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11_魔王領への帰還

「お帰りなさいませ、お父様、皆さん。」

「おかえりなのー。」


「魔王領」のアリアの館に着くと、ナルとステラが真っ先に飛び出して来た。

結局、急いだのだが二ヶ月程掛かってしまった。

二人も首を長くして待っていたことだろう。


「うん、ただいま。

二人ともホオズキさんとイナリさんの言う事を聞いて、良い子にしていたかい?」

クローも満更でもない風で、駆け寄る二人を受け止めて頭を撫でている。

ワタシとセレナは、その光景を穏やかに眺めていた。


こうして見ていると、本当に親子のようだな……、雰囲気だけは。

残念ながら、身体は同年代だから、面倒見の良い兄の様にしか見えないが。

それも仕方ない、クローの内面がどれ程成熟した人格を保有していても(ワタシは人格も実年齢とさほど乖離があるとは思わないが)、クローの肉体はまだ十四なのだ。


……おや?

クローの誕生日は秋口だった筈。

そして今はもう本格的な冬が目前だ。

……ひょっとしてクローの奴、もう十五になっていて成人済みなのでは?

すっかり忘れていたな、後でセレナに、祝いに何をしてあげたら良いか相談しよう。


「はい。

それに、お父様のお言いつけ通り、身寄りの無い子供達を集めておきました。」

「たのー。」

ナルとステラはそう言って胸を張った。

クローの言いつけ通り、「魔王領」内を回ったのか、健気だな。

こうしていると、本性が竜であるステラも、普通のヒトの幼女に見えてくるから不思議だ。


「そっか。

じゃあ、落ち着く前に、先にそっちと会話しておこうかな。」

そう言うと、クローは屋敷の前の建物の方に踵を返したのだった。


**********


「こんにちは。

皆さん、初めまして。

僕はクローと申します。

アリア様の知り合いで、皆さんを集める様に依頼した者です。

皆さん、突然集められ、理由も分からず不安に思う事もあるでしょう。

ボクで良ければ、疑問にお答えしますよ。」


クローは建物に入ると、先頭に立ち、広い部屋の全体に聞こえるような声で言った。

部屋の中には十数人の子供達と、四人の成人女性が居る。

子供達は始め、部屋内の思い思いの場所に居たが、ワタシ達が入るなり、大半は女性のいずれかの側に寄って行っていた。

その全員が彼女達の実子という事はなかろう。

おそらく、彼等にとって女性が最も身近な大人だから、自分達の知らない者が入って来たのを警戒し、無意識に集まったものだろう。


ざわ……


クローの言葉を受けて、室内の皆が訝しむような顔をして、ある者は小声で不安を吐露した。

やがて、意を決したように一人の女性が手を挙げる。


「……あの。

私達が、子供達が集められた理由をお聞きしても?」


おずおずとしたその質問者とは対照的に、クローはにこやかにハキハキと答えた。


「はい、もちろん。

最近、魔王様と帝国の間の溝が埋まり、魔王様は帝国に歩み寄る姿勢を見せています。

これを受けて、来年の夏頃までには、帝国、コラペ、リプロノの三国の先遣隊が、この「魔王領」にやって来る予想です。

それを皮切りに、ここには多くのヒトが入って来るようになる。

そうすると、「魔王領」に元々住んでいた者達の影響力は相対的に落ちます。

しかし、どんなにヒトがやって来ても、そこに子供が含まれる事は考え難い。

だから、今居る子供世代を取り込んでおけば、一定の発言力は維持出来る訳です。」

「はぁ……。」


急に影響力とか先遣隊だとか言われても思考が追いつかなかったのだろう、質問した女性はよく分かっていないような生返事を返した。


「まぁ、そんなに難しい事は抜きにして言いましょうか。

ボクは少し先の将来の労働力を確保したいのです。

その為に、皆さんにはここで勉強をしながら過ごしてもらいます。

親世代の方達には、子供達の成長を見守る役目をお願いしたい。

対価として、飢えることのない分の食事と、清潔でいられるだけの服、そして、冬に凍えることのない環境を提供しましょう。」


女性の当惑を見とてったクローは言い方を変えた。

中でも最後の一言は、室内の保護者全員に伝わるものであった。

それを聞いた皆からは、感嘆の声が漏れた。


「「おぉ……。」」


「本当に、私達にも、ですか?」

質問者の女性が念押しに聞いてくる。

クローはそれに対して穏やかな表情を崩さぬまま答えた。


「はい。

ここは魔王様の屋敷前です。

住民の方もあまり寄り付かない。

そんな中、子供達の為に恐怖を押してここにやって来た皆さんの勇気には、それだけの価値はあります。」


「あの……。」

「はい、どうぞ。」

クローと女性とのやり取りを見て安心したのだろう。

別の女性が手を挙げる。


「もし、子供達が成長し、才能が全く無い子供がいたら、どうなりますか?」

「あはは、大丈夫です。

今後の「魔王領」に必要なのは頭数です。

個別の才能の優劣など気にしません。

それに、どれだけ才能が無いとされる者でも、やれる事はある筈ですよ。」


女性の不安を、クローは笑い飛ばして続けた。


「問題となるのは、才能の有る無しではなく、ヒトに対して悪意を持つ人格である場合、ですね。

そうした理由で、どうしても集団生活に馴染まない者は、隔離なりする事になるかもしれません。

ですから、子供達を見守る役目の方達には、そういった子達への教育もお願いしたいです。

もちろん、その過程で悩む事があったら言って下さい。

どうしたら良いか、一緒に考えましょう。」


クローの語る言葉は、彼女らにとってとても都合の良いものに聞こえる。

だからこそ、だろうか?

