【21話】自由への終幕
最初は戸惑って硬直していた、ただすぐに怒りが湧いてきて絶叫する。
「いるんだろクソ女、どうせ見ているんだろうさっさと出て来い」
森全体に響き渡るように、喉が枯れそうな声量で声を荒らげる。
一分も経たないうちに張り合うように不愉快な笑い声が響き渡った。
「あははは! 可笑しい可笑しくって仕方ない」
いつの間にか少女の隣に現れた声の主は、そのまま少女の頭を撫でていた。
剣を向け、掠れた声で怒りをむき出しにする。
「離れろ」
にっこりとしていた口は裂け、口内を唾液……いや白い糸が複雑に交差しているのが見える。
口元を隠すこともなくニタニタと笑われる。
「そんなほつれだらけのボロボロの体で何をするの? ただでさえ弱っちいのに」
こんな安い挑発にも乗りたくなかったが、積もりに積もった怒りが爆発し斬りかかる。
何度も鈍い金属音が響き渡る、一向に魔女の体には傷がつかず俺だけが体力を消耗していく。
クソが、分が悪すぎる、ただでさえこっちは既に消耗しきってるというのに、息を整え何度も斬りかかる。
魔女はあくびでもしているかのような手の仕草をしながら
「悪いのだけれど貴方と遊ぶのはまだ先、代わりに彼と遊んでおいで」
ゾッとしたがすぐに平常を取り繕う、だってノアはあの子の糸で縛られた状態のままだ、仮にあの時俺と同じように糸が切れてしまっていたのなら、今頃俺は殺されてもおかしくないからだ。
そんな強がりを試されるかのように魔女は二回手を叩いた後、金属と何かが落ちるような音がした。
猶予は数秒だけだ覚悟を決めるしかない、振り返る瞬間に剣で防御の姿勢をとる、結果は正解だ。
弾き飛ばされそうになるのを、足腰でしっかりと耐える。
ああほんと、その冷めた目つきも滲み出ている殺意も、全部が全部懐かしい懐かしすぎて鳥肌が止まんねぇよ。
体勢を整える暇も与えてくれないほどの猛攻を受ける、一方的に斬りつけられ頬や腕が傷ついていく。
勝てる気なんて一切なかった、分かっていたさノアに勝てる訳無いって事くらい、それでもやるしかないんだ。
今は必死に耐えろ、一瞬、ほんの一瞬だけでいい、その隙で剣を弾き飛ばすくらいをしてやろうじゃないか。
そんな必死な俺達を傍から見てる分にはつまらないのだろうか
「黒騎士」
その言い方は、まるで遊びに飽きてしまった子どものような何かを感じた。
ノアが俺に急接近したかと思うと、腹を思いっきり蹴り上げてきた。
必死に耐えようとしたが腹を抑え膝をついてしまった、早く立ち上がらないと、そう思っているのに意識が遠くなりそうだった。
そのまま後ろに回られ、次は背中を蹴られ強制的に地面に突っ伏させられた。
「がぁっ」
吐き気を覚える間もなく痛みに押しつぶされる。
ノアはそのまま俺の上に乗り剣を持つ右腕をがっちりと全身を使って固定する。
それは警告だった、いつでもお前の腕をへし折れるという警告だ。
満足そうに魔女のクスクスと笑う声が聞こえ、少女へと手が伸びていく、俺を見せないように少女を抱き寄せ優しく何度も頭を撫でる。
事情と話している内容さえ知らなければ、それこそ本物の母娘のようで微笑ましかったのだろうな
「可哀想に、目が見えないというのにリボンを取られてしまって、その目には何も映らないのに光が当たっている感覚だけがあるのなんて」
まるで見せつけるかのように、魔女は俺を見てニヤついていた。
ノアに押さえつけられた状態で無様にも暴れる。
「黙れ、お前が無理やり縫いつけたせいでそうなっているだけだろうが」
威勢だけはよくてそれ以外はまるっきりダメ。
なぁ、どうしてチートとかで楽勝俺つえーじゃ駄目なんだ、何の為の異世界転生なんだ、せめてオークにされたとしても何かしら優れた物があって欲しかった。
あいつを……神を呪いたかったのに、何も出来なかった弱い自分自身を呪った。
魔女は俺に背を向け、少女の目元を撫で
「もう大丈夫よ貴方が二度と光なんて感じられないように、またリボンを結んであげましょう」
