12_後日談(コラペ/ジサンジ)
「──以上が、エシャロット子爵を通して届けられた、「翼の魔王」様の代理人からの意向となります。」
コラペ王国王都ゴスン。
その中心にある王城の一角にある会議用の一室に、錚々たる面々が集結していた。
国王陛下、宰相、大臣、その他高級貴族が集い、ポワロ・フォン・エシャロット子爵からもたらされた書簡の内容について、緊急で話し合う必要があったからだ。
ただし、今年も式典を欠席したクレソン伯爵の姿は、その中にはなかった。
本日はコラペ建国記念式典当日、午前に式典があった流れで、関係者が集められていた。
今しがた読み上げられた書簡の内容について、真っ先に感想を述べたのは、アンズ・フォン・アプリコット公爵であった。
「……あのクロー君とセレナ君が、「翼の魔王」様の代理人になるとは、想像もしなかったな。」
しみじみ語るアンズ公爵の言葉に、他の貴族から疑問の声が挙がる。
「アンズ様はその代理人と面識があるのですか?」
「ああ。
昨年の式典前に命を助けてもらってね。
だから、彼等の素顔を私は知っている。
この報告が本当に彼等からもたらされたものであるなら、これは悪意に基づく裏は無いものと断言できる。
そして、私が彼等と面識がある事など、限られた者達しか知らなかった。
それを利用して名を騙ろうとする偽物が居るのではないかと疑う心配はなかろう。」
「……つまり、今話された内容は本当である可能性が高いと?」
「私はそう考えている。」
「「……。」」
アンズ公爵が断言するのを聞き、この場の皆がしばし言葉を失う。
そして、十二分に咀嚼した大臣の一人が、ポツリと零す。
「……もし本当なら、直ぐにでもリプロノと交渉をまとめ、「魔王領」を目指す必要がありますな。」
「現地に派遣する者も決めなくてはならないな。
役人ではダメだ。
自ら考え、行動出来る判断力のある者に、相応の権限を与えねばならない。」
「現役を行かせるのが最善なのでしょうが、それではリスクが高い。
あの「魔獣の森」に行かせるとなると、高級貴族の子息、または、引退済みのご隠居に任せるべきなのかも知れません。」
一人が口を開くと、続けて一人、また一人と会話が続けられる。
既にクローの案について、反対する者は居なくなっていた。
「……まぁ、それは道の整備が済むまでに決めれば良いだろう。
それにしても、セレナ君達が「魔王領」に行っていたとはな。」
「昨年の式典の後、聖女セレナは天使様と西へ飛び去ったと言われています。
王都ゴスンの西の先には「魔獣の森」があり、「魔王領」はその中にある。
……天使様はどうしてそこへ案内なさったのか。」
アンズ公爵が結論を急ぐ貴族をなだめるように、若干本題と違う話を語る。
それに呼応する様に、式典の際の話を誰かが持ち出した。
そうなってくると、往々にして話題は逸れ続けてゆくもので、次に口を開いた者がセレナにまつわる話を語り出した。
「天使様と言えば、聖女セレナと天使様について、式典より以前にも逸話があるのです。」
「ほう?」
その話題を口にした貴族は、先を促されたと解釈し、逸話を語り出す。
「聖女セレナがまだクレソン伯爵領に居た頃、式典の数ヶ月前の話になります。
当時、伯爵が教会で生活をしていたセレナ司祭を迎え入れようと、白日騎士団を向かわせたそうなのです。
しかし、その際に行き違いがあり、セレナ司祭は白日騎士団から逃げる事になったそうです。
当然、司祭一人が騎士団から逃げおおせるものではなく、セレナ司祭は追い詰められました。
そこに、天使様が降臨され、セレナ司祭を逃がす手助けをされたそうなのです。」
話を聞き終えた面々は、騒然とした。
「なんと……?!」
「式典の前から、聖女セレナには天使様の加護があった、という事か?!」
「その話はどうして知ったのです?」
「今年、クレソン領に赴く用事があり、その際、警護をしてくれた白日騎士団団長殿にお聞きしました。
私の従者によれば、町中でもその噂は囁かれていたそうです。」
話の出処を問われた貴族は、隠す様子もなく素直に答える。
しかし、そこに更に疑問が投げ掛けられた。
「……ん?
