15_英雄の到着
「ンドゥ様、あちらが入口になっています。」
共に「魔獣の森」を抜けて来た仲間が、今、目的地の入口を指し示している。
岩場の様に見えるそこは、大型の魔獣が入る事を防ぐ天然の岩戸の様な役目を果たしていらしい。
「……遂に辿り着いたのだな、「魔王領」に。」
「……はい。」
俺が確認すると、それを肯定する言葉が返ってきた。
「「おお……。」」
皆から感嘆の声が漏れる。
感動しているのは俺だけではなかったらしい。
しかしこれはまだスタート地点だ。
ここから魔王様に会い、任務を全うして行かなくてはならない。
「大勢で押し掛けては警戒されるやも知れません。
ここから先は少数でお進み下さい。
残りはこちらで待機しております。」
カンダが言う通り、我々は二手に分かれて行動する事になる。
これは道中で話していた事でもあった。
「分かった。
全員が入れるように、急ぎ交渉してくる。
もうしばらく辛抱してくれ。」
「「はいっ!」」
俺の言葉に皆が意気揚々と返事を返してくれる。
ここまで俺を運んでくれた彼らの期待も、俺は背負っているのだ。
そう思うと、一層背筋が伸びる思いがした。
**********
「御免っ!
帝国から参った者である。
どなたかおられるか?」
「魔王領」に入ったところで同行した一人が声を張り上げる。
これは後に「断りもなく入った」と言われないための行動だ。
上手くすれば住民に道案内を頼めるかも知れないという狙いもある。
しかし、返ってきた返事はこちらの想定外のものだった。
「はい。
お待ちしておりました。
帝国代表団の方達ですね。」
「「──っ?!」」
まるで待ち構えていたかの様に、近くの建物から少年が歩み寄って来た。
歳の頃は成人前後といったところか。
中肉中背、黒髪で穏やかな表情を浮かべている。
こちらの面々は、まさか待ち構えられているとは思っておらず、声もなく驚いてしまった。
なんとか気持ちを落ち着かせた俺は、声を震わさないよう注意して応えた。
「……そうだが、君は?」
「ボクは「翼の魔王」アリア様からご案内の役目を仰せつかった者です。
名前はクローと申します。
代表者のンドゥ様はどなたでしょうか?」
「なっ?!
何故、私の名前を知っている?」
せっかく気持ちを落ち着かせたというのに、彼の一言に俺は動揺してしまった。
しかし、正直無理もないと思う。
初対面の筈の、少年とも言える歳頃の者が、どうして俺の名を知る事が出来ると言うのだ。
「ああ、驚かせてしまい、申し訳ありません。
こちらに居ても、必要な情報は手に入りますので、存じ上げております。」
「……。」
クローと名乗った少年は、こちらを気遣う様に、落ち着いた丁寧な口調を保っている。
その年齢と不相応な態度に、俺は唖然としてしまう。
しかし、どうやら少年は落ち着かせるつもりは無いらしい。
「……ところで、数が足りないようですが、他の方達は待機なさっている感じですか?」
「──っ?!」
何故こちらが今連れている者達だけではないと知っているのだ?
今、この場に居るのは俺とロアを入れて六人、森にはカンダを含めまだニ十六人が待機している。
「そ、そうだが……。
気を悪くしないで欲しい。
大勢で押し掛ける事が警戒されては困るし、我々にとっては初めて来る土地で、しかも大事な役目を負っている。
何かあっても全滅は避けたいという危機管理の一環であったのだ。」
俺が早口で弁明すると、クロー君はそれを黙って聞き終えてから、やはり落ち着いた口調で言った。
「……ああ。
はい、なるほど。
確かに仰る意図も理解できます。
気になどいたしません。
ですが皆様、長旅でお疲れでしょう?
せめて、森の中よりも、領内のこの辺で休まれてはいかがですか?
