【38話】再出発地点へ
酷い寝不足だ、結局あのまま心音が騒がしくて一睡も出来なかった、止まらないあくびと頭痛に悩まされながら朝食を食べる、味も何を食べたのかさえも覚えていなかった。
顔を洗ってから新しく貰った仮面を付け、人ならざる部分が完璧に隠れているかを細かく確認した、何だか久しぶりにここまで徹底して隠したような気がする。
シフィとの戦いで仮面を弾き飛ばされてから所在が不明になって、ノアから新しく貰って飯食いに行って……にしても本当に不便な体だ、特別強くも無く、それこそチートも何も無い、ただのオークでしかないのだから。
黒のぴっちりとした手袋、顔全体が隠れる仮面、全てを包むフード付きのマント……我ながらどこからどう見ても完璧な不審者の完成だな、ため息をつきながら隠しても尚、醜い自身に背を向け、ノアの部屋へと向かった。
道中、シフィとすれ違い、緊張感が走った、頭を巡り続けたのは昨日の出来事、声をかけずに会釈のみをしようと思ったが、結局声をかけた。
「あ……おはようシフィ……」
丁度、右斜め視線の先にシフィは止まり、こちらに挨拶を返してくれた。
「おは、よう、ク、オ」
そして目を細め、歩み寄られ、猫のような笑みを浮かべていた。
「行って、らっしゃい、で、いい、の、かな」
まるで昨日の事は何一つも無かったかのような振る舞いだった、言及なんてするはずも無く、自身の胸を軽く叩き平常を振る舞う。
「ま、すぐ帰ってくるだろうし、待っててくれよ」
目を細めたまま頷き、軽く手を振り、シフィは去って行く、軽い数秒のみの会話しかしていないのに疲れを覚える、別にシフィは悪い事なんてしていないのに俺は......。
シフィと別れて、ノアの部屋へと入っていく、今回はちゃんと部屋に居てくれたみたいだった。
挨拶を交わし、俺の格好を見て察してくれたのか、ノアは立ち上がって扉の方へと向かった。
「そうか......すまないが、少し待っててもらえないだろうか、俺の方から皆に伝えておこう」
爽やかな笑顔でそう言って、部屋から出て行こうとして、何かを思い出したのか立ち止まる。
「ところで、荷物は必要ないのか? 君さえよければ荷造りを手伝おう」
ここまでの気の利きように感心をするばかりだった、ただ長期間を過ごすわけでもなかったし、ここまでしてもらう義理もない為、申し訳なかったが断った。
変わらず爽やかな笑顔でノアはソファを指をさす。
「そうか、そこのソファにでも座って楽にしててくれ」
言われた通りにしていると、ノアと殴りあった時に蹴り飛ばされてぶっ壊れた机が目に入る。
当然と言えば当然だが、豪快に壊れたな……弁償しないとだな、と思いつつ、扉を叩く音が聞こえ、振り返ると、会いたくて仕方なかったのに、顔が見えない君がいる。
鼓動が強く反応する、二つの意味で。
「おはようございます、クオ様」
今の俺にはいつも以上に眩し過ぎる笑顔のエーリヤが挨拶をしてくれる。
「おはようエーリヤ……」
辛うじて返せはしたが、後ろめたさで心臓を突つかれ続けられる、俺はエーリヤがいるというのに、直前にあんな事をしていたというのに......呼吸をしている感覚が無くなっていく。
そんな俺にエーリヤは気づけない、だって、どこまでも一切の曇りもない純粋な気持ちでエーリヤは俺の事を想ってくれているから。
「その……クオ様ならきっと大丈夫です、私、エーリヤはきちんと待っていますから」
早く言わないといけない、隠しているという認識がある時点でそれはもう罪だと認めている訳だから、それなのに接着剤を飲み干したかのように口が開いてくれなかった。
幸か不幸か、仮面を付けている為、目の奥が痛くなる程に顔を歪める俺に気づく事が無く、エーリヤは赤面しながら歩み寄って来る。
「あの……少しだけ、お戯れを」
淡い桜のような髪が揺れる、空気のような軽い体に抱きつかれ隙間なく体が密着する、直感的に様々な事が頭に浮かんだが、気絶をしたくない一心で必死に耐える。
期待を込められた眼差しを向けられているような気がする、抱きしめたい、俺だって応えたい、でも、もうダメなんだ。
「ごめん……まだ恥ずかしくて」
嘘つき野郎。
罪悪感からかエーリヤの顔も見れずに、逸らし続ける、言えない、言ったら絶対に嫌われる、今更拒絶なんて受け入れられない、バレなかったら……そうだ、言わなければ事実にならない、だから……これは仕方のない事なんだ……。
