16_英雄の邂逅
「……随分、登るのだな。」
「はい。
魔王様はこの屋敷の屋上でお待ちです。」
俺の呟きに、前を歩く狐獣人が耳聡く応じてくれた。
先程の部屋を出で、二、三階分を登った気がする。
「屋上?」
「魔王様は「翼の魔王」です。
屋内に居たのでは箔が付きませんよ。
あの方は、大空の下が一番似合いますから。」
「……。」
次はクロー君が答えてくれた。
俺はもう深く考える事はせず、そういうものかと受け入れていた。
ギイィィィッ
先頭を歩いていた狐獣人の女性が、屋上へ出るための扉を開く。
やや暗めだった階段に、明るい外の光が差し込んだ。
そして目が慣れてくると、そこに複数の人物が佇んでいることが分かってくる。
「な……。」
屋上には机と椅子が有り、机の奥側には三人の人物が居た。
中央の一人は大きな椅子に座り、足を組み、肘掛けに置いた手に顎を預けた姿勢をしている。
その背には、見間違いようのない白銀の翼を背負っていた。
……間違いない、この方が「翼の魔王」アリア様だ。
そしてその両側、半歩後ろに対照的な二人の女性が侍っている。
魔王様の右側には真っ黒なドレスの女性が、黒のヴェールを被って立っている。
一方、左側には真白いドレスを身に纏った女性が、こちらも白いヴェールを被って佇んでいる。
どちらも表情は分からないが、その存在感は魔王様に引けを取らないものであった。
その三人の佇まいが、美しくもあり、神秘的で畏れ多くもあり、我々はしばらく魂が抜けたように魅入ってしまった。
「ようこそ参られた、帝国の使者殿よ。
遠慮せず掛けられよ。」
朗々とした声が響き、俺の意識はやっと自我を取り戻した。
「し、失礼しました。
では……。
皆も突っ立っているな!」
「は、はいっ!」
俺が叱咤すると、皆は直ぐに近くの椅子に腰掛ける。
俺自身は魔王様に対面する位置に座った。
傍らには文官上がりの部下が付いてくれる。
「──ふむ。
さて、では早速取り決め等の委細を話していく訳だが……。
生憎私は細かくは把握しておらなんだ。
悪いが詳細の説明は、私の代理人から話をさせてもらう。」
「……代理人、ですか?」
俺は意向を伺う様に反芻する。
代理人を出す事自体は当然の事に思えた。
むしろ、魔王様ともあろう御方が、細々とした取り決めを議論する姿の方が想像がつかない。
「うむ。
ほれ、そこに座っておろう?」
俺は魔王様の指差す方へ視線を向けた。
ん……?
……魔王様の指差す先、四角い机の横側には、クロー君が座っているだけだが?
「はい。
では不肖ながらこのボク、クローめが、魔王様の代理人として今後の事をお話しさせていただきます。」
…………は?
「「はぁ〜〜〜っ?!」」
俺だけでなく、俺の部下も全員が驚きの声を上げた。
その様子を、クロー君はしてやったりという顔で見ていた。
「あはは……。
ボクではお気に召しませんか?」
「いや、お気に召すとかじゃない!
君は自ら「案内役」と言ったじゃあないか?!」
「ええ、言いました。
ですが、魔王様の「代理人」ではない、とは言っておりませんよ?」
「な……。」
クロー君にそう言われると何も言い返せない。
彼は確かに「案内役」だと説明した。
しかし、それが彼の役割の全てだとは、一言も名言していなかったのだ。
「ふふ、少し調子に乗り過ぎましたかね?
