【32話】ただいま
半ば諦めたかのように目を閉じていたが、胸辺りに柔らかい衝撃とすぅすぅと小さな呼吸音が聞こえてくるだけだった。
あれ、寝てる? 目を開けエーリヤの顔に視線を向けると、俺にもたれかかり安からに眠っていた。
気が抜けて一気に疲労感に包まれる、子どもを寝かしつける親の大変さがよく分かったかもしれない、手を伸ばし、そっと頬に当たらないギリギリの上ら辺を撫でる。
「エーリヤ大丈夫だよ、俺はもう逃げたりしない、どんな君になろうが俺は受け入れる、たとえ俺と君の二人で深く、戻れなくなるまで堕ちてしまっても」
憔悴しきっていることを自覚する、本音だろうが、焦りから出た事だろうが、限界だ、好きな人にこんな態度を、こんな事を思うなんて。
しばらくエーリヤの寝顔を見ていたが、段々と意識が遠のいて行く、寝不足と寝顔を見た安心感からか、そのまま俺は抱きつかれたまま、座った状態で眠ってしまった。
目が覚めると、すぐに違和感に気づく、手が後ろで縛られている、俺のベルトで。
慌てて解こうとするが、一定の金属音が鳴るだけで外れなかった、そんな中でこの状況に不釣り合いな絹のように透き通るエーリヤの声が聞こえる。
「ふふ......言ってたじゃないですか、私と共に堕ちてくれると」
手を伸ばし、うっとりとした声色で俺の頬に触れる。
「聞いていたのか」
こればかりはどうしようもない状況と、今までの疲労困憊の積み重なりで観念しそうになりかけていた。
段々と顔が近づき体が密着してくる、今は手が縛られている為、抵抗も何も出来ない、このままだと触れる。
好きになる好かれるなんて話所じゃない、女の方から、いやそうじゃない、そうじゃなくて、オークがこんな恋愛感情を抱くのも、行為自体も、この世に存在する罪の中で一番罪深い事なのに。
「待ってくれエーリヤ、こんな事命令なんてしていない」
必死に止める他無かった、許される訳が無い、手を縛られて、顔が近づいてきて、される事なんて一つしかない、それだけは避けないといけない。
「エーリヤ、話があるんだ」
真剣な俺の様子に、体は密着したままだが、エーリヤは寸前で止まり、話を聞いてくれるようだった。
短い深呼吸をしてから口を開く。
「謝りたい事が......」
即刻、否定される。
「不要です」
怯まずに言葉を続ける。
「ダメだ、有耶無耶になんか出来ない」
エーリヤも真剣な顔になり、まっすぐ俺の目を見つめる。
「そんな事より、でしたら一つだけ聞かせてください」
互いの呼吸音がバラバラに聞こえる中、丁度重なり合ったタイミングでエーリヤは口を開く。
「クオ様は私の事どう思っているのですか?」
またこの質問なのか、あの時答えれなかった罰とでも言いたいのか、だからと言って寄りにもよって本人に聞かれるとは、でもこの際だ、言ってやればいい、もしかしたら気持ち悪がって辞めてくれるかもしれない、何でもいい、何でもいいからこの状況を辞めさせないと。
「俺は君が......エーリヤの事、す......っ......す、素敵......そう、素敵だと......思う」
もぉぉぉ、こんなにも、こんなにも俺は......情けない......男のくせにこんな事すら言えないなんて、何が奥手だよ、情けないだけの意気地無しじゃないか......。
目を見開き拍子抜けした顔をしていたが、段々と笑みを浮かべ、エーリヤは嬉しそうに言う。
「ふふ......そうですね、私もクオ様のこと素敵だと思います」
あれ、気のせいだろうか、普段通りの笑顔をしているようにも見える、上手くいけたって事でいいのだろうか。
そう思っていたが、エーリヤの手に徐々に熱をより帯びていくのを感じる、何よりどうしてそんな顔をしているんだ? 凄くうっとりとしていて、まさか興奮している......? 俺の事が情けないって呆れないのか。
見ているだけでも変になってしまいそうな魅力的な顔に目線を逸らすと、顔の向きを戻され、止まっていたはずの体が動き、エーリヤの声が甘く響く。
