13_閑話_リリオペ
「ほら、海ですよ、リリオペ!」
「はい、見えていますよ、カエデ。
ですから、あまりはしゃがないで下さい。」
冬が迫る季節になり、生まれて初めて見る海も、心做しか寒々しいものの様に感じます。
けれど、カエデが喜んでいる姿と一緒に見るのなら、その景色も特別なもののように見えました。
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私の名前はリリオペ。
エルフの里で諜報要員として教育された一人です。
私の里は、「ハイ・エルフ」様達の里と近い関係にあり、諸事を承る役目を負っています。
その中でも、適性を見出された私は諜報要員として役目を全うすべく、必要な知識・技術を叩き込まれました。
……諜報って何かと言われると、一言では難しいんですが、誤解を恐れずに言うと情報を集める仕事ですね。
エルフはヒトと比べて絶対数が少ないです。
森に引き籠もっているなら別に問題ないのですが、生憎、ウチの里の主家にあたる「ハイ・エルフの里」は、外のヒトの国に干渉しようとしています。
そして、ヒトの国の内情を知り、その決定を操作しようとしているのです。
……何故かは分かりません。
教えてもらえませんから。
それでもウチの里は、代々「ハイ・エルフの里」の命令に従っています。
何故従うのかも、私には分かりません。
ウチの里長から聞いたこともありませんし。
ひょっとしたら彼も、理由など知らないのかも知れません。
私もこれまで、何の疑問も抱きませんでした。
エルフの里間には上下関係があり、それに従うのが当然と思っていました。
そして、下された命令に従い、それを全うする事が我々の存在意義であると信じてきました。
……ですが、その思いはカエデと出会って変わってきています。
彼女に出会ったのは最近です。
突然、「ハイ・エルフの里」に呼ばれ、彼女に同行するよう命じられました。
カエデの名はその以前にも聞いた事があります。
ハイ・エルフの中では最も能力が劣っており、他種族に媚びるような駄肉の付いた体型をしている。
最低評価のハイ・エルフ、それがカエデの評判でした。
私の初任務は、そんな彼女に同行する事だそうです。
流石に納得いかなかった私は、後々、上司に聞いてしまいました。
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「……彼女は同行が必要な程の特殊任務を負っているのですか?」
「特殊と言えば特殊だな。
だが、彼女自身に明確な目的地は無い。
何せ、人探しだからなぁ。」
「……明確な目的地も前情報も無く、ヒトを探すのですか?」
「前情報ならあるぞ。
二ヶ月前には、帝国の魔術都市に居たそうだ。」
「そこに対象が住んでいるのですか?」
「いや、カエデ様が魔術都市を離れる時には、既に対象はその地を離れていたそうだ。」
「……その後、対象が何処へ向かったかとか、手掛かりは?」
「ない。
対象は冒険者として、仲間と共に旅をしている風だったそうだ。」
「…………。」
「……いや、言いたい事は分かる。
そんな雲を掴む様な任務を振られても困る、という事だろう?」
「概ね……。」
「長老様達も、半分無謀とは思っておるのだ。
しかし、カエデ様は対象と縁の様なものがあるらしくてな。
ひょっとしたら見付ける事があるかも……、と思われているのだ。
お前は同性だし、都合も良いと思われたようだ。
一応言っておくが、お前は護衛ではない。
場合によってはカエデ様を見捨ててでも、彼女が見付けた情報を里に持ち帰るのが、お前の役目だ。」
「……一応、これが私の初任務なのですが?」
「ああ、うん……。
いろいろと気持ちは分かるが、長老様達の指名なので、私にはどうする事も出来ない。」
「……仰る通りですね。
失礼いたしました。」
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こんな感じに。
上司も「ハイ・エルフの長老様」の決定に逆らう事なんか出来る筈がないので、否応なんてありません。
私は命令を受け入れて準備に取り掛かりました。
そして当のカエデと初対面の日。
第一印象は、「聞いていた通りの外見だなぁ」でした。
エルフ族の中では、あまり好まれない体型ですからね。
ただ、それが悪印象かと言われると、特にそんな気もしませんでした。
別に私が彼女を娶る訳でもないですから。
仕事をする上で大切なのは、中身の方です。
少なくとも彼女の性格は、他のハイ・エルフの様な傲慢な印象は受けませんでした。
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しかし、彼女と共に里を離れて数日で、私の彼女に対する印象はガラリと変わってしまいました。
……どうして『空間把握』と『熱源感知』を同時機動して平然としているんです?