クレソンと言うと、北部白日騎士団か。
あそこの団長はエシャロット家の令嬢ではなかったか?
天使様に任務を妨げられた家の者が、今、聖女セレナからの書簡を届けた、というのか?」
「いや、あそこの団長は今はビーツ子爵家の令嬢が務めている筈ですよ。
確か、昨年の式典の頃に現在の団長に交代されたのです。」
軍務にも関わる貴族が口を挟んだ。
「……では、やはりセレナ司祭がクレソンで天使様にお助けいただいた時には、まだエシャロット家の令嬢が団長を務めていたのではないか?」
「つまり、当時の団長は天使様にお会いした、という事か?
その後、団長が代わったと言うが、前団長はどうなったのだ?!
降格したのか?」
再び挙がった疑問の声に、軍務情報を知る貴族は、記憶を辿った。
「……私の記憶では、北部白日騎士団の前団長は騎士団を辞している筈です。」
「辞めた?!
天使様にお会いして直ぐ騎士団を辞めたというのか。
理由は?」
「いえ、流石にそこまでは──」
「──理由など聞く必要はあるまい。」
彼が答えるのを待たず、アンズ公爵は語った。
「というと……?」
「天使様とお会いになり、職を辞した。
ならば理由など、天使様にご奉仕申し上げるため、以外にある筈などないではないか。」
アンズ公爵の言葉に、この場の誰もが納得する。
「その結果、エシャロット家に啓示をお届けいただけたのか……。
ならば、その啓示を疑うなど不敬だな。
……つくずく、昨年の式典でセレナ様に去られたのは、コラペにとって損失でしたな。」
「いや、昨年の一件があったからこそ、結果的に「翼の魔王」様の動向が分かったと言える。
ならば、怪我の功名とも言えるのではないか?」
「何にせよだ──」
ここで、ずっと沈黙を保っていた陛下が口を開いた。
この場の皆は言葉を飲み込み、陛下の次の言葉を待った。
「──その代理人の言葉が正しければ、すぐに「魔王領」までの道のりを整備する必要がある。
その通りにするより無かろう。
リプロノとも協力しながら進めよ。」
「はい。
その様にいたします。」
「──また、「魔王領」へ差し向ける適任者を来春までに決定せよ。」
「はっ、承知いたしました。」
この決定をもって、この場はお開きとなった。
しかし、参加者の記憶には、聖女セレナと天使様の話がハッキリと刻まれていたのだった。
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「……「翼の魔王」様は、もうお怒りではなかった。
それが分かるまで何十年と掛かった訳か……。」
ジサンジ帝国帝都ラカニエ、その中心にそびえる帝城の一室で、皇帝リクは嘆息した。
周囲には彼の息子達と軍務尚書が侍っている。
「魔王教」からもたらされた「翼の魔王」からの意向が記された書簡、その内容を聞いた皇帝の反応が、冒頭の言葉であった。
「陛下、時間は掛かりましたが、これで「魔王領」に帝国が乗り込む事が出来ます。
これは大きな前進と言って良いかと。」
皇帝のセリフを受けて、第一皇子マントンが口を開く。
それを聞いたリク皇帝は、鋭く我が子に釘を刺した
「陛下と呼ぶな。
お父上、または、お父様と呼べと言っておるだろう。
何ならパパでも一向に構わんのだぞ?」
「いえ……、しかし、この場には軍務尚書も、文官も居りますので。」
「いつ何時であっても、お前達が我が子である事は変わらん!」
「……承知いたしました、お父様。」
「うむ!」
マントンが折れると、皇帝は満足気に頷いた。
彼は公の場でも毎回同じような事を言い続けている。
それは、周囲の者に皇子達の立場を明示しておく意味合いもあった。
……が、単純に子供達からそう呼ばれたいという親心でもあったのだった。
「これ程時間が掛かったのは、「魔王教」の怠慢もあったのではないですか?」
話を戻す様に、今度は第二皇子アッキーナが口を開いた。
「確かに「魔王教」の不手際もありました。
