18_ある雨の日
コラペ・リプロノの代表者が「魔王領」に辿り着いてから、一ヶ月程が過ぎた。
三国の代表は、正式に共同統治を行う事に合意していた。
書面は調印の翌日には、帝国とコラペ・リプロノへと届けられた。
当然、受け取った者は訝しんだが、刻印は事前に確認していたものと一致していたし、書簡を届けた使者が「魔王様から提供された魔術」に依るものだと語ったため、正式な手続きへ回された。
しかし、書面が出来上がったからと言って、全てが改善される訳ではない。
各国から「魔王領」までの道のりの整備は、後続の部隊の頑張りに任される事になったし、この地で適用する法律については、三国での話し合いを継続する事になった。
そして、代表団がこの地で暮らすための建物については、既にある廃墟を活用するか、新設する必要があった。
当面、代表団の代表者と法律関係の役人以外の兵士達の仕事は、居住場所の整備であった。
代表団に選抜される程に優秀な軍人である彼らは、サバイバルや拠点構築の技術も収めていた。
そんな彼らであっても雨の日は作業は続けられない。
なので、雨の日は仕事は休みとなっている。
そして休みとなれば、彼らはこの場所で知り合い、懇ろとなった女性に会いに行くのであった。
そんな彼らの邪魔はしまいと、ンドゥは早々に町の中央、談話室として開放されている、魔王様の屋敷の隣の建物へ足を運んでいた。
「やあ!
テミス君も来ていたのか。」
入るなり知った顔を見付けたンドゥは、テミスに軽く声を掛けた。
国同士は敵対を続けていても、この地に於いては共に統治を行う仲間だ。
軽い会話をする程度の親睦は深めておくのが適切であった。
テミスの方は、ティアナ、スノウノ、フラウノ達と、自国から連れて来た元団員二人で机を囲んでいた。
「……ああ、ンドゥ様、ごきげんよう。
貴方も来たのですね。」
「そりゃあな。
この町で今、ここ以上の娯楽の場所は無いからな。
テミス君もそれで来たのだろう?」
「……いえ、わたくしは付き添いですわ。」
「付き添い?」
「……。」
ンドゥの言葉に、テミスは無言で部屋の一角を手で差した。
ンドゥがそちらに目をやると、そこではグラメアがクローとリックを含めた数人に、息をつく間もなく語り続けていた。
聞いているクロー達も辟易とはしておらず、むしろ真剣にグラメアの話に耳を傾けている。
「……。」
これまで目にしたグラメアとは明らかに様子が違う事にンドゥは戸惑い、しばらく無言で見詰めていた。
そんなンドゥの意識を引き戻す様に、テミスは問い掛ける。
「……驚かれましたか?」
「あ、ああ……。
彼があれほど活き活きと話している姿を見るのは初めてだ。」
「わたくしは二度目です。
……どうやら、特定の分野に関しては、グラメア様はひどく饒舌になるようです。」
「ああ……、そういう気質なのか。
理解した。
今後、彼に接する際は、もう少し歩み寄れそうだ。」
落ち着いてそう語るンドゥに、今度はテミスの方が驚いた様子であった。
「理解出来るのですね、あれが……。」
「ん?