私は頑張ったらそれが出来たので、諜報要員として抜擢されたくらいなのですが?
えっ!おまけに、エルフに固有で備わっている魔力感知スキルも同時に見ている?!
私は『空間把握』と『熱源感知』に集中するだけで精一杯で、初めの頃は目眩さえしていたのに。
それでも里では優秀だと言われたのですよ?
……そのうち慣れると言われますが、私はもう数年間訓練しているのですが?
おまけに『重力制御』まで同時に使うって……、無茶苦茶じゃないですか?!
明らかにヒトの処理能力の限界を超えていますって!
ハイ・エルフのスペックって、ここまで我々一般エルフと違っているのでしょうか?
……え?姉に比べれば大したことない?
失礼ですが、そのお姉様のお名前は……?
「ナズナ」?!
聞いた事があります。
曰く、「ハイ・エルフの里」始まって以来の天才、もしくは天災。
ハイ・エルフの長老様達ですら制御出来ない、史上最悪の問題児。
それが、我々が聞いた「ナズナ」様の噂です。
……そうですか、そんな方と比べたら、まぁ……、大した事ないと思っちゃいますか。
あの、でも他のハイ・エルフの方達と比較すれば……、えっ、他の方とはほとんど交流が無い?
あぁ……、ハイ、なるほどですね。
……このヒト実は、云われているよりずっと有能なのでは?
けれど、問題児と云われる姉を持ち、容姿についても否定されるうちに、本人も卑屈になっていったと……。
周囲のヒトも、ナズナに対してはどうしようもないという鬱憤を、容姿の似たカエデを蔑む事で発散していたんじゃないでしょうかね?
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そして、才能という点とは別にもう一つ、決定的に印象が変わったタイミングがありました。
「わぷっ!」
「ああっ?!すみません、大丈夫ですか?」
ある日、宿屋に泊まった際、なにかの弾みで正面からぶつかってしまったのです。
その時の感想が──
(なにこれ、柔らけぇ!!)
でした。
……いえ、カエデはエルフの平均身長よりも高く、私は若干低めなのです。
正面からぶつかれば、当然、カエデの肉付きの良い胸に私の顔が当たる事になった訳です。
あの感触は……、素晴らしい。
頭だけでなく、全身が包み込まれる様で、夢見心地で……、今まで感じたことの無い至福の体験でした。
……誰ですか?
肉付きの良い体型を、みっともないだの、下品だのと言って貶す愚か者は?
冗談じゃない、あれこそが至高の体型ですよ。
まったく、私が同性で良かったですね。
私が男性であれば、その瞬間にカエデを押し倒していましたよ、間違いなく!
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そんな事がありつつ、私達は無事に帝国を横断して海に辿り着いたのでした。
冬目前なので、冷た過ぎて泳いだりは出来ませんが。
「……ところで何故、海に来たのですか?」
「はい?
いえ、ヴェロニカも海は気に入ったと話していたので、ひょっとしたらまた会えるかと思って……。
それに、私がも海がみたかったですから。」
カエデは、「ヴェロニカ」と発する時に少しだけ嬉しそうな表情を出します。
その癖に、私は心の何処かがモヤッとしてします。
この違和感は何なのでしょうね?
「……リリオペ?」
「はっ!
すみません。
……そうですか、ではゆっくり見て回りましょうか。」
いけないいけない、ちょっと物思いに耽ってしまいました。
そんな事より、今はカエデと一緒に各地を回れる自由を楽しみましょう。
「はい。
ではさっそく、近くの村へ行ってみましょう。」
「あっ!待って下さい!
貴女はただでさえ異種族の目を惹くようなので、目立たぬように、ちゃんと顔を隠してマントを羽織って下さい。」
「リリオペはしっかりしていますね。」
「……諜報は目立たない様にするのが基本ですから。」
本音は違います。
本当の意図は、彼女を好奇の目に晒すことで、悪い虫を呼び寄せたくないからです。
この二人旅が出来るだけ長く続く事を、私は願うのでした。




