来ないものであった。
「……帝国が「翼の魔王」様と和解?
これが本当なら、我が国も帝国の脅威にさらされる事になる。」
「失礼を承知で申し上げますが、リプロノは帝国にとって侵略価値の低い国です。
直ちに戦場となる様な事はないでしょう。
資源価値も多くはないし、北東の魔王国と対面することも、帝国はしたくないでしょうからね。
しかし、帝国がコラペへ侵攻するのを邪魔するなら、容赦はされないでしょう。
可能性として高いのは、帝国がコラペへ攻め込んだ後、半ば属国扱いとされて、魔王国との緩衝帯として生かさず殺さずの状態にされる感じでしょうか。」
「……それは、可能ならば避けたいですね。」
「──であれば、コラペと歩調を合わせて、そこにあるボクの案に乗ってもらうのがよろしいかと。
少なくとも、「魔王領」が直ちに帝国の軍事拠点化する事は防げるでしょう。」
「……分かりました。
私の方から、陛下と王妃様へ上申申し上げる事といたします。」
「もちろん、言うまでもない事ですが、それは素人であるボクの考えた稚拙な案です。
もっとより良い案が有れば、そちらを採用いただいても良いですし、ボクの案を元により洗練いただいても構いません。
ボクは自分の考えを頑固に守り続けたい思いなんてありませんので。」
「はい、その旨承りました。」
久々に対面するクローに、フィザリスは内心で感心していた。
口調は丁寧でそれでいて自然、各国の立場も概ね理解しており、それを踏まえた提案も出来る。
そしてそれに驕る様子もない。
可能なら彼の本当の主である、王妃プリザベートに仕えさせたいと思うほどだ。
だが、その思いは一年前に会った際に諦めている。
クローにとって、それに見合うと思えるような対価が、フィザリスには思いつかないからだ。
「ねぇ、もう難しい話は終わった?」
「……ええ、まぁ。」
話が終わったと見るや、リグレットは身を乗り出してきた。
どうやらさっきのショックから立ち直ったようである。
「じゃあ、リック!
聞きたい事があるんだけどっ!」
「は、はいっす!
なんすか?」
「……リックはこの後、「魔王領」に行くの?」
「えっ?!
……そうっすね。
事情があって、今はリプロノに長居できないっすし、「翼の魔王」様もお待たせしてるっす。」
「んじゃあ、ボクも行く!!
連れてって!」
「「いぃっっっっっ?!」」
リグレットの叫びに、フィザリス、シロ、シェン、そして背後に控える護衛達までもが驚きの声を上げた。
「リグレット様、いくらなんでもそんな事、プリザベート様がお許しになる筈がありません。」
「やだぁ!!
ただでさえ出遅れてるのに、離れ離れになったら距離が開くばっかりじゃんっ!!」
フィザリスの言葉に反発するリグレット、ただこれはいつもの光景とも言えた。
「リグレット様、落ち着いて。」
「やだったら、やだぁ!!」
ところがシロがなだめるのにも反発するのは、非常に珍しい事であった。
どうしたものかと関係者が困る中、当本人が静かに口を開く。
「……リグちゃん、申し訳ないっす。
でも、ご両親を悲しませるのはダメっすよ。」
ピタッ!
プチイヤイヤ期が到来していたリグレットの肩がビクッと弾け、静かになった。
「…………ふぇ?」
「リグちゃんを見てれば、ご両親がちゃんとしたお方だという事は分かるっす。
そんなご両親を悲しませる事はしないで欲しいっすよ。
……オレは孤児で、両親なんか生きてるのか死んでるのかも分からないっす。
育てる事が出来なかったのか、捨てられたのかも分かんないっす。
でも今なら、仮に両親に会う事ができたなら、何かしてあげたいって思うっすよ。
ま、会う事なんて、この先も絶対にないと思うっすけど。」
親を知らずに育ったリックの本心に、リグレットも皆も静かに聞き入っている。
「だから、ご両親に会う事が出来るリグちゃんには、ご両親を悲しませる事はして欲しくないんすよ……。
せめて成人するまでは、ご両親の側に居てあげて欲しいっす。」
「…………ぅん。」
しゅん……
孤児であるリックの諭しに、リグレットはすっかりしおらしくなってしまった。
そんなリグレットを慰めるように、今度はクローが口を開く。
「リグレット様、諦めるのは早いですよ。
この先、リックとの連絡手段がまったく無くなる訳ではないですから。」
「えっ?!本当?」
クローの言葉に、リグレットは弾かれる様に顔を上げた。
「はい。
この先、「魔獣の森」内を運行する輸送隊を用意する予定です。
それに手紙を運ばせれば、リックと定期的に文書のやり取りが出来ますよ。
リックには必ず返事を書かせますし、緊急の事態が生じたなら急ぎ駆け付ける手段も検討中です。
……それには、「魔獣の森」を抜けて「魔王領」まで繋がる道を、リプロノとコラペに整備してもらわないといけないのですが。」
「……分かった。
ボクからもお母様に頼んでみる!」
こうして、結果的にクローの提案は前向きに受け入れてもらえる運びとなった。
クロー達はその後、一晩お世話になった後、「魔王領」へと旅立って行った。
**********
リック達を見送った後、シロがリグレットに尋ねる。
「……結局、諦めないのですね、リック君の事。」
「うん!
確かにあのお姉さん、ティアナさんだっけ?
あの人の方が、今はスタイルも良いし、美人だし、真面目で優しくて、前向きに頑張るヒトだけど!
今はボクの完敗なんだけど!
これからボクも成長して、追いつくもんっ!
そしたらその時には、ティアナさんより若くて、家柄も良いボクにだってチャンスあるかもじゃない?!」
「……若いから、家柄が良いからという理由で恋人を乗り換えるヒトなんて、私なら願い下げですが?」
「そ、そう言われると、そうかもだけど!
良いんだもん!
あのティアナさんが、ある日闇堕ちしちゃう可能性だってあるわけじゃない?!」
「あのリック君が隣に居て、それは考え難くないですか?」
「……いいの!
兎に角、あのヒトに追い付けるように頑張るんだもん!
フィザリス、講師の先生をお呼びして!
まずは勉強から頑張ってみるから。」
「──っ?!
はい、承知いたしました。」
リグレット様が自ら講師を呼ぼうとするとは!
その事実に驚愕するフィザリスであったが、リグレットの気が変わらない内にと、急いで駆けて行くのだった。
後に残されたシロに、リグレットは矛先を向けた。
「あと、シロ!」
「は、はい?」
「どうやったらそんな、細身なのに出るべき所は出てる体型になれるのか、教えて!!」
「う〜ん……、私は特別な事はしていないのですが、そうですね……。
しっかり、好き嫌いなく、何でも食べて、食べだけ運動もする、それだけですね。」
「バストアップ体操とか、そんなのは?」
「私はやった事はないですが、やれる事はすべてやってみてはいかがでしょうか。」
「うんっ、そうだね、やってみる!」
「その意気です、リグレット様!」
正直、「バストアップ体操」とやらについては、その効果を欠片も信じていないシロであった。
しかし、体操というからには体を動かすものである筈だ。
少しでもリグレットが身体を動かそうと言うのだから、それに乗っかるのは吝かではない。
シロはリグレットの運動不足解消のため、リグレットを乗せ続けるのであった。