この辺りなら、何かあってもすぐに森へ逃げる事もできましょう。」
一瞬、「隠れずに全員出て来い」と言う事を婉曲的に言われたのかと思った。
しかし、彼の言う通り、ここからならすぐに森に逃げ込める。
言葉通りの意味で、他意は無いのだろう。
「……分かった。
お心遣い感謝する。
……すまんが、皆をここまで呼んでくれ。」
「承知いたしました。」
ロアに頼むと、彼は待機しているニ十六人に合図しに向かうのだった。
**********
クロー君はこちらが集結し、適当な東屋の様な建物に腰を据えるのを待ってから語った。
「──では、魔王様との接見役の方はボクが案内いたします。
残りの皆様には、こちらの世話役を置いておきます。
何か困り事があればお申し付け下さい。」
ペコッ
この間に集まっていた十人程の女性が、クロー君の後ろに並び、一斉に頭を下げた。
皆住民のようだが、血色も良く見える。
少なくともここの食料事情は逼迫した状態にはないらしくて少しホッとする。
「……そうそう。
まだ皆さんはまだ、正式にここに定住すると決まってないのですから、手を出したらいけませんよ?」
「「は〜いっ!」」
「「──っ?!」」
ホッとしたのもつかの間、クロー君がおかしな事を言い出した。
そして住民の女性達も、それを当然の指示であるかの様に返事を返している。
これには流石に黙っていられなかった。
「し、失礼だが、「手を出す」とは?」
「ああ、安心して下さい。
危害を加える意図は一切無いです。
そもそも「魔獣の森」を抜けて来るような屈強な兵士の皆さんに対して、彼女達が手を上げた所で何も出来ませんよ。」
「……まぁ、それは、そうなのだが。」
……だとしたら「手を出す」とは何の事を言っていたのだ?
「では参りましょう。
ご案内いたします。」
疑問に思ったが、結局、クロー君に促されたため、それ以上は聞けずに、大人しく魔王様と面会に行く事になってしまった。
**********
「「ようこそいらっしゃいました。」」
元気の良い声が響いた。
「魔王領」の中心辺りのしっかりした造りの建物まで来た時、入口で待ち構えた二人の女性が放った言葉だった。
しかし、その二人の容姿を見て、俺は驚いてしまった。
「……っ?!」
鬼人族に狐獣人?!
どちらも希少種族じゃないか!
そんな俺達の動揺を、鬼人族の女性が目ざとく見抜き、語り掛けてきた。
「あら、驚かせたようじゃね。」
「し、失礼しました。
鬼人族に狐獣人、どちらもお会いするのは初めてでしたので。」
俺が謝罪すると、コロコロとした笑顔で狐獣人の女性が応えた。
「そうでしょうなぁ。
なので気にしてません。
私達はこの魔王様のお屋敷に住んでいる同居人です。
ささ、こちらへどうぞ。
魔王様の準備が整うまでお待ちいただきます。」
「はい、ありがとうございます。」
こちらの方が頭数は多いが、鬼人族は一人が百人力とも千人力とも云われる種族だ。
迂闊に怒らせて戦う破目にでもなれば、敗北は必至。
……既に緊張してきた。
俺達は二人の後に続き、二階の一室に案内された。
「──では、こちらでお待ち下さいね。
魔王様のご準備が出来たか聞いて来ます。」
「はい、皆さんお疲れでしょう。
甘いジュースでも飲んでお待ち下さい。」
俺の緊張に反して、二人の女性は甲斐甲斐しく我々を世話してくれる。
……クロー君もそうだが、親切過ぎやしないか?
何かの罠だったりしないよな……?
そう思うとやけに喉が乾いてきた。
俺は、鬼人族の女性が置いていったジュースに手を伸ばす。
「……美味い。」
「甘い……、沁みるぅ!」
「ああ、皆にも飲ませてやりたいな。」
俺と同時に皆も口々に感想を漏らす。
それを聞いてクロー君が補足をしてくれた。
「ご安心を。
あちらに残した者達が、スープを振る舞っている筈ですよ。」
「ああ、それも良いなぁ。」
「ま、俺達は魔王様とお会いする前で、緊張でそこまで口に入らないけどな。」
もう、皆はクロー君に何も警戒していないようだ。
「ふふ、ですからジュースです。
この辺で採れる果実で、食べても美味しいんですよ。」
仲間の砕けた口調に、クロー君も微笑んで応じてくれる。
……俺も彼が騙そうとしているとは思えない。
しかし、裏が無いとすれば、あまりに気前が良過ぎるように思えてしまう。
「……。」
「……?
