【29話】寝待ち月
どれだけこの状態のまま時間が経ってしまったのだろうか、何時間、何日、そんな事もどうでもいい、俺に相応しい罰は一体なんだろうか、そんな考えしか浮かべなかった。
「おかえりなさいませ!クオ様」
「ずっとお待ちしておりましたよ、クオ様」
暗く重く沈んでいくような体に二つの声が聞こえる、元気な声と落ち着いている声、知っている、よく知っている声だ、でも俺はこの二人に喜ばれる筋合いなんてない。
だってこの二人にしてしまったやらかしは、今抱える問題と違ってはっきりと記憶があるから、焦っていた? 苛立っていた? だからって関係の無い二人に迷惑をかけて傷つけた、俺の明確な意思で。
何とか体を起こし、二人に向き合って土下座をしながら謝る。
「ゼネ……ザルツ……ごめん……俺は君達にも失礼な態度を取った、心配してくれたというのに無下にしたんだ、それにザルツにはもっと許されない事をした、君は料理人だ、それなのに大事な腕に俺は……あの時すぐに謝れなくて本当にごめんなさい……」
遅すぎる謝罪と後悔、受け入れてくれる訳が無い、何をしたら贖罪になる? 下手したら一生使い物にならなくなるかもしれなかったというのに、本当に俺は……例えるのも悩ましいほどに度し難い。
そんな俺の手を、ザルツとゼネは優しく手に取りながら
「クオ様、どうか謝らないてください私は気にしていませんから、それよりも無事に目が覚めて私は嬉しいです」
ゼネは優しい物言いで、ぎこちなく微笑む。
「そうですよ私だって気にしてません、確かにびっくりはしました、でもあの時のクオ様はすごく焦っていてそれなのに配慮が出来ていなかった私の落ち度です、どうか私の事で気に病まないでください、そちらの方が私は悲しいです」
ザルツはあんな事をしてしまったというのに、優しく励ますような言い方と、元気な笑顔を向けてくれた。
救われていくのを感じる、でもダメだ、俺のせいで皆が苦しんでいるのに俺だけが救われるなんて許されない。
「さ、触っちゃダメだ、俺の手はこんなに汚れて……」
弱々しく言い、二人から手を離そうとすると、より強く二人に手を握られた。
「汚くなんてありませんよ」
ザルツはそう言い、続けて真剣に話し出す。
「クオ様がした事は許されない事です、私達が許す、許さないの尺度なんて測れません、クオ様がどれだけ罪の自責に駆られていても私達には許す権利なんてないのです、でもこうやって傍にいる事はできます、うんと話してください、頼ってください、私達は貴方の味方です」
シーツが雨が降ったかのように薄暗く変色していく、二人の前だというのに声を上げて泣く、本当にいいのだろうか頼っても、俺は許されない事をしたのに。
しばらく泣き、心を決め言葉に出す。
「……ごめん……二人とも助けて欲しい」
怖かった、こんな風に弱音を吐いて人に頼るなんてした事がなかった、二人に何を言われるか、どんな反応が返ってくるか怖かった。
ゼネとザルツは互いに顔を見合せて、そして、嬉しそうな顔が広かっていった。
「ゼネさん聞きましたか、私達やっとクオ様に頼っていただけましたよ」
ザルツは嬉しそうに跳ねていた。
「ええ、ちゃんと聞きましたよ、ピスに自慢できますね」
ゼネはどこか誇らしげだった。
それから俺が泣き止むまで時間が経ってから、ザルツは嬉しそうに話し出す。
「クオ様が皆様と無事に帰ってきた際には、食べきれない程の豪華な料理で、もてなします!」
その次に張り合うようにゼネも話し出す。
「でしたら、私は誰よりも大きな声で貴方様が帰ってきた事を喜びます」
楽しそうな二人を見て和んでいく、落ち着いた所で助けてもらった事について二人に礼を言う。
「本当に迷惑をかけてばかりだ、倒れてた時にここまで運んで治療してくれたのも二人なんだろう、ありがとう、おかげさまでもう元気になったよ」
意外な事に、二人とも困ったような反応になりながら
「確かに私達も治療をいたしましたが……」
ザルツは言葉を濁し、ゼネは迷っていたようだが話してくれた。
「首と足から血を流して倒れているクオ様を見つけて運び、ずっと傍で見守っていたのはシフィ様です」
耳を疑った、一番ありえない人物だったから、あんな事を言って、あんな事をしたというのに助けてもらっていたなんて思ってもみなかった。
それにあんな別れ方をしてしまったんだ、今すぐにでも会ってちゃんと話をしなければならない。
「何度もごめん、俺、行かなきゃいけない場所が」
立ち上がり、二人に背を向けて走って行く。
「行ってらっしゃいませクオ様」
ゼネとザルツは俺の背越しにそう言って、見届けてくれた。
重かった足取りは軽くなり、段々と早くなって行く、追い返されたとしても礼が言いたいんだ、それにもう俺は一人じゃない、今度こそ全員帰ってこれたと胸を張りたい。
頼む、まだ扉の前に居てくれ、そう願ってノアの部屋へと向かっていく。
息を切らしながら呼吸を整え、顔を上げると、シフィは座ったまま俺の事を見ていた。
警戒した様子で俺に声をかける。
「何?」
軽く深呼吸をしてから返答する。
「俺を運んでずっと傍にいてくれたんだろ、だから礼が言いたくて」
シフィは一瞬怪訝な顔を浮かべたが、すぐに普段通りの顔になり