ああ、さほど珍しい事じゃない。
貴族の者の中では、まぁ、珍しいかも知れないが、職人と呼ばれる者達には、ああいう自分の興味が向けられる事柄以外について、口下手になってしまう者は多いものさ。
それは、これまで積み重ねて来た技能のうち、コミュニケーションへの割り振りがヒトよりも少なかっただけだ。
だがそれは、その分だけ彼に話し掛ける者が長けていれば済む話なんだよ。」
家が職人を何人か抱えていたンドゥは、彼らと話す事もあった。
自分は家を継ぐ訳ではないため、貴族間との交流よりも、家が抱える者達を知る事の方を優先していたのだ。
彼らは普段、口数は少なく、会話もやや外れた事を口にしたりもする。
しかし、専門分野についての知識はしっかりしていて、そういった方面についてだけは淀みなく語れるのであった。
そう理解を示すンドゥに対して、テミスは無言のまま視線を向けていた。
その視線には、貴族として本来身に付けるべき社交性を磨く事を疎かにする者が居ることへの苛立ちがあった。
だが、それだけではなく、自分の方がグラメアとの付き合いは長い筈なのに、ンドゥの方が彼の気質を理解している事に対して、言い様のないモヤモヤした感情が漏れていた。
「……。」
「……?」
無言で自分を見詰めるテミスの視線にンドゥは困惑し、話題を変えるように口を開いた。
「……まぁ、そうか。
彼の話を遮るのも可哀想だな。
彼らの話が終わるまで、こちらの会話に混ざっていても良いだろうか?」
テミスも、自分が無意識にンドゥを睨むかの様に見ていたことにハッとして、それを誤魔化すように努めて平然とした口調で返した。
「ええ、構いませんわ。」
「ありがとう。
……それで、どの様な話をしていたのだろうか?」
「わたくしが任されていた騎士団が、何故解団したかですわ。」
今度はンドゥの方がやや固まってしまう番であった。
それは明らかに他国の軍事事情の一端である。
そんな話を聞いて良いものか困惑したのだ。
「………それは、私が聞いても良い話だろうか?」
「構いませんわよ。
国の恥ずべき部分は含みますが、調べればすぐに分かる事柄ですから。
何よりわたくし自身が、この愚痴をこぼしたくて仕方がないのです。」
「……。」
そう語るテミスに、ンドゥは掛けるべき言葉を見失い、愛想笑いを浮かべる事しかできなかった。
そんなンドゥを救うかの様に、カップを差し出しながらフラウノが声を掛けた。
「ンドゥ様、どうぞ。
野草茶ですが。」
「ああ、ありがとう、フラウノ君。」
「いえ……、お口に合えば良いのですが。」
「……ん、随分、香りが強いね。
それでいてクセが無くて、飲み易い。
気に入ったよ。」
「お気に召したようで何よりです。
素材は、この辺りで採れる野草なんですよ。」
ンドゥがフラウノと初めて会ったのは、魔王様の面前という緊張する場面であった。
しかしそれ以降、必要な事項をやり取りする中で、フラウノのテキパキした動きや、魔王様の近くに居る者の中では比較的話し易い事から、ンドゥのフラウノに対する好感度は上がっていた。
そんなフラウノとのやり取りに、ンドゥは自分の無意科の緊張が解れてゆくのを感じていた。
そんな二人のほのぼのとした様子に、やや呆れた様にテミスが声を掛ける。
「……話を始めてもよろしくて?」
「あ、ああ、もちろん!」
「では──」
**********
一昨年、セレナさんの一件で「北部白日騎士団」は、ティアナさん、スノウノさん、フラウノさんという中核メンバを失いました。
それ以前から、駐留地であるクレソンの伯爵様の事は、皆快く思っていなかったのもありました。
さらに、副団長から団長に昇格したわたくしの力不足も相まって、騎士団内に不満が溜まっていたのです。
何より問題だったのは、……フラウノさん、貴女が抜けた事です!
意外という顔ですね?
ですが貴女は一人で、「北部白日騎士団」の財務を完全に掌握していたのですよ。
文官から数字を求められたら即座に返していましたし、団員からの各種資材の請求も滞りなく手続きしてくれていました。
そんな貴女が抜けた後、ウチがどうなったか……、言うまでもないでしょう?
最終的には役所から専属の文官を一人付けて貰えましたが、その一人でも手が回らない様子だったのです。
……別にフラウノさんを責めてる訳ではないですわ。
これは、フラウノさんが如何に優秀だったかという話で、また、私達「北部白日騎士団」のメンバ一人一人が如何にズボラで、フラウノさんに頼り切りであったかという話てすから。
そんな状況で迎えたのが昨年春、帝国のカダー侵攻です。
……どうしました、ンドゥさん?
……気にしなくて良いと言われるなら続けますが。
まぁ、それで、コラペが直接攻められた訳ではないですが、我が国の国防にも緊張が走った訳です。
その一環として、ボロボロだった「北部白日騎士団」は解団となり、中央に呼び戻されたのです。
……え?
