20_ジョン・ドゥ
「親父、面会希望という奴が来ていますが、どうします?」
「魔王領」に存在する唯一の自称マフィア、ドゥ・ファミリー。
そのドンであるジョンは、自室で茶を淹れていた。
歳は自身が覚えている限りでは六十。
顔や手に複数の傷跡が残る、強面の男性であった。
彼の家は「魔王領」の北側、斜面を少し上がった所にある。
当然、普段は構成員以外の者が尋ねて来る事はない。
しかし部下は、その普段ならざる事態を彼に告げていた。
「ん?俺にか?相手は?」
「へい。
……例の、魔王様のお気に入りの新入りのうちの、男二人です。」
それを聞いて、ジョンは「遂に来たか」との思いがあった。
彼らがこの町で何かをしようとしている事は分かっている。
そして、本気でこの町を変えるつもりであれば、その過程で必ず自分に話をつけに来る事も想定していたのだった。
「……通せ。
丁度良い、俺もどんな奴か、その面拝んでおきたかったんだ。」
「へい!」
ジョンが命じると、部下は踵を返し、そそくさと部屋を出て行った。
**********
来訪者は、二十歳前くらいの青年二人。
しかも片方は成人したばかりくらいの、少年と呼んで差し支えない年齢に見える。
彼らはジョンの部下四名に囲まれた状態で応接室に入って来たが、その表情には何の焦りも緊張も無かった。
「こんにちは。
お初にお目に掛かります。
ボクはクローと申します。」
「初めましてっす。
リックと申しまっす。」
挨拶の声色も、平静そのものである。
若干、リックの方にだけは、僅かに緊張が混じっていた。
「噂は聞いている。
俺はジョンだ。
……というか、俺の事も知ってて来たんだろう?」
ジョンが切り出すと、クローと名乗った少年がさらっと答えた。
「はい、もちろん。
この「魔王領」を取り仕切るマフィアのドンとお聞きしております。
今日は、取り引きを持ち掛けに来ました。」
「取り引き?
……各国のお偉いさんを招き入れる様な奴が、俺らなんぞと何を取り引きするんだ?」
ジョンは声のトーンを落とし、圧力を掛ける様に尋ねる。
しかしクローは、柳が強風に晒されるが如く、圧力を受け流すように、にこやかに答えた。
「やだなぁ。
例え軍を招き入れて、流通も届かせたとしても、マフィアというものは町から消えて無くなるものではありません。
「水清ければ魚棲まず」とも言います。
人の活動がある以上、その淀みと言われる部分を受け止める者も存在しなければ、町は上手く機能しないものです。」
ジョンは感心していた。
それは彼の度胸を見込んでという事ではなく、マフィアという存在が社会活動と切っても切れない関係にあると理解している点にあった。
「ほう……。
餓鬼のくせに能書きだけは一丁前だな。
分かった、取り敢えずその取り引きとやら、聞いてやる。」
ジョンは口の端を釣り上げ、笑顔を作って答えた。
本人としては不本意ながら、その笑顔が他人からは恐れられている事を自覚している。
常人であれば、ここで悲鳴の一つでも漏らす場面であった。
しかし、クローは動じず、予め用意した下書きを読み上げる様に淡々と条件を語ってゆく。
「はい。
まず第一に、今後町が発展して、法治が行き届いたとしても、ドゥ・ファミリーの皆様が酒類の販売・営業をする事は黙認します。」
「──っ?!」
ジョンも、まさか彼が法を侵す条件を提示してくるとは思っていなかった。
彼の提示する条件を聞くと目を見開いた。
「更には、ボクの個人的な仕入れ経路から、酒自体も一部お譲りしましょう。」
「お、おい、ちょっと待て。
どの国だって、酒の取り扱いは役所の認めが必要なものだ。
それを黙認?
