↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/38

【37話】腐敗しきった蜜の味

 なんなんだ今の状況は、何で俺はシフィに押し倒されているんだ? ありえなさすぎる状況に困惑が深まっていく。

 シフィは何も言ってくれない、それどころか目を閉じ、顔を下げてくるシフィの肩を掴み、焦って動きを止める。

「ちょっ、ちょっと待ってくれシフィ」

 何をされるのかが分かってしまい、焦りが激化していく、何でシフィがこんな事を? 理解が出来ずに頭がパニックになりそうだ。

「……」

 頬に触れられる、指先から伝わるシフィの今の感情はとても熱を帯びていた。

「私じゃダメなんだね」

 首を片手で押し押えながら、もの寂しそうな声が降ってくる、普段の話し方と比べるとかなり無理をして話している事がよく分かる。

 青い瞳が激しく揺らめく、息付く間もなくシフィの手が肩を掴む俺の手へと伸びては、重なり、指を絡めていく。

「ねぇ、知ってる? クオ、何も持ちえない、人間は、どうしたら願いは叶うか」

 声も、顔も、普段通り、いつも通りのシフィのはずなのに、心臓が強く反応する、もちろん悪い意味で。

「それは、ね――奪うしかないの」

 顔こそは無垢な少女そのもののはずなのに、大人びていて色っぽくて、目が離せない、この湿っぽい空気感に気分の高揚を感じる自分が気持ち悪くて仕方ない。

 さっきまで俺はエーリヤと……なのになんで……情けない気持ち悪い、何故目が離せない? 何故高鳴りを感じている? 何がハーレムだ、浮気じゃないか。

「シフィ……ダメだこんな事……俺はエーリヤと……」

 説得できると思っていた、俺がちゃんと落ち着いて説明出来ればと思っていた、全て見誤っていた、シフィの気持ちは嘘偽りも無く本気だった。

「分かっ、てるよ、分かってる……分かってた、け、ど」

 口では理解を示しているような言い方だが、シフィは一切離れてくれる気配はなかった。

 手が離れて行き、シフィは自身の右手を横に向け、まるでリボンのように両目を隠す。

「私、人間なのにな」

 氷のように冷たい声、だが拒絶の意味では無くて、無情にも寂しく溶けいくような冷たさだ。

 手の形はそのままにシフィはゆっくりと継続で氷を溶かしていく、一人じゃないはずなのにずっと寂しさを感じさせた。

「羨ましくて妬ましくて苦しくて悔しい」

 とてもじゃないが普段からは想像もつかない、こんなにも感情的になっている事も、俺を引き止めたいが為にここまでするのか? でも何だ、他の感情もあるような、シフィは俺に何を望んでいるんだ。

「ずるいずるいずるいずるい……目の前で、あんな事出来る、なんて……私は出来なかったのに」

 両肩を押さえ苦しそうに震えている、声をかける事も何かする事も出来ない、圧倒されてしまった、簡単に一線を超えてしまう事が可能な今の空気に。

「今ですら貴方の上にいるだけで、胸がいっぱいなのに……何も出来ない、何か、しないと、こんな事しちゃっ、たから……もう一緒に居てくれなく、なるのに……私何でこんなに」

 胸が傷んでくる、優しく抱きしめてあげることが出来たらよかったのに、でも俺には心に決めた人がいる、下心が無かったにしても許されない事だ。

「糸はもう出てくれない、わざと誰かを避けたり、あいつ、から、離れて、一人になる事も必要が、無くなった」

 懐かしむかのように恨めしいかのような語りだった、シフィの独白はまだまだ続く、その独白で気持ちが晴れて、今の状況が改善されると思い込んでいた、思い込みたかった。

 全くもってその考えは甘すぎた、俺はシフィの事だって全然知らない、理解が出来ていなかったのだから。

「時間も意思も体、も、思い出も全部、勝手に、無許可で奪ってきた、くせに、残ったのは意味もなく勝手に成長した、大人っていう体だけ……何で私なの……人形に、されなかった、ら、クオと……」

