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【6話】操り人形のように

 次第に扉を叩く力も弱まり呆然と立ち尽くし、じわじわと無気力に蝕まれていった。この部屋はエーリヤを探した時に見かけた部屋の一つだがこんなにも暗くまるで牢屋と変わらないと思う程、何故普通の部屋として存在しているか分からなかった。

 床に座りどうするかを必死に考えていた。そんな時にあの女の声が頭の中に響いた「せっかく頑張ったのに全部無駄になってしまうなんて」ハッとして周りを見る、やはりどこにも姿は無く声のみが頭の中に響き続けていた。

 俺は扉を睨みつけながら「お前が全部仕組んだのか?」と尋ねる、するとクスクスと笑い声が聞こえ「そうよ」とあまりにもあっさりと認め再び笑い出す。

 嫌悪感を顕にしながら「一体何が目的なんだ」と再び尋ねる、さも当然かのように「彼女にほつれが見えたから、彼女は拒絶されたの可哀想にずっと気にして日々を過ごしていたわ、それに加えて貴方とあの騎士に迷惑をかけてしまったから尚更酷く複雑に絡まってしまって――だから直してあげたの」最後の一言だけうっとりとしたような声でそう話す。

 脳が理解を拒んだ、ほつれだ何だって意味がまるで分からなかった。

 そんな俺を置いてベラベラと話し続ける「私が少し直してあげただけですぐ友達になれたの、でも貴方がその糸を断ち切ってしまってすごく残念せっかく導いていたというのに」と笑い続けていた。

 ほつれ、糸、さっきから何故人形の話をしているんだ、頭が痛くなってくる、ここは一度話の方向性を見定めるべきだ。

 俺は皮肉混じりに「そんなに糸だの何だの言うくらいなら、さっさと帰って一人で人形遊びでもしとけばいいだろ」と形だけでも相手の話に合わせた。

 笑い声が消え「だからずっと言ってるわ、あの子を導いて連れて行きたかった」とても無機質な声で話していた。

 空気が一変したような気がした、いや別に変わってないのかもしれない俺だけがそう思っているのだろうか。

 こいつは人間を人形だと思っているのか? まるで話が通じない気味が悪い、ダメだまともに話していたら気が狂いそうだ、失敗した早く話題を、いやそもそも話に応じた時点で失敗したか。

 唐突にまるで針で突き刺されたような鋭い一言を放たれる「そもそもどうして彼女にこだわるの?」思わず冷や汗をかく、どうしてってそんなの助けたいに決まっているからだ。

 悟られないように落ち着きながら「ノアはあの時探しに行こうとしなかった、だから俺が行くしか無かった」とあの時の事を思い返しながら話す。

 嘲笑気味な声が耳に突き刺さる「何も出来なかったくせに? しかもその事を自分自身で自覚しているというに?」汗が止まらなかった。

 否定をしようとしたがまるでチャンスかと言わんばかりに声は俺を責めたてる事を止めなかった「だからあの騎士が来るまで何も出来ずじまいだったのに?」直で心臓を突き刺されているぐらい鋭い痛みが襲う。

 だが実際その通りだノアが来てくれなかったら俺もエーリヤも殺されていただろうから。

 怯まず俺は反論する「確かにそうだ、でも俺にもっと力があったらこんな事にならずにエーリヤを助け……」間髪入れずに反論し返される「違うでしょ? 本当は他人がどうにかしてくれるって思っていたのでしょう?」思わず言葉をつぐんでしまう。

 言われた言葉が重くのしかかるいや俺はそんな事思っていないはずなのに、どうしてこんなにも苦しいんだ。

 しばらく黙っていた声が再び耳障りに喋り出す「もうすぐあの騎士がやってくる」焦りからか声を荒らげる「デタラメばかり言うな」意味も無いというのに耳を塞いだ。

そんな俺を嘲るかのように「可哀想なエーリヤ」彼女の名前が聞こえて目を見開く「何でエーリヤがここで出てくるんだよ」完全に相手のペースに飲まれてしまっていた。

 再びクスクスと笑い「貴方のせいで死んでしまうから」その声はとても意地の悪い声だった。

 勢いのまま扉を強く叩き「黙れ黙れ黙れ耳障りだ」黙らせるように声をさらに荒げ大声を上げた。

 ふいに目線を感じた、そこには何故か驚いた顔をしたノアが扉越しからこちらを伺っていた。

鼓動が異常な程騒ぎ出す、何でこんな所にノアが? こんなのってあの女が言った通りじゃないかと冷や汗をかいた。

 ノアは淡々と「話がある」と言っていた所を俺は遮る「ま、待ってくれ」違う信じてなんかいない、あんなの全部嘘に決まっている、あっていいはずがない、オークの俺が生かされて人間のエーリヤが死ぬなんてありえないからだ。

