19_英雄の懺悔
「──そして、ここをコウにしちゃったのが、結果的に致命傷になりましたね。」
「ああ……、よく見るとコウには勝てない形をしているな。
それなのに、ムキになったのがいけなかったか。」
パーティションの奥、二人だけになったクローとンドゥは、イゴの一局の振り返り(感想戦)を行っていた。
盤は十三路盤、ンドゥに先に三子置かせての一局であった。
一般的な手割りについては、クローの前世オジサンの知識には無かった。
また、これ以上石を置かせると、クローとしてもメチャクチャな手で引っ掻き回す事しか出来ず、それは初心者であるンドゥの練習としては良くないのではないかと思い、このハンデとしていた。
クロー、と言うか前世オジサンもレベルはあまり高くなく、指導碁の様な事をした経験もほとんど無かったが、曲がり成りにもなんとか様になったようだ。
クローは無茶な手はほぼ打たず、終盤のヨセで負債を取り返そうとした。
その時、ンドゥの応手にミスが出で、結果、勝敗が決する流れとなったのだった。
「……しかし、考えれば考えるほど深淵なゲームだな。
ただ、それだけに一対一で長時間相手と向き合いたい時には都合が良いな。
まぁ、二人がこのゲームのルールを知らなくちゃ成立しないのだが。」
色の違う石を互いに置いていく。
ただそれだけのゲームなのに、これほどの奥深さを感じる事に、ンドゥは感心していた。
「あはは、ボクの故郷でこのゲームを提案した時も、難しいと言われて、あまり興味を持つヒトは居ませんでしたよ。
ま、それでも刺さるヒトにはウケたんですけどね。」
「……提案?
君が考えたのか?
君の故郷で元々あったゲームじゃないと?」
「はい、そうですね。」
「……それじゃあ、君自身はどうやって練習していたんだ?
一人で考えてるだけで、それほど上達するものかい?」
鋭い所を突かれてクローは答えに窮した。
まさか自分が「異世界転生者」であると明かして、前世で培った技量だとは明かせない。
帝国に於いて「異世界転生者」がどんな扱いとなるか分からないからだ。
なんなればセイシロー・ナガツキの例があるため、大騒ぎとなる可能性まであった。
「え゛っ……?!
あ、あはは……、まぁ、そんなとこ、ですよ。」
「……?」
考えの末、クローは笑って誤魔化す事にした。
そんなクローの様子に、何某か感じ取ったンドゥは、それ以上追求する事はしなかった。
代わりに、ンドゥはもう一つ気になっていた点を尋ねた。
「……そう言えば、君の故郷とは何処なんだ?
色々な国を回ったという話は聞いたが。」
「ああ、カダー王国ですよ。
とある片田舎にある男爵家の三男として生まれました。
三男と言っても、ボクの実母は妾ですらない、元使用人だったのですけどね。」
ドクンッ!
その国名を聞いて、ンドゥの心臓が強く波打つ。
彼は無意識に反芻していた。
「……カダー王国?」
「はい。」
クローはそんなンドゥの内面を知らずに、素直に答える。
「……。」
「……?
どうかしましたか?」
ンドゥが突然黙り込んだため、クローは怪訝な顔で問い掛けた。
「…………君は、昨年春の帝国によるカダー侵攻をどう思っている?」
しばらく無言であったンドゥは、意を決した様子で問い返した。
「えっ?!
ああ……、まぁ、大義ある侵攻とは思えませんでしたね。
立派な大義がある軍ならば、行く先々の村を焼き払うなんて真似は、決してしませんからね。
失敗して当然だったのではないですかね。」
「……。」
再びンドゥは沈黙する。
クローはその沈黙が、ンドゥが気分を害したものだと思い至ったようだ。
「ああ、すみません。
ンドゥさんも軍属ですものね、帝国を批判する様な言い方は──」
「──いや、違う。」
「……はい?」
慌ててフォローしようとするクローの言葉を、ンドゥは鋭く否定する。
そして、一呼吸置いて神妙な口調で口を開いた。
「……クロー君、君に言っておかなくてはいけない事がある。」
「はい……。」
二人の間の緊張が深くなるのに合わせるかの様に、建物を叩く雨音はいつの間にか強くなっていた。
「…………私は、その侵攻軍の司令部の生き残りだ。」
「えっ……?!」
ギシッ!
