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【18話】人形少女

 普段よりも更に薄暗く気味の悪い森へと到着し深呼吸をして、足を踏み入れようとすると見慣れた赤と黒のワンピースを着た少女が森の中から現れた。

 声をかける間もなく少女は手を広げ瞬く間に仮面を弾き飛ばされ首元を糸が掠める。

「どう、して、ま、た、来た、の? クオは、悪い子、だ、ね、貴方、に、なん、か、会い、たく、なかっ、た」

 開幕早々手厚い歓迎だな。

 フードを深く被り首元を抑える。

「あいにく俺には皆を連れ戻さないといけないんでねそして――」

 少女を指差し

「もちろん君もだ」

 自身にも矢印が向けられたからか、少女は不機嫌そうな態度になる。

 口元を手でバツの形にし、無機質な声色で

「話す、事、なん、て、何も、無い」

 それだけを言うと再び手を構え出したので、剣を抜くだけ抜き

「戦いたくないんだ君とは、だから」

 そう言って体の向きを変え、森の中へと全力で走った。

 後ろから慌てた少女の声がする。

「ダ、メ! 森、の、中に、入、らな、いで!」

 振り返らず立ち止まる事も無く、ただ森の奥へと走り続ける、ある程度走り続け木の根に腰掛け呼吸を整えた。

 今この森の中は巨大に囲われた見えない蜘蛛の巣と変わらなかった、何故かって? 糸でぐるぐる巻きにされた葉が至る所で毛糸玉のようにぶら下がっているからだ。

 観察して分かった事だが、空中に張った糸に触れた瞬間に拘束されるようだ。

 ただそれのおかげか、うっすらと糸がどのように張っているかの感覚は掴めた。

 ひとまず様子を伺いながらその時を待ち続ける、そんな時に赤に染まった糸が視界に映り込む。

 赤い糸か、恐らくだが首を掠めた時に俺の血で染まったのだろう、吸い寄せられるように近づきそれを剣で切る。

 瞬時に腕に糸が絡みついてきたので、落ち着いて糸を切った後、マントを脱ぎ身代わりとして使った。

 警戒しつつ赤い糸を拾い上げる、絡みついて来る事もなければ攻撃をされる事もなかった。

 どうやら一度切り落としてしまえば大丈夫なようだ。

 ただ問題はどうやって少女の元まで戻るかどうかだ、葉が落ちて来るのを待つなんて莫大な時間がかかってしまう、魔女が来る事も考慮するとあまり時間は残されていない。

 あ、思いついた、あの赤い糸のように全ての糸を俺の血で染めてしまえばいいのでは、別に俺の事なんてどうでもいいどうなろうが構わない、それで解決するのなら俺は……いやダメだな約束したもんな。