「とっても、とっても素敵......す......き......」
その言葉の余韻に浸る間もなく、一コマずつ世界は動く、甘酸っぱいレモンの味なんてしなかったが、正真正銘これがエーリヤとのファーストキスとなった。
必死に体を動かし抵抗をするが、こちらの状況が圧倒的に不利な事と、理性がとんでもない速さで削られていき、まるで運命で決まっているかのように俺は受け入れてしまった。
「クオ様……」
恥じらいながら名を呼び、何度も口を重ねてくるその姿は、あまりにも愛おしくて仕方なかった。
無我夢中でベルトを外そうと奮闘するが、革が腕に食い込むだけで一向に外れる気配はなかった。
おかしくなる、こんな事当然だが未経験に決まっているじゃないか、あの夢の事はノーカウントだとしてもだ。
徐々にタガが外れていく、可愛い可愛いよエーリヤ、なんでこんなに君は……無理だこんなの正常で入れる訳が、触れたい抱きしめたい狂う狂う狂う、目の前にいるのに、手に感じる感触は冷たい金属と革の感触だけ。
天国のような生き地獄だ、エーリヤ、エーリヤ、エーリヤ、欲しいよもっと、こんな形になってしまったというのに俺はもっと君とこうしてたいと思ってしまった。
たった二文字が言えたらよかったのに、互いの熱に抱かれたまま、意識が、視界が暗がっていく。
もし、目が覚めて君と物理的に繋がっていたとしても受け入れるよ、もう今更この気持ちに嘘なんてつけないのだから、拒絶なんてしない、今の君もずっと俺の好きなエーリヤと同じなのだから、ちゃんと受け入れて一緒にどこまでも堕ち続けると誓うよ。
そして夢を見る、暗闇で立っていて、何度目だろうか、ただ一つ違いがあって、居ない、あの眩しく光り輝く憎たらしい球体が。
何も考えれずぼんやりとしていると、エーリヤが立っていた、服も肌もボロボロじゃなくて髪も下ろしてて、普段通りのエーリヤだ。
エーリヤ! 待ってくれ、待っ……クソ、何で手が動かせないんだ、ふざけてやがる、現実で縛られているからって連動するなよ、必死に叫び、腕を動かす。
「エーリヤ……待って、行かないで……」
必死に足掻く、直近まで糸で拘束されようが解けたじゃないか、頼むから頑張ってくれよ俺、散々何度も折れて諦めても何とかなったじゃないか。
強い願いはどうやら報われるらしい、何事も無かったかのように腕に自由を覚え、軽く握る動作を繰り返した後、手をめいいっぱい伸ばし、エーリヤを力強く抱きしめる。
「エーリヤ、君が好きだ……」
やっと言えた、ただ夢の中か、自身の相変わらずな性格に落胆するが、今はただ夢の中とはいえこのまま抱きしめていたかった。
カーテンがなびく音がする、優しい自然の起こされ方に目が覚めるとエーリヤがどこにもいなかった。
焦りに駆られていく、まさか、胸騒ぎが収まってくれない、探しに行こうと急いで扉を開ける、そこには......。
――陽に優しく照らされ、俺の好きな笑顔で笑う、いつも通りの君がいた。
しばらく見とれていた、懐かしくて可愛くて綺麗だった、頬を思いっきりつねってからその名を呼ぶ。
「エーリヤ?」
懐かしい笑顔を浮かべながら、にこやかにエーリヤは返答する。
「はい、エーリヤです」
見慣れたキャラメルの瞳がキラキラとしている、おかしいな、ちゃんと顔が見たいのにボヤけて上手く見えない。
ははっ......カッコわりぃ、止まってくれよ、ただでさえ醜いオークなんだからさ、嫌な顔をせずにエーリヤは優しくハンカチで目元を拭いてくれた。
拭けども涙が溢れてくる、あぁ、本当に今度こそ胸を張ってもいいのだろうか、もう二度と痛い事も酷い目にあう事も体験させないと誓ってもいいのだろうか。
何とか涙をこらえ、結局泣きながらエーリヤに言う。
「おかえりエーリヤ......ただいま」
笑顔を浮かべてはいるが、エーリヤも俺につられて涙を流しながら返事を返す。
「ただいまクオ様......おかえりなさいませ」
しばらく互いに泣き合って、笑い合った。