苦労を知ってきたであろうその女性は訝しみ、クローに質問を重ねた。


「何故、そこまでなさるのですか?

貴方の事は聞いています。

此処とは縁もゆかりも無いでしょうに。」


女性の問いの根底にあるのは警戒だ。

だが、それも当然だろう。

他所から来た者が甘言を振り撒いて、明日にはそれをアッサリ覆す事だってあり得る状況なのだから。

そうなれば途方に暮れるのは彼女自身だけではない。

幼い彼女の子供も苦境に立ってしまうのだ。


「はい、そこまでする義理は、確かに無いです。

けれど、義理が無いからやってはいけないなんて道理はないでしょう?

それにボクらは、しばらく此処で厄介になる事を決めました。

この地で一緒に過ごすヒト達の事を、「縁もゆかりも無い」と表現する程、ボクらは非情にはなれませんよ。」

「「……。」」


クローの説明に、この場の者はそれ以上追求は出来なかった。

これ以上、相手を疑う様な事を言えば、年若そうな説明者がヘソを曲げて前言を撤回してしまうかも知れない、との思いもあったろう。


この場で説明を重ねても、これ以上彼女らの不安を解消することは出来ないだろう。

後は今後の行動で示していくしかない。

ただ、そうではあっても、一旦の安心感を与えることは出来た筈だ。


ワタシ達は屋敷に戻ることにした。


**********


アリアの屋敷に戻り、皆は荷物を置いて談話室に集まった。

集まったところで、ワタシは唐突に切り出した。


「クロー、お前は本当に人たらしだな。」

「はい?」

急に話を振られたクローは呆気にとられる。

そこに、畳み掛けるようにスノウノも声を上げた。


「子供達も保護者達も、最後にはみんなクローの事をある程度信用していたニャ。」

「……まぁ、少しでも理解いただけたなら御の字ですよ。」


何を言われているか腑に落ちたクローは、謙虚にそう語る。

そんなクローに、フラウノが少し懸念を伝えた。


「しかし、言うのは簡単ですが、実行するのは大変ですよ?」

「それはそうですね。

取り敢えずは、簡単に物資を調達出来る手段が欲しいですね。

近くの町へもっと簡単に行く事が出来れば良いのですが……。」


クローはそう言って腕を組んだ。

確かに簡単な解決方法なんて無さそうだ。


「……う〜ん、慣れたとしても、帝国側もコラペ側も、どうやったって数日は掛かるぞ?」

「まぁ、地上を行けばそうでしょうが……。」


チラッ


ワタシが言うと、クローは意味ありげにチラッと横目で視線を向けた。

向けた先に居た人物は……、ステラだ。


「おい、まさか……。」

「はい、やはりステラちゃんに頼るのが早いと思うんですよね。

流石にアリアさんに運んでもらうのは無理がありそうですから。」


やはりか!

二ヶ月前もそんな事を言っていたが、どうしてそんな恐れ知らずな発想が出来るんだコイツは!


「ワ、ワタシは乗らないからな!」

ワタシは真っ先に拒否の声を上げた。


「えっ?!

……う〜ん、出来れば『アイテムボックス』が使える者が多い方が良いのですが、無理強いは出来ませんね。」


今、『アイテムボックス』を使えるのはクローとワタシだけだ。

確かにワタシも行った方が、物資輸送の効率は高くなる。

だが、だからと言って竜の背中に乗るなんてゴメンだ!


そうすると今度は、同行者が居なくて少し寂しいとおもったのか、とんでもないところに声を掛けた。


「……そうだ!

ナルちゃんも来る?

