【20話】君は悪い子出来ない子
風はないのに木々はざわめいていた、まるで俺達を嘲るようだった。
周りを確認してから速度を落とし、近くの木に少女座らせ互いに休憩をとった。
かなり奥の方へと来てしまった、太陽の光が差し込む事は無い仄暗さが不安を煽る。
気でも紛らわせようと思って、少女に声をかける。
「はは、何も考えずに奥の方まで来ちまった、まあ安心してくれよ、また君を担いでちゃんと戻るからさ」
それに対しての返答はすぐには返ってこなかった。
最初は無視でもされているのか聞こえていないのかと思っていたが弱々しく
「無、理だ、よお母、様から、は逃げ、られ、ない、よ、私を、この、まま囮、に、でも、なん、で、も、好きな、よう、に、使えば、いいよ」
明らかに暗くなっている、無理もない、首を絞められ殺されかけたのだから。
慰めの言葉をかけようとすると少女の姿がない、腕を見ると糸は巻きついたままだった、それなら糸が繋がっている範囲ならいるはずだと、周りを探すと背後から暗い声がする。
「あの、まま、死、ねた、らよかっ、た、のに、ね」
振り返ると、貼り付けられたような笑顔を口に浮べる少女がいた。
否定する間も与えてくれなかった。
「私は、人形、粘、土、で、作ら、れた、コークも、絵の、具を、水、に、混ぜ、た、だけ、のさえつゅ、が、大好き」
「人、間、は、そん、な、物、食べ、ない、でしょう? それ、でも、まだ、私の、事、を、人、間、だと、言う、の?」
返答を待たれる、俺が人形だと肯定するのを待っているようだった、安らかに諦めれるように。
俺の考えは変わらない、少女を見ながら
「何度だって言うさ、君は今でもずっと人間だ」
体温があった、感情があった、これはれっきとした人間の証だ、あの魔女にはそれがない。
乾いた笑いをしながら少女は座り込む。
「あは、は、馬鹿みた、い、こんな、私、を、人、間、だ、なん、て、もう、人形、と、変わ、ら、ない、よ」
気のせいかもしれないけれど、表情が和らいだようにも見えた。
風が強く吹きざわめいていた、空を眺めていると、唐突に少女に体当たりをされ突き飛ばされる。
「なんだよ急に」
目に映るのは、肩から血を流す少女だった。
慌てて駆け寄り傷を見る、幸いにも傷は浅く、すぐに治療をすれば大丈夫なはずだ。
少女を優しく支えながら
「なんで庇ったりしたんだ」
ポケットからハンカチを取り出し、傷口を強く抑える。
少女は心配でもさせないように笑顔で
「大、袈裟、だ、な、クオ、は、肩を、掠め、た、だけ、だよ」
強がりを見せられる。
包帯と薬を取り出し丁寧に少女の傷を処置していく。
向き的に少女は全てが見えているのだろう、青ざめた顔で俺に訴え出す。
「やめ、て、何、を、して、いるの、私、なん、て、放って、おい、て、早く、逃げ、てよ」
少女の治療を行っている為、正確に何が起こっているかは分からないが、足音が近づいてきている事だけは分かっていた。
「やめ、て、黒、騎士、ク、オ、を、傷つ、け、ない、で」
声を荒らげ叫んでいた。
この子がこんなに声を荒らげるなんて、と思いつつも治療に専念する。
冷たい刃先が首を突き刺し、段々と肉を裂いて内側へと、喉へと突き進んで行く。
「うっ……あっ、は……」
痛みで我慢出来ずに声が漏れ出る、このままだと殺される。
別に自分が犠牲になってそれで皆が戻ってくるのなら受け入れよう、ピスには申し訳ないがその考えは変わらなかった。
少女に手を握られる、震えていた。
「もう、やめ、てよ、二人、とも……兄、様……」
悲痛な声がノアに届いたのか剣が上に抜かれていく、そのまま地面にうつ伏せの姿勢でぐったりと倒れた。
首から血が止まらない、口内全てが鉄の味でいっぱいだ、致命傷とまではいかなくともかなり危険な状態だった。
ノアは少女を見下ろし
「僕に妹なんていない」
あまりにも迷いもなくあっさりと言ってしまった。
「君はさっきからどういうつもりなんだ? 魔物の味方をしたり僕の妹だと名乗ったり」
とても身内に対して向ける目じゃなかった、冷めきった目つきで少女を睨みつけていた。
口から血を垂れ流しながら立ち上がり、少女を守るようにノアの前に立ち塞がる。
「やめ……ろ、この子が誰か分からないのか? お前が、ノアが一番そんな対応しちゃダメだろうが」
ゴミでも見るような目を向けられ剣先が心臓の辺りを捉える、戦うしかないのか、と覚悟を決め剣を抜こうとした瞬間。
「もういいよ」
無機質な声が聞こえ、ノアはあっという間に体を拘束され動かなくなった。
あのノアが、と驚き少女の方に目線を向けると、背筋が凍りついていく。
笑っていたこの状況で、またも魔女を彷彿とさせるようなあの歪な笑顔を浮かべて、そして気づいてしまった、繋がれていた赤い糸が切れてしまっている事に。
庇ってくれた時に一緒に切れてしまったのだろうか、状況はずっと最悪だ、それも最悪をずっと更新している。
首を抑え、ひとまず普段通りを意識して接する。
