【8話】奥手なオーク
目を開けると見覚えのある真っ暗闇に俺は立っていた、さっきまでの出来事が走馬灯のように駆け巡りため息をついた。
せっかくの異世界転生だってのにイチャイチャも何も出来ずに終わるなんてな、まあでも助けられてよかった。
死んだ後の事なんて知る術もないけれどきっとあいつが、ノアが何とかしてくれるはずだ、ただ最後に一つだけノアが言っていたことがどうしても引っかかる『エーリヤを幸せにするのは俺じゃない、君だ』そんな事出来るわけがない、だって俺はオークなのだから、一緒にいていい訳が無いんだ。
真っ暗闇の中物音が聞こえてきたかと思うと、ローブを被った人物が拍手をしながらこちらに近づき「いやいや、素晴らしかったよ君の活躍、もう一度見たいくらいさ」聞き覚えのあるような声がした。
瞬きをした瞬間にあの憎たらしい見知った球体へと姿が変わっていた「間違ったルートだったというのに凄いねぇ」あまりにも状況が飲み込めず困惑して何も反応出来ずにいた。
すると球体はゆっくりと近づき俺の目前まで迫り、突然ばっくりと裂けたかと思うとまるで口のようになり、ニタニタとしながら「アハハ、ついでだし教えてあげるよホントはね、本当の正しいルートはゴブリン達と一緒に彼女をレ○プして利用して、あの騎士を上手い事殺すのが正しいんだよ〜」気味の悪い笑顔が揺れる、何を言っているんだこいつは、恋愛ゲームで何故そんな単語が出てくるんだ、ゾッとした、悪意しかない奴だと思っていたがここまでとは思わなかった。
気分が悪くなり「頼んでもないのに、死んだ後にそんな最悪な事聞かせるなよ」と不快感を顕にしながら言った。
するとニヤニヤとしていた球体はピタリと止まり「何を言っているの? 君はまだギリギリ生きてるよ」と不思議そうに言った。
何言っているのかなんて言いたいのはこっちだ、あんなに傷だらけで血も流れまくっていたというのに生きているわけ無いだろ、と更に顔をしかめていると「君が頑丈か、あの騎士が手加減でもしてくれたんじゃない?」とまた勝手に心でも読まれたのか答えていた。
球体はニコニコとしながら「君には与えなさすぎたから三つだけ質問に答えてあげる」と唐突に言い出した。
そんな事を急に言われたって何も浮かぶ訳無いだろ、こっちは色々合った上に、お前にも色々言われているんだから、俺は何も言わず怪訝な顔をし続けていた。
真っ暗闇に光る球体が飛び回る、本当に虫みたいだな、なんて思っていると頭の中であいつの声がノイズのように煩く響き渡った「君が何で生きているかっていうのは、君を治した医者が凄く有能だったって事さ」思わず耳を塞いだ、こいつわざとやってるだろ、としゃがみこみ、うずくまりそうになった。
普段通りの声に戻り「もう! だから僕は虫じゃなくて神様なんだってば」と拗ねたかのように羽をこちらに向けていた。
耳鳴りが響く中、何とか頭を絞り出し「本当にここは恋愛ゲームの世界なのか?」と聞いた。
球体はおそらくこちらに振り返り「当然さ! 選りすぐりの世界を選んであげたんだからね」と自信満々に球体は言うが、俺は呆れながら「俺このゲームやった事無いんだけど」と不満をこぼした。
わざとらしく「そうなんだー、そんな事興味無いから知らなかったよ」とゆらゆら揺れながら答え、ボールのようにくるくると周り「勿体ないよね、パケ買いして放置するとか笑」とあまりにもあんまりだった。
いくらなんでも軽すぎるノリに着いていけず「お前なぁ……」と頭を抱えた。
そのまま頭を抱え独り言を吐くかのように「全部が全部訳が分からねぇよ、何で俺をオークにしたんだよ」とうっかり言ってしまった、すると球体は真顔になり「それは教えない、そしたらつまらなくなる」淡々と言った。
こいつがこんな雰囲気になるとは思わなかった、言葉の真意を聞くことも出来ず何も言えなかった。
またニコニコ笑顔に戻り「て事で質問タイム終わり!」一変したかと思ったら、勝手すぎることを言われ「おい、さっきのは答えてないから無効だろ」と突っ込んだが聞く耳を持たず「ま、せいぜい僕の愉悦の為に頑張ってくれ!」と言われた直後体に嫌な浮遊感を覚えた。