例え友好国であっても、緊迫した場面でリプロノに軍事行動を起こされるリスクは有るのではないか、そんな場面で騎士団を解団するのは危険ではないか、ですか?
もちろん言われるようなリスクは有りますし、危険というのも言われる通りです。
だからこそ国は、「お飾り」でしかない「北部白日騎士団」には荷が重いと判断したのですわ。
代わりにクレソン伯爵領には、もっと信頼の厚い一軍が配備されました。
……とまぁ、そうした訳で、わたくし達は春から秋まで、正式な所属も無く、タダ飯喰らいな有様だったのです。
そんな状況に忸怩たる思いでした。
そこへ舞い込んで来たのが、代表者として「魔王領」へ向かう者を探しているという話だった訳です。
わたくしは迷いましたが、手を挙げました。
貴族家の者で、自身も騎士としての腕があり、元「北部白日騎士団」から人手を集めることも出来る。
更に言えば、こちらに居ると見られているティアナさん達と面識もあり、友好的に接することが出来ます。
そんな条件に見合う者で、他に手を挙げる者は居りませんでしたわ。
**********
「──そうした訳で、わたくしは今ここに来ているのです。」
テミスの話を聞き終えると、その苦労をねぎらう様にティアナが語った。
「そうですか……。
それは、何と言うか……、苦労を掛けましたわね。」
「ティアナさんが気に病む必要はありません。
残されたわたくし達が不甲斐なかったのですわ。」
続いてンドゥも感想を口にする。
彼の興味はコラペの事情とは別の点に向けられていた。
「……私は話を聞いて、フラウノ君に更に興味を持ったな。
彼女はそれほど有能なのか。」
「目の付けどころが良いですわね。
更に付け加えるならば、彼女の実家はコラペ王国北部に広い販路を持つブルーム商会です。
彼女はそちらの会頭のお孫さんなんですよ。
貴族家の者の嫁として、見劣りする者ではない筈ですわ。」
「ほう……。」
ティアナの補足に思わずンドゥが感嘆の息をついた。
そこで、一人の元「白日騎士団」員が口を挟む。
「あの……、それはちょっと打算的ではないですか?」
「「……っ?!」」
虚を突かれた貴族出身者達が息を呑む。
それはその意見が、貴族社会では当然の認識が庶民感覚とは異なるという事を端的に示した意見であったからだった。
「……なるほど、庶民感覚だと「打算的」という認識になるのですね。」
「貴族家では普通、婚姻は家長が決めるもので、決める基準も家柄や、その婚姻が両家にとってメリットのあるものかどうかで決めますからね。
本人同士の意志はあまり重要視されない事もあります。」
「酷い所だと、夫婦納得済みで互いに愛人を囲っていて、体面の為だけに夫婦を続けてる家もあるニャ。」
テミス、ティアナ、そしてティアナの家で育つうちに貴族家の知識が身に付いたスノウノが、認識の違いを語る。
それを聞いた庶民勢は言葉なく唖然とするのだった。
「「……。」」
その様子を見兼ねたフラウノは、たまらず口を開いた。
「……あの。
そもそも、私は昨年帰省した折、今後商会の継承に関与しない旨を取り決めて来ています。
私と付き合っても、ブルーム商会にほんの少しコネができるくらいで、大したメリットはありませんよ。」
「それを言うなら、私の方も実家は兄が継ぐ事になっている。
厳密には貴族と付き合うという形にはならないのだが……。」
「細けぇこたぁ、良いんですよ!!
細けぇことは!
