10_教主の再会
パーパーパパーパーパパーパパパー
パーパッパーパパッパーパパー……
朝、鉱山の若人が吹くラッパの音で目が覚めます。
鉱山町の朝は早い。
外はまだ空が白み掛かっているというのに、もう馬車を引く音が聞こえてきます。
僕自身は鉱山には行かないけれど、直ぐに起き上がり朝の身支度を始めました。
冬がすぐそこで、最近は朝の支度が億劫になってきています。
しかし、教主という立場で、だらしない姿を見せる訳にはいかないのです。
それに今日はアリアさんがいらっしゃる筈。
アリアさんの応対をするのは、魔王教の教主として最も重要な任務の一つ、手を抜く訳にはいきません。
……本音を言うとそれだけではありません。
僕自身、アリアさんに会うのを楽しみにしているのです。
僕は外見のせいで女性から恋愛対象として見られる機会は多くありませんでした。
けれどその、僕のコンプレックスとなっている容姿を、アリアさんは好んでくれています。
だから、アリアさんが会いに来てくださることが、嬉しいと感じています。
しかし今日は、朝から不穏な話題が届けられました。
ここベルモンドの上町は「魔獣の森」に接しています。
その森付近で小型の竜らしき姿が目撃されたそうなのです。
僕は直ぐに信頼出来る部下を監視に向かわせました。
竜、それは超常の存在。
ヒトはおろか、魔物であっても、「魔王」と呼称される者達であっても、絶対に侵す事の出来ない存在です。
例え小型であろうと、一度ヒトの里に侵入されれば壮大な被害が生じるでしょう。
……そういえば、いつもならもうアリアさんが来ても良い時間なのに、お姿が見えません。
ひょっとして、竜と鉢合わせているのでは……?
僕が不安を募らせていたその時、その不安を打ち消す様に、いつものあの声が聞こえてきました。
「ヤッホー、エマオちゃん、来たよ〜!」
「──っ!!」
アリアさんだっ!
僕は慌てて、彼女がいつも入ってくる講堂に向かいました。
「アリアさ……、クロー君?!」
講堂に入った僕は、その場にアリアさん以外のヒトが居ることに驚きました。
「あ、どうもこんにちは。
ご無沙汰しています。」
「こんにちは。」
「なのっ!」
そこに居たのは、アリアさん、クロー君、ナルちゃん、そして初めて会う幼女でした。
「こ、こんにちは、クロー君。
その節はお世話になりました。
……他の皆は、一緒じゃないんですか?」
「あ、はい。
皆は「魔王領」に居ますよ。」
ん?
ではクロー君はナルちゃんと単独行動をしている?
わざわざ「魔獣の森」を突っ切って?
……意味が分からず混乱します。
確認してみましょう。
「……クロー君とナルちゃん、二人だけで来たのですか?」
「あ〜……、実はちょっと、秘密の方法で買い物に来ました。」
「秘密の方法で、買い物、ですか?」
相変わらず、クロー君の言葉にはよく分からない内容が紛れていますね。
僕はもう、それを深追いすることなく、ただ反芻しました。
「はい。
「魔王領」では、何かと物が不足してますからね。」
「はぁ……。」
なんでしょう……。
クロー君の言葉は、不足した物があるからベルモンドの下町から上町まで買い物に来た、と語る程度の気安さがあります。
実際には、「魔王領」からここまでの間には、悪名高い「魔獣の森」があるのですが……?
しかし、それを詳しく語るつもりは無いのでしょう。
クロー君は話を逸らす様に別の話題を振ってきました。
「……それと今日は、魔王様から特別なお話があるそうです。」
「えっ?!」
ドキリッ!
一瞬、心臓が跳ねます。
いつも好意の言葉をくれるアリアさんのことです、ひょっとしたら決定的な……、交際の申し込みやもしれません。
そうだとしたら、僕は教主という立場的にも、それを拒むことは出来ません。
「うん。
ここベルモンドから「魔王領」までを、帝国に開放しようと思ってね。」
え……
違いました、ちょっと落胆を──
いや、違うっ!
「そ、それは大変な事じゃないですか?!」
そう、それは長年「翼の魔王」様の存在によって止められていた(と思われていた)「魔王領」への道へ、公的に通行の許しが下りた事を意味しています。
帝国からすれば、「魔王領」という拠点が我が手に戻る意義は大きいのです。
「だよね〜。
ま、詳しいことはこれに書き残したんで、お偉いヒトに渡しておいてよ。
あ、無くすと困ると思って、予備に二つ、保存用に二つ、計五つ書いてきたから、全部渡すね。」
「え゛……。」
僕はアリアさんから手渡された書簡を受け取り、言葉を失います。
「これで、エマオちゃんも帝国に貢献が見直されるね。」
「僕のため、ですか?」
「ううん。
元々、私はもう気にしてなかったんだよ。
それを言葉にしただけ。
でも、それがエマオちゃんの為にもなるかな、とは思ったよ?」
「ありがとうございます。
早速、ムーエット様にご報告して参ります。」
「え〜?