しかも、横流しまでするって、正気か?」
更なる譲歩を聞き、慌ててジョンが取り乱して確認する。
帝国であっても、コラペ、リプロノであっても、カダー王国であっても同じだが、酒の販売等の商業利用を行う業者や飲食店は、ジョンの言う通り、必ず国からの認可を受けなくてはいけないものである。
当然、マフィア組織がそんな公的な認可を受けられる筈がないのだが、クローはこの認可制度を実質無視して良いと言っているのだ。
「この取り引きが成立するなら、「お偉いさん」達にはボクから上手く話を通しておきます。
……まぁ、あまり露骨に目立つようなら、形式上、見せしめの為に一時勾留とかはしなくてはならないかも知れませんから、その辺は上手くやって欲しいですけどね。」
「……。」
クローの語る内容は、法を無効化する違法な取り引きである。
そんな内容を、成人したばかりの少年が平然と言ってのける状況に、ジョンは目を白黒させるのだった。
「あと、こちらがやる気があるのなら、娼館の営業も黙認しましょう。
ヒトが増えれば、当然必要となる施設ですから。
……どうです?」
娼館の取り扱いについては、各国でやや法による規制が異なっている。
厳密には違法となっている国もあれば、法的にグレーになっている国もあった。
ただ、どの国についても共通で言えるのは、娼館そのものが存在しない国は無く、各国独自の建前の元で運営されているという点であった。
そして将来、この「魔王領」に出来るであろう同様の施設に対して、どの様な法律が制定されたとしても、黙認するとクローは保証しているのだ。
「……それが本当なら、町が大きくなっても当面はシノギに苦労はしなくなる。
そこだけなら、何の不満もねぇ。
だが、問題は取り引きのもう半分だ。
……あるんだろ?
こちらへの要求が。」
流石に何十年も裏社会で生きてきただけのことはある。
ジョンは、クローの取り引きのメリットに対して、相応のデメリットが持ち掛けられる事を想像していた。
「話が早くて助かります。
こちらの要求は三つあります。」
「言ってみろ。」
クローから要求がある事を告げられても、ジョンは騒ぐ事なく、要求の内容を語るように促した。
「まず第一に、クスリ・薬物はやらない事。
使うのも売るのもです。
これが飲めないなら、この話は終了です。
こちらの条件についてだけは、一切交渉の余地はありません。」
「分かった、大丈夫だ。
それは俺の主義とも一致する。
今もそうしているし、それを続けるだけだ。
……次は?」
ジョンは第一の要求を当然の事と受け入れた。
実際、彼はこの地で部下達に、薬物をやった者は即座に破門すると口酸っぱく語っている。
これは、ジョンの過去の経験から得られた教訓でもあった。
促されたクローは続ける。
「カタギに手を出さない事。
ま、これは時と場合があるでしょう。
露骨に問題さえ起こさなければ多少は目をつぶります。
ただ、例えば先程の娼館の例ですが、やる気も無い者を無理矢理働かせる様な真似は止めて下さい。」
「……自分から働こうとするのは、使って良いんだな?」
「労働者が自分の技能・特色を活かそうとするのも、給金に見合った働き口を選ぶのも自由です。
それは止めません。
ボクが止めたいのは、ヒト拐いの様に無理矢理連れて来て働かせる方法です。」
「……分かった、それも同意する。
あとは?」
第二の要求についても、ジョンに異論は無かった。
それは彼の矜持的にも、趣向的にも、侵す必要性を感じない事項であった。
ジョンに促されるまま、クローは最後の要求を語る。
「治安維持に裏の面から協力いただきたいのです。
具体的には、先程言った禁止事項を破る者や、それ以上の凶悪犯の存在を知った場合に、軍に突き出すか、それが出来なければ情報を流していただきたい。」
「それも構わねぇが……。
もしかして、三つってそれで全部か?」