どうかされましたか?」
俺がクロー君を見て黙っていたため、気になったのだろう、クロー君が聞いてきた。
「いや、すまない。
ここまで饗されるとは、正直、思わなかったので意外だったのだ。
食器も歪みの無い、帝国の庶民が使っている品と同じ物の様に見える。
ここまでの生活水準とは正直思っていなかったのもある。」
「なるほど。
確かに、ここの今の住民にとって、この饗しをするのは簡単なことではありません。
しかし、魔王様の周りの者には、特別な手段がありますからね。
さほど生活に困ってはいませんよ。
それに今後、物流路が整備されれば、ここの住民にも物が行き渡るようになるでしょう。」
彼の言葉には気になる点が多過ぎる。
俺の疑問は、堰を切ったように口から溢れた。
「……君はどういう立場の者なんだ?
その……、少なくともここで生まれ育ったのではないだろう?
その歳にしては、あまりに外の事情に通じ過ぎている。」
「ああ……、ボクは冒険者をしているんですよ。
ここに来たのは魔王様に誘われたからです。
それからはまぁ……、側近の様な立場になっちゃってます。」
……ダメだ。
答えを貰うほど、俺の疑問は深くなってゆく。
「君の歳で冒険者?
しかも魔王様に誘われて?
……すまないが、理解が追い付かない。」
「あはは、そうですよね。
あまりボクの事は、今は気になさらないで下さい。
これから魔王様とお会いするのに、その前に疲れてしまってはいけないでしょう。
ボクが案内役をしているのも、ボクの様な若輩者なら、皆さんが少しは気を張らずにリラックス出来ると思ったからなのです。」
正直、自分から気になる事をさんざん言っておいて、勝手な言い草だと思った。
しかし、俺にとって彼の話を聞き出すよりも大事な任務があるのも事実だ。
彼の事は、一旦、思考から外させてもらおう。
「……そうだな。
君の話は、また機会があったら聞かせて欲しい。」
「はい。
あ、では、ボクからも一つ聞いて良いですか?」
「ああ、構わない。」
「では、ンドゥさん。
貴方は貴族の出で、帝国でも地位のある方だと聞いています。
その貴方がこんな役目を引き受けたのは何故です?
こんな事をしなくても、楽に生きる事はできたでしょうに。」
彼の質問はなかなかに俺の本質を突く問いであった。
「……そうだな。
大した話じゃないが……、私はタナボタで少しばかりの名声を得てしまった。
だが、自分ではその名声と釣り合う程の実力があるとは思えていないんだ。
だから、自分が納得出来る実績が欲しかった。
この任務に志願したのは、そんな理由だ。」
「なるほど、なら尚の事、成功しないとですね。」
彼が笑顔で肯定する。
しかし、今語ったのはあくまで志願時の理由で、現在の想いとは違っていた。
「……いや、ただそれは「魔獣の森」に入る前の希望だった。
そして、今はそれよりも大切なものが出来てしまった。」
「ほう?
差し支え無ければ、教えていただけますか?」
「仲間だ。」
俺はこの答えだけは一切恥じる思い無く語る事が出来た。
「仲間、ですか?」
「ああ。
「魔獣の森」で苦楽を共にするうちに、同じ目標に向けて力を合わせるうちに、自分のちっぽけな虚栄心などどうでもよくなってしまった。
今は、命懸けで私を支えてくれた皆に報いるため、この件を成功させたいと、そう思っている。
例え失敗したとしても、せめて彼等を無事に故郷に帰す事が出来ればそれで良い、ともな。」
「「ンドゥ様……。」」
俺の独白に、ロアを含めた五名全員が俺の名を呼んだ。
……言葉にするのは、やはり気恥ずかしい。
それでも、彼らと待機している者達全員へ対する気持ちに、嘘は無かった。
「……なるほど、良く分かりました。
良い仲間を持ったのですね。」
「ああ、我が事よりも、余程誇れる仲間だ。」
その時、俺達の会話が一区切り付くのを待っていたかのように、狐獣人の女性が部屋に入って来た。
「みなさま〜、魔王様のご準備が整いました。
ご案内いたします。」
「「──っ?!」」
いよいよだ。
俺と同行の五人の間に緊張が走る。
「緊張しなくとも大丈夫ですよ。
少なくとも、「翼の魔王」様はヒトを傷付けて喜ぶ方ではありません。」
「……そう、か。」
最後にクロー君が励ましの言葉を口にした。
彼を見ていてそれは真実だと思う事が出来た。
「翼の魔王」様が本当に恐ろしい人物なら、彼がこれほど穏やかで居られる筈がない。
最低限、命の危機は無いものと腹を括って、俺は力強く椅子から立ち上がった。
俺達のこの二ヶ月近くの日々が無駄ではなかったと証明する為に……。




