【30話】男同士の仲直り方法
深呼吸をしてから取っ手を掴み、捻ると、簡単に扉は開いた。
正直に言うと拍子抜けをしてしまった、簡単に部屋に入れるとは思ってもみなかったからだ、ひとまずノアを探し声をかけようとすると
「ノア、話がした......」
そこには首から血を垂れ流しながら暗い顔で俺を見つめるノアが立っていた、その手には血で赤く染まった剣が力無く握られていた。
ハッとして鍵をかけ扉を慌てて閉める、こんな光景シフィに見せる訳にいかない、やっと再会出来たと思ったら兄がこんな事になっているなんて。
顔を顰め、強烈に鼻を刺激してくる血なまぐさい匂いに耐える、生きているのが奇跡なくらいに血が出過ぎている。
扉越しにシフィの不安そうな声が聞こえて来る。
「どう、し、たの、大丈、夫?」
顔の向きだけを扉に向け、安心させるように声をかける。
「大丈夫......大丈夫だからそこで待つか、ゼネとザルツ達の所にでも行って安心して待っててくれ」
再びノアの方に顔を向けると、おぞましい事に剣の刀身を首にあてていた、何度も押し当てたのだろうか、すっかり首に切れ込みが出来ており、その切れ込みに刀身をピッタリとはめていく。
「肯定してくれると言うのなら放っておいてくれ」
出会った当初のような冷たい声でノアは言う。
怯みそうになったが、平静を保ちながら
「死ぬ事すらもか」
今は必死に説得するしかない、嫌な冷や汗が止まらない。
しかし、ノアは聞く耳を持ってくれないようで
「君が望んた事だ」
決して剣を落とす事はしてくれなかった。
このままだと俺の目の前で首を斬り落としてしまう、説得が無理なら結局こうするしかないのか......自身の引き出しの無さに悲しくなるが
「来い! ノア! 俺達はぶつかり合ってやっと分かり合えるんだ」
反応は無い、うなだれつつ首に触れ、指先から血が滴っていた、俺は今からノアを殴る、正直気が引ける、怪我人にこんな事するなんて荒治療と呼ぶには流石に苦しいものだ。
ノアの方へ助走をつけてぶん殴ろうとすると、ノアは一切避ける事もなく、大人しく左頬を殴らせてきた。
ヒヤッとした感覚を覚えるが、怯まず胸ぐらを掴み
「いい加減にしろ、らしくないんだよ、そのいけすかねぇ顔面にもう一発食らいたくないなら、抵抗しろよ」
拳を握りしめ宙に構えていると、ぶっ飛ばされる、俺がだ。
? 浮いてる? 体に浮遊感を覚え、それを認識したと同時に体が壁に叩きつけられる。
「誰の顔を何だって?」
怒りに揺れる低音と足音が接近してくる。
遅れて頬に痛みを覚える、殴り飛ばされたというのか? 脳の処理が追いつかずゆっくりとノアの方に目線を向けてしまい、そのまま反応も出来ずに再び頬をぶん殴られ、ぶっ飛ばなかった分、壁に思いっきり押し付けられるような衝撃を受ける。
おいおい事前に教えておいてくれよ、ノアがこんなに好戦的だなんて聞いてねぇよ、どうやら俺はとんでもない事をやらかしてしまったようだ。
嘲るような顔をしたノアに明らかに挑発される。
「投降するか?」
こいつ俺が喧嘩売ったからって売り返してきやがった、ならやるべき事は決まっている、互いに売りあったのなら買い合うのが筋だよな。
「はっ、まだまだ俺はやれるぜ」
それを聞き、ノアは不敵な笑みを浮かべ
「それでこそ君だ」
次は何をされるのかと、それに対しての対処法はと頭の中で練っていると、信じられない事に自身の剣を俺の方へと投げてきた。
