【33話】おかえりパーティー
朝日の眩しさが和らぐ頃、扉の叩く音が聞こえたかと思うと、ピスが部屋に飛び入り、その勢いのままエーリヤに抱きついたかと思うと、押し倒していた。
嗚咽を漏らしながらピスは感情を溢れさせる。
「エーリヤちゃん様......おかえりなさい......もう離さないっ......」
子どものように楽しそうに笑い、ピスの頭を優しく撫でてあげながら、エーリヤはくすぐったそうにしていた。
「ひゃー、やめてってばピス、くすぐったいよ」
目の前で繰り広げられている微笑ましい光景を目に焼きつける、一難去ってまた一難、本当に大変だった、だからこそ、二人の笑顔が見れて良かった。
しばらくの間、じゃれあっていた二人だったがエーリヤが先に立ち上がり、懐かしい一礼をする。
「すみませんクオ様、先に失礼します、ピスもまた後でね」
笑顔でエーリヤはそう言って、足早にこの場を去って行った直後、隠す事もせずにピスは泣いていた、慌ててハンカチを渡してあげると、しばらくしてからピスは口を開く。
「本当に......ありがとうクオちゃん様......あたしは何も出来なかったくせに、ごめんなさい......」
心からの純粋な感謝と謝罪だった、自身の胸を叩き、ピースを向け、誇らしげに言う。
「ただいまっ、ピス」
段々とピスに笑顔が灯り、エーリヤに負けないくらいの眩しい笑顔で、ピースを返してくれた。
「おかえりなさい、クオちゃん様」
それから何事も無く夜になり、ノアに声をかけられ一同が集められたかと思うと、目に映る数多の料理に圧倒される。
満足そうな顔をしたザルツがお辞儀を何度もし、俺の元にも訪れ、握手を促される、差し出そうとしたが、手が震えて何も出来ずにいると、やや強引に、そして優しく握手をされる。
「言ったはずです、貴方の手は汚くありません、おかえりなさいクオ様、ずっとお待ちしておりました」
輝かしい笑顔に自然と笑顔になっていく、この人数がいたとしても食い切れるか不安になる量だったが、腹が鳴った。
「ただいまザルツ、ちゃんと食い切るから安心してくれよな」
それからノアが皆の前に立ち、深々と礼をしてから司会を始める。
「それでは今から全員おかえりパーティーを始めたいと思う、トラブルはあったものの、皆が無事に帰って来れた事を共に祝おう、そして、改めて紹介しよう、俺の自慢の......」
しばらくは大人しくしていたシフィだったが、ノアの前に立ち、文句を言い出す。
「兄様、長い、よ、後、そん、な、に、堅、苦、しく、しな、くて、いい、か、ら」
ノアは驚いた顔をしていたが、柔らかく微笑みながら、喜びを噛み締めていた。
「すまない、こういうのは苦手だな、だがそれ程までに、俺はシフィが帰ってきた事が嬉しかったんだ」
シフィも嬉しそうな顔になり、ノアに言う。
「分かっ、て、るよ、兄様、の、顔を、見た、だ、け、で、十分、伝わ、るよ」
何とかシフィのおかげでパーティーは始まったようだ。
各々がザルツの作った料理を楽しんだり、談笑を楽しみ、皆が今、この時の時間と空間を楽しんでいた。
賑やかな雰囲気の中、ゼネが近寄り、俺に声をかける。
「クオ様少しよろしいでしょうか」
料理を飲み込んでからゼネの方に顔を向けると、手を後ろに回し、深呼吸をしてからゼネは声を張る。
「おかえりなさいませぇぇぇ! クゥゥオォォォ様ッ!!」
まるで応援団長のようだ、城全体に長く反響し、数秒間もの間、響き渡る歓喜の声は、たった一人から発せられた声だ。
心を強く揺すぶられる、可能な限り声を張り、同じような声量で比例していく。
「おうッ! ただいまッッ!!」
ゼネは歯を見せながら、ニヤッと満足そうに笑った。
「おやおや〜あの生真面目なゼネちゃんからは想像もつかないわね」
ゆらゆらと揺れながらピスが前に出てきたかと思うと、ゼネの肩を組みながら、ダル絡みをし出す。
ゼネはそれに慣れているのか、ため息をつきながらあしらっていた。
「うるさいですね、私の胸で泣いていたのは誰でしょうか」
思わぬ反撃をくらい、ピスは珍しく顔に恥ずかしそうな色を浮かべながら狼狽える。
「なっ......あんた、それは言わない約束でしょ」
呆れたような半笑いになり、ゼネは追撃を入れる。
「約束なんてしていませんよ、全く、時間が経てばもう普段通りですか、あの時の方がまだ可愛げがあったというのに」
これまた珍しくピスはいつもの調子が出ずに、タジタジになった。
「ちょっとゼネ! ホントにあんたはモラルってもんが......」
二人のやり取りを横目で流しながら、シフィを探し声をかける。
「よっ、楽しんでるかシフィ」
シフィは何も言わずに皿を持ったまま、ただじっと俺を見つめる、少々睨まれているようにも感じてしまった。
「何だよ、まだ何も言ってねぇってのに」
不満を漏らす俺に反して、シフィは冷めていた。
「わざ、わ、ざ、私の、所に、来る、理、由、が、分から、ない」