その次に優しく頭を撫で
「また上から縫いつけて二度と解けないようにね」
その手には、飛んで行ったはずの赤いリボンが握られていた。
このままだとまた振り出しに戻る、ふりだし? 違うもっと最悪な、元通りなんかじゃない、今までより悲惨で救いようのない結末になってしまう。
「やめろぉぉぉぉぉ」
必死に意味もなく叫ぶ、せっかくここまで来たのに……段々と意識と気が遠くなっていく。
慣れた手つきで少女は再び同じ姿にされ、そして魔女の手には白い糸と針。
またこの子は痛い思いをするのか? またこの子は永遠に孤独を味わうのか? 約束したのに、誓ったのに、俺は結局……絶望しかけたその時
「――やめて」
魔女の手は弾かれ、針と糸がどこかへ飛んで行く。「マリー? どうしちゃったのかしら」
流石の魔女も困惑を隠せなかったようだ。
少女はリボンを自らの手で解き
「マ、リー? 誰、の、事を、言って、いる、の」
そう言って次は、自身の目を縫いつけている糸を掴む。
「ダ、ダメよマリー、貴方は目が見えないのだから、そんな事したって痛いだけよ意味が無いのよ」
魔女を無視して糸を上へと引っ張り続けている、糸が引きちぎれようとしていて、痛々しい音をたて、少女は声を上げる。
「うっ、あっ、ああ、あああ」
ただそれを俺はしっかりと見ていた、目を逸らす事なんてしなかった、だって責任を取ると約束したから。
流石にまずかったか、魔女は少女の腕を掴む。
「やめなさい、マリーは良い子なんだから言う事が聞けるでしょう? せっかく導かれているというのにどうしてそれを捨ててしまうの」
そう言って腕を下ろさせ、少女は止まった。
魔女がほっとしたのも束の間で、少女は思いっきり魔女を突き飛ばし見下ろしていた。
「私、の……私、達、の親は、とっ、く、の、昔に、死ん、で、るの、私、の、家、族、は、世界、で、たっ、た、一人、だけ、貴方、なん、か、知ら、な、い」
なんて立派な反抗期なのだろうか、これは操られている訳でもない、あの子自身の立派な意思表示だ。
糸がもう少しでちぎれようとして水溜まりのような血が浮かび上がる、痛みに震えていたが、決して少女は手を止める事はなかった。
そしてその時は訪れる、一際大きな音が鳴った後、少女はうなだれ、長い髪を垂らし、ぐったりとしていた。
大丈夫だ信じている、君なら大丈夫だ、ゆらりと顔を上げ、苦しそうに目を開けようとしていた。
無理もない、十二年も目を無理やり閉じさせられていたから目が慣れてないんだ。
シワができるほど目を震わせ、何とかこじ開けた青い瞳は力強く魔女を捉えていた。
「……私は、シフィ、人形、なん、か、じゃ、ない、ちゃん、と、生き、て、いる、人間」
ああ、やっぱりちゃんと兄妹だ、同じ青い目なんだ。
目頭が熱くなるのを感じる。
「シフィ」
連られてその名前を呼ぶ、少女は……シフィはこちらに振り返る。
「やっ、と、名前、呼ん、で、くれ、た、ね、クオ」
嬉しそうにぎこちなく笑う。
しかしシフィは力が急に抜けたのか崩れるように倒れた。
何かされたのか? と思い、魔女を睨む。
「おい何しやがった」
今まで黙っていた魔女だったが
「ふふ、ふふふふふふ、無理もないでしょう? ずっと体の中に通してた糸を動かして動いていたのだからそれが無くなってしまったのなら一人で歩ける訳ないでしょう」
シフィが自身の操り人形じゃなくなったとしても態度が変わる事無く、普段通りに答える、無機質で感情のない正真正銘、人形とはこういうやつの事を言うんだろうなと理解した。
十分休む時間は取れたはずだ、力を溜めノアを振り落とし立ち上がる。
片手を重心として上手く使い、ノアもすぐに立ち上がり互いに様子を伺い合う、どちらかが動いた瞬間にまた斬り合いが発生するだろう。
横目でシフィを見ると、目を閉じぐったりとしていた。
あの子はここまで頑張ってくれた、なら自分が何をすべきかなんて明白だ、剣を握る力が強くなる、次は俺が頑張る番だ。




