14_英雄の苦難
長い冬が過ぎ、雪が溶け、花が芽吹く。
世界が希望の春を謳歌している只中で、苦難の旅路に直面している者が居た。
彼は、そして彼等は、地獄の名高い「魔獣の森」を突き進んでいた。
「……本当に進む方向は合っているのだな?」
「はい。
先行している部隊は、古い資料を頼りに、間もなく「魔王領」に着くものとして、ンドゥ様をお呼びしたのです。
途中の目印は絶えず見付かっております。
先行部隊の進んだ道を通っている事に間違いはありません。」
「そうか、なら良い。
しかし……、先行部隊の轍を通っていて、尚これか。
ここを道として整備するのには、まだまだ時間が掛かりそうだな。」
ンドゥは部下の言葉を聞き、周囲を回して、己に課された難題の重さを再認識するのだった。
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彼の名はンドゥ。
帝国中部地域のとある貴族の次男として生を受けた。
彼には兄が居り、健康で能力も貴族家の跡取りとして十分に及第点を満たしていた。
となればンドゥ自身がこの先、跡取りとなる事は考え難い。
ある段階でそれを悟った彼は、軍に入る事を選んだ。
そして丁度一年前、彼は南部貴族に付き合い、カダー侵攻作戦に加わった。
結果は、惨敗と言って良い内容であった。
侵攻軍は三分の一の兵を失い、司令部の中で生きて帰ったのは彼一人。
兵士達の事を思い、必死で帰還を果たした彼であったが、処分は免れないものと覚悟していた。
しかし、帝国上層部は彼の覚悟を裏切る判断を下した。
侵攻失敗の責任は、戦死したとみられる司令部の面々に被された。
特に厳しい処分を下されたのは、司令官であったメイロンと彼の貴族家であった。
メイロン自身は軍の規律を守らせる事もなく、あの壊走の原因を作ったとして財産没収。
彼の爵位も廃爵となった。
一方、ンドゥは事態を把握した後、即座に兵をまとめ撤退させた事で、兵を、そして帝国軍の最低限の体面を保ったとして、英雄扱いされた。
帝国としては、ンドゥの美談で自国の者達の目を、敗戦から背けさせたいという思惑があったのだった。
ンドゥはその決定を受け取っても、反対する事も喜ぶ事もしなかった。
自分を含めた司令部が、多くの兵士の命を落とさせるに至った事を理解していたため、喜ぶことなど出来なかったのだ。
一方で、帝国としては自国民の求心力を保つために、誰かが輝かしい活躍を行ったとして、その行動を褒め称える英雄が求められている事も理解していた。
だから、ンドゥを英雄と吹聴する流れにも抵抗しなかった。
そして、ンドゥの生活は変わった。
地元に戻った彼を、両親と兄は暖かく迎え入れた。
周囲の領からは、英雄と一目会いたいという申し入れが多数舞い込んだ。
誰もがンドゥに視線を向けた。
そして、空白だった彼の婚約者候補として、複数の貴族家、有力な商会から名が上げられた。
(……うんざりだ。)
そんな周囲の変化に、ンドゥは辟易していた。
自分は何かを成した訳じゃない。
ただ、必敗の状況から逃げ出しただけだ。
それなのに、周囲はすべからく彼を持て囃した。
(話を聞かせてくれと言われても、話す事など無い。
逃げただけなのだから。
婚約者の話だって、これまで長男の隣に付き従って居た俺に見向きもしなかった奴等が、何故、今になって手の平を返すんだ?!
そんなの、取って付けた俺の名声目当てだと言っている様なものではないか!)
