【34話】これからの事
温もりを覚えながら目を開けると、エーリヤの顔がすぐ目の前に映る、思わず悲鳴を上げそうになるのを手で押さえ、その次には鼓動の苦しさが主張してきた。
あんな状況でまた気絶してしまったから仕方ないにしても、添い寝……そうか……悪くないな、微かに聞こえてくる寝息と、安らかな寝顔に愛おしさが込み上げてくる。
ゆっくりと目を閉じ、共に眠りにつこうとしてみたが、鼓動がやかましくなってくるだけで一向に眠る事が出来なかった。
ぼんやりとした意識の中で、寝顔を見つめる、頬の腫れは未だに痛々しく映えていた、手を伸ばし優しく撫でてみると心なしか表情が更に和らぎ、笑みが乗る。
そんな優しく良い雰囲気だというのに、目線が下に下がり口元へと写っていく、経緯がどうであれ、俺はエーリヤと……ダメだ、どうであれ最低な事をしてしまったんだ。
そっと立ち上がり、慎重に音を立てないように部屋から出て行こうとすると、声が聞こえる、背中に柔らかく衝撃を受け、エーリヤに抱きつかれる。
「クオ様……もう、離れないで……ください」
震えている、振り返って抱きしめるべきなのは理解している、理解こそはしているが、同じ過ちを繰り返したくない。
「エーリヤ……ダ、ダメだ、こういうのは好きな相手にやらないと」
自身の心に蓋をする、許されない事だから許して欲しい、しかし、思い通りにはなってくれなかった。
「私は、クオ様の事がす……てき、です」
時が止まったかのように一際大きな心音が俺の中で響き渡る、見たい、君の頬に灯る微熱が見たい、きっとエーリヤの事だから可愛いくて仕方ないんだろうな。
振り返ろうとすると、エーリヤは手を離し、その手で自身の顔を隠す、可愛い、困ったな、すごく可愛い。
気がつくと隙間から覗く頬を撫でていた、エーリヤの体は大きく反応する、ダメだ、戻れなくなる、自身の気持ちとは裏腹にゆっくりと迫り、押し倒す。
心臓が痛くて仕方ないのに、指先はそのまま唇の下をなぞる、エーリヤの熱が心地よかった。
「あ、クオ様……」
今の俺は果たして正気なのだろうか、間違ってる事なのに、この背徳感が気持ちいい。
「……嫌じゃないのか?」
足をもじもじとさせ、恥ずかしそうな顔をしたまま、軽く頭を左右に振る、頬を染め、目を伏せそうになりながらも、必死に俺の顔を見続けようとするその動きがたまらない。
頭の中で火花が散るほどの急ブレーキがかかり出す、首を絞めた事も、服を裂いて頬を叩いて無理やり……そんな事をしてしまってきたのに、欲の沼に溺れて段々と正常でいれなくなっていく。
もう、いい、理性とかそんなの、ずっとお預けされてたんだ、中断されて、互いに理性的じゃなかったとしてもキスだってした、俺はエーリヤとそういう事をしたんだ、だからもう、俺は。
ゆっくりと俺の方から顔を近づけていくと、エーリヤは目を閉じて待つ、再演するだけだ、エーリヤの真似をするだけ、ただ真似をするだけだ。
心音で出来た耳栓のせいで直前まで気づけなかった、扉が開かれた事と、見つめられる視線に。
ため息が聞こえ、急停止し、目線を向けるとシフィが蔑むような顔を浮かべながら言葉を発する。
「……はぁ、邪、魔、して、ごめ、ん、なさい、その、まま、二人、き、り、で、どう、ぞ、お幸、せに」
気遣ってくれたのか扉をゆっくりとは閉めてくれたが、明らかに不機嫌そうに離れて行った。
「あ、シフィ……ご、ごめん」
ついつい謝罪はしたものの届いたかは不明だった。
顔を赤くしたオークと女、気まずくはなかったが、現実的になり、再開する気になんてなれなかった。
そのままエーリヤは立ち上がり、一礼をしてからそそくさと部屋から出て行った。
複数分かった事があるとするなら、絶対に顔を見せないように、見ないようにされた事くらいだ、ありがたい事には変わりなかったが、名残惜しい気持ちを抱えたまま心音が収まってくれるのを待っていた。
朝になり、何事も無かったかのようにエーリヤに起こされる、また頬を引っ張ってみると、エーリヤがすごく慌てて心配をしてくれた。
良かった本当に、急な笑みを浮かべてしまったが、エーリヤも微笑んでくれた、やっぱり君の笑顔が俺は好きだ。
朝食を食べ、身支度をしてからルイの元へと向かう、出迎えてくれたのは黄色の嬉しそうな二つの三日月。
「わぁ、良かったよ君が無事で」
ルイはこちらに近寄り、小さく跳ねながら全身を使って喜びを表現した。
「約束通り、本当にまた来てくれるなんてね」