 自身への罰と気合いを入れる為に両頬を思いっきり叩き、慎重に少女の方へと歩みを向けた。

 案の定何度も足が糸に触れその都度糸が絡みついたが、すぐに切ったりいっその事しばらく拘束されたまま体を休めて徹底的にルート確認を行った。

 何故か糸が絡みつきその後切ろうが、絡まった状態で止まっていようが、少女がこの森に入ってくる事はなかった。

 陽の光が見えてきて少女がこちらを向いてじっとしていた、一定の距離を保ったまま少女は言う。

「自分、か、ら出て、く、るなん、てそん、なに私、に、会い、た、かったの」

 それに対し、もう逃げないという意志を示し、少女と向き合う。

「当然だろ、逃げ続けたって仕方ないんだ」

 近距離と遠距離どちらが有利かなんて聞くまでもない、それにこの子に剣は向けたくない気持ちは変わらない。

「俺も糸出せるんだぜ」

 冗談っぽく言うと少女は可笑しそうに

「導かれ、て、いない、貴、方に、出来、る、訳、が、無い」

 そう言うと手を構え出そうとしたので、先手を打ち同じように左手だけを構える。

 そんな俺を見て少女はクスクスと笑い

「ほ、ら貴方、に、は、出来、ない、よ」

 手を下ろし、口元を隠して油断を見せていた。

 ポケットに隠していた赤い糸を取り出し、右手に忍ばせ少女に向かって走る。

 そんな俺を見て再び手を伸ばした後、その手を上に向ける。

 さあ来るなら来い、手が先か足が先かどちらが先に縛られようが構わない、重要なのはいかに油断を誘えるかという事だけだ。

 俺が持っているこの糸は切り取ってしまっている為、当然だが凶器のように使う事も手を掲げただけで自動で体を拘束する事も出来ない、だから全て自分でやらないといけない。

 ほぼ同時に手足を縛られ、手を握った状態でばんざいをしたような姿で固定される。

 少女はしばらく警戒していたが、完全に俺が動けない事を理解すると、少し近寄って来て口元に笑顔を見せる。

「あ、んな、に、色、々、言って、た、のに、結、局、あっさり、捕、まっ、て、しま、う、の?」

 言い回しからして小馬鹿にしてるようにも聞こえるが、どこか安堵している様子も伺えた。

 軽く手を動かそうとしてみると痛くない程度にがっちりと固定されていて動かせなかった。

 諦めたような顔をして

「なぁ覚えているか君が『来て』と言ってくれた事を、実は迷ったんだ君の手を取って逃げてしまえたらってそれ程に君との日々は楽しかったんだ」

 これは事実だ、エーリヤがいるというのに俺の心が弱いせいで、そんな甘い逃げを選ぼうとしてしまった事があったのを振り返る。

 少女は少し驚きつつも話に食いついているようだ、続けて懐かしむように

「君と会えない日が増えて寂しかった、だからこの森の中でまた会えた時は凄く嬉しかったよ、これは嘘じゃない全部本当だ」

 心が強く痛む、嘘こそは本当についていないものの、油断を誘う為にこの場でこんな事を言う事が苦しい、それに自分の本音を話すのは苦手だ。

 少女は更に近くに寄り俺の両頬に手を添える、温かかった、ちゃんと体温があった、あの魔女とは違うちゃんと人間の温度だ。

 いや待てよこの子って未成年だよな? こんな事思ってしまうなんて、ここまで俺は落ちぶれてしまったのかと落胆した。

 自身を責めている間に、少女の手が離れ一歩後ろへ下がったかと思うと、口の端が不気味に吊り上がり

「まだ、そん、な、事、が、言え、るの? 私が、貴、方、の、大、切、な、人を、連れ、去っ、た、と、して、も?」

 その笑顔はどこかあの魔女を彷彿とさせた。

 気分が悪い、辛くても認めないといけない、やはりエーリヤはとっくにあの魔女に捕らえられていたという事を。

 それに加えて現実はあの悪夢より残酷で、よりにもよってこの子がエーリヤを連れ去ったという事をもだ。

 まっすぐと少女を見ながら

「それでも俺は君を責めない、悪いのは全部あの魔女だ」

 事実だろうが嘘だろうが関係がない、俺もこの子も誰も悪くない全ての黒幕はあの魔女だ。

 少女は顔を下に向けた後しばらくしてから

「クオは、本当、に、悪い、子だ、ね、私の、事、嫌って憎、んで、殺、す、事、が正し、い、のに、でも、大好き、だ、よ」

 手が伸びてきて顔が一気に近くなる、思い出したのはあの悪夢の中の酸味が残る熱い記憶。

