【19話】悪辣な人形劇
余った糸を腕に巻きつけていると、少女が森の奥の方をじっと見つめていた。
「私、達、お母、様、に、怒られ、ちゃ、う、ね」その声色には諦めと恐怖が滲み出ていた。
励ますように
「大丈夫だって俺に任せろ」
根拠も理由もなかったがそう話す。
すると少女はこちらに近寄り
「クオ、に、は、私の、全、部を受け、入、れ、られ、る?」
そんな事を突然言い出した。
驚きつつも二つ返事でそれを受け入れるしばらくの間があった後、少女は語り手のように自身の事を話し出す。
「これは十二年前から今も続く、哀れな人形のお話」
もう吐き気を覚える、ノアが言っていた数十年、あの魔女が言っていた十二年、そしてこの子が語る十二年、もしこれが俺の考え通りなら、この一連の出来事はかなり最悪な話だ。
ただでさえ元から悪い顔色が更に悪くなっていく、そんな俺を横目に少女は語り続ける。
「あるところに一人の少女と一人の青年がいました、二人は幼い時に両親を亡くしており互いに支え生きていました、そんなある日少女は青年に言われ森へ薬草を取りに行きました、すると森の奥から大きな帽子を被った女の人が現れその人は言います。
『あらあら可愛い子、こんな森の中にどうしたの?』
少女は元気に答えました。
『兄様に言われて薬草を取りに来ました! ある程度取れましたし、だいぶ森の奥まで来てしまったのでそろそろ帰ります、もし必要でしたら少しならどうぞ!』
女の人はそれに対し
『薬草なんて私には必要ないわ、私が欲しいのは』
そう言って少女の腕を掴み
『導きが必要な肉塊』
その顔はとても歪んでいました。」
少女はとても苦しそうだった。
少女は苦しみながらも語り続ける。
「どこからともなく糸が伸びてきて少女の小さな体をあっという間に拘束してしまいました、そし、て……あいつが囁きました。
『可哀想な可愛い子たった一人の兄にすら見捨てられるなんて、大丈夫よ貴方は一人じゃないわ、私が貴方のお母さんになってあげるから』
必死に抵抗すると同時に否定をします。
『兄様はそんな事しない、私がすぐに帰らなかったのが悪いの兄様を悪く言わないで! 離、して、帰し、て、兄様、助け……』
少女の抵抗も虚しく……少、女は……私、は、今、も……」
それ以上何も言うことは無く、少女は黙ってしまった。
言葉をかけられなかった事を後悔した、思っていたよりもずっと最悪で苦しい話だった。
当然魔女への憎悪は膨らんではいったが、あまりにも酷い話だ。
「アハハ」
少女の笑い声が聞こえてくる、その笑い声には狂気が詰まっていた、十二年という長い月日は幼い少女の心を壊すには十分すぎたようだ。
フラフラとした足取りで少女は近寄り俺にもたれかかる、笑っているのか泣いているのか体を震わせていた。
「以上、哀れな人形のお話でした」
幕引きを告げられる、拍手やアンコールをする気なんてならず、そっと少女の頭を撫でてあげた。
しばらくは撫でられていた少女だったが、俺から離れ文句を言う。
「子、ども、扱、い、しな、いで」
年相応な事を言われる、微笑ましくなりながら
「だって君の年齢は高くても十八とかだろう? まだまだ子どもじゃないか」
少女は口を尖らせ
「私、は、九、歳の、時、から、ずっと、人形、だか、ら、年、齢、は、二十一、歳、だよ」
耳を疑った、じゃあ俺は成人している女に触れたりあまつさえ抱きついてしまったという事なのか。
そもそも悪意は無くとも子どもだと理解していたのに、宥める為や微笑ましいからといって触れていたのも本当に気持ちが悪い。
頭を抱え自分自身を強く非難していると、少女は無邪気に笑っていた、俺の視線に気がつくと
「ごめ、ん、ね、クオ」
少女は申し訳なさそうに笑っていた。
つられて少し笑う、やっと笑ってくれたような気がする、意図していなかったとしても笑ってくれる方が嬉しい。
わざとらしく咳払いをし
「ひとまずこのまま君を森の外へと連れて行く、あとは俺に任せてくれ、必ず皆を連れて帰ってくる、待っている間は何かしたい事でも考えててくれ」
一人は正直心細かったが、これ以上この子に無理はさせたくなかった。
腕に巻つけた糸を見る、まるで元から赤色だったと主張するような鮮やかな血の赤が目立っていた。
そうか森の外で待機してもらうならこれを外さないとだもんな、そっと触れてみると柔らかくしなやかだった。
赤い糸は運命の……変な事を意識するのはやめておこう。
そういえばさっきから少女の返答がない事にやっと気がつく、少女の方を見ると目線の先に足が見える。
おかしくないか? いつ背が伸びた? それとも元からこんなに背が高かったのか? 違うどれも違う、上に無理やり吊るされている、首吊り状態だ。
理解が追いつかなかった。
「早、く助けないと」
震える手で木によじ登ろうとすると首に冷たい感覚を覚える、クソこんな時に、背後にあいつがいる。
耳障りな笑い声が容赦なく耳に入る。