 しかしノアは残酷にも「――エーリヤは近い内に処刑される」視界が歪むのを感じた。

 ノアは背を向け「次に僕がここに来た時は全てが終わったと理解してくれ……そして二度と僕の前に現れないでくれ」それだけを言い残して足音だけが遠くに消えていった。

 その後のことは覚えていない、またあの声に何か言われたような気がするし全てがタチの悪い夢を見ていたと思うような気もした。

 唯一分かった事があるとするなら俺は最初から死んでいたらよかったという事だけだ。

 今日もまた床に寝そべり扉が開き誰かが食事を運びにくる。たとえ俺が一切手をつけなかったとしても毎日誰かが運びに来てくれた。誰が運んでいるかなんて興味が無かった、一日一日を無駄に消耗していった。

 そんなある日また同じ一日が始まると思っていた。扉が開いて誰かが食事を机に置いてくれるそんな日が、でも今日の食事の匂いはどこか懐かしくて気がついたら俺は立ち上がり食事を置きに来てくれた人物を見ていた。

 残念ながらローブのような長い服を着ており顔は見えなかったが「エーリヤ?」自然と声が出たおかしいなもう動かないと思っていたのに、考えるよりも先に体が動いていた。

 ローブの人物は慌てて逃げようとしていたので腕を強く掴み「一緒に逃げよう絶対何とかなるいや何とかしてみせるから、だからエーリヤ俺と……」上手く言葉が繋がらない震えが止まらないこの人物がエーリヤだという確証なんて無いのに、それでも俺は腕を掴んだまま離さないでいた。

 しかしローブの人物は俺を突き飛ばし鍵をかけ走り去って行ってしまった。

 追いかける事も動くことも出来ずに「エーリ……ヤ……?」とただ名前を呼ぶ事しか出来なかった。

 部屋に残された食事の匂いがあの時の光景を映し出して俺の視界と共に真っ黒に塗りつぶされていった。

 体が動かない今まで以上に暗くて寒くて、息が上手く吸えているのかすら分からなかった、俺はただのオークなのにどうして何か出来る気でいたんだろうか、今までも上手くいかなかったというのに。

 クスクスとあの笑い声が聞こえた「貴方は一人じゃないわ私がいるから」その声はいつもとは違ってどこか嬉しそうだった。

 頭を撫でられているような感覚を覚える「こんなにほつれだらけになって可哀想に早く私のところにおいで」と甘く囁かれた。

 いつもは聞き流したり真に受ける事なんか無かったというのに頭に焼き続けていた「私はどんな子でも歓迎するわ魔物であったとしてもね」こいつの声が脳内にベッタリと絡みついて離れなかった。

 笑い声が近くで聞こえて来たかと思うと、いつもは脳内に響くような声だったというのにこの時ばかりは耳元で囁くかのように「私が導いてあげる」その言葉は甘く危険な誘いだった。

 息を吸うかのように自然と口元に笑みを浮かべながら「……そりゃいいな」今のは俺の本音だろうか、いやもう別にいいか。

 今日はいつもより外が白く明るかった。それはいつかの時に見た夢のようできっと今日が『その時』なのだろうと直感していた。

 頬に冷たい感触を覚えるいつの間にか涙が流れ落ちていた俺は泣いているのか? 何でだっけもう何も分からない俺には救えなかったんだ頭の中が心がぐちゃぐちゃに混ざって絡み合っていく。

 突然眩しい光が差し込んだかと思うと扉が開く音がした「行っちゃダメ」慌てたような声が脳内に響く。

 黒いローブの人物が指を鳴らすとその途端に頭の声は消え、体の重さが楽になっていった。

 それでも俺は動けずにいた「俺に出来ることなんて何も……」俺には何の力も才能も無い、あったとしても出来る訳がない全部無駄なのだから。

 ローブの人物はため息をつき俺の足元を指さし「じゃあどうして少し、ほんの少しだけ足が動いているの?」足元に目線を落とした、何も違いなんて分からなかった。

 顔を伏せながら「ほっといてくれもう間に合わない全部無駄だったんだ俺が最初から死んでいたらよかった話なんだ」他人にこんな事を言ったところで仕方が無いというのに、本当に俺はダメな奴だ自分で言っておきながら涙が出てきた。

 ローブの人物は怒る訳でも諭す訳でも無く「そう? 僕から見たら君の目はまだ諦めてないように見えるけど」とただの会話のようにそう言った。

 複雑に絡み合った糸のようなモヤつきが解けていくのを感じる、嘘かもしれない見間違いかもしれなかったとしても、それでも充分だった。

 気がついたら立ち上がっていた、ずっと動かなかった体が嘘みたいに軽かった。

 そのまま俺は走り出した、振り返る事も立ち止まる事も無くただ一直線に街へと走って行った。

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