ダーツの的じゃねぇんだぞ俺は、まるで矢のように、飛ぶ鷹のように鋭く飛ばされた剣は、俺の体を貫く事さえはしなかったが、肩の部分の服を巻き込み壁を貫通して身動きが取れなかった。
間髪入れずにノアは自らの足をトンカチのように使って剣を踏み、完全に固定された、今の俺はまるでアレだな、海外の家の壁に飾ってる動物の首の置物みたいだ。
必死に引き抜こうとしたがビクともしない、しかしノアは何もしてこなかったので挑発を仕返す、ノアに対する贖罪はこうやって調子に乗っている俺をボコボコにさせる事だ。
「はは......これで終わりなのか? お前は憎くないのかよ、酷い事言われて、大切な妹と従者も傷つけられて、今だって俺に殴られたっていうのに」
表情が一変する、余裕そうな無表情から絶望に染まった青が見下ろす。
「俺は君に死んでほしいと言われて目眩がした」
目を軽く閉じ、その後開いた瞳の青は普段通りではあったが怒りに揺れていた。
「だから気が済むまで君を殴る、それでおあいこだ」
そう言って拳を構えてきたので、必死に左腕で防御に徹するしか他無かった。
容赦なく打撃が打ち込まれる中で、ノアは懐かしむように口を開く。
「懐かしいな、昔は魔物にこうやって君と同じように動けないようにして尋問したものだ」
必死に防御しながら喚く。
「拷問の間違いだろうが」
何も出来ない俺がそんなに愉快なのか、ノアは明らかに馬鹿にしたような顔と言い方で
「もう魔物を殺す必要も無いし、君にはこれでも手を抜いているつもりなんだがな」
ブチっとキレる音がした、本気でブッツンするつもりなんてなかったのにムキになってしまった、こいつ調子に乗ってんな、もういい、手加減なんてしねぇわ。
部屋全体をビリつかせる程の発狂をしながら
「舐めてんじゃねぇぞ」
テープを切る時をイメージして、刀身に服を滑らせて無理やり服を引き裂き、半裸になりながら立ち上がって自由になる。
ノアはかなり驚いていたが嬉しそうに笑って、いつも座っている机を唐突に踏みつけ、そのままこちらへ蹴り飛ばしてきた。
こいつマジかよ......自分の仕事道具を躊躇無く踏み潰して武器として使ってくるとか、間一髪のところで避けれたが、耳が痛くなる程の轟音を立てながら机はバラバラに壊れてしまった。
大量の紙が舞い散り、皮肉混じりに困惑する。
「真面目な騎士様とは思えない程の暴挙だな」
ため息をつきながらノアは俺の方を見て言う。
「元々性に合わないんだ書類業務など、君の言ってた通りだ、戦って戦う方が俺にはピッタリだ」
こいつってこんなキャラだっけなと頭が痛くなる、先程の爆音のせいで不安そうなシフィの声と扉を叩く音が聞こえて来る。
「ねぇ、さっ、き、のは、何の、音、な、の、開け、て、よ、二、人、とも」
再びシフィに声をかけようとすると、ノアに先手を打たれる。
「この程度じゃあ、君にシフィを任せる訳にはいかないな」
こいつはいきなり何を言い出しているんだ、挑発のつもりなのか? またしてもまんまと引っかかってしまい戦闘態勢に切り替える。
「何の話だよ、まだしょうもない事でも抜かすつもりか?」
隠す事もせずに怒りをぶつけ、ノアも好戦的に切り替わっていく。
「どう捉えてもらっても構わない、今の俺達は喧嘩中だ」
そして拳のみの殴り合いへと展開していく、互いに顔面ストレートに殴り合う、頭が揺れる、殴られ続けられる。
あーあ、信じらんねぇくらい強い、そりゃそうか十二年だもんな、それくらい長い年月を犠牲にしているんだから仕方ない事だ。
一方的に俺がボコっボコにされているというのに清々しい気分だった、罪を犯しその罰を受けているからだろうか。