気に障ったのなら申し訳ありません。
ですがンドゥさん、貴方が今、多少なりとも怒りを感じているのであれば、それは貴方に何もやましい所が無いという証拠です。」
「──っ?!」
「……もし、少しでもやましい言動をしたという自覚があったなら、貴方は今、どの様に言い訳をするかに頭を悩ませ、怒りなど感じている余裕は無かった筈ですよ。」
「……いや、それは……、そうかも知れないが。」
「はい。
仰る通り、これは言い訳です。
貴方達を騙し討ちした形になった事は、言い逃れしようもありません。
……申し訳ありませんでした。」
彼はそう言うと立ち上がり、こちらに向けて深く腰を折って見せた。
その様子にしばし沈黙が流れる。
その沈黙に耐えられなくなった俺は、彼に頭を上げるように促した。
「……頭を上げてくれ、クロー君。
私達は君に頭を下げさせたくて来た訳ではない。
交渉を、これからどの様にしてゆくかを話しに来たのだ。」
「承知しました。
では、改めて話を始めさせていだだきます。」
スッと顔を上げた彼は、何事も無かったかの様に話しを始めた。
……ケロッとしてるなぁ。
俺が許す事も織り込み済みか。
本当に食えない少年だ。
「まず第一に確認させて下さい。
帝国は「魔王領」の三国統治に合意するという事でよろしいですね?」
クロー君は、この面会での最も重要な事項を話題に出した。
**********
「三国統治」
そう、それがわざわざ帝国が「魔王領」まで俺を遣わせた目的だった。
ジサンジ帝国と、コラペ王国、リプロノ王国それぞれの代表者が、三者で「魔王領」を統治するというものだ。
実質支配していた魔王様は、統治には関わらないし、口も出さない。
ただし、魔王様自身の過去如何なる罪状も、新統治後に持ち越さないものとする。
これは現在「魔王領」に住んでいる者達も同様とする。
これが事前に伝えられた魔王様側からの要望である。
新統治体制とこの地の法律はどうするか、等については三国の代表者が揃った後に決める事とする。
軍務尚書様からは、帝国はこれに大枠では合意する、との書状をいただいている。
役所からは、帝国の法律が山の様な書面で届いており、その中でも「魔王領」の法に入れるよう主張したいものがリストアップされている。
ただし、「三国統治」が崩れ兼ねない状態となりよりは、これが続くように現場で調整も可とされている。
**********
「──ああ。
帝国を代表して、「三国統治」に合意する事を正式に回答する。」
「ありがとうございます。
残念ながら、コラペ王国、リプロノ王国の代表者は、まだ「魔王領」に到着しておりませんので、到着後に改めて詳細を詰める事になります。」
「……ひょっとして、彼らの状況も分かっているのか?」
「はい。
あちらはコラペ・リプロノの混合部隊となっています。
そのためヒトが多くなり、その分、集結にも進行にも遅れが出ているようですね。
それでも、あと十日もあればこちらに着くでしょう。」
「「……。」」
クロー君の、まるで見て来たかのように語る様子に、底知れなさを感じたこちらの面々は、息を呑んで固まってしまった。
そんな中でも、俺は今後について聞き出そうと質問する。
「……分かった。
では、それまで我々はどう過ごしていれば良いだろうか?」
「領の西側、帝国側近くの建物を直すなりして、住めるように準備されるのがよろしいかと。
今後、帝国側とコラペ・リプロノ側のそれぞれの領の入口には、門を敷いて出入りを監視して貰う事になりますので。」
各者に自国側の門を管理させるのか。
確かにそれが妥当だろう。
ただ、三国の代表者が集まっての話し合いは、中心部のこの辺りで行われるだろう。
なら、この辺にも一軒、屋敷があった方が便利だ。
「分かった。
中心部のこの辺にも一軒、代表者用の屋敷があればと思うが、構わないだろうか?」
「はい、構いませんよ。
特にこの辺りは、住民も魔王様を畏れて、自ら住もうという方が居ませんからね。
魔王様ご自身は、全然気にされてないと言うのに。」
「うむ、気にしない。
むしろご近所さんが増えた方が嬉しいくらいだ。
ま、無理強いはしないがな。」
そうか……、中心部に住むという事は、魔王様とも物理的な距離が近付く事でもあるのだな。
……少しだけ早まった気がしてきた。
「そうそう、忘れていました!