更に、家族についても彼は思うところがあった。
これまで長男を第一にしていた両親が、次期当主として接してきた兄が、ンドゥに気を遣い出したのだ。
これが、彼には居心地悪く感じられた。
(以前と同じ扱いで、俺は十分に納得していた。
それなのに、家族の中でも扱いを変えられてしまったら、家族さえ一時の名声で態度が変わる、普遍でない不確かなものに思えてしまうじゃないか。)
そんな不満・不安を貯め続けたンドゥの下に届けられたのが、「魔獣の森」内の「魔王領」まで行く志願者を募るという話だった。
周辺の貴族家は、兵は出すが、嫡子を「魔王領」へ向かわせるのには反対していた。
そこに、ンドゥは名乗りを上げた。
ンドゥからすれば、どれ程危険と隣合わせでも、虚像の英雄として生活する今の暮らしと比べれば、マシなもののように映ったのだった。
「英雄が名乗りを上げた。」
それだけでこの役目はンドゥに決定してしまった。
それからの話は早かった。
ンドゥはベルモンドの下町まで行き、既に動き出していた先行部隊からの報告を待った。
そして春が来て少し経った頃、「もうすぐ「魔王領」に到着出来る」との知らせが届いたのだった。
彼は迷う事なく「魔獣の森」に足を踏み入れた。
傍らには、昨年のカダー侵攻の際に命懸けで彼を守ってくれたロアとカンダが居る、何を恐れることがあろうか。
それに、昨年の虚像の栄誉とは違い、今回は間違いなく自分が名乗り出て、自分が行動したのだ。
その結果が成功であっても失敗であっても、最悪自分の命を失う事になっても、自分はそれを受け入れられるだろう。
そんな思いを胸に、彼はヒトにとって脅威となる魔物がひしめく「魔獣の森」を邁進するのだった。
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そんなある日、ンドゥはふと、彼にしては珍しくポツリと呟いた。
「……道のりは遠いな。」
「ンドゥ様、既に「魔王領」までの行程の中間地点は過ぎております。
あと一息ですよ!」
ンドゥの呟きに、カンダが檄を飛ばす。
どうやら彼は、ンドゥが「魔王領」まで距離がある事を嘆いていたのだと思った様だ。
「違うぞ、カンダ。
俺が遠いと思っているのは、自分に課した目標を達成するまでの道のりの事だ。」
「目標、ですか?」
ンドゥの意図を計り兼ねたカンダは、ンドゥの言葉を反芻した。
「そうだ。
恥ずかしい話だが、俺はこれまで親の言うまま、周囲の望む様に生きて来た。
軍に入ったのだって、貴族の次男ならばそうあれかし、という期待に応えた結果なのだ。」
「……そんな卑下するような事を仰らないで下さい。
貴方はそれで昨年、立派に役目をお果たしになったではないですか。」
「それだ!」
カンダは慰めを語ったが、それがンドゥの琴線に触れたらしい。
彼は鋭い声を上げ、カンダを指差した。
差されたカンダの方は意図が分からず、ただただ狼狽する。
「は、はい?!」
「去年の撤退指揮についてだ。
あの時、俺は自らを、お前達のような身近な仲間を守る為に行動しただけだ。
それを変に持ち上げられて、気分が良いものだと思うか?
俺はただ、流れに身を任せただけだというのに……。」
「……。」
カンダは、そして周囲で聞いていた他の兵士達は、掛ける言葉が見当たらず、黙ってしまう。
「……いや、分かっている。
俺は軍に属している。
上の命令は絶対だ。
俺に英雄の役を演じろと言うなら従う。
ただ俺は、それとは違う、自分が自分に誇れる成果が欲しかったんだ。」
「……それでこの任務に志願をされたのですか?」
ロアが傍らから尋ねてきた。
「……そうだ。
自分で目標を掲げ、それを成し遂げる。
そういう普通の、他の誰もがしている事がしたかった。
しかし、それがこれほど過酷だとは思っていなかったんだ。
この先、無事に「魔王領」に辿り着いても、それはゴールじゃない。
そこがスタート地点だ。
その先を思うと気が遠くなりそうだ。
だから「道のりが遠い」と言ったのさ。」
「ンドゥ様……。
そんな事を思われていたのですか。」
ンドゥに忠誠を誓う魔術師であるロアは、ンドゥの最も身近な相談役でもある。
それでも、このンドゥの思いはロアにとって初めて耳にしたものであった。
「ああ。
だが、勘違いしないで欲しい。
俺はその道のりの長さに絶望していた訳ではない。
俺にはお前達という頼もしい仲間が居る。
何を絶望する事があろうか。
そうではなく、俺は道のりの遠さに、やり甲斐を実感していたのさ。」
「やり甲斐、ですか?」
「ああ!
苦難の道など何するものぞと武者震いをしていたのだ。」
「そうですな!」
「そうです、苦難など我らの敵ではないと、実証してやりましょう!」
カンダやロア、その他周りの者達が、口々に賛同の声を上げる。
それは彼等自身も、自分を奮い立たせる言葉が欲しかったからかも知れない。
「……これは半ば俺の我儘だ。
この中にはそんな我儘に付き合わせてしまった者も居るだろう。
すまない。
その分の埋め合わせは、必ずさせてもらう。
ただ、今は力を貸してくれ。」
「「はいっ!!」」
こうして英雄とその部下達は、再び「魔獣の森」を進み始めた。
彼の瞳は、遥か先の「魔王領」を、そしてその先の未来を見透かすかように、じっと前を見据えていた。