吐き気がすぐそこまで迫ってくる、どうしてこんなにも最善の真逆を突き抜けていくのか、早く、謝って、それから......こんな事をした俺でもどうか許して離れないで、と言うのか? 背中から冷水が垂れ落ち続けるような寒気を抱え続けた。
エーリヤは何も知らない、ニコニコと笑顔で皆が揃うまで待っている、逃げ出したくて仕方なかった、こんな彼女にこんな仕打ちをしてしまうなんて、シフィがいっそ徹底的に俺の全部を奪う悪女だったらこうならなかったのか? 違うだろ、俺の意思が弱いせいだろ。
あっという間に、またしてもシフィ以外の全員が揃い、各々の冗談や寂しそうな物言いを身に受け、五人に見送られながら、何かしらの重大な出来事以外で、この足で、自らの意思で、初めて城を出た。
振り返るとあんなに大きかった城は、手のひらに収まるくらいの模型のように小さくなっていく、本当は一生帰って来ずに出て行かないと行けなかったが、皆の反応で考えが変わり、自身の今後の為にという俺のわがままを押し通してもらった。
ただ、ここまで大袈裟にする事だろうかとも思ったが、見送ってくれた人達への今までの感謝を胸いっぱいに、城に手を振り、歩み続けた。
街に出る、相変わらず賑やかで活気に満ち溢れていた、信じられないよな、少し前まで魔物がここに現れて暴れて処刑されたってさ......なんちゃって。
歩いて行く、一気に巻き戻ってノアと初めて出会って歩いた道、あんまりいい思い出と言えないけれど確かに初めての景色で、この異世界の一歩だった。
小さな小屋が見えてくる、中に入り出迎えてくれたのは太陽によって照らされた舞い散る埃だ。
狭すぎるな、あんないい暮らしを経験してしまうと、ここに住めという事がもはや拷問だ。
窓もキッチンも無い……到底人が住めるとは思えない、いや俺はオークなんだけども、最低限の家としての機能しか備えていない。
ひとまず部屋を見回し終わり、城と違って寝心地の悪そうなベッドに腰掛け、枕に触れると何かが敷いてあることに気づき、枕をどかすと、本があった。
吸い込まれるように手に取りページをめくった。
「見てはダメ」
暗転。
耳元で声が聞こえたかと思うと、今は感覚も無く真っ暗、いいや、野暮だ、全てが、今起きている現状が脳で処理出来る事なんて絶対不可能だ。
太陽が雲に隠れてる訳でも、ましてや目を閉じてもいないはずなのに辺りが薄暗く、全ての動が停止している、一切の自由が存在しない。
感覚的には鼓動が乱れ続けていてもおかしくないのに、心臓が止まっている、話せない動けない何も出来ない、背後に何かがいる、それだけだ。
何者かが本を抜き取り、ページをめくる音が聞こえ、元通り、全て無かったように。
しばらく動けなかった、全身から汗が流れ落ちる感覚でやっと戻ってこれたのだと認識した、恐る恐る本を読もうとすると、白紙、白紙、白紙、どこを見ても真っ白で何も書かれていなかった。
何だよさっきのは......幸先が悪すぎるだろ、こんな事が出来る奴の見当なんて薄々つくが、何の為なんだ、ただでさえこっちは俺の今後について考えたいのに、皆に何度も迷惑をかけてまでこの場所に帰ってきたっていうのに。
無理やり球体の事は考えないように奥深くへと先程の出来事を押し込み、本を元の場所へと戻して、ぼんやりと天井を見ていた。
さて、これから何をして何を考えようか、推定一ヶ月未満泊の不明日の小屋暮らし、悩み続けるかと思っていたが、早速やりたい事が、やらないといけない事が発生した。
走りながらまあまあ長い道へと戻り、早々に街へと戻る、息を切らしながら適当な売店に入り、売り物は何か分かるけれど読めはしない包み紙を買う。
周りを徹底的に確認しながら仮面を口元だけが出るようにずらし、包み紙を開き、かぶりつく、ハンバーガー......じゃなくて、甘みが強い豚肉の塊をバンズで挟んだ食い物だった。
まあ......俺はこの味好きだな、と感想を浮かべながらあっという間に完食し、小屋へと戻る、今までと違う真逆の不便な生活に逆に楽しんでやろうという気持ちが湧いてくる。
まぁ、それはそれとして毎回食い物を買いに行くのは面倒だな......。