まさかこいつ、嫌な記憶が呼び起こされた、直後体はあの時のように真っ逆さまに落ちて行く、遠のいていく球体の声が耳に入る「ばいばーいオーク君! その不便な性格で頑張りなよ〜」と見下ろしていた。
絶叫しながら飛び起きはしなかったが、全身に汗をかき心臓が飛び跳ねそうになった、目が覚めると自分の部屋のベッドの上だった。
一体どれくらいの時間眠ってしまっていたんだ、上半身を起こし体を慣らそうと腕を回してみると左腕が治っている事に気づく、いや正確には治ってはいなかった、なぜなら縫い目の跡があったからだ。
でも感覚はあった、一応しっかり握れるかの確認の為に手を握る動作を繰り返した。
扉が開く音が聞こえ、ガシャンと物を落としたような大きな音がして目線を扉に向けると、陽の光に優しく照らされていた君がいた。
しばらく互いに沈黙が続いた、何だか久しぶりにエーリヤの顔を見た気がした、相変わらず可愛い顔立ちで礼儀良く立っていた。
沢山言いたい事があった、どれから言おうかと思って名前を呼ぼうとしたら、風が通り抜けた、かと思うとエーリヤに抱きつかれて思考が止まる。
体温が信じられないほど上昇してきて「エ、エーリヤ!? ちょ、ちょっと待っ……」慌てて離そうとしたが俺なんかが触れていいのか分からず、手は空中に浮いたまま動けなかった。
エーリヤは俺の肩ら辺に顔をうずくめ、泣いているのか声と肩を震わせ「生きてる……良かった……クオ様……」と強く抱きしめていた。
距離が近くて顔がすぐそこにあっていい匂いがして頭がクラクラしてくる、何でこうなったんだ俺は何もしてない……いや失礼な事しか……あ、無意識的に忘れていた今までのやらかしが鮮明に思い出され「うわぁぁぁぁ! ごめんエーリヤ本当に本当にごめん、ごめんなさい」必死に謝った。
何でこんな事忘れてたのだろうか、最初にするべき事は謝罪一択でしかなかった、それくらいに俺はエーリヤに対して色々な事をやらかしてしまっているのだから。
エーリヤは顔を離し、俺の顔を見ながら「どうしてクオ様が謝るのですか? クオ様はむしろ私を助けてくださったのに、それに謝らないといけないのは私の方です、何度も助けていただいて、私のせいで……いっぱい傷ついて……本当にごめんなさい……」涙を零しながらエーリヤは俺に謝ってきた。
胸が締め付けられる、やっぱり君には笑っていてほしい、無意識のうちに涙を拭ってあげ「謝らなくていい、どうか泣かないでくれ」とぎこちなく笑った。
ベッドに二人、いや一人とオークの体重が重なり、軋む音が鳴る、エーリヤが隣に座り顔を赤くしていた。
何か言葉を繋げないと、このままだと心音に押し潰されてしまいそうだ、まだ謝りたいし感謝だってしたい、先に口を動かしたつもりであったが、俺が思った以上にエーリヤは大胆で「クオ様……」一際甘い声で名前を呼ばれた。
鼓動がより強まり意識が飛びそうになる、いくら何でもさっきからおかしくないか、俺はハーレムを望んでいたはずなのに、今この状況も嬉しいのに、ずっと待ち望んでいたのに苦しくてぶっ倒れそうだ。
まさか『不便な性格』って、あれこれ嫌な憶測を考えているとエーリヤに再び抱きつかれ、俺の中で時間が止まった。
先程とは違いエーリヤもベッドに入っている為、より体が密着して柔らかい感触を覚える、む、胸が当たって……心臓が飛び跳ねそうになった。
な、何で女の子ってこんなにも柔らかくていい匂いがするんだ、エーリヤが泣いていないにも関わらず胸が苦しかった。
段々と何も考えられなくなっていく、何もかもが初めてで分からない、エーリヤは愛おしそうに俺の頭を撫でていた。
辞めさせないと、こんな事許されるはずがない、だって俺はオークでしかもこんな奥手な性格でハーレムなんて、むしろ普通の恋愛すら出来るわけが無かった。
エーリヤが口を開き息が耳にかかる「あの時の続きはしてくださらないのですか?」熱くて溶けてしまいそうだ「つ、続きって?」何とか声を絞り出し聞き返した。
少しだけ体が離れたかと思うと、俺の正面ら辺にくるように移動し、口元を隠しながら恥ずかしそうに「私に……口付けを」目が合った、互いに顔を赤くしている事しか分からなかった。
目を逸らしたが、エーリヤに片手で頬をむにむにと掴まれこちらに顔を向けさせられた、まるであの時俺がしたように。
