24 _デネブとの決着
「ん……。」
「お父様?!」
「目覚めたのっ!」
クローが目を覚ますと、直ぐにナルとステラが声を掛けてきた。
その声を聞いて、ヴェロニカも気付き、クローに声を掛ける。
「ん?
起きたか、クロー?」
「……はい。
ボクはどのくらい寝てました?」
クローは応えたが、その声は寝起きでカスカスだった。
クローが見渡すと、そこは「魔王領」の見慣れた自宅の寝室だ。
ヴェロニカはコップに水を注ぎ、クローに手渡しながら答えた。
「お前が担がれて来たのは一昨日の夕方だ。
大体、丸二日くらいかな。
魔力切れと全身打撲で、セレナが大急ぎで手当てしたんだ。」
窓を見ると日がやや傾き掛けている。
ヴェロニカの言う通り夕方近いのだろう。
「それは……、心配かけちゃいましたね。」
「ワタシ達は前に一度、ワタシだけなら二度、お前の魔力切れを見てるからな。
そこまで深刻には思っていないよ。
だが、ナルとステラは、クローのそんな様子は初見だからな、心配してた。
責任を感じて、ずっと付いていたからな。」
クローはベッドの傍らに居る二人の頭を撫でながら、優しい声で謝った。
「そっか……。
心配掛けてごめんね、二人共。」
「そんな事、良いの!
クローは私の事、必死で守ってくれたの。
だから私、クローにありがとうって伝えたかったの。」
「私もです、お父様。
私は、また救っていただきました。
この御恩、必ずや──」
「──ナルちゃん。」
ナルの言葉を、クローは穏やかな口調で遮る。
「……っ?!……は、はい。」
「……ボクは、ただ娘達を守っただけだよ。
親が子を守るのに、見返りなんて求めない。
ボクはナルちゃんが、そしてステラちゃんが幸せに暮らせるなら、それで十分だよ。」
「……お父様。」
クローの言葉に、ナルは目を潤ませ声を詰まらせた。
一方、ステラの方も今のクローの発言に気になる点があったようだ。
「私も娘なの?!」
「ハハ、家族に血の繋がりは関係ないからね。
ステラちゃんもそう思ってくれるなら、良いんじゃないかって思うよ。
娘が嫌なら妹でも良いけどね。」
「ううん、ナルと同じ娘で良いの。」
クローに答えながら、ステラは満面の笑みを浮かべる。
ひとしきり三人のやり取りを聞いたヴェロニカは、気になっていた事を尋ねる。
その口調には、嫉妬の色は一切含まれていなかった。
「……ところでだ。
クローお前、その竜をどうやって追い払ったんだ?
二人にも聞いたんだが、いまいち要領を得なくてな。
詳しく聞いて良いか?」
戦いの様子を一部始終見ていたナルとステラだったが、クローがどうやってデネブを追い払う事が出来たのかは理解出来ていなかった。
当然、周りに説明する事も出来なかったのだ。
「はい。
話すのは問題ないですよ。」
「分かった。
じゃあ、夕食の後で頼む。
今日は皆を呼ぶから、その場で話してくれ。
お前も一度に話した方が楽だろ?」
「そうですね。
じゃあ、夕食時に。」
それを聞いたヴェロニカは、皆に伝えるため、三人を残して部屋を出て行った。
残されたクローは、二人を安心させるため、しばらく二人を撫で続けるのであった。
**********
クローが目覚めた日の夕食後。
アリアの屋敷の談話室には、クローとその一行七名、ナル、ステラ、アリア、ホオズキ、イナリの計十二名が集まっていた。
皆が集まると、クローはデネブと遭遇した所から語り始めた。
「──と言った流れで、引くに引けない状況になった訳です。」
「……子供を狙う変態竜っすか。
質が悪いっすね。」
クローとデネブのやり取りを聞き終え、リックが真っ先に感想を語った。
「そうなんだよね。
でも、まともに戦って勝てる筈がない。
……爆裂魔術ですら、正直、仕留め切れそうにないと思ったからね。」
クローの所感にヴェロニカが絶望的な悲鳴を上げる。
「そんなの、どうしようもないじゃないか?!」
「そうなんだけど……、一つだけ望みがあったんですよ。
ただ、それを決める為には、接近戦に持ち込む必要がありました。
だから、最初は色々と仕込みをしていました。」
「仕込み、ですか?」
クローの説明に、今度はセレナが相づちを打つ。
「はい。
まず、何より「ブレスは効かない」と思わせる必要がありました。
あんなの、何度も受けてたら身が保たないですし。
実際、ブレスを受けた際に、『防護盾』の三重発動を一度でも失敗してたら、命は無かったかも知れませんね。
で、その分、物理攻撃を受けた際には必要以上に大げさにリアクションして見せてたんです。」
「えっ?!