結局、クローの要求にジョンを悩ませるものは無かった。
どれもジョンの矜持を侵す内容ではなく、実質はほぼ何も強制されていないも同様である。
その事実に、彼は肩透かしを食らった感覚に陥っていた。
「はい。
全て合意いただけるみたいで何よりです。」
「……売り上げの一部を寄越せとか、個人的に便宜を図れ、とかは無ぇのか?」
あまりに話が美味すぎると不安に感じるのは、ジョンの当然の危機管理意識が働いたものである。
訝しむように、裏のないことを敢えて聞いてみるジョンであったが、クローは明るく笑い飛ばした。
「あはは、こんな餓鬼でも、自分のケツくらい自分で拭けますよ。
そんな個人的なものは一切要求しません。
ジョンさん達に求めたいのは、あくまで町の運営に対する協力です。
その対価として一部の法規制に手心を加える、と申しているのです。」
「……あくまで町の運営の為、って訳か。」
「はい。
マフィアと聞けば、大抵の者は毛嫌いするものですが、実際には町の「普通」からあぶれてしまった者達の最後の受け皿という側面があります。
ヒトという人的資源を最大限有効活用するため、ヒト社会の必然が生み出した組織と言えます。
なら、それは有効に効率良く活用すべきと考えます。
……まぁ、公には言えない事ではありますけどね。」
釈迦に説法ということわざがある。
意味は、その道について知り尽くしている者に、おろそかにも知識を教えようとする愚かさや、必要性の無いことの例えだ。
しかし、本当にお釈迦様が説法を聞いたなら、自分の教えを稚拙ながら学び、理解しようとしている者を、愚かとは思わないのではなかろうか。
ジョンも、そしてクローを取り囲む部下達も同様であった。
自分達の存在意義を語る少年に、淡い感動すら覚えていた。
「はっ、かかかっ!
面白い!
ボウズ、いやクローと言ったか。
気に入ったぞ。
さっきの取り引き、全て飲んでやる。
そして協力できる所は協力してやる。」
ジョンは久しぶりに豪快に笑った。
この「魔王領」では、笑う様な事柄は決して多くない。
そんな中で、目の前の少年が現れた事は、忘れかけていたワクワクする気持ちを呼び起こしてくれるものであったのだった。
「ありがとうございます。
こちらも、先程言った条件を必ず守ります。」
「おう!期待してるぞ。」
「……あと、今後は定期的なやり取りが必要になるでしょう。
準備が出来たら、こちらのリックを向かわせます。
連絡手段についても、双方にとって目立たない方法を考えてご連絡します。」
「よろしくっす!」
クローが半歩下がって肩に手を置くと、リックは元気良く挨拶をする。
その様子が微笑ましくもあり、ジョンは相好を崩した。
「かかっ、よろしくな、リック、クロー。」
「はい、ジョンさん。」
「……親父、で良い。」
ジョンは口元を釣り上げ、ニヤリと笑いながら言った。
それは先程の威圧する意味の笑いとは違い、無意識が成すジョン本来の笑みであった。
「……親父、ですか?」
「ああ。
俺には本名なんてものは無ぇんだ。
ジョンは仮の名前さ。
だからファミリーの奴らには俺の事を「親父」と呼ばせている。
そっちの方が俺もしっくり来るんだ。
お前さん達も、俺の名前を呼ぶ事で、俺と関係がある事がバレずに済む。
その方が安全だろう?」
「分かりました。
じゃあ、また来ます、親父さん。」
「失礼するっす、親父さん。」
一瞬、キョトンとした表情を浮かべたクローとリックであったが、ジョンの意図を理解すると表情を和らげ、「親父」と声を揃えた。
それだけで、ジョンの心にはほっこりした気持ちが広がる。
「おう!
おめぇら、見送ってやれ!
丁重にな。」
「「へいっ!!」」
もはや、一度の会合で全員の心を掴んだクローとリックに対して、いたずら程度の悪意すら向ける者は一人も居なかったのであった。