エマオちゃんが直接行かなくて良いぢゃぁん。
ザーレン君とか、他のヒトに行ってもらおうよ。
エマオちゃんと暫らく会えないのは寂しいし。」
「……。」
チラッ
僕は無言でザーレンに目配せしました。
コクッ
ザーレンは頷き返します。
どうやら、僕の代替としてムーエット様の元へ送り出す人員の当てはあるみたいです。
「……承知しました。
これは幹部に渡しておきます。
エマオ様はここに留まり下さい。」
「……ありがとう。」
「やったー!」
ザーレンの言葉に、アリアさんが無邪気に喜びます。
ホント、このヒトは……。
おっと、思考が不埒な方向に行きそうです。
ちょっと話題を逸らしましょう。
「……ところで、クロー君。
ナルちゃんは分かるけど、もう一人の子はどうしたのです?」
「あ〜……、親とはぐれてしまったようで、「魔獣の森」を彷徨っていたのをボクらが見付けて保護したのです。
名前はステラちゃんです。」
「魔獣の森」を……?
こんな子供を連れて「魔獣の森」に入るなんて、無理心中と言って何ら差し支えないでしょう。
そこまで追い詰められたヒトが居たという事ですか……。
「それは……、可哀想に。
でも見付けてもらって幸運でしたね。」
「あはは……。
じゃあ、ボクらは買い物に行ってきます。
戻るまで魔王様のお相手をお願いしますね。」
……なんだか、クロー君の今の口調、何かを誤魔化してませんでしたかね?
それになんと言うか……、アリアさんのことを、三人の娘の中で一番手の掛かる長女、の様に扱ってませんかね?
僕の気のせいかな……。
**********
クロー君達が出掛けた後、僕とアリアさんは食堂へ移って話していました。
「……ごめんね。
本当は、もっと早くにこの事は決めていたんだ。
けれど、帝国単独で拠点化するのは私の本意じゃない。
だから、ちょっと他国への連絡を優先させてもらったよ。」
「え……。」
アリアさんの話の中に気になる点があり、僕は聞いてみました。
「それは、コラペ王国の事ですか?」
「それとリプロノ王国だね。
要は、帝国と逆側の国。」
「……そちらにも魔王様のお知り合いが居るのですか?!」
これまで考えた事は無かったですが、アチラにだって僕の様にアリアさんと親しいヒトは居るのかも知れない。
そんな不安の様な気持ちが過ぎり、口から出てしまいました。
ですが、アリアさんの回答は、僕の想定外の内容でした。
「いいや。
私は温泉街とか、観光地に顔見知りが居るだけで、どちらの王国中枢とも接点は無いよ。」
「……?
では、どうやって連絡を?」
「クロー君だよ。」
「「は?!」」
思わず僕の口から疑問符が発せられました。
いや、僕だけでなくザーレンも驚いているようです。
「彼等が伝手を使って、両国で権限のある方達へ話を伝えてくれたのさ。」
「……。」
アリアさんの言葉が理解出来るまで、一瞬の時間を要しました。
「……失礼ながら、彼等は一体何者なのでしょう?」
「さあてね〜……。
そんな伝手がありながら冒険者をやってる、変わり者の集まり、かな?」
そこまで言うと、アリアさんは一呼吸置いて、微笑みながら続けました。
「……でもね、クロー君はツサクの町で初めて会った時、私が魔族だって気付いていたのに、普通にヒトとして接してくれたんだよ。
少なくとも、彼が悪意でもって何か謀をするとは、私は思わないな。
エマオちゃんもそう思わない?」
「……そう、ですね。
彼等が何者であるか分からない事を、不安とは感じませんね。
どちらかと言うと、好奇心とか、何をするつもりなんだろうという、ワクワクする気持ちすらあります。」
「だよね〜。
だから、良いじゃん?
まぁ、それで困る事があったら言ってよ。」
「……アリアさんは本当にクロー君達を気に入って、信頼しているんですね。
少しだけ……、妬けます。」
………。
…………ん?
あ、あれ?僕は今、何を口走った?
なんと言うか、取り返しのつかない事を漏らしたような……。
チラリ
アリアさんに目線を向けると、彼女は両目を驚愕に見開いたまま、こちらを黙って凝視している。
「……「妬く」?」
「い、いえ、あのっ、それは……。」
「言ったよねぇ?!
妬いてくれてるって!
てことは、妬いてくれる程度には、私のことを想ってくれてる、ってコトだよねぇ?!」
アリアさんが身を乗り出して来ます。
まずい、完全に僕の台詞に乗っかる気満々です。
「あ〜、あ〜、何の事だか分かりませんねぇ!」
「ちょっ?!
コラッ!逃さないよ?!
つまり私達、両思いってコトで良いんだよね?」
「あ〜、あ〜!なんの事でしょう?
教主という立場でありながら、崇拝の対象である筈の魔王様の事を、なんてそんな……。」
「や〜だ〜、つれない〜!」
結局、クロー君達が帰って来るまで、僕とアリアさんは痴話喧嘩の様な事を続けたのでした。
……ザーレン、そんな呆れた様な目で見ないで!




