【28話】ばらばら
謝りに行く、はずだったのに起きて早々に俺がした事は、トイレに駆け込み、ひたすらに吐瀉物をぶちまけた事だ。
「うっ……オォエッ……ゴッヴォ……」
透明な水が濁っていく、この穢れきった体と同じように……信じられなかった、本当に俺がしたのか? 俺があんな最低な行為の数々をしてしまったのか? 涙を零しながら、脳内にこびりついている、身に覚えがないのに、記憶されている行為達に苦しめられる。
必死に吐き気を抑えようと喉をグッとこらえるが、耐えきれず、結局数十分間もの間吐き続けた。
吐き続けたせいで体力が無駄に消耗し、朦朧とする意識の中でしっかりと便座を掴み、何とか気絶しないようにだけはしていた。
そんな中で背後から気配がしたので振り返ると、シフィがいた、水が入ったコップを持って俺の様子を伺っていた。
「飲ま、ず、に、口を、ゆす、ぐ、のに、使って」
そう言ってコップを渡してくれた。
言われた通りにし、普段通りを取り繕って礼を言う。
「シフィ……ありがとう」
シフィは一定の距離を保っていた、その瞳は暗く沈んでいた。
「……今更、その、名、前で、呼ん、で、く、れるん、だ、ね、ク、オ、さん」
『ピシッ』
亀裂が入っていく、少ないながらに一緒に過ごした時間はそれなりにあったはずなのに、どうして……。
「ハハ……さん付けだなんて、だって……ずっと呼び捨てで……お、俺の事呼んでくれて……」
シフィは何も答えずに俺を見るだけだった、とてもじゃないが歩み寄る事など出来なかった。
何被害者ヅラしてるんだ俺は、当然の結果だろう、だって俺がこうしたんだから。
シフィは背を向け、俺に一言だけ言って、去って行こうとする。
「じゃ、あ、ね、ク、オ、さん、もう、関わってこ、な、くて、いい、から」
涙が出てくる、声を上げ泣きそうになる、痛い、どうして俺が痛がっているんだ、結局また吐き気がぶり返してしまい、再び数分間吐き続けてしまった。
頭を押さえながらフラつく足取りで行く宛てと、謝罪理由を考えながら彷徨う、誰から謝ればいい、どんな理由で、俺は一体どうしたら、暗く沈んでいく。
頭が空になり何も考えられずに歩いていると、ノアの部屋の前の扉で座り込み、うなだれている様子のシフィが視界に入った。
声をかける気にもなれなかった、俺が行って何になる? 余計に追い詰めるだけだ、激しい後悔と謝罪を心で吐いてから、俺はまたしても背を向けてしまった。
自身は今、ちゃんと歩けているのか、息が吸えているのか、そんな無意識でも出来る事が出来ていないような感覚になる、そうでなければこんなに息苦しくて、体もフラつきなんてしないのだから。
そんな中で頭にエーリヤが、ふと浮かんだ。
そうだ、エーリヤの所に行かなきゃ、彼女にも許されない事をした、せっかく帰って来れたのに、やっとちゃんと話せると、また平穏な日々が戻ると思っていたのに。
あの時エーリヤがいた部屋まで走ると、扉の前にピスがしゃがみこんで居ることに気づく、浮かない顔だった、その顔はありとあらゆる全てに絶望していた顔だった。
まるで誰にもこの部屋には近寄らせない、そんな雰囲気だったが、目が合った、俺に気づいたピスは即、立ち上がり、首を傾けながら俺に近寄る。
「あはは! 誰かと思えば、貴方様でしたか」
口元に辛うじて笑顔こそは浮かべているものの、目は死んでいて、隠しきれない敵意が滲み出ていた。
ゆっくりとピスは俺に近づき、無理やり作った上辺だけの声色で
「ねぇ、どうして戻ってきたの? 今度こそエーリヤちゃん様を犯しに来たの?」
「違う! 断じて俺はそんな酷い事を……」
即座に否定する、それだけは決してしたくないから。
俺の意を聞くと、ピスは全ての取り繕いを辞め、真顔になりながら、壁へと俺を追いやった。
「あたしね、魔物の事ずっっっっと昔から嫌いだったの、でもクオちゃん様だけは違うって信じてたのに」
そう言って、俺の胸ぐらを掴みながら壁に叩きつけられる。
「嘘つき」
たった一言だった、俺に対して様々な言いたい事があるだろうに押し殺したその一言だけでも、十分にピスの怒りが伝わる。
何とか必死にピスの顔を見続けた、逸らす事なんて許されない、いつもヘラヘラと笑っておちゃらけているピスからは想像もつかない程に感情的になっていた。
「理由以外はいらない」
冷たい声が胸に刺さる、ピスはじっと俺を見つめながらそう言った。