そんな俺を見てエーリヤは無邪気に笑う、いつも通りの笑顔のはずなのに妙に色っぽくて心臓を直殴りされた。
も、もう無理だ……情けない話だがそのまま俺は後ろへと倒れ意識を失った。
目が覚めると頭に柔らかい感触を覚える、まさか、これは……エーリヤは笑顔で俺の頭を撫でながら「あの……クオ様さえよければ行きたい場所があるのですが」と少し恥ずかしそうに聞いた。
ひ、ひひ膝枕、またしてもらっているのか、意識を失った事で落ち着いた鼓動が再びざわめき出す、いやそんな事より、行きたい場所って一体「でも俺は……それにこんな時間に外に出ていいのか」窓の方を見ると、綺麗なオレンジ色だった。
エーリヤはふんふんと鼻歌交じりに上半を揺らし「こんな時間だからこそです、人も少ないでしょうし大丈夫ですよ」と凄く楽しそうだった。
ああ、良かった、こんな事になるのは予想外だったけれどエーリヤが生きてて、こんなにも楽しそうで自然と笑みがこぼれた。
確かにずっとこんな所に閉じこもる訳にも行かないし、少しずつ俺もこの世界を……我儘だろうけれど君の事も知っていきたい、俺は体を起こし「君が構わないなら、案内して欲しい」と言った、何だか照れくさかった。
エーリヤは明るい笑顔になり「分かりました、ではノア様に外出をする知らせを伝えてきます」とベッドから降りいつもの一礼をして、部屋から出て行った。
やっと一人になり息を吐く、心臓に悪すぎる、悲しい話だハーレム生活に心を踊らせていたというのにこのザマだなんて、いやそもそもあんなにもいい子が俺といる事自体が、ましてや俺なんかがあそこまでの良い体験していい訳が無かった。
部屋には微かにエーリヤの匂いが残っていた、再び心音が騒ぎ出し、慌てて部屋を飛び出し、ノアの部屋へと向かった。
チラリとドアから覗くとノアは口元に笑みを浮かべてエーリヤと話していた、すっかり今までとは別人のように見えた。
エーリヤが扉に近づき俺に笑顔を向け「お待たせしました、行きましょうか」と仮面とマントを渡され先頭を歩いて行った。
街は夕に染まり、人々はそれぞれの家へと入って行く、手を繋ぐ親子や談笑しながら帰る人達を横目に歩き続けて行った。
少し離れた坂を上り、街を一望出来る高い場所へとたどり着きベンチに二人並んで座る、夕焼けが沈んでいき少しずつ夜が広がりかけていた。
家の光や街灯がキラキラとしていて絶景だった、この世界にこんな場所があるなんて、と感動していた。
辺りが急に暗くなったかと思うと雨が降ってきた、シャワーのような優しい雨、だからといって浴び続けようとも思わないが。
エーリヤはベンチから立ち上がり、くるくると回り笑っていた、まるで踊っているようだった。
雨粒の一粒一粒がスポットライトのようでエーリヤを眩しく照らしていた。
思わず見とれていたが「エーリヤ風邪をひいてしまうよ」と手を伸ばす、するとエーリヤはその手を両手でしっかりと握り「クオ様も踊りませんか?」と誘われた。
手を握られた事とまさかの誘いに慌てて「いや、俺踊りとか全然分からな……ちょっ、エーリヤ引っ張らないでくれ」純粋な笑顔を向けられ、そのまま流れるようにエーリヤと並び誘導されながら踊り出す。
どうやらスポットライトは俺にも当たったようだ、雨が止むことは無かったが、体が冷えることは無く徐々に熱を帯びていった。
転びそうになったり、誤ってエーリヤをこっち側に引っ張ってしまったり、色々ぐちゃぐちゃで決して踊りといえない程酷かったけれど、俺もエーリヤも笑いながらこの時間を楽しんでいた。
ふいにエーリヤが仮面越しに頬を撫でて来た、とても愛おしそうな目で見つめていた、そしてつま先を少し伸ばしていたので、少し背を曲げると顔を近づけ仮面越しだったとはいえ――口が触れたような気がした。
ゆっくりと顔が離れていき「……続きしちゃいました」雨に濡れた髪がベッタリと絡みついていたから表情こそは分からなかったが、エーリヤの耳は真っ赤に染まっていた。
エーリヤは少し前を歩いて行った、それに続きゆっくりとだが俺も後に続いて行く、歩幅は合う事は無く互いに何も話す事も無いまま城へと戻った。
今はただ雨の音と鼓動が煩く鳴り続けている事しか分からなかった。