二人にはお留守番をさせちゃったから、ベルモンドに行ったら三人で買い物でもして来よう。」

「良いのですか?!行きます!」


クローの提案に、ナルは迷いなく受け入れる。

一方、ステラの方はやや表情が固くなっている。


「ヒトの町、なの?」


……そうか、ステラの方はヒトが恐いと言い含められていたのだったか。


「大丈夫だよ、ステラちゃん。

ボクとナルちゃんも居るし、帽子を被ればバレる事はないから。」

「そうよ、ステラ。

私も一緒に居るから。

貴女だけまた待たせるなんてイヤだし。」


クローとナルがステラを説得する。

……ナルはこの二ヶ月で随分とステラと打ち解けたようだな。


「……うん、分かったの。

お買い物、行ってみるの!」

ステラもナルの言葉もあって納得したようだ。

本当に仲良くなったらしい。


「では、ボクらは明日、ベルモンドへ行ってくるので、ヴェロニカさん達は各自の家を選んでおいてもらえますか?」

「ああ、分かった。

アリアさんの屋敷の近辺は、ほぼ放置されてるものばかりだ。

その中で、手を入れれば直ぐに使えそうなのを選んでおく。」


クローに答えた通り、ワタシ達はアリアさんの屋敷とは別の家で暮らすつもりだった。

昨年の冬、カダーで過ごしたように。

……まぁ、去年は普通の町中であったのに対して、今年は辺境の地となり、状況はハードになった訳だが。


「リック君も、自分達用のを選んでおいて下さいね?」

「えっ?!……あ、はいっす!」


セレナが話を振ると、リックは顔を赤くしてチラッとティアナを見ながら答えた。

初々しい反応だ。

去年のワタシ達も、周囲からはこう映っていたのだろうか。


「ティアナ、私も一緒に住んで良いニャ?」

「えっ?

ええ、もちろん。

……リック、良いですわよね?」

「はい、良いっすよ。」


スノウノの提案をティアナとリックが了承する。

スノウノはあれでメイドとしての技能も備わっている。

一緒に暮らすことはリックとティアナにとっても助けになるだろう。


「ありがとうニャ。

でも、二人だけになりたい日は言ってニャ?

その日はアリアさんの屋敷に行く事にするニャ。」

「「──っ?!」」


スノウノの言葉に赤くなる二人。

……うん、微笑ましい。


「あー……、私はアリアさんの所でお世話になりますかねぇ。

一人暮らしするよりは楽そうですし、寂しくもないでしょうし。」

「うんうん、大歓迎じゃよ?」


独り言の様に呟いたフラウノに、いつの間にか背後に来ていたホオズキが答える。

声がするまで気配に気付かなかったフラウノは、盛大に驚いた。


「わぁっ?!ホオズキさんっ?!

脅かさないで下さいよ。」

「……ナルちゃん、ステラちゃんと一緒に来てたんじゃけどね。

そんな事より、同居人が増えるのは大歓迎じゃ。

クロー君達も、昼間は屋敷に来てくれて良いからの?」


フラウノの抗議にも平然と応えるホオズキ。

その様子は大人が子供に語る様のようだ。


「はい、お世話になります。」

「よ、よろしく。」


「うんうん。

まぁ、長旅お疲れだったじゃろ。

今日のところは屋敷で休むと良いのじゃ。」


クローとフラウノの返事に、ホオズキは満足気に応えるのだった。


**********


翌日、クローとナルは本当にステラに乗って行ってしまった。

アリアさんも道案内として着いて行っている。


対して、ワタシとセレナは三人で暮らす家を見繕うべく、屋敷の周りを歩いていた。

少し声を上げれば、同じ様に家を選んでいるリック達の耳にも聞こえるだろう、そんな状況だ。


「……本当に行ったのか、クローの奴。」

「ふふ、怖いもの知らずと言うか、無頓着と言うか……。

でも、ナルちゃんとステラちゃんはお留守番をしていてくれたんです、今日くらいは遊びに行っても良いじゃないですか。」


「……そうだな。

まぁ、騒ぎにならなければ良いさ。

じゃあ、ワタシ達は家を見付けておくか。」

「そうですね。」


ここでワタシは周囲を気にして、若干声を落として続けた。


「……そうだ、セレナ。

お前、クローがもう成人してたと気付いていたか?」

「……ちょうど私もその話をしたかったんです。

クロー君は気付いてなかったみたいですけど、何かしてあげたいと思って。」


「そうか……、しかし、帰って来るまでに手の込んだ仕込みをするのは無理だぞ?

何か、クローの喜びそうな事はないかな……。」


「……あの。」

「ん?何か思い付いたか?」

「はい、あの……、着ちゃいますか、エプロン。」

「……?

エプロン、って料理をする時の前掛けだよな?

好物でも作るのか?」


その問いに、セレナは少し恥じるようにモジモジしだした。


「いえ……、あの……。」

「ん?」

「…………裸で。」


「…………。」

「…………。」


二人の間に一瞬、沈黙が流れる。

セレナは羞恥のため、ワタシにはセレナの言葉の意味を理解する為の時間だった。

先に沈黙に耐えられなくなったのは、セレナの方だった。


「あ、あの、前に言ってたんですよ、そんな事を、クロー君が!」

「あ……、ああ、すまない、思考がぶっ飛んだ。

……そう言えば、いつだったか言っていたな。

そうか……。

ワ、ワタシとしては、クローがよ、喜ぶなら、吝かではない、が?」


うん、本当にクローが喜ぶなら、三人だけの状況なら、嫌ではない。

……恥ずかしくはあるが、それでクローが喜ぶのなら。


「良かったです。

流石に一人でそんな格好するのは恥ずかし過ぎなので。

じゃあ、その、家を決めて落ち着いたら、決行しましょう。」

「あ、ああ、そうだ、な。」


結局、クローが帰って来ても、その日は家の片付けを優先することになった。

その案の決行は、翌日の夜になったのだった。


……うん。

クローはワタシ達が思うよりは喜んでくれたみたいだ。

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