お父様、あれ全部演技だったのですか?」
クローの話に、ナルは驚いた声を上げる。
ナル自身も、デネブの物理攻撃にクローが苦戦していると思っていたからだ。
「大体はね。
あんな大振りの攻撃なんて当たるわけないじゃない。
迫力は凄いけど、予備動作含めて見切れば余裕で躱せるからね。
……まぁ、でも最後に尻尾を使われた時は、ちょっとだけ避け損なっちゃったんだよ。」
「……それだけで全身打撲ですか。
やはり竜は恐ろしいですね。」
セレナのしみじみとした呟きに、クローも同意する。
「ホント、戦うもんじゃないですよ。
……でもって、最終局面。
デネブはボクの様子をじっくり観察し、ゆっくりと歩み寄って来ました。
その間に最後の仕込みをする事が出来たんです。」
クローが含みのある言い方をしたところで、今度はヴェロニカが先を促した。
「竜の手足を切断する仕込みか……。
何をしたんだ?」
「去年、魔術図書館に行った時、セイシローの隠し部屋から『空間魔術』の魔術書を拝借して来たんですけど、冬の間にそれを読み込んで、一つ魔術を組み上げておいたんです。
名付けて『空間刃』。」
「『空間刃』?!」
聞きいた事も無いか魔術の名前を出されて、ヴェロニカは困惑しながら繰り返した。
「はい。
要は空間そのものを切断する刃を作る魔術です。
これなら対象の硬度なんて一切無視して切断出来るんですよ。」
「「……。」」
あまりに荒唐無稽な魔術で、皆は呆気に取られてしまう。
ただし、クローからすれば前世オジサンの記憶にある漫画やアニメで、偶に聞いた事のある魔術である。
クロー自身はそれを特段奇異な魔術とは思っていなかった。
皆の困惑を他所に説明を続ける。
「ただ、その破格の性能の分、これにはいくつも欠点があるんです。
まず、魔力をバカ食いします。
今のボクでは、発動出来るのはほんの数秒ですよ。
更に、非常に不安定で、発動するまでも、発動してからも、ひたすらこれに集中していないといけません。
でないと、発動が失敗するか、発動しても直ぐに消滅してしまいます。
他に魔術を平行稼動する余裕すらありません。
そして当然ながら、射程が非常に短い。
だから、デネブ自身がボクに近付いて直接攻撃するように仕向ける必要があったんです。」
「……その為に、相手のブレスを封じる必要があった訳ですね。」
クローの説明を聞き、確かめる様にフラウノが尋ねる。
「はい。
この魔術を発動する際は、完全に無防備になりますからね。
そこへブレスを吐かれたら、それでオシマイです。」
「度胸か、あるいは意地ですわね……。」
ティアナの呟きは、称賛と呆れが混在した響きを帯びていた。
「あはは……。
ですが、デネブは狙った通り、直接引導を渡しに来ました。
……ただ告白すると、ここでトラブルがありまして──」
「トラブル?」
不穏な単語に、真っ先にアリアが反応する。
「ええ。
『空間刃』のあまりの負荷に、一瞬、気が遠くなってしまったのです。」
「「──っ?!」」
クローの独白に、その場の全員が絶句する。
敵対する竜の面前で気を失ったらどうなるか、火を見るより明らかだ。
「──あの時、ナルちゃんの叫び声が聞こえなければ、あのままデネブに叩き潰されていたでしょうね。」
「私の……?」
クローの言葉にナルが驚く。
そんなナルを向き、クローはお礼を口にした。
「そう。
だから、ありがとうナルちゃん。」
「……はい。
お父様のお助けになれたのなら、これ以上の喜びはありません。」
クローの台詞に、ナルは感無量といった表情になる。
それから一呼吸置いて、クローは続きを話し始めた。
「……話を戻すと、意識を保ったボクは、振り下ろしたデネブの手首を『空間刃』で切断しました。
そして、デネブが事態を把握出来ない内に、そして『空間刃』が維持できている間に、右足首も切断したんです。
……でも、ボクが『空間刃』を維持出来たのは、そこまででした。」
ここまでを聞き終えたヴェロニカは、ナルから聞いていた話との齟齬に気付いた。
「……ん?