口は開かなかった、理由なんてない、分からないんだ、どうしてあんな事をしてしまったのか、嘘なんてつきたくない、でも正直に話して何になる? それは理由にならないからだ。
何も答えない俺に、ピスは舌打ちをし、怒りをぶつける。
「……てたのに、返してよあの子を、あんたのせいで……嘘つき、裏切り者……どうしてなのよ」
悲痛な訴えがナイフのように心臓を貫く、そうだ、約束を破ってしまった、信じて託してくれたのに、みんなバラバラになってしまった……俺がこうした。
このままピスに睨まれるのが続くかと思っていた。
まるで沈黙を破るかのように扉が開く音がする、隙間から元の綺麗な茶色の目ではなく、ドス黒く濁った瞳が大きく見開いていて、俺達を捉える。
「あ! クオ様だ、どうして入ってきていただけないのでしょうか? 私はこんなに貴方様を思い続けて焦がれてしまいました」
そう言ってエーリヤは歪んだ笑顔を見せつける。
ピスと共にエーリヤの方を向いたまま顔も体も動かせなかった、俺達は互いに同じ気持ちだったんだ、受け入れたくなかったんだよ現実を。
扉は完全に開かれ、変わり果てたエーリヤが姿を現した、服は俺が引き裂いたままの状態で、露出していても気にも止めていない様子で、頬はあの時のように腫れたまま……いやむしろもっと悪化して腫れが大きくなっていて、髪はポニーテールで結ばれていた。
「流石クオ様です、もう他の女性も手中に収まるなんて」
うっとりとした言い方でそう言って、エーリヤは俺達の元へ近寄って来る。
「あぁ、早くご命令ください、私一人ですか? それとも他の方と一緒にご奉仕をいたせばいいのでしょうか?」
ピスは口元を押さえながら首を横に振り、耐えきれず涙を流し、俺は脳の処理が追いつくまで固まっていた、違うな、永遠にそんな事は出来ないだろうと思う程に固まる。
嘘だと言ってくれよ、こんな顔もしないし、こんな事も言わないんだ彼女は……エーリヤはもっと眩しい笑顔で、ちょっとやんちゃな所もあるけど、言動だってお淑やかで……こんな事絶対しないのに。
「エーリヤ何言っているんだ……そんな事俺は望んでないんだよ、それにピスは君の友達だろ」
何とか言葉を紡ぐが、その努力すらも意味が無くなる。
エーリヤは自身の両手を組み、こんな状況だというのに凄く楽しそうに、そして恐ろしい事を言い出す。
「私はクオ様だけの物です! この体も心も全て貴方様だけの所有物でしかありません」
どうして、そんなに楽しそうなんだ、俺は君に……それなのにどうして、笑って嬉しそうで、本当に俺は許されない行為をしてしまった。
何もしてこない俺を見たエーリヤは、少し考えてから
「まだ待たないといけないのですね、ご安心ください、クオ様が来て下さるまで私は永遠に待ち続けます、その時こそは、この体余すこと無く使ってくださいね」
そう言って、弾む足取りで部屋へと戻って行った。
何も話せなかった、気力が削がれてしまった、ピスは抑えてはいたものの、声を小さく上げ泣いていた。
両手で顔を押さえながら、震える声で
「お願いだから……もうあたし達に関わらないで」
切実な願いだった、弁明も何も出来ない。
「……ごめん」
その一言だけ言って俺は去って行った、それしか選択なんてなかった。
自分の部屋へと帰る足取りが重かった、皆無事に帰って来れた、同じ城の中にいるのに、バラバラにしてしまった。
絶対にありえないと信じたいのに、周りにも、そして俺自身も覚えている、その時に何を思ったのか、一体どんな理由であんな事をしてしまったのかなんて何も覚えていない、分からない、本当になんて事をしてくれたんだ。
部屋に着き、倒れるようにベッドと一体化していく、あれ、力入んねぇや、寝てる暇なんてない、早く謝りに行かないといけないのに。
『何を理由に?』
理由なんて分かんねぇよ……誰が好き好んであんな事するんだよ。
『謝って済む問題?』
そんなの……分かって……。
『全部お前が悪いのに』
……。
『全部』
俺のせいだ。
涙を枯らそうとする、二度と湧いてこないように、違う、みっともなく泣きたい訳じゃない、俺のすべき事は……分からない……誰か……助けて……。
目の前が真っ暗になっていく、このまま目が覚めなければいいな……なんて、甘い逃げを、孤独を取ってしまいたかった、虚しい程に俺は弱すぎたんだ。