 何でこんな時にあの夢の記憶が? まずい、今ここで気絶なんてしようものなら全てが破綻する。

 必死に顔を逸らそうとしたが、固定され動けなくなる

「どう、せ、お母、様、に、バ、ラ、バ、ラ、に、され、て、壊れ、て、無く、なって、し、まう、の、なら、私、が、クオ、の、全部、を、奪っ、たって」

 段々と顔が近づいてくる、仮面があればほんのちょっっぴりはマシだったかもしれない。

 最大のピンチと共に最大のチャンスだこれだけ距離が近いのなら切り取った糸でも拘束出来るかもしれない、ただ三つの問題点がある。

 糸が腕力だけで切れるか。

 そもそも切った糸で拘束出来るのか。

 そして一番の問題が恥じらって動けなくなる事だ。

 だが一番目のやつは、前に魔女に縛られた時に剣がなくても自力で引きちぎれたので、大丈夫だとは思うが頭の隅には入れておこう。

 あの魔女と違って少女の出す糸はかなり細く、それに加えて数メートル切り取ってしまっている為、ちゃんと拘束できるのかという不安が残る。

 ただそれでもやるしかない、二つの問題を何とか脳内処理した所で、さてこの中の一番の問題をどう解決しようか。

 じっとガン見をされている、近いとても顔が、少女の目元が隠れていても心臓が尋常じゃない悲鳴をあげている。

 何故意識をしてしまうのか俺にはエーリヤが……いやいやそもそも誰の事も好きになったり好かれる資格なんて俺には、それにこの子はまだ子どもだというのに……違う、こんな事で迷ってる場合じゃない、またあんな醜態の数々を晒すのか? 頼む動け動いてくれ、三つのどれかでも失敗したらもう全部終わりなんだ。

 徐々に拳に力を込めていく、意識をするな意識をするな、それだけを必死に思い込み打開をする為に力を込めることに集中する。

 そんな俺を見て少女はクスクスと笑い腕を撫でてくる。

「無、駄、だよ、お母、様、程じゃ、なく、て、も、刃物、以外で、切れ、る、訳、な、いよ」

 どうやら神はいたようだ。

「言ったな? あの魔女程では無いと」

 不敵な笑みを浮かべる、少女はその笑みの意味が分からず困惑していた。

 そうと決まれば最大限の力を一気に込め両腕を左右に広げていく、肉に糸が食いこんで痛みを伴ってくる。

 少女の不安がる声が聞こえる。

「何、して、る、の、バラ、バラ、に、なっ、ちゃ、う」

 止まることなく腕を広げていく、緑の腕が赤く腫れ、混ざり気味の悪い色になろうが決して辞めることはなかった。

 初めのうちは俺だけが苦しい反応をしていたが、段々と糸からも悲鳴が聞こえてくる。

 少女は慌てだし腕を押さえつけようとしてくる。

「ダメ、やめ、て、危、ない、よ」

 宥めたつもりで

「へへ、一回腕斬り落とされた事あるから平気だっての」

 と言うと、顔が青ざめ固まってしまった。

 一際大きな音が鳴りやっと腕に自由を覚える、その瞬間を無駄にせずに素早く足の糸を切り、完全に自由になる。

 腕を回し先手を打つ

「この距離なら俺の糸でも拘束出来るな」

 そして右手を握ったまま少女の方に向ける。

 それに対し少女はぎこちなく返答する。

「それ、は、私も、同じ、だ、よ、私、の、方が、貴方、より、も、早く、導、け、る」

 ここからは速さ勝負だ。

 と言っても俺は勝ちを確信していた。

 高らかに誇らしげに宣言する。

「いいや、俺の方が早いね何故なら――いちいち手を掲げなくたっていいからな!」

 ずっと右手に隠し持っていた切り札を素早く両手で持ち、糸を引っ張って張る。

 一転攻勢だ、宣言通り少女よりも早くに俺の方が動き、手動であっという間に腕ごと体を縛りつける。

「きゃっ」

 悲鳴をあげ、少女はまともに抵抗も出来ず拘束されてしまった。

 身をよじり必死に糸を解こうとしていたが、流石といったところか、切り落としたというのにとても頑丈で簡単にはいかないようだ。

「解い、て」

 少女はこちらを見ながら悔しそうに懇願する。

 情けは無用だ。

「解かんし、もう離すもんか絶対に」

 頑固な意志を見せると、少女は怒りに震えているのか顔を赤くし、下を向いてやっと大人しくなった。

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