22_新たな竜
「魔王領」に本格的な夏が訪れた。
外との輸送も本格的に始まり、各商会が売買を始めていた。
ただし、これまで物物交換で生活してきた者達を、いきなり貨幣経済に突っ込んでも悲劇しか訪れない。
そこで、領民はいくつかのグループに分けられ、そのグループ毎に売買専門の者を置く事で、金銭を管理する事になった。
この管理役は各国の初期代表団から選出された者が担うこととして、更にその管理役を代表者が監視する体制となった。
そんな役目を置いても、住民側から商会に卸せる品なんて有るのか?
結論を言うと、有った。
まず、住民が何気なく飲んでいる野草茶、これが外では手に入り難い高級品と持てはやされていた。
また、住民達は魔物を倒した際に、毛皮だけでなく骨や魔石も物置きに貯めるようにしていた。
それに非常に高い値が付いたのだ。
住民達のこの習慣は、長年外からヒトが入って来るうちに、いつの間にか定着していたものであった。
これを知った各商会はそれぞれの住民グループと積極的に取り引きする様になり、住民達も徐々に商会から買い付けた身近な物を手に入れ始めた。
さて、そうやって輸送の回数が増えていっても、兵士や商会からの被害はあまり挙がらなかった。
もちろん何事も無い訳でもなく、兵士の中では道中の魔物との戦闘で戦死者も出たし、ミロワール・インダストリーの商会員が大怪我を負う事態も発生した。
しかし、悪名高い「魔獣の森」に於いてその被害は、各国の想定を遥かに下回っていたのだった。
この被害の少なさにはもちろん理由があった。
魔物達は、ヒトが整備した「道」をヒトのテリトリーとして敬遠していたのだ。
更に、この「道」を頻繁に通過する、絶対的強者の存在を感じ恐れたのだった。
彼らが恐れたのは、ここ最近頻繁に「道」に現れる、竜の存在であった。
**********
幼い竜のステラは、クローに「散歩」として連れられ、ベルモンドと「魔王領」を結ぶ道の上を歩いていた。
今はヒトの姿で、ナルと手を繋いでいる。
その「道」は、昨年初冬にクロー達が初めて通った時と比べて、明らかに整備が進んでいた。
「クロー、あの木、実が成ってるの!」
ステラが目に付いた木の枝を指差しながら言った。
その表情は明るく、見た目だけならヒトの子と言っても違和感はない。
頭の角を無視すればの話であったが。
「あ〜……、まだ食べ頃じゃないね。
多分、酸っぱいから残しておこう。
秋に此処を通るヒト達の非常食になるかも知れないからね。」
「分かったの!」
クローが落ち着いて語る言葉に、ステラは元気に応える。
その様子を見たナルも、ステラに話し掛けた。
「ステラちゃんも、この辺なら迷わなくなりましたね。」
「何度も通ってるし、方向の目印も覚えたから大丈夫なの!」
「すごい!
この分なら、一人で「竜の森」まで帰れるかも知れませんね。」
ナルのその一言は本当に他意のないものであったが、ステラは僅かに表情を曇らせて問い返した。
「……帰った方が良いの?」
「えっ?!
いえ、そういう意味ではなく、一人で出来ることが増えていきますね、という意図で言っただけで……。」
ナルは慌てて弁解する。
ナルに他意も悪意も無いことを分かっているクローは、助け舟のつもりでステラに聞いた。
「ステラちゃんは、お母さんに会いたいとは思わないの?
一目顔を見に帰りたい、とか。」
「ん〜……、お母さんとはそのうち会えるの。
それに、ここにはクローとナルとみんなが居るから、全然寂しくないの。」
長命で絶対的な強者である竜らしく、ステラは母も自分も危険に見舞われる事なく、いつかは会えるものと理解しているものらしい。
その理解はまったくその通りで、ステラとその母親に比べれば、クローやナルの方こそ短命で儚い生き物である。
だからこそステラは、彼らと少しでも一緒に居たいと思うのであった。
「そっか。
逆に、お母さんの方はステラちゃんを探してるんじゃない?」
「の……?
……それは、少し、あるかもなの。」
「そっか〜……、じゃあ、もしもお母さんが探しに来たら、そしてボクらの事を誤解してそうだったら、違うって言って欲しいかな。」
「うんっ!