けれど、話を聞けば彼等も「ハイ・エルフの里」の策略に踊らされていた面も否めません。
彼等を責めるのは酷ですわ。
それに、彼等の責任を語る前に、帝国自体が「翼の魔王」と接触する事も出来た筈です。
それを長年怠ってしまった我々も、反省する点はありますわよ。」
国の重要拠点の話をするのにそぐわない程、穏やかでおっとりした声が部屋に響いた。
第三皇子ムーエットである。
普段から「魔王教」教主と交流があり、今回の議題となる書簡を「魔王教」から受け取ったムーエットは、彼等を擁護する発言を行った。
「……確かに、ムーの言う事も分かる。
しかし、元々は帝国が開拓した地に、コラペやリプロノの者も入り込むのは、納得出来ないと言うか……。」
「お兄様、魔王様の立場で見れば、自分が元々住処としていた土地に、帝国の兵がやって来た形です。
それでも何も言わないでいたところ、今度は矢を射掛け、魔王様を害そうとした。
これでは怒って当然と思いませんか?」
「……む、まぁ……、そうか。」
アッキーナは再び問いを投げ掛けたが、ムーエットの説得で納得をするのだった。
「それでも怒りが薄れ、彼の地に踏み入る事を許されたのです。
魔王様からすれば、帝国軍だけが来れば、また同じ事が起きるのではないかと懸念するのは当然でしょう。
その懸念を払拭する為に考えられた条件がコレなのです。
元々は我々が撒いた種、ならばこれ以上条件をごねるのは悪印象を抱かせるだけで、害にしかなり得ませんわよ。」
「……分かった。」
更にムーエットが畳み掛けると、アッキーナは完全に不満を収めた。
それを見たマントン第一皇子は、ムーエットの言を引き継ぎ語る。
「それに、我らだけが損をしているのではありません。
少数とはいえ、「魔王領」に帝国軍が常駐するという事は、コラペ王国、リプロノ王国にとって脅威となるでしょう。
更に、魔王様にとっては、自分の土地に他国の軍が留まることになって、これも損をしていると言えます。
言わば、三者がすべて損を取る、痛み分けの状態とも言えるのです。」
マントン第一皇子の言葉を補足するように、続いて軍務尚書が分析結果を報告する。
「そうまでして帝国が彼の地へ兵を出す理由も、十分あると考えております。
まず、なんと言っても、場合によっては軍を侵攻させる通り道が増えます。
これを行うには、条件がかなり厳しいものとなるでしょうが、選択肢は多いに越したことはない。」
彼はそこで一度言葉を区切り、異論や質問がない事を確認してから続きを口にした。
「第二に、コラペ、リプロノの情報を直接入手できる。
今春の侵攻のせいで、カダー王国や、コラペ南部との関係は絶望的に途絶えてしまった。
しかし、直接被害の無かったコラペ北西部とであれば、情報交換や通商も可能でしょう。
上手くすれば、リプロノを通して魔王国との通商も可能となるやも知れません。」
話を黙って聞いていたリク皇帝は、皆の意見を確認する様に口を開いた。
「……では、この提案、受けるというのだな?」
「はい、それがよろしいかと。
問題は、「魔王領」までの道のりの整備と、駐在者をどうするか、です。
北部からはあまりヒトを動かせませんし、南部は今は敗戦処理でそれどころではないでしょう。」
軍務尚書の語る問題に対しては、ムーエットが手を挙げた。
「では、中部の者を使うしかないでしょうね。
目の前に難題を与えれば、遷都計画なんて無謀な事を考える余裕も無くなる筈ですわ。」
ムーエットの意見に異を唱える者は、この場には誰も居なかった。
「よろしい。
ではその様に取り計らうように。」
「はい。」
話は皇帝の言を軍務尚書が承り、最終判断となった。
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こうして、「魔王領」を挟んだ二国、ジサンジ帝国とコラペ王国は、クローの提案を受け入れる事となった。
二国は共に春を待たず、冬の間から「魔王領」までの道の整備を始めるのだった。