この「魔王領」で、生まれがどうとか、身分がどうとかは関係ないでしょう。
肝心なのは、互いの気持ちですよ!」
「「──っ?!」」
ゴチャゴチャ言っている二人を、いつの間にかグラメアとの話を終えていたクローが一喝すると、その場にいた皆が驚き声の主を見上げる。
「クロー君、いつから聞いていたんだ?!」
「ンドゥさんがフラウノさんに好意を持っているという辺りからです。
遅くなりましたが、いらっしゃいンドゥさん。」
「あ、ああ。
その……、なんだ、こうも注目されてしまった中で、私の立場でこれ以上発言すると、フラウノ君にも迷惑が掛かるかも知れない。
一旦、二人だけで話せないだろうか?」
話の渦中に居たンドゥは、これ以上この場で騒ぎになるのを避けるため、席を外す事を提案する。
「……まぁ、仕方ないですね。
では、こちらにどうぞ。
……お持ちするのは、イゴで良いですか?」
「ああ、興味深いゲームなんだが、如何せんルールが難しくて、君ほど理解している者が居ないからな。
今日の一番の目的はそれだったんだ。」
そう言って二人は部屋の端、パーティションの奥へと行ってしまった。
立ち去り際、ンドゥは一瞬だけ視線をフラウノに向けたが、結局、一言も言い残すことはなかったのだった。
「……体よく逃げられましたわね。」
「フラウノ、残念だったわね。」
「もう……、皆さん悪乗りし過ぎです。
これで、ンドゥさんとの間が気まずくなったら、どうしてくれるんですか?」
テミスとティアナの他人事な台詞に、フラウノは軽く非難する。
「その時は相談に乗りますわよ。」
フラウノが本気で怒っていないことを理解しているティアナも、軽く受け答えをする。
そのやり取りは、一昨年の団長と団員という関係だった頃のやり取りではなく、一年半もの間、共に旅する仲間としてのものであった。
「ティアナさん、こっちは何話してたんすか?」
「あら、リック。
それにグラメア様も。」
「ど、どうも……。」
リックの後ろからおずおずと顔を出すグラメアは、テミスのよく知るいつもの様子に戻っていた。
その瞳を、テミスはじっと見詰めている。
「……。」
「あ、あの、テミスさん……?
何か……?」
グラメアが聞いてくるのに対して、テミスは自分の感情が分からなくなっていた。
初対面の時、貴族の生まれでありながら、しかも見るからに肉体派ではない体躯でありながら、この話に手を挙げたという事に対して、素直に称賛する気持ちを持った。
「魔王領」への道中、グラメアを気遣って進行が遅れる事に対しては苛立ちを覚えた。
後半はテミスはグラメアから目が離せなかった。
彼にもしもの事があれば、この話に支障を来たしてしまうからだ。
「魔王領」に着いてからは、グラメアのじれったい態度に再び苛立った。
国の代表ならば、もっと胸を張って堂々とすべきと発破まで掛けた。
そして先程は、テミスが見た事のないキラキラした目で、ハキハキと語る様子を見た。
ずっと彼を見て来て、どの彼も本当の彼であった。
好感が持てる時があり、失望する時もあった。
そして、グラメアの新たな一面について、自分よりもンドゥの方が理解を示していた事に、モヤッとする感情を確かに抱いてしまった。
彼に対する感情が揺れ動く中で、テミスは自身の気持ちが迷子になっているのを感じていたのだった。
だからこそ、テミスはもっと彼を知りたくなってしまっていた。
「……いえ、グラメア様があれ程熱心に語る内容が気になりますわ。
わたくしもお話しお聞きしたいと思いまして。」
「えっ?!
あ……、でも、女性にとっては退屈と思われる話で……。」
自分の技術論が、どちらかというと現場向けの内容である事をグラメアは理解していた。
だから、ヒトを使う立場てある一般的な貴族にとっては、興味を向けられない話だと思っていたのだ。
「退屈なものかどうかはわたくしが判断しますわ。」
「は、はい。
では──」
しかし今、テミスが興味を示してくれた事は、素直に嬉しいとグラメアは感じていた。
そして彼は、先程クローやリック達に話したような話を再び語り出した。
テミスもその話に黙って聞き入るのだった。
外はまだ雨が振り、春の不安定な気温を冬に逆戻りさせんばかりに冷やしていた。
しかし、そんな外と壁を隔てた談話室内には、暖かく穏やかな時間が流れていた。