不意に強風が打ち付け、建物が軋みを上げる。
いくら補強したと言っても、建物自体はかなり古い物だ。
耐久性に問題は無くとも、あちこちから音が鳴るのは抑えられなかった。
そんな軋みも耳に入らないかのように、ンドゥの独白は続いた。
「つまり私は、君の言う大義無き軍の一員であった事になる。」
「「…………。」」
二人の間に沈黙が流れる。
パーティションの外からは、皆の話し声が絶えず響いている。
そんな中、ンドゥとクローだけは、時が止まったかのように無言であった。
時間にして数十秒、しかし、ンドゥにとって数十分に感じられる沈黙の後、クローが口を開く。
その声からは、先程までのような抑揚が消え失せていた。
「……何故、それを言う気になったのです?」
その問いに対し、ンドゥは目を伏せたまま答える。
彼には、顔を上げて今のクローの表情を確認する勇気は無かった。
「君に隠し事をしたまま、後から知られたのでは、誠意が無いと受け取られる。
君の不興を買うという事は、魔王様の不興を買うというのと同義だ。
それはこの地において、私の立場においては致命的だ。
もしもこの事が君にとって許容出来ない程の事ならば、帝国は、仲間は、非常に不利な立場になる。
最悪、私の首だけすげ替えるだけで、君の不興を雪げるのならば、私は迷わず「魔獣の森」を戻るつもりでいる。」
「……。」
ここでンドゥは話しを一旦止め、自分を落ち着かせる様に深く息を吸った。
クローの呼吸音さえ響かぬ沈黙が、ンドゥに深海に突き落とされたかのようなプレッシャーを与えていたのだった。
「……それに、だ。
先程の話になるが、私はフラウノ君に好意を抱いている。
君が私を許容出来ないのならば、君の大切な仲間である彼女と近付く事も、同様に許容出来まい。
早めに決着を付けておいた方が、互いにとって良い筈だ。」
「……。」
バシバシバシッ!
強風は収まったものの、壁を叩く雨音はむしろ強さを増し、屋内の者の不安を駆り立ていた。
再びの沈黙の後、クローが口を開く。
その口調は先程と同様に抑揚が無く、感情さえ読み解けない響きとなっていた。
「ンドゥさん、いくつか聞かせて下さい。」
「あ、ああ。」
「貴方もあの所業を許容していたのですか?」
あの所業とは、帝国軍が進路上のカダー王国領の村々で集団殺害という蛮行を行っていた事を指している。
その意味するところを、ンドゥも過たずに理解していた。
「いいや。
軍の規律としてあのような蛮行は許さるるべきではない。
反対意見も述べた。
……しかし、当時の司令部の中で、私は階級的・家名的に最下級の立場だった。
強く反発し続ければ、我がミレーグ家の立場も悪くなる恐れがあった。
だから、日和って沈黙してしまったのは事実だ。
……言い訳にもならないが、私の指揮する軍には、断じて蛮行に加わらせてはいない。」
ンドゥが言い終わるのを待って、重ねてクローの問いが響いた。
「それでも、カダー王国民に、非戦闘員である罪の無い農夫達に、多くの犠牲が出ました。
彼らの事はどう思っていますか?」
ンドゥが少し迷った後に答える。
即答が出来ないのは、思ってもいない事を答えているからではなく、言い方を間違える事を恐れているからだ。
この答えによっては、彼ばかりでなく、この地に居る帝国兵の仲間までもが不利な立場になると、ンドゥは理解していた。
「……仕方ない、とは思っていない。
止められた犠牲だとも思っている。
だが、当時の私には、下位の地位から上司を説得する術が考えつかなかった。」
ンドゥの答えに、尚もクローの問いは続いた。
その声は、感情も込められていないのにも関わらず、激しい雨音にかき消される事なく、朗々と響いた。
「……しかし、その罪悪感がありながら、貴方は「英雄」の称号を受け入れた。
それについては?」
今度の問いには、ンドゥは間髪入れずに答える事が出来た。
それは、「英雄」という称号を受け入れた日から、ずっと彼が内に秘めていた言葉であったからだ。
「本意ではないし、分不相応だとも思っている。
しかし、この称号があれば、今後、同じ事が起きた時に、少なくとも私の言葉が無視される事はない。
英雄という道化に甘んじても、未来の犠牲を減らせるならば意味はあると、そう考えている。」
そう語りながら、やっとンドゥは顔を上げた。
見上げたクローの顔からは、やはり表情が抜けた落ちていて、瞳だけが真っ直ぐンドゥを射抜いていた。
「……。」
「……。」
再びの沈黙。
その間、ンドゥも視線を逸らさず、クローをじっと見詰め返していた。
「……ま、立場が弱ければ、どうしようもない事はありますよね。
規模はまるで違いますが、ボクにも同じ経験があります。
ンドゥさんを一方的に責められません。」
先に視線を外したのはクローであった。
彼は大きく息を吐きながら、目を閉じ、溜め息混じりに語った。
その口調には、彼特有の穏やかな抑揚が戻っていた。
「君も……?」
「ボクの実家がね、不法な人身売買に関わっていたのですよ。
それを知りつつ、立場も力も無かったボクは、それを止められなかった。」
ンドゥもようやく息を吐きながら呟くと、それに答える様にクローは自身の過去を語った。
口調には吐き捨てるような、苦笑するような響きが混じっている。
「──っ?!