分かったの!」
ステラとクローが話すのを聞きながら、ナルの『空間把握』は自分達以外の存在を遠くに感じ取った。
ちなみに、リックやティアナ達にそうした様に、クローはナルにも魔術を教えていた。
物覚えの良いナルは、既に『空間把握』を始め感知系の魔術を使えるようになっている。
「……お父様、ベルモンド側から一組こちらに向かって来ている一団が居ます。
見付かって騒ぎにならない内に「道」から外れましょう。」
「うん、了解。
……ステラちゃん、お願い出来る?」
「はいなのっ!」
ポンッ!!
コミカルな程にポップな音が響くと、ステラの居た空間に竜が現れた。
そのサイズは平屋の小屋くらいある。
ただ、物語で伝え聞く成竜の大きさは、三階建てのアリアの屋敷程とされており、それと比べればステラは小型と言えるのだった。
「ノ゛ッ!!」
ステラが子供の姿の時からは想像もつかない程に、野太く低い声を上げる。
「……いつ見ても驚きますよね、これ。
一瞬で大きくなるって、どういう理屈なんでしょう?」
ステラの様子を見ていたナルが疑問を口にする。
その表情は、竜を目の前にしているのに恐怖の色は一切無く、純粋な知的好奇心に満ちていた。
「逆じゃないかな?」
「はい?逆?」
クローの意図が分からず、ナルは聞き返す。
「そう。
本当は大きい身体を、無理矢理小さな外見に置き換えているのだと思うよ。
ボクらには分からないけど、空間操作や認識操作まで組み込まれた、ヒトがまだ到達し得ないレベルの魔術なんじゃないかな?」
「……私より幼いのに、すごいですね。」
「まぁ、竜だからね。
多分、実年齢はヴェロニカさんよりも年上だろうし……。」
「ノ゛ッ!!(怒)」
クローの言葉が気に障ったのか、ステラが抗議する響きの声を上げる。
ステラは竜の姿ではヒトの言葉は喋れないらしい。
「うわっ?!え、何?」
「あー……。
お父様……、乙女の年齢の話をするから。」
何故ステラが怒ったのか分からなかったクローだが、ナルの呆れて呟いた言葉で、自分の失言を悟ったようだ。
「あ……、はい。
それはボクが悪うございました。
お詫びに、帰ったら何か甘いデザートを作るよ。」
「ノ゛ッ!(喜)」
ステラが今度は違う声の上げ方をする。
二人にはそれが喜びを表現する声だと分かった。
「……なんでしょう、竜ってこんなに表情豊かなものなのですね。」
「いやぁ、これは個体差で、ステラちゃんだけだと思うけどね……。」
しみじみ呟いたナルとクローは、そのままステラに乗り「道」を大きく外れた。
しかしその時、不意にナルの感知魔術に反応が現れる。
彼女の勘は特大の危険信号を発していた。
「──っ?!
お父様!左後方に巨大な飛行体が!!
これは……?!」
「補足した!
確かに大きな生き物が近付いて来ている。
……あれはまさか、竜か?!」
「ノ゛ォッ!!(嫌)」
飛びながらステラが一声鳴いた。
その響きは嫌がり、拒絶するようなものに感じられる。
「ステラちゃん?!
お父様、ステラちゃんが何か、怯えているみたいな……。」
「アイツはまだ追って来ている。
……ひょっとして、以前話していた、家から逃げる原因になった「変なオジチャン」かも知れないな。」
「ど、どうしますか?」
裏社会に身を置いた経験のあるナルも、流石にこんな状況には遭遇したことがない。
オロオロしたまま、彼女が最も信頼するクローに尋ねた。
「あそこ!
岩場になっている所に逃げて!
追って来ている竜は身体が大きいから、細い岩場までは入り込めない筈だ。
二人はそこに隠れておくんだ。」
「私達は……って、お父様はどうするんです?!」
クローの指示に疑問を返すナルだったが、クローはそれに答えることは無かった。
**********
少し後、クローの指差した岩場にて、クローと成竜が対峙していた。
成竜の大きさは物語に描かれた通り、アリアの屋敷ほどの高さがあった。
対峙するクローは、成竜の掌よりも小さい。
そんなクローに意思を感じた成竜は、クローに語り掛けて来た。
こちらは竜の姿のままでも、ヒトの言葉が話せるようだ。
「……何のつもりだ?