「久しぶりの再会だというのにそんなに怒らないで」
相変わらず不愉快な奴だ、言動の一つ一つが苛立たせる。
首に巻きつきかけていた、まるでロープと変わらない太い糸を素早く切り、そのままの勢いで剣を魔女に向け振り返る。
怒りのままに啖呵を切る。
「早くあの子を下ろせ、自分が何をしているのか分からないのか? 仮にも自分の子だと言い張るなら何故殺そうとするんだ」
手が震える、このまま斬りかかったってよかったくらいだ、それくらいには感情に動かされていた。
不揃いのボタンのメガネを調整し、魔女は目を丸くさせながらこう言った。
「ころす?」
その一言で十分だ、会話をした事を後悔し、急いで木に登り、位置を調整して少女の首に絡みついているロープのような糸を慎重に切る。
少女が浮遊感を覚えたのと同時に、木から手を離し自身が下敷きとなるように共に落ちて行った。
全身に強い衝撃を覚え吐き気と意識が遠くなりそうになるのを何とか耐え、少女が無事かを確認する。
怪我はなかったが、非常に不味いことに反動でよりにもよって魔女の方に近寄ってしまった。
急いで立ち上がり魔女へと斬りかかる。
「その子に手を出すな」
しかし不快な金属音が鳴り響いた後、後方へと弾かれる。
何事かと思うと、魔女の手には巨大なハサミが握られていた。
持ち手が歪んでいて緑と白が交互に混ざり刃の部分には赤黒い何かが錆び付いていた。
なんだよあの馬鹿でかいハサミは、もはや武器ともいえるそれは俺に向けられる事はなく、地面にぐったりとしている少女の首元を捉えていた。
それを認識すると同時に声を荒らげる。
「手を出すなって言ってるだろ、俺だけを狙ってろよ」
魔女はそんな俺を見て嘲るように笑い
「私分かったの、糸を体の中に通すだけじゃ完全には導けないって事に、そこで思いついたの子うさぎちゃんのようにバラバラにして縫い合わせたらいいんじゃないのかって」
憎悪と悪寒で挟まれる、本当に言葉の一つ一つが気味が悪く趣味が悪い。
すぐにでも魔女に再び斬りかかろうとしたが、少女の首と刃が一気に近づいたのを見て動きを止める。
「だから俺を狙え、その子は関係ないだろう」
動揺を見逃さなかったか、魔女は話しかける。
「貴方がこの子を縛りつけてしまったからこうなったんでしょう? 私のせいだと言うけれど本当かしら、貴方がマリーに希望を持たせてしまったから」
もはや十八番のように魔女は責め立てる。
落ち着くんだ俺、ピスに言われた事を思い――全て見透かされているかのように魔女は追撃を入れる。
「結局貴方一人じゃ何にも出来やしない、関係の無かった子を傷つけたのは誰? 励ましてくれた子に貴方はどんな仕打ちをしたのかしら?」
握っていたはずの手から剣が滑り落ち、膝から崩れ落ちる。
全部見られている知られている飲まれるまた繰り返すあまりにも早い知ってた分かってた。
せめてもの抵抗で血が流れ落ちるくらいの力で唇を噛む、思い出せ、忘れるな、あいつにされた数々の仕打ちを、剣に手を伸ばし立ち上がって震える手足で魔女を見据える。
折れなかった事に魔女は驚いていた。
「あら凄いわね、だったらもうこれしか貴方のほつれは取り出せないのかしら」
そう言ってハサミをゆっくりと閉じていく、まるでギロチンの刑のようだった。
考えろ、斬りかかったって間に合わない、なら何が正解だ? 俺に出来る事なんてあいつの言う通り何も無い、だからってこのまま見てるだけだなんてそんなのって、視界に赤い糸が映る。
赤い糸は運命の……もし運命があるのだとしたら信じさせてくれ。
足腰に力を込め自分の腕を思いっきり上に引っ張り上げる、まるで釣竿になったように、一か八かの賭けだった。
当たり所が悪くて少女に怪我を負わせてしまうかもしれない、下手したら刃に勢いおく当たって最悪……なんて事も全然ある、それでも何も出来ないなんかで終わらせてたまるか。
少女は上に釣り上げられしっかりと抱きとめる、奇跡的にどこも怪我をしてはいなかった、小さいながらも呼吸をしていてひとまず安堵する。
「言っただろう、離さないって」
怒らせてしまったのか、体調が悪くなったのか、少女の顔は赤く染まり、顔を逸らしていた。
本当ならこのまま森の外まで行きたかったが逃げられる気がしなかった。
あの魔女を倒さないと出られない、それだけは理解していた。
魔女を睨みつけた後、少女をお姫さまのようにしっかりと抱きかかえ、森の奥の方へと走って逃げた。
ただの逃げではない、これは状況を打破する為の逃げだ。
頭の中で魔女の声が響く。
「遊んでくれるの? 隠れんぼも鬼ごっこも得意よ、もちろん捕まえる側だけどね」
そういえばこいつ直接脳内に話しかけれたっけな、忘れていた。
尚更魔女を絶対に倒さないといけない事実を叩きつけられる、それでも俺は森の奥へ奥へと進んで行く。
例えそれが魔女にとって有利になる事を理解していてもだ。