ナルの話では、気を失うまでクローは光る剣の様なものを持っていたと聞いたが……。」
「ああ……。
それはコレですね。」
フォンッ……
クローは右手に光る棒状の魔術を発現した。
話を聞いていた皆は、一瞬、それこそが『空間刃』の魔術だと思った。
「ち、ちょっと、こんな所でそんな物騒なものを……、あれ?」
「おい、それはまさか……。」
しかし、それを一目見て、アリアとヴェロニカは違和感を持った。
その二人の感覚をクローは肯定する。
「はい。
お気付きの通り、ただの『灯り』です。
この通り殺傷能力も全くありませんよ。」
ちょんっ
フッ
クローがその光の先をテーブルに押し当てると、光は直ぐに消滅してしまった。
その様子を見た一同は、それを竜の目前に晒したという意味を理解して、再び絶句してしまう。
「「……。」」
「あの時のボクは満身創痍で、魔力も残って無かったですからね。
出来ることと言ったら、こんな『灯り』でハッタリかます事だけでしたよ。」
皆が理解した事を確認するかの様に、クローはその『灯り』がただのブラフであった事を語った。
これに一番驚いたのは、現場でその光景を目撃していたナルであった。
「えっ……?
じゃあ、あの時デネブに見破られていたら……?」
「うん、逃げる事も出来ずに殺されてたね。
見破られなかったとしても、最後に根性を見せて立ち向かって来てもアウト。
ボクに打つ手は残されて無かった。
……まぁ、手足を切り落とせた後のデネブからなら、ステラちゃんは逃げ切る事が出来たんじゃないかな?」
クローの語るあの場の真相に、ナルは改めて背筋が寒くなる思いがした。
その感覚は、ナルだけでなく、この場の皆が共感する思いであった。
クローの語るこの場面について、実はデネブの視点で、クローも理解していなかった点がある。
デネブから見た時、クローの魔力はほぼ尽き掛けており、手にした『灯り』も幻ほどにも魔力は込められていなかった。
そんな魔力がスカスカなクローの姿が、デネブの目には実体のない幽霊の様に映っていたのだった。
しかし、そんな幽霊にデネブは手足を切り落とされた。
その事実がデネブを混乱させ、ヒトが悪意ある怨霊を恐れるが如き恐怖を引き起こしていたのだった。
クローの話にひとしきり皆の肝が冷えた後、共感する思いをスノウノが口に出した。
「……それにしたって、相当薄氷を踏む賭けだった訳ニャ。」
「う〜ん……。
ま、そうなんですけど、まったく算段が無かった訳でもないんですよ。」
クローの語る算段とやらが気になったヴェロニカは、先を促した。
「と言うと?」
「相手は竜ですよ?
戦い方にしたって、少しでも恥をかかない方法を選ぶ筈です。
痛がる素振りを見せる可能性のあるブレスに固執するよりも、確実にボクを追い詰めているように見える物理攻撃を選択するでしょう。」
「まぁ……、そうか。」
ヴェロニカが納得するのを見て、クローは更に続ける。
「それに、これまで生きて来て、同族である竜以外から追い詰められた事なんてある筈がない。
手足を切り落とされる程にショッキングな出来事なんて、経験したことないでしょう。
そんな奴が、あの状況で冷静でいられる筈がない。
更に言えば、親の居ぬ間に娘を狙う様な姑息な奴が、最後の場面で勇気を振り絞って反撃する程の根性を見せる訳がないんです。」
「そう言われると、確かにニャ。」
クローの語るデネブに対する考察に、スノウノは納得した声を漏らす。
それは、この場で話を聞いた皆の思いを代弁するのうな言葉であった。
**********
結局、このクローとデネブの決着は、どちらが勝者であったのか?