「助かったよ、ありが――」
言い切るより前に少女は手を上に掲げていた。
間に合わない、そもそも防御も出来ない、そんな体力なんてもう俺には無かった、血が流れすぎた。
主に首を重点的にキツく縛られ息が出来なくなっていく、苦しかったが奇跡的に傷口をキツく縛られているため、止血となって血が流れるのは止まったみたいだった。
少女はずっと笑顔でこちらに近寄って来る。
首元を細い指でなぞられ、慣れない刺激を必死に耐える、息苦しくて仕方ないのに自分が嫌になってくる。
少女はそんな俺にご満悦のようだ、俺の血で汚れてしまった薬指を、口元に持っていきリップを塗るかのように唇を赤く染めていく。
視界が不安定になっていく中、少女の声が頭に響く。
「ねぇ、クオ、一緒に、逝こ?」
その言葉の意味なんて理解したくなかった。
「行くって何処に」
必死に分からないフリをした。
「こんな世界、より、も、ずっ、と、楽し、くて、私達、の、邪、魔、を、され、な、い、幸せ、な、世界」
そう言って少女はいつかの時のように、自らの首を締め出した。
手を必死に伸ばそうとして止めさせようとする。
「やめろ、殺すなら俺だけを」
息ができない、視界が暗くなっていく、話すのも動くのもままならなくなっていく、なのに少女は笑顔で嬉しそうだ。
血のリップが唾液と混ざって俺と同じように口から血を流してるみたいになって、そして俺に尋ねた。
「ねぇ、クオ、最期に、聞か、せて、どう、して、名前、を、ずっと、呼ん、で、くれ、なかっ、たの?」
首を締める糸が少し緩んだ。
なんとか息を整え、意識が飛ばないように気を張って答える。
「君が教えてくれた名前は本当の名前じゃないんだろう? 名乗るタイミングも、俺がずっとその名前を呼ばなくても別に何も言って来なかった、それに色々話を聞いて確信した、君が名乗った名前はあの魔女が付けた偽りの名前だと」
それに対しての返答は一言だけだった。
「嘘だよ」
嘘、どこまでがだろうか、名前が? それとも他に何が? と考えている内に
「全部嘘、名前も、クオ、に話し、た、事も、私の、存在、も、全部、ぜーんぶ嘘だよ」
笑顔が消えていて真顔で無機質だった。
全部が嘘だというのなら、離れ離れの兄妹も、十二年も操り人形にされている少女もいないという事だろうか、それって、それならどれ程良かったんだろうな。
糸の緩みを感じていく少女が動揺しているようだった。
「どう、して、泣い、て、いる、の、お願い、だか、ら、泣か、ない、で」
いつの間にか涙が出ていたみたいだ。
「全部嘘で君がお兄さんと離れ離れになることもなく、操り人形にされる事もなかったらって、考えたらどれ程良かったかと考えただけだ」
兄妹で支え合って生きていただけなのに、何もしていないというのに、こんな仕打ちあんまりじゃないか。
糸がちぎれ拘束が解けていく、必死に息を取り込んでいると、少女は何度も手を空に向け
「どう、して、お願い、だか、ら、出て、よ、なん、で、出て、くれ、ないの、出来な、きゃ、いら、ない、いらない子、は、捨てら、れ、る、悪い、子、は、いらな、い、いら、ない、の、もう、一人は、いや、だよ」
カタコト口調だろうが、目が隠れていようが、感情を剥き出しにしている事はよく分かる。
見ていて聞いていて苦しくなってくる、この子はずっと一人で苦しい思いを今でもまだ……ゆっくりと少女に近づき、抱き寄せ頭を撫でる。
「やめ、て、優し、く、しな、いで、貴方、を、何度、傷つけ、たと、思っ、て、いるの、やめ、てよ……クオ、お願い、だから」
何も言わず頭を撫で続ける、もっと別の良い慰め方があったかもしれない、でも俺にはこれしか思いつかなかった。
声を押し殺して泣いている声が聞こえる、強く抱き返され、我慢が出来ずに声を上げ少女は泣いていた。
しばらくこの状態が続き、落ち着いたのだろうか
「私ね、ずっと、自由に、なり、たかった、の」
ほつれが解けていくように少女は胸の内を明かす、手を握られ祈るように
「お願い、この、リボンを、貴方が、取って、欲しい、の」
そう懇願される。
二つ返事で頭を頷くことすら出来なかった。
今は無いが、普段は俺だって仮面で顔を隠している、お互いに顔を隠している同士、そんな顔を暴くみたいな行為に抵抗があった。
俺が迷っていると、手をより強く握られより懇願される。
「クオ、お願い、貴方、が、いい、の」
しばらくの間があった後、少女の目元のリボンに触れる、柔らかく軽いはずなのに重さを感じた。
「責任は取る、俺は君を一人になんかしない」
覚悟を決め後頭部の結びを解いていきリボンを取る、これからはその目に沢山の光景が収まることを祈りながら。
リボンが空に舞っていく、そこには少女の覚悟を否定するかのように、目が開かぬように大きなバツマークが刻まれていた。
赤黒く変色していて随分と時間が経っているように思える、よく見ると瞼の上から縫いつけられている事を嫌でも理解してしまった。