「ははっ……いい顔してんなお前、今までよりイキイキしてるぜ」
こんな事でしか分かり合えないのもどうかと思うが、ノアともきっと長い付き合いになるはずだ、照れくさいけれどこの喧嘩が終わったら、友達らしく肩を組んで笑ったり、なんてのは古いだろうか。
もはや喧嘩と言うよりは俺の我慢比べと言うのが相応しかったが、何度も立ち上がっては攻撃を受け、それの繰り返し、ひたすら同じ事の繰り返しだったけれど、一切諦めるという選択肢は無かった。
長期戦になるかと思われたが、乱暴に扉がこじ開けられ決着が着く。
「二人、の、バ、カ!」
泣きそうな顔をしたシフィが治療箱を持って入り込んで来た、鍵をかけていた為、体当たりでもし続けて無理やり扉を開けたのだろう。
ノアと同時に動きが止まり、そして俺は速攻で床に崩れ落ちる、立てねぇ......そうだ俺疲れてたんだ、血が滾り過ぎてそんな事も忘れて殴りあってたんだ。
震える声でシフィはノアに抱きつき
「兄様、の、バカ……ク、オ、は、怪我、して、るんだ、よ、まだ、時、間、も、そん、なに、経って、ない、の、に」
ノアはそれを聞き、かなり動揺していたようで、ショックを受けたような顔をして俺を見る。
「そう……だったのか」
そして深々と長い間、頭を下げられながら謝罪をされる。
「すまないクオ殿、完全な状態じゃないというのに、俺はとんでもない事を、俺の負けだ」
何が負け、だよカッコつけやがって、未だに垂れ流れる鼻血を手の甲で拭き、吐き捨てる。
「馬鹿な事言ってんじゃねぇよノア、誰がどう見たって俺の負けだ、事前に怪我してて不利があった? そんなのお互い様だろうが、だからこの勝負はフェアだ、お前の勝ちだ、誇れよ、偉そうにしろ、俺に勝ったんだからな」
負けを認めずみっともなく吠えるよりかは、こっちの方がマシだろうか、とは言っても喧嘩を売ってボコボコにされるのもダサいな。
出会った当初からは想像もつかないような爽やかな笑顔でノアは笑う。
「......ははっ、君には敵わないな」
それから俺達はシフィに交互に治療を貰っていた。
消毒液を染み込ませたガーゼをポンポンと当てながら、シフィは俺に怒っている様子だった。
「カッコ、つけ、て、ない、で、動か、ないで」
まあそれが痛いのなんの、傷に染みて仕方がなかった。
「いってぇ......もうちょい優しくしてくれよシフィ」
ついつい不満を漏らすと、シフィはジト目になりながら
「うる、さい、約、束、した、の、に」
チクチクと数十分前の口約束をつつかれ、弱気になる。
「いや、守るつもりだったって、でも一刻を争う訳で......」
そんな俺に容赦なくピシャリと言われる。
「言い、訳、なん、て、聞き、たく、ない、いく、ら、ク、オ、が、強く、て、も、兄様、に、勝て、る、訳、ない、でしょ、兄、様、は、最、強、なんだ、から」
シフィは誇らしげに兄の事を褒めていた、その兄もシフィに褒められてどこか嬉しそうだった。
治療も終え、絆創膏だらけになりシフィに礼を言う。
「ありがとうなシフィ、もう大丈夫、じゃあ俺エーリヤの所に行かな......」
立ち上がろうとして視界がグラつき、そのまま床へと倒れた、いや、床じゃなかった、柔らかく熱を持っていた。
焦ったようなシフィの声が付近で聞こえる。
「ちょっ、ちょっ、と、クオ......」
何でだろうか、シフィの声が凄く近くて温かくて、こんな事を思ってはいけないけれど凄く安心する、しばしの間、そんな感覚に包まれながら眠ってしまっていた。




