23_デネブ
ヒトは竜には勝てない。
これは世界の法則と言っても過言では無い。
竜の巨体と圧倒的な魔力に対して、ヒトが単身で太刀打ちするなど不可能である。
不可能であるからこそ、ヒトの創る物語には竜が登場し、ヒトに倒される役を担うのだ。
現実では決して成し得ない結果だからこそ、物語になるし、ヒトはそこに痛快さを感じるのだ。
だがそれは、決して現実世界では真実に成り得ない。
例えば、成体の竜が吐くブレスは、人体の発火温度どころか、蒸発する温度すら超えた高温だ。
しかも、その炎は点に向けられるのではなく、面を焼き尽くす。
そしてその有効射程範囲となる面は、クローの身体をあっさり飲み込む広さを誇っていた。
つまり、今しがた宣戦布告をしたクローは、直後にデネブの放ったブレスにあっさり飲み込まれてしまったのだった。
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「お父様ぁっ!!!」
ナルが悲壮な悲鳴を上げる。
無理もない、自分が今、最も親愛するクローの身体が、目の前でブレスに飲み込まれたのだから。
ビスッ!
「──っ?!」
その時、デネブの顔面に鋭い痛みが走った。
ビスビスビスビスッ!!
「くっ?!」
何が起きてるか分からず、デネブは右手で顔の前を塞ぐ。
その指のすきまから、クローが右手を突き出している姿が見えた。
「お父様っ!!」
「ノ゛ッ!(喜)」
クローの耳に娘達の喜ぶ声が聞こえてくる。
しかし、クローはデネブから目を離さない。
彼は今、デネブとの戦いのほんの初撃を生き延びたに過ぎなかったからだ。
「……ぬるいですね。」
「なにぃ?」
「これなら、あと何度か繰り返すうちに、その目を潰せそうです。」
「──っ?!」
デネブは今の顔面への痛みがクローの攻撃によるものだと理解した。
痛み自体は大したことはない。
しかし、竜である自らに痛痒を与える攻撃である事は事実であり、更にクローは明確に目を狙うと宣言した。
竜とは言え、眼球は鍛えられないし、急所の一つである事は間違いない。
これにはデネブも警戒せざるを得なかった。
「猪口才なっ!!」
ブンッ!!
「うわっ?!」
デネブが腕を振るうと、クローは焦って飛び退いた。
クローからすれば、自分の身体よりも大きい兇器が振り回されるのだから、脅威でしかないだろう。
(ふん、やはり羽虫か。
これしきの攻撃に対して反撃する術も無いではないか。)
続けざまに逃げた先のクローに向けて、再びブレスを吐き掛ける。
ビスビスビスビスビスッ!!
「くあっ?!」
しかし、またしてもクローは平然とブレスの裏からデネブの顔面へ、しかも確実に目の辺りを狙って反撃してきた。
「このぉっ!!」
ブンッ!ブンッ!!
「がっ!!」
今度はデネブの鉤爪がクローを掠めた。
そしてそれだけでクローは苦痛の表情を浮かべる。
そこには、どうあっても覆し得ない、種族としての差がある様であった。
それでもクローは足を止めずに逃げ回る。
足を止める事は、即ち死を意味しているからだ。
戦いは、しばらく同じ様相が繰り返された。
デネブのブレスの予備動作まで見切ったクローは、ブレスを放つ前に『銃魔術』で攻撃を放つまでになったため、デネブはブレスによる攻撃を諦めるようになった。
ただ、クローの『銃魔術』はデネブに痛みは与えていたが、急所となる目等に当たらない限りは、ダメージにすらならないチクチクした痛みを与えるのみに留まっている。
対してデネブの物理攻撃は、クローに着実にダメージを与えている様子であった。
やがて、クローに疲労の色が見え始めると、デネブは初めて尻尾による攻撃を行った。
虚を突かれた形になったクローは、これを避け切れずに吹き飛ばされ、岩場に叩き付けられた。
「……かはっ!!」
叩き付けられたクローは、衝撃で肺の中の空気を吐き出し、そのまま倒れ伏してしまった。
「お父様あっ!!」
「ノ゛オッッ!!(悲)」
娘達の悲鳴が響く中、クローは叩き付けられた岩場の下に落下する。
その身体はピクリともせず、起き上がらない。
「……はっ!
随分粘ったな、人族。
しぶとさだけは褒めてやろう。
だが所詮、我ら竜族に敵う筈もないのだ。」
クローの様子に満足気に、吐き捨てるように語ったデネブは、ステラの方にゆっくりと向きを変えた。
「……さて。
ステラ、これで満足か?
お前が気に入っていた人族が一人死んだぞ?
これでオレ様の言う事を聞く気になったか?
それとも──」
そこで言葉を区切ったデネブは、視線をナルに向けてから続きを告げた。
「──そこに居る人族を、もう一匹殺さなければ理解出来んか?」
「──っ?!」
ステラは思わずナルを見て絶句してしまった。
この半年あまり、ステラはナルとずっと一緒に生活していた。
思い入れも当然ある。
そんなナルまで失う事になったら……。
「……めろ……。」
その時、微かな、しかし確かな意思を持った声が聞こえた。
その声を聞き逃さず、ステラとナルは声の主の方を向く。
「……ん?」
二人の反応に釣られてデネブが視線を向けた先では、クローが身を起こしていた。
「お父様っ!」
ナルが思わずクローを呼ぶ。
その呼び掛けに、クローの反応は無い。
傍目には、クローは立っているだけでやっとな様子であった。
「ほう……。
まだ立ち上がるか。
その場で倒れておけば、捨て置いてやったものを。
……それで?