これには解釈の余地がある。
デネブを追い払ったクローの勝ちとも言えるが、他の見方からすると、デネブの勝ちと言う事も出来るからだ。
一例として、クローの前世世界で有名な漫画に於いて、「標高が高いまま立ち去った方が勝者」という価値観が示されている。
今回のクローとデネブとの決着では、クローは満身創痍となり最後には倒れている。
一方のデネブは、手足は切り落とされたものの、それ以外はほぼ無傷の状態で、ピンピンした状態で現場を去っている。
更に言うなら、あのまま戦いを続けていたのなら、息の根を止められていたのは、確実にクローの方である。
先の価値観に照らし合わせれば、勝者はデネブの方であると言えるのだ。
だが、クローにとっては、この決着の勝ち負けなどどうでも良かった。
デネブをペテンに掛け追い払っただけだと、卑怯者だと嘲笑されようが、構わないのだ。
クローが守りたかったのは、ステラとナルの二人だ。
二人の娘をデネブから守り通せたのなら、クローはそれで満足だったのだった。
**********
クローの説明を聞き終え、自分の中で反芻した後、リックが懸念を口にした。
「……クローがどうやって、そのデネブを退けたのかは分かったっす。
でも今後、いつか立ち直ったデネブが仕返しに来る事は考えられないっすかね?」
「ああ、それなら大丈夫だと思うよ。
ヒトは欲深い生き物だからね。」
「……?
クロー、それはどういう……?」
はぐらかす様な言葉に、リックが深追いしようとしたが、クローは話題をかえて語り始めてしまう。
「ま!
そんな事より、明日はデネブの手足を回収しに行きますよ!
命掛けで切り落とした超レア素材ですからね。
その分、きっちり儲けさせ貰わなくちゃ!」
クローの転んでもただでは起きない姿勢に、ヴェロニカが呆れた様に返した。
「クロー、お前、そのデネブとかいう竜の手足を取りに行くのか?」
「はい、もちろん。
ヴェロニカさんも来てくれます?
『アイテムボックス』が使えるヒトがもう一人居た方が、収納の負担も減りますからね。」
「ステラの背か……、でも、竜の素材なんて、もう二度と目にする事も無いかも知れない……。
うう……、悩む。」
葛藤しているヴェロニカが可愛かったからか、セレナが茶々を入れる。
「……ヴェロニカさん、あれだけステラちゃんに乗る事に二の足を踏んでいたのに、レア素材が有るなら悩むなんて、現金ですね。」
「仕方ないだろ?!
魔術師として憧れの素材なんだぞ?!」
「心配しなくても、売る前に欲しい部位があれば、先に皆に分けますからね。」
二人のやり取りに、クローもちょっとズレた返しをする。
ただ、それにナルが苦言を呈する。
「あの、お父様。
同族の手足を売る話を、ステラちゃんの前でするのはちょっと……。」
「大丈夫なの!
あんな奴、仲間とは思ってないの!」
しかし、当のステラはデネブの事を、同族の仲間とは思っていない様子であった。
「うん、分かったよ。
今後、あそこを通ったとしても、嫌な記憶を思い出さない様に、跡形もなく回収しておくからね。」
クローのこの言葉の通り、デネブの残した素材は根こそぎ回収され、帝国側とコラペ・リプロノ側それぞれに売りに出された。
それによって各市場は沸騰した。
超々レア素材がほぼ完品のまま売りに出されたのだ、これに各商会、商業ギルド、冒険者ギルド等が絡んで、値段は青天井で上がり続けた。
ただ、クローの指示によって、クロー側との直接の売買は早々に決着した。
まだ、値を上げる余地が十二分にあるのに、である。
クローが何故そう取り計らったのかについては、後に皆が理解することになったのだった。




