【7話】醜く滑稽に演じろ
人の数が凄かったこの前以上の人の多さだ、それでも俺は人を掻き分け前へ前へと進んで行った。
突如体が動かなくなる、強く体を引っ張られているようだった「ダメじゃない、言ったでしょう? 貴方に何が出来るの」再びあの声が聞こえ後ろへと引っ張られていく。
全身に力を込め何とか耐える「お前消えたんじゃ」手が足が強く痛む「貴方なんかに何が出来るの? どうして意味の無い事をするの? 何も考えずに私とずっと一緒に皆でいる方が楽で傷つかなくていいのに」再び声は俺を責め誘惑した。
確かにそっちの方が楽かもしれない、でも肝心な時に何も出来なくて一生操られたままだなんてそんなの嫌だ。
ただ真っ直ぐを見ながら「そんなのってつまらないだろ」力を込め再び前へと歩み出す。
たとえ手足が引きちぎれたとしても俺は絶対にもう逃げたくない、あんな思いしたくないさせたくない無駄だったとしても何とかしたいんだ。
なんてカッコつけているが悲鳴をあげそうなくらい痛かった。
急に体が弾けてちぎれてしまったかと思うくらいの衝撃を受ける、いっ、痛すぎるだろ、どこもちぎれてないよな……だが体が自由に動かせるな、今までのは何だったんだそれにもう声も聞こえてこない、少しフラつきはしたものの再び前へと歩み出した。
風かすぐ横を通り抜けた、やっと会えた。そこには白い無地の質素なワンピースをまとった君がいた。
エーリヤはまっすぐノアのいる場所へと歩いていきある程度近づいたら止まり、ノアと見つめあっていた。
何でだろうかまるで結婚式のように見えた、ノアが剣を抜かず、もっと君が純白でふわふわなドレスを纏っていたら完璧だろうな、思わず手を伸ばし前に出そうになるのを踏み止まる、今のタイミングでいいのか? またノアに止められてしまうかもしれない見極めるんだ失敗する訳にはいかない。
周囲はざわつきすすり泣く声も聞こえた。そんな時にずっと聞きたかった声が聞こえてきた「ノア様最後までご迷惑をかけてしまってごめんなさい、どうかその手で全部終わらせてください」そう言い終わるとエーリヤは目を閉ざし、手を組み祈るようにひざまついた。
エーリヤが殺されたら全部終わり? 全部解決? そんなの、そんなの認めない全員が諦めようが認めようが俺は抗ってやる。
俺は声を震わせながら「ハハ……」と小さく笑う。
こんなのじゃあ足りないもっと邪悪に恥なんか捨てろ俺はオークだ、魔物だ俺にしか出来ないことをするんだ。
息を吸い口をもっと開けながら「ハハハッ! アハハッハハハ!」と大声で笑う、辺りは静まり邪悪な笑い声だけが広がった。
徐々に注目は俺へと移っていく、街の住民達は共に顔を見合わせざわついていたが、ある二人の人物だけは顔が青ざめ凍りついていた。
俺は覚悟を決めマントを脱ぎ捨て仮面を取った。
あちこちで悲鳴が上がり中には逃げ出す者まで現れた、当然だこんな街のど真ん中で魔物が突然現れたのだから。
見るだけでも嫌悪されるような笑みを意識しながら「無様だなァ人間ってのは、ずっとお前達の中に紛れていたというのに」ニタニタと歯を見せつけ笑った。
まだ足りない、対象を変えろこの場にいる全員が俺を憎むようにするんだ。
エーリヤ、君にはまだ迷惑をかけてしまう直接謝れなくて本当にごめんだから俺の死で償わせてくれ。
俺はエーリヤに近づき右手で抱き寄せながら「お前は本当によくやったよ、まさか洗脳でここまで上手くいくなんてな」と片手で両頬を掴みこちらに顔を向けさせた。
エーリヤは顔を青ざめさせたまま「どうして……」と俺の目を見つめていた。
民衆の悲鳴は更に大きく中には野次も飛んできた「この化け物が!」「エーリヤ様から離れろ」民衆は段々俺へと憎悪を募らせて行った。
視線をノアの方に向けると剣は握りしめていたがただこちらに向かい合っているだけだった。
エーリヤは民衆に訴えかけるように「違う! 違うんです私が! 私が自分の意思でノア様を刺したんです!」必死で悲痛でとても聞いていられなかった。
俺は自分の顔をエーリヤの顔へと近づけ仮面で隠し周りに見えないようにして「うるせェな」と口を近づけ――なんて出来るわけないだろ……キスをした振りをした。
心臓が激しく動くのを感じる意識が遠くなりそうだ。耐えろ俺、今の俺はクオじゃない誰もが嫌悪し憎むべき魔物なんだ。
より一層民衆は騒ぎ出し石が俺に飛んできた、それでもなおノアは動こうとしなかった。
何してんだよノア、お前が動いてくれないと全部台無しなんだよこれ以上何をしたらいいかなんて、ふと最悪な考えが頭をよぎったが実行する以外他は無かった。
心の中で何度も謝りながら俺はエーリヤの首に一切力を加えず添えるように手を置き首を絞める振りをした。
言いたく無かったがわざとらしく周りに聞こえるように「あーあ、お前がさっさと死んでくれたら俺が無様を晒さなくて済んだのに、お前のせいだよ本当、元々あの騎士を殺す事に成功してたらよかったというのに」今すぐに土下座して謝り倒したいくらい辛かったこんな事嘘でも言いたくなかった。