立ち上がってどうする?
その様子では、動くことすら満足には出来まい?」
デネブが口の端を釣り上げ、憐れみを込めてクローに語り掛ける。
クローからの返答は、無かった。
「……。」
ただ、デネブを睨むその視線だけは逸らさずにいた。
「……いいだろう。
そこまで死に急ぎたいのなら、このオレが自ら叩き潰してやろう。」
デネブはクローの様子を挑発と捉え、クローに向き直った。
「「──っ?!」」
今度こそクローが殺されてしまう。
クローの娘達はそんな未来を幻視して身をすくめる。
そしてステラは自分が今、人語を話せない事も忘れて叫んだ。
「ノ゛ッ!!」
歪んでいたとしても、デネブはステラを好いている。
そのステラの叫びに、デネブは反応した。
視線だけを向けてその意思を確認しようとする。
「……なんだステラ、気が代わっ──」
「──黙れ。」
そんなデネブに、クローが再び挑発の言葉を放った。
「……なに?」
「……。」
そして、デネブが視線を向け直すと、睨んだ目はそのままで再び黙り込んだ。
「……そうか、そんなに先に殺されたいか。
良いだろう、敗者へのせめてもの慈悲だ。
望みを叶えてやる。」
ズシーンッ!ズシーンッ!
もはや微塵も警戒せぬままクローに歩み寄ったデネブは、ゆっくり右手を振り上げる。
対してクローは、ダメージのためか、疲労のためか、それとも諦めたためか、目を伏せ顔をややうつむかせていた。
その様子はまるでデネブに首を差し出しているようでもあった。
「お父様ぁっ!!!」
ナルの悲壮な叫びを背景に、デネブは振り上げた右手をクローに向けて振り下ろす。
その刹那、デネブはクローが目を開き、視線で自分を射抜くのを見た気がした。
ブンッ……
ガクンッ!
(……ん?)
デネブは思っていたような、クローを潰して地面を叩く感触が無い事に違和感を持った。
それは腕が空振りして、体が流れた様な感覚であった。
体制を直す様にデネブは右腕を引き戻し、ソレを目にした。
(腕が……無い……?)
デネブの右手からは、手首から先が無くなっており、その切り口からはじっとりと血が滴っている。
視界の端では、彼の右の手の平がゴロッと転がっているのが見えた。
「あ゛あっ?!?!
あ゛ぁあ゛──」
彼がその現実離れした様子を理解しかけ、悲鳴を上げそうになった時、彼の身体は更なる衝撃に見舞われた。
ガクンッ!
彼の身体の均衡を保つための、右側の支えが無くなった感覚があった。
「──っ?!」
ズシィンッ!!!
均衡の崩れた身体は、そのまま倒れ込んでしまう。
事態が飲み込めないデネブは、恥も外聞も無く惨めな涙声を上げてしまう。
「な゛、な゛んだぁ?!」
彼が首をもたげて見ると、彼の右足首から先が足から切り離されていた。
「あ……、あ゛ぁあ゛っ!!
オレの゛ぉっ、オレの足いっ?!?!」
右手に続いて右足まで立て続けに失った事を知ったデネブは、誇りも矜持もなく赤子の様に泣きじゃくる。
「……か?」
ビビクゥッッ!!!
泣きじゃくるデネブの耳に、微かな響きが届く。
それを聞いたデネブは、まるで死神の囁きを聞いたかの様に、身体を硬直させ押し黙った。
そしてギギギッと頭を向けると、そこにはクローが虚ろな瞳で佇んでいた。
「まだ……、やるか?」
静かになった岩場に、幽鬼の如くフラッと立ったクローの声だけが木霊する。
その手には棒状の魔術の光が握られていた。
デネブにはそれが死神の鎌の様に感じられる。
「あ……、あ……。」
デネブがその場で立ち止まっているのは、なけなしの根性を振り絞っているため……、ではなかった。
彼は全身をガタガタと震わせて、目の焦点も合わないまま、ただただ恐怖で動けないでいるだけであった。
ザッ……
そしてその恐怖は、クローがデネブに向けて一歩、歩み出した瞬間に決壊した。
「ああぁああ゛あぁああ゛あぁあぁぇあ゛ああぁあっっ!!!」
デネブは体裁をかなぐり捨てて、ただの人族一人から逃げ出した。
逃げる際、手足を失ってバランスを欠いた状態に慣れずに、岩場に何度もぶつかり、足を取られ転がる醜態を晒しながら、ようやっと無傷な翼で空高く舞い上がって行ったのであった。
「…………すごい。
やった……、やりましたよ、お父様!!」
「ノ゛ッ!!(喜)」
その一部始終を見ていたナルとステラは、素直にはしゃいでクローに声を掛ける。
ニコッ……
娘達の称賛の声を聞き、頭だけ振り返ったクローは、二人に向かって笑みを見せた。
……そして、糸が切れた操り人形の様に、音も無くその場に崩れ落ちたのであった。
「お父様っ?!」
「ノ゛ッ?!(驚)」
慌てて駆け寄る二人に対して、クローはピクリとも反応を返さなかった。