何かやったかなぁ俺、明らかに俺といる時だけ態度とか物言いが違う感じがするんだよなぁ、と思う気持ちは色々とあったが、咀嚼して飲み込んで会話を続けた。
「別にいいだろ、シフィのおかえりパーティーでもあるんだから」
シフィはそっぽを向き、皿の上に様々な料理を乗せて彩り、口へと運び、頬を膨らませては、幸せそうに味わっていた。
ついつい見とれていると、シフィはジト目になりながら不満そうに俺を見る。
「何?」
ぼーっとしていたのもあって、びっくりしながら本題に入る。
「いや......すげぇ美味そうに食べてるからつい、それよりも俺シフィに謝らないと......」
シフィは俺にも目をくれずに淡々と俺をからかう。
「別に、いい、よ、クオは、見境、の、ない、甘えんぼ、さ、ん、だも、ん、ね」
中々に痛いところをつかれ、情けない気持ちになりながら弁明する。
「うっ、悪かったって、でも俺があんな事したのはエーリヤとシフィだけで......」
シフィの食べる手が止まり、俺の方を見る、気のせいかもしれないがその声は、弾んでいた。
「ふーん......い、い、よ」
「え?」
言葉の意味が分からずに困惑する俺に、シフィは目を細め、まるで誘うかのように口を開く。
「別、に、抱き、つき、た、い、なら......いい、よ」
態度の一変具合いに驚きと、心音が大きくなってきている事に困惑と恥じらいを覚える。
「俺は......でも俺には......」
俺の態度に痺れを切らしたのか、シフィは持っていた皿を置き、両手を俺の方へと伸ばし出す、その時の声色は、誰の前でも出した事のない、随分と甘えているようにも聞こえた。
「ク、オ、から、来て、く、れ、ない、なら、私、が、する、か、ら」
分からない......もう糸なんて出ないはずなのに動けなかった、それなのに何故か自然と受け入れようとしていた。
分かんねぇよシフィ、どうして俺に甘えてくるんだ? それに俺はどうして僅かに期待をしてしまっているんだ......拒まないとダメなのにその顔と声に見惚れてしまう、でもこれって浮気になるんじゃ......いやいや、シフィは俺の事は別になんとも思ってないだろうし、これはただ甘えているだけだ、第一、俺はシフィの事を別に......好きなんかじゃ......そう考えているはずなのに、今までの経験達を思い浮かべては熱に浮かされる。
少しだけ抱きしめられるだけ、と身構えていた所で、俺達の間にふんわりとしたピンク色が割り込んでくる、そして俺の方目掛けて顔が近づいては、数秒間の見つめ合いがあった後、ピスの黄色い悲鳴が響く。
まるで見せつけるかのような、数十秒間のじっとりとしたキスだった、二度目のキスはあまりにも早かった、ファーストキスから僅か数時間後の話だった。
満足そうな顔をしたエーリヤが離れて行き、魂が抜け出しそうになる俺の耳元で囁かれる。
「こんなにも素敵なパーティーですが、私と二人きりで抜け出しましょう」
有無も言わさずに手を引っ張られ、明暗一転、明るいパーティーから、薄暗い俺の部屋へと場面が変わる。
忘れていた事がある、エーリヤは少しやんちゃだ。
可愛らしい顔が迫ってきては壁際へと、そしてついにはベットに押し倒され、しばらく見つめ合いが発生する。
目を逸らしたくないのに、顔を見続けていると体内最高気温が上昇し続けて心臓を吐き出しそうになる。
何に期待しているというのか、熱に踊らされているかのように上がり続ける体温を感じながら、声をかける。
「......一応言うけど、俺は命令なんて」
まるで小悪魔のように笑みを浮かべたエーリヤが言う。
「分かってますよ、また我慢が出来なくなってしまっただけです」
良かった、センシティブなエーリヤじゃない、ん? 本当に良いのかこの状況は、女に押し倒されている、男が、しかもオークが、普通なら絶対にありえない状況だ。
期待と罪悪感が混ぜられた気持ちになる、死ぬほど嬉しいよ、でも、俺が、オークがこんな事になるなんて間違ってるって未だに思ってしまう、こんな性格じゃなけりゃ、受け入れられたのだろうか。
でも今は、この心臓の緊急事態を無視してでもエーリヤが帰ってきた事を喜びたい、もう少しだけでいいんだ、自分の気持ちに素直にさせてくれ。
震えながら手を伸ばし、髪に触れる、不思議とあの時と同じでサラサラとしていた、エーリヤはくすぐったそうに笑って、抱きついてきた、下は布団、上はエーリヤのサンドイッチだ。
あ、まずい、何も考えられない、めちゃくちゃ柔らかくていい匂いがする、無理だ......意識がもう怪しくなってきた、だったらせめて、少しくらいは欲張りたい。
宙に浮かべていた行き場のない手は、そっとエーリヤを抱きしめ返す、曖昧になる世界に映ったエーリヤの顔は、頬を染め、恥ずかしそうにしていたが、とびきりの笑みを浮かべ嬉しそうだった、それがどんなに愛おしいかなんて、俺にしか知りえない。