エーリヤは泣きそうな顔をしていたが意図を察してくれたのか俺の手首を同じように一切力を加えずに添えるように掴み「く、苦しい……ノア様助けてください」苦しそうな顔をしながらノアのを方を見ていた。
瞬きすらも許さない程の秒数の間で世界が45°程傾いた一瞬何が起きたか分からなかった、視界に映ったのは腕だった、ははっ冗談だろ、まさか左腕を斬り落とされるなんてな、そのままバランスを崩し俺は前方へ倒れた。
エーリヤの心配をしたがノアが抱きとめ無事だったようだ。エーリヤは肩を震わせ「ごめんなさい……ごめんなさいクオ様……ごめんなさいごめんなさい」涙を流し何度も俺に謝っていた。いやむしろナイスだエーリヤが動いてくれなかったらノアは恐らくまた動けなかっただろうから。
はぁ、まただこんな時に思うのもあれだろうけど凄く似合うな、美男美女は隣にいるだけで絵になるものだ、正直悔しかった悔しいけど俺はエーリヤの隣になんてもう立てない。
いつかの時のようにノアは俺の首元に剣を向け「何故なんだ、何故君は」と悔しそうに言った。
俺は歯を食いしばり悪態をつき続けた「あの女は俺の女だ、何をしようが勝手だろう?」と醜く笑った。
それを受けて民衆の熱も高まり「ノア様早くこいつを殺してください」「魔物が調子に乗るな」「エーリヤ様は操られてたんだ、やっぱりそうだと思った」と完全に対象は俺へと変わっていた。
これでいい、これならもうエーリヤが処刑されるなんて事も無い、その対象は俺へと変わったのだから。
エーリヤはずっと自分がやった事だと何度も声を張り上げ訴え続けていたが、それすらも未だに洗脳が解けきって無いのだろうと捉えられていた。
民衆は今は今かとノアの動きを見守っていた。俺に憎悪を向ける者、ノアの名を呼ぶ者。
舞台は整った、後はお前が騎士としての仕事を果たすだけだ、しかしノアは剣を捨て俺の胸ぐらを掴み続けながら無理やり体を起こした。
急に体を動かされ斬られた傷が痛む「っう……何だよさっさと殺れよ」顔を歪ませノアを睨みつける、ノアは怒りを顕にした顔しながら「エーリヤも君も何故人の為にそこまで動けるんだ何故自分を犠牲にする事を簡単に選べるんだ」ノアがやっと動き出したからか民衆の熱は高まり歓声が上がった。
一瞬怯んだが舌打ちをし右手だけで胸ぐらを掴み返しながら「いい加減にしろよお前何故何故ってガキじゃねぇんだからよ、お前のやるべき事を理解しろよ」大きく息を吸い呼吸を整えてから「この際言ってやるよ、大体お前は地位も顔も何でも持ってるくせに無感情で無愛想でムカつくんだよ」かなり私怨ではあったが言いたい事は言えてスッキリした気持ちになった。
暗みがかった青い瞳が俺を映す、自分自身が深海に沈んでいるとさえ錯覚するようなそんな瞳だ、気が早い雰囲気の中、先程とは違い悲しそうな苦しそうな声が耳に入る「分からないんだ、もう僕には自分で考えて動く事なんて出来ない、君をどうするべきかが分からない」ノアらしくなかった。
あの時と同じだ一体何でそんなに迷っているのか、お前はあの時のヒーローみたいに颯爽と駆け付けてかっこいい所を見せるだけでいい、周りに見せつけてやれ悔しいけどあの時のお前は本当にかっこよかった、俺もノアのようにとすら思ったんだよ。
俺は手を離し拳を握りしめ自分の胸を軽くたたき「だったら俺が全部肯定してやるよ、でも逃げるのは無しだからな」とあの子の笑顔を浮かべながら笑った。
軽くエーリヤの方に目線を向けると喉が枯れたのだろうか声は掠れていてむせ返っていた、色々言いたい気持ちをグッとこらえノアに向かって「俺の死であの子が無事になるなら喜んでそっちを選ぶよ、まあ後はエーリヤの事を幸せにしてやってくれ、次は悲しませんなよ」と続けて言った。
ノアは目を見開き手を離し頭を抑えながら「僕は……いや俺は」ブツブツと何かを言っていたが剣を拾いに行った。
そしてまた向かい合う、しかし今までとは違いその顔はいつもの無表情とは違いどこか満足していてスッキリとした顔をしていた。
ノアは剣を向けまっすぐ俺を見ながら「エーリヤを幸せにするのは俺じゃない、君だ」と腕を上げた。
言っている意味が分からなかったがもう全部関係の無い事だ、外の白さがより一層白く感じられた。
雨が降ってきたのだろうか水音が聞こえてきた、よく聞いてみると自分を中心にその音は広がっているようだ、視界に赤い水たまりが映った、ああやっと終わったんだな。
途端に息が出来なくなった「ゴホッ……ヒュッ……ヴォヘェ」赤い咳が出る、咳き込む度に血が絶えず流れ続け意識が段々と遠くなるのを感じた。
耐えきれず地面に再び倒れ込む、地面は冷たいというのに流れ出る血は生暖かく不思議な感じだった。
意識が朦朧とする中、頭が浮く感覚を覚える、もう死んだのかと思っていたら柔らかく暖かい感触を頭に覚えた。
どうやらエーリヤの膝の上だった、エーリヤは何度も涙を俺の顔に零し斬られた腹や左腕を優しく撫で手が赤く染まっていた。
似つかわしくない、君には笑顔でいてほしい......ようやく今になってこの言葉の意味が分かった。
俺は手を伸ばしエーリヤの涙を拭い「君の……が好きだ」と笑った。
どうか最後のわがままを許してほしい、そして俺は力が抜けるのと同時に目を固く閉ざした。