 俺の今の立場は、ただの聞き手でしかないのに苦しい気持ちで満たされた、想像すらしたくないものだ、十二年も自由を奪われるなんて事は。

 やはり慰めるべきだと意を決し、頭を撫でてあげようと手を伸ばす、しかし、次の発言でその手はシフィを押し倒す形へと変わってしまった。

「こん、な、事なら、こう、なる、くらい、なら、心だけ、でも、壊れ、て、人形の、まま……」

 別に本気で言っている訳では無いのだろう、それでも俺は嫌だった、あんな過去の方が良かっただなんて言わせないし思わせたくない、シフィは心も人間だ、今を生きる現在で沢山笑ってほしい、幸せになってほしいだけなんだ。

「言わせねぇよ」

 反射的に口が開いてしまった、望んではいけない展開と望んでいない言葉が聞きたくなかった、起き上がり、その勢いでシフィを押し返し倒してしまう。

 吃驚の顔をしたシフィだったが、一分も経たないうちに嬉しそうな顔になる、背中に手を回され抱きついたかと思うと、吐息が漏れ出た色気のある囁きをされる。

「クオの体……凄く熱い……いい、な……エーリヤさん、に、は、それ、くらい、クオの事を、夢中、に、させれるんだ」

 熱い? 確かにエーリヤと素晴らしい時間は過ごせた、でも今の熱は……きっとこれは感情的になってしまっただけ、違う、意識なんかしてない、しちゃいけないんだ、一人の女すら愛せない上に浮つくなんて重罪だ、死んでも許されない。

 抱きしめられる力が強くなってくる、まずい、この体勢の状態でどうやって抜け出したらいいんだ、あれこれ迷っているうちにシフィは手を離し、背を床につけ、恍惚とした顔になり、腕を俺へと伸ばす。

「私に、は、出来ない、だか、ら」

 頭が回らなかった、いや油断した、認める訳にいかなかった、意識をしてしまいそうだという事に、こんな存在の俺に純粋な笑顔を向けて好きと言ってくれた人を裏切るなんてあってはいけない……のに。

「その熱を、私の、ものに、させ、て」

 そう言い終えるとシフィは腕を無理やり引っ張り、俺のバランスを崩させた、服越しとはいえシフィの胸に思いきり顔が落ちる。

 光の速さよりも速くに起き上がろうとしたが、腰に手を回され固定される、上手く息が吸えないし、そもそもこの体制で呼吸をする事が、到底許されない行為なので、死にものぐるいで顔を逸らす事に全力だった。

 あぁ、俺はなんてことを……自身の愚行を責め立てるように心音が騒がしく、鼓動が苦しく、心臓を痛めつけられる。

 ある程度の時間が経ち、満足したのかシフィは手を離し、解放された、崩れるように横に向き必死に呼吸をして空気を取り入れる、生きてる心地がしない、握りつぶされているかのように心臓が痛くて、でも何だか俺は……。

 満足そうな顔をしたシフィが髪を耳にかける仕草をして、再びゆっくりと顔が降りてくる、受け入れてはいけないのに視界がぼやけてくる、いっそこのまま……。

 口が……触れ……。

 目を開けるとシフィが扉の前に立ち、こちらを向いていた。

「……ふふ」

 片耳ずつに髪をかける仕草をした後に、恥ずかしそうな顔をしていた。

「ごめんね、試すような、真似を、して、全部嘘、だからね、私が言った、事も、やった、事も、全部」

 手を振ってシフィは部屋から出て行く、随分と寂しそうに見えてしまった。

「……じゃあ、ね、クオ、お幸せに」

 扉が閉まる音でやっと現実に戻ってこれた感覚になるが、熱が離れてくれない、しばらく浮かれてから吐き気を覚えトイレに駆け込んでいた、断じてシフィへの拒絶では無い、自身への拒絶だ。

 受け入れようとしてしまった、理由があったにしても結局慰めてあげれなかった、熱を覚えてしまった、否定出来なかった。

 そして、意識を僅かにでもしてしまった、そんな俺自身が大嫌いだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。