そ、それで、それは結局どうしたんだ?」
「潰しましたよ。
力を手に入れて、実行犯を狩りまくって、最終的には家の不正の証拠を白日の下に晒して、家を廃爵にしてやりました。」
「……っ?!?!」
思わず結末を聞いてしまったンドゥも、それほど苛烈な報復が語られるとは思っていなかった。
あまりの内容に、絶句してしまう。
「……ですがその過程で、父の悪行を一時は見逃していたのは事実です。
ンドゥさんを責める資格は、ボクにはありません。」
「そう……、か……。」
壁を鳴らす雨音はいつの間にか弱くなり、よく耳にする落ち着いた波長になっていた。
「それに、黙っていれば分からないかも知れない事を、わざわざ語ってくれたのです。
そこに、確かに誠意を感じました。
なので、この件はこれまでです。
……それでも、ンドゥさんの心に罪悪感が残るというなら、犠牲になった数より多くの人達を幸せにする事を考え続けて下さい。」
「幸せに、か……。」
「徳を積む、と言うのですかね?
貴方が誠実に統治に向き合う事で、自ずとそれは積み重なってゆくと思いますけれどね。
あとは……。」
「あとは……?」
クローの言葉の続きが気になったンドゥは、自然と反芻していた。
「フラウノさんの事です。」
「──っ!!」
一瞬、完全に意識の外に居た人物の名を出され、ンドゥは動揺してしまう。
「本人との同意があるなら、ボクは口を挟みませんよ。
何かあれは相談にも乗りますしね。」
「分かった、ありがとう。」
気恥ずかしさがあるンドゥは、端的に早口で答える。
「……というかよく考えたら、ンドゥさんの立場なら、故郷に婚約者とか居たのでは?」
「いや……、昨年春までは軍に居たし、持ち上げられる様になってからすり寄ってくる女性は信用出来なくてね、皆お断りしていた。
君が危惧する様な女性は居ないよ。」
少しだけ、貴族子女の打算まみれの好意を思い出したンドゥは、苦笑の表情を作って答えた。
「分かりました。
それもフラウノさんに伝えておきますね。」
「……それも、という事は、他の話も含めて全て、か?」
「はい。
手間が省けるでしょう?
嫌なら敢えて言わないでおきますけど?」
少しだけ悩んだンドゥは、敢えて拒否はしない事にした。
手間が省けるのは事実であるし、クローの性格から意図して悪意ある脚色を加えるとは思えなかったからだ。
「……いや、いい。
お伝えしてくれ。
しかし……。」
「はい?」
「……君にはますます頭が上がらなくなるな。」
「何を言うんです。
ボクなんて、公的には何の権限も無い、ただの小生意気な餓鬼ですよ。
気を遣う必要なんかありません。」
そうは言うが、その小生意気な餓鬼に、ンドゥは先程、心胆が凍る様な思いを味わされたのだ。
そのギャップに、苦笑いを浮かべるしか無いンドゥであった。
外の雨は止み、この時期特有の、一雨毎に夏に近付く余韻を感じさせていた。