「別、に、助け、て、もらっ、た、お礼、だ、から、他、意、なん、て、ない、よ」
それだけを言って目線を逸らした。
言いたい事は言えた、でも未だに壁を感じる、一体どんな話をしたらまた元通りの関係に戻るんだ。
突然、シフィは立ち上がり
「あぁ、分かっ、た」
と言って、服を少しめくり、露出した腹を見せながら
「続き、で、しょ? 私、の、事、犯し、た、く、なっ、た?」
脱力した立ち方で半笑いになり、虚ろな目をして俺を誘う。
「ち、違っ……は、早く直してくれ」
速攻で目線を逸らし、シフィに辞めさせるように言う。
切り替える為に先に俺が話題を振る。
「図々しい事は分かってる、それでも俺はまたシフィと仲良くしたい、謝って済む問題じゃない事も分かっているが、本当にごめん」
また同じ反応をされたとしても何度だって謝るつもりだ、もう引きたくない、俺は一緒にシフィとまた月が見たい。
そして返ってきた反応は、顔を見ただけで分かるくらいに嫌悪感に塗れていた。
シフィは一歩こちらに歩み寄り、声を荒らげる。
「いい、加、減、に、して、こん、な、人形、の、私なん、か、より、も、貴、方、の、大切、な、人の、所に、でも、行って、しまっ、て、よ」
そう言ってシフィは俺の事を追い返そうとするが
「っ……いた……」
肩を押さえ、体がフラつき前方へと倒れそうになった。
「シフィ!」
咄嗟に名を呼び、両手で支えてあげようとして一緒に倒れてしまう。
「大丈夫か?」
何とか俺が地面側になるように衝撃を抑えることは出来たが、互いに向き合って抱きしめ合っているような形になってしまった。
意識なんてしていないのに鼓動のリズムが狂い出す。
「ご、ご、ごごめん、すぐ離れるから」
慌てて離れようとすると、シフィは顔を俺の体の方へとうずくめ
「全然、平、気、だか、ら……もう、少、し、この、ま、ま、で、い、たい」
予想外な事を言い出す、何故だろうか、シフィは俺に酷い事をされたのに平気なのか? あ、分かった、これはきっと一緒に倒れたから、肩が痛むから動けないだけで、決して他意なんてある訳が。
必死に頭の中で言い訳をしていると、シフィが質問をしだす。
「ねぇ、クオ、エーリ、ヤ、さん、の、事、好、き?」
これまた予想外で
「は、え、い、いい、いきなり何だよ、そんな……す、好きとか」
動揺し過ぎて全く答えにならなかった。
シフィは俺の体から顔を離し、俺と見つめ合いながら
「ふーん、じゃ、あ、私、の、事、好き?」
頬は赤く、目は潤んでいて、感じてはいけない思いを抱いてしまう。
「な、なな、さ、さっきから何が聞きたいんだよ」
意識をしてはいけないのに意識してしまう、何が狙いなんだ、そんな好きとか好かれるとか俺みたいなオークが思うのも思われるのもダメなのに、エーリヤを思う時と同じような胸の苦しさを感じていた。
「別に、少、し、意地、悪、した、だ、け」
そう言ってシフィは、少し舌を出してイタズラっぽく笑った。
和解が出来たところで、動揺を隠すかのように提案をする。
「と、ともかく……また一緒に月を見たりしようぜ」
するとシフィは目を伏せ、悲しそうな反応をする。
「月は、も、う、見れ、な、い、よ、ずっと、隠れ、て、曇り、続け、る、か、ら」
どうして決めつけてしまうのだろうか、確かに曇って真っ暗になる日もあるだろうけれど、月が関係なくとも一緒に居るだけで、話してるだけでも俺は十分楽しいのに。
励ますつもりで笑顔になりながら俺は言う。
「だったら晴れるまで待っていよう、俺達一緒なら退屈なんてしないだろう」
何故かシフィは顔が赤くなり、顔がまたそっぽを向き
「バカ……本当、に、クオ、の、バ、カ、そう、いう、の、は、エー、リヤ、さ、ん、だけに、言い、な、よ」
何度目かのバカをいただいてしまった、まぁそんな事よりもやたらエーリヤの名前を出している方が気になるな。
「何でそんなにエーリヤの事ばかり話すんだ」
シフィはそっぽを向いたまま
「知ら、ない」
それだけを言うと立ち上がり、扉と向き合っていた。
「私は、兄様、と、一緒に、い、る、大丈、夫、兄妹、だも、の、いつ、か、扉が、開い、て、笑っ、て、出て、来て、くれ、る」
その背中はどこか寂しげだった、俺も立ち上がり声をかける。
「俺に任せてほしい、ノアにも許されない事を言ったから」
シフィが振り返ると、不安そうな顔で俺を見つめていた。
軽く自身の胸を叩き、気丈に振る舞う。
「当然エーリヤの所にも後で行くさ、でもシフィの悲しむ顔見たくねぇし、罪の責任を取っているだけだ」
しばらく考え込んでいたが、笑みを浮かべ
「分かっ、た、絶対、危、ない、事、しな、い、でね」
そして俺に抱きついてきた。
信じたくない話だが鼓動がおかしい、今まではシフィにこうされても平気だったはずなのに今は爆速で脈が流れている、まさか意識してしまっているというのか? 一つの体で二人を? どうしよう、本当に俺という奴は……。
必死に深呼吸をして、悟られないように落ち着いてから
「ま、任せてくれ、ち、ちゃんと話し合ってすぐに終わらせる」
ダメだ……全然落ち着けない、動揺しているのバレてるよなぁ……。
シフィとのやり取りはともかくとして、俺はシフィの代わりに扉の前に立ち、見守られながら覚悟を決めた。