此処で住むにあたって、お伝えしておくべき重要な事柄があるのでした。」
「えっ?!……な、何だろうか?」
突然、クロー君が大声を出すので、俺は驚いて問い返した。
「今、この「魔王領」の男女比は一対四くらいです。
なので、女性達は皆さんに積極的にアピールしてくることでしょう。
故郷に恋人や婚約者を残して来ていたり、ここに永住する気が無いのであれば、その事を初めに明示しておくことを、強くお勧めします。
極力、問題を起こさない方がお互いのためですからね。」
「「──っ?!」」
クロー君の語るとんでもない事実に、皆も驚いているのが分かる。
「……ひょっとして、さっき領の入口付近で君が言った「手を出さないように」とは、その事か?」
「はい。
彼女らからすると、「魔獣の森」を正々堂々と抜けて来る程の、屈強な漢達がしばらく女っ気も無いままの状態で現れたのです。
誘惑しようとするのに、これ以上都合の良い条件はなかなか無いでしょう。」
「な……!」
あまりにもあからさまなクロー君の説明に、聞いている俺の方が赤面しそうだ。
「しかしながら、一つ重要な注意事項をお伝えします。」
「な、何だ、まだあるのか?!」
そ、そろそろ俺の思考もいっぱいいっぱいになってるのだが……。
「今、この場に居る者については、手出し厳禁です。
少しでも不埒な真似をしようものなら、立場も状況も一切考慮せず、ボクがコロがし倒しますので、そのおつもりで。」
「し、承知した。」
元より魔王様に関わるような者達に手を出す気などない。
それにクロー君がこれまでに無い気迫を込めて語るものだから、俺は頷くしかなかった。
「……クロー君、その説明ではやや齟齬があります。」
そんなある種緊迫した場面で、ふと落ち着いた女性の声が響く。
「正確には、私とイナリさんを除く者、です。
私はフリーなので。」
声の方を見ると、黒髪のお淑やかそうな女性が、クロー君のすぐ後ろに寄って来ていた。
剣を携えているくらいだから、剣も使えるのだろう。
それでいて、語る様子からは知的な印象を受ける。
この中では唯一の普通の人族女性に見え、無意識に俺の視線は彼女に固定されてしまった。
……俺の感覚では、彼女は美人と称される部類に思える。
「あ、そうでしたね、フラウノさん。
……あれ?
それなら、ホオズキさんもでは?」
「いや、私はもう色恋に興味持てる歳でも無いし、そういうのは遠慮しとくよ。
皆のお世話が出来るなら、それで十分じゃよ。」
……この鬼人族の女性は一体いくつなんだ?!
見た目は少女にしか見えないのだが、口調は人の良さそうなおばあちゃんといった雰囲気だ。
「ンドゥさん?」
「はっ!ああ、何だろうか?」
余所事を考えていた俺は、クロー君に呼ばれて意識を強制的に戻された。
「……本人達がそう言ってるからといって、調子に乗って無茶をするようなら、こちらは容赦しませんので、そのおつもりで。」
「わ、分かった!
私は勿論、部下全員にきつく言い据えておく!
……だから、そんなに剣呑な雰囲気を出さないでくれっ!」
本当に、なんで一瞬でそんな殺気を帯びた雰囲気を背負えるのだ、この少年は?!
「ふふっ、分かっていただければ良いです。
皆様とはこれからも良好な関係を築きたいと考えております。
困った事があれば、遠慮なく言って下さいね。」
「あ、ああ、こちらこそ。」
俺はただ、彼の言う事に頷く事しか出来なかった。
──兎に角、これでやっと一息つくことが出来る。
今日は色んな事を見聞きし過ぎた。
一ヶ月以上ぶりの人里ということもある。
俺は、明日以降の事は全て放り投げて、今日はもう安眠を貪る事にしようと決めたのだった。