退け、人族。」
「退く前に、何故こちらを追うのかを確認したいです。」
クローは臆する事なく、冷静に問い掛ける。
「お前達、虚弱貧弱無知無能の人族共など、どうでも良い。
オレが欲しいのは、あのステラだ。」
クローの予想通り、成竜の目的はステラのようであった。
ただ、その言い方がクローには気になった。
「欲しい?」
「ああ。
長命な竜の中にあって、幼く愛らしいあの娘は、希少だ。
手に入れ愛玩したい。」
取るに足らない人族相手だからか、あるいはその思想を恥ずべき事と思っていないのか、成竜は平然と言ってのける。
そんな様子の成竜に、それでもクローは落ち着いて尋ねた。
「……小児性愛者と理解して相違無いですか?」
「だから何だと言うのだ?
あの年代にしか無い特有の儚い魅力、それを愛することの何がおかしい?」
(うわ〜……、ダ〜メだこりゃぁ……。)
クローは、この目の前の成竜が救いようのない類いの個体であることを確信した。
世界には多種多様な生物が溢れているが、生殖機能の成熟していない幼体に性欲を向ける種など、有り得ない。
そんな種が存在したとしても、その種は生物としてまともに次代を育む事も出来ずに滅びてゆくだろう。
竜とて、長寿ではあっても不老ではない。
ステラの存在が示すように、確かに世代交代は存在するのだ。
ならば、クローの目の前のこの個体は、世の理から外れ、同族に害を成す存在と考えて間違いなかった。
「……この一年、ずっと探していたのですか?
どうしてここが分かったのです?」
「ああ、探していた、匂いを辿った。
それに、竜同士は同族が近くに居ることがなんとなく分かるからな。
あの娘の母親、ベガの目の届かぬ所に居るこの機こそ、千載一遇のチャンスなのだ。
諦めるなど、有り得ん。」
成竜は今度は感情を込め、熱く語った。
その熱が暑いほど、クローの視線は冷めてゆく。
「では、一年前にステラちゃんの家へ襲撃したのも、そのベガさんが不在の時を見計らっての事だった訳ですか?」
「フンッ!
ああ、そうだ。
ベガも美しさは「竜の里」イチなのだが、気も力も強く、並の竜では手出しも出来ん。
それが留守にしたのだ、それはオレに娘を差し出したも同義だろう?
オレはそれを受け取ってやろうとしたのだ。
それなのに、あの家の人族共は……、無粋な真似をしおって、オレとステラの仲を引き裂いたのだ。」
「……。」
(ああ……、性癖だけでなく、性格自体がそもそも破綻している類いか……。)
もはや、言っている内容さえ意味が分からなくなってきた成竜のことを、クローは自身が忌み嫌う「ヒト拐い」と同類として見ていた。
「もう良いか?
分かったならさっさと退け、人族。
……もっとも、お前が退こうと退くまいと、オレはステラを手に入れるだけだがな。」
ズシーンッ!!
成竜はクローを脅すように、一歩、歩み出た。
しかしクローは表情を変えぬまま、成竜を見据えたまま、背中から二人に声を掛ける。
「……ナルちゃん、ステラちゃん、二人はそのまま岩場に隠れておいで。
このオジチャンには、お帰りいただくから。」
その声音にはハッキリと、娘達を気遣う父性が宿っていた。
「……帰らせる?
オレを?
馬鹿な、脆弱で蒙昧な人族一人が、オレを、このデネブ様をどうにか出来ると思っているのか?」
成竜デネブの声には、微かな苛立ちと、世迷言を語る人族への嘲笑が混ざっていた。
「まぁ……、やらねばならないのです。
ならば、やるしかないでしょう。」
クローの声には断固たる意思が宿っていた。
例えばこの先、クロー自身にも娘が生まれるかも知れない。
今日、ここで自らの保身の為にステラを差し出してしまったなら、クローは自分の娘に堂々と向き合えるだろうか?
ステラを過去に差し出した事のある身で、娘には「君を守る」と語るのだろうか?
クローには、そんな事が出来る自信は無かった。
ならば、無茶でも何でも、今ここでやるしかないのであった。
「貴方のようなペドゴミカスならば、屠ったとて他の竜族が仇討ちに来る事も無いでしょうしね。
それに──」
「ん?」
クローが言葉を区切ったため、デネブは思わず相づちを打つ。
その相づちに応えるように、クローは最後の、開戦を告げる台詞を放った。
「──せっかく、この世界に生を受けたのです。
一度くらい、竜と本気でやり合ってみたかったんですよ!」
語りながら、クローは思い付く限りの支援魔術を自らに掛けていた。
デネブはそれを止めるでもなく、じっくり眺めた後に吐き捨てる様に言った。
「ほざけ!!」
言い終わるやデネブは、クローに向けて炎を吐き掛けたのであった。