ピースサインを作り、誇らしげにする。
「当然だろ、約束したんだからな」
それからルイに今までの事を話し、一喜一憂を分かちあった、俺がどんな話をしようがルイは楽しそうに身振り手振りを使って話を聞いていた。
「あーあ、君がずっとここに居てくれたらな……」
意識をせずに不意に漏れ出た言葉だろうか、ハッとした顔になり、三日月は段々と欠けていく。
「あ……ごめんね、こんな気持ち悪い場所で、こんな僕と二人きりなんて嫌だよね」
ルイは悲しそうに俯いていた、軽く周りを見回してから励ます。
「そんな事ねぇよ、だってこの城かっけぇじゃん、吸血鬼とかが住んでそうな洋風の城っぽくてさ」
三日月は満月になり、嬉しそうだった。
「……君は変わってるね」
その後は他愛のない話をしてから、ルイに手を振り、城へと戻る。
帰って早々にノアの部屋へと訪れ、提案をする。
「なぁ、ノア行きたい場所があるんだけど、一緒に来てもらってもいいか?」
ノアはすぐに立ち上がり、いつでも構わない、とでも言いたげだった。
「君からの頼みだ、何でも聞こう」
場所は再び森の中、ふいに気になった事をノアに聞く。
「なぁ、シフィって俺の事嫌ってるよな……」
ノアの歩みが止まり、酷く驚いた顔でこちらを見ていた、そして困ったような顔をし出す。
「あの子に限ってそんな事があるとは思えないが……シフィが君に迷惑をかけてしまってるというのなら、変わりに謝らせてほしい」
頭を深々と下げられ、ノアは誠意を見せだしたので、急いでやめるように言葉を続ける。
「いや迷惑とかじゃなくて、何か俺やらかしたかなって、まぁ俺はオークだし、人間じゃなくて魔物だからさ……」
顎に手を当て、変わらず困った顔でノアは言葉を濁す。
「君がどういう存在とかは関係ないと思うが……それよりどちらかというとシフィは……いや、何でもない」
濁された言い方だったが、ひとまずノアはシフィから愚痴を言われたりはしていないようだった。
ある程度歩き、おおよそヌンヌンと初めて出会った場所ら辺に辿り着く、立派な墓石を建ててあげれなくて申し訳なかった、それなりの大きさの石をノアと一緒に運び、簡易的な墓が出来た。
ノアは小さな花束を置き、跪いて静かに語る。
「俺の妹が見つかった事を君に伝える、あの時の無礼をどうか許してほしい、ヌンヌン、君は俺が殺さなかった二体目の魔物だ、どうか安らかに」
しばらく胸に手を当て静かに祈る、同じように紅茶の箱を置きヌンヌンに声をかける。
「ヌンヌン……俺さあの時から結構、紅茶好きになったんだぜ、また飲みたいよ」
同じように手を当て、目を閉じ、静かに祈る、無念が有り余る、もっと色々と話したかった、残酷にもこの世界には死の概念がきちんとあるらしい、じゃあ俺自身も? 嫌な汗が止まらなかったが、今はただ目の前の事に集中するだけだ。
墓参りを終え、ノアと一緒に昼飯を食べる、必死に約束しただろって事を言い、奢ろうとしたが、ノアは早々に食べ終え、俺を含めた料理代を払い、外で満足そうな顔をして待っていた。
「お前……約束したじゃないか」
文句を言う俺に、ノアは笑みを浮かべた。
「はて、何の事だろうか」
それからは剣の素振りをして、また街の人達が困ってないか便利屋をしたり、あっという間に夜になった。
珍しい事に調理場に人が集まって賑やかだった、この場所はちょっとした食堂みたいな場所があるのだったが、今まで使われている痕跡は無かった。
廊下から除く俺に気づいたのかゼネが近寄り、一礼してから説明してくれた。
「こんばんはクオ様、珍しいと思われていますね、私もです、ノア様曰く、シフィ様が帰ってきたのでまたこの場所で食事を取りたい、とのお考えですので、こうして夜の時くらいは皆で食事を取るようにしたとの事です」
説明を聞いた後、周りを見回し離れた席で座ると、隣にノアとエーリヤが座ってきて両サイドを固められた。
「わざわざ俺の隣に来なくたって……」
抗議をするものの二人に微笑まれる。
「従者として私はクオ様のお傍にいたいですから」
右隣からはエーリヤの優しい声。
「君だって立派な騎士だ、孤独に過ごすなんて遠慮する事もないだろう」
左隣からはノアの誇らしげな声。
目線を感じたので合わせると、シフィと目が合って逸らされた、ノアの隣に座り黙々と飯を頬張っていた。
こんな賑やかな雰囲気の中で、密かに考えている事がある、それは、俺はこの城を出る事だ。




