【15話】だから言ったのに
今日は一人でルイの元へと向かっていた。
日も流れ大体は一人でも仕事が出来るようになったからだ、それに一人の方がヌンヌンの事もより探せれるからな。
ヌンヌンと初めて出会った場所に訪れたり、付近を探してみたが、あの元気な姿を見れる事は一度も無かった。
また帰る時に探そうと思い、仕方なくルイのいる城へと進んで行った。
箒を手に取り掃き掃除をしてる最中に
「今日は泊まったほうがいいよ」
そんな提案をルイからされる。
ノアの城まで戻る手間を考えてくれたのだろうか、申し訳ない気持ちになりながら、断る。
「ありがたいが皆が待っているから」
するとルイは目を伏せ、警告をしてくる。
「だったら彼女に……いやあの魔女に気をつけて」
何の事か分からず理由を聞くと
「あまり思い出したくないね気分が悪くなる、僕は彼女の事が苦手だ」
と言葉を濁した。
そんな不安がるルイを宥め
「また来る」
と約束をし森の中へと進んで行く。
少し離れた場所にユラユラと揺れる影が見えた。
よく見るとそれはウサギのような見た目をしていた。
急いで駆け寄り再会を喜びたかったが、その変わり果てた姿を見て喜べなかった。
その異質さは近くで見るとより際立っていた。
白いふわふわの毛はボロボロで所々赤が付着し、左目は飛び出していて、手足が逆方向を向いて全体的にツギハギに縫われていた。
近付いてしまった事に一瞬後悔をしてしまう 。「ヌンヌン……?どうしちまったんだよ……」
俺の声に反応し
「あ、あああうああああああァああ」
声とは呼べない呻き声を上げていた。
手を必死に伸ばしおぼつかない足取りでこちらに近寄ってくる、逃げる事も受け入れる事も出来なかった。
ただその事実が受け入れられなくて動けなかった。
あと寸前で手が届くと思われた瞬間、ヌンヌンの体が弾け何かが飛び出す。
それは何重にも重なった白い糸だった、その糸は俺の手足に絡みつき縛り上げ固定された。
体を動かそうと足掻くも微動だに動けなかった。
この感覚を覚えている、手足がキツく縛られ自由に動かせない感覚を。
クスクスと笑い声が聞こえ
「久しぶりね」
そんな聞き覚えのある不愉快な声が頭の中に直接ではなく耳の中に入る。
森の奥から魔女のような見た目をした女が現れた。
気が遠くなりそうだ、一気に色々な情報を押し込まないで欲しい、左目が痙攣する吐き気がずっと付きまとってくる、目の前の魔女に静かに怒りをぶつける。
「またお前なのか? ヌンヌンが、お前に何をしたって言うんだよ」
自身が今はどのような表情をしているかなんて鏡を見なくても分かる。
それ程までに怒りに満ち溢れている事を自覚する。
魔女は人差し指を顎に当て
「んー、やっぱり無理やり動かしたのが良くなかったのかしら、せっかくの魔物の人形だったのに、子うさぎちゃんもスタポン三兄弟も残念すぎるわ」
口はにっこりと固定されたままの状態で、動かさずに腹話術で残念そうに話す。
お辞儀をした後、口元に手を当て目を歪ませ
「私の名前はルアール、よろしくね、随分と待たせてしまってごめんなさいね、皆を導いていたから遅くなってしまったの」
いつの間にか歩み寄って来た魔女に手を触れられる。
異常な冷たさだった、一時的に怒りが沈み鳥肌が立つくらいに。
魔女は背を向け
「でも大丈夫、これからは皆ずっとこの森で一緒なのだから、でもその前に彼を紹介しておかないとね」
そう言うと振り返り、手を叩いたかと思うと
「黒騎士出ておいで」
木々が揺れ、ただの風の音までもが気味悪く感じる。
目の前に黒い服を身にまといズボンも靴までも黒い全身黒の格好をした――ノアが虚ろな目で現れた。
目を疑った、だってノアは妹を探していたはずなのにこんな所で普段とは違う格好をしていて、そして何よりもこいつに呼ばれて現れた事が信じたくなかった。
「ノア……なのか?」
震える声で尋ねる。
ノアはぎこちない動きでこちらを見て
「クオ、殿すまな、い俺、はも、う」
あの子と同じようなカタコト口調で話す。
吐き気を覚える、何故同じ話し方をしているんだ、だったらあの子は……必死に浮かび上がる嫌な予想を消し去る。
魔女はさっきまで気味の悪い笑顔をしていたというのに真顔になり、手を上に上げたかと思うと物を摘むような動作をした。
連動するようにノアも胸を押さえ苦しみ出す。
「違う、貴方は俺なんて使わないし家族も妹も居ない孤高の騎士だというのに、十二年前から仕込んできたのに」
一つずつパズルのピースが埋まるように全てが繋がっていく、それも不愉快な意味で。
再び魔女に対して怒りをぶつける。
「さっきからふざけるな、お前が全部最初から、そう全部だ、エーリヤもノアもヌンヌンまでもなのか? それにあの子だって……」
怒りと吐き気で頭も心もぐちゃぐちゃになりそうだ、俺が何とかしないといけないのに、縛られ動けないこの状況に、余計に苛立ちと焦りが積み重っていく。
ノアが素早く近づいて来たかと思うと剣を振るってきた、糸が切られ体に自由を覚える。
「逃げ、てくれ」
普段の不器用な笑顔を浮かべ俺を突き飛ばす。
「ノア!」
と呼び手を伸ばす、置き去りにして一人で逃げるなんてそんなの出来る訳が無いだろ。
ノアも手を伸ばしたが動きがピタリと止まる、視認できるほどの太さをした極太の糸が顔面を貫いていた。
血は出ていなかったものの、伸ばした手は力無く垂れ下がりノアはぐったりとしていた。
魔女の高笑いに殴られる、考えるよりも先に剣を握り狙いを定める。
これ以上こいつを生かす訳にはいかない、そんな俺の手を弱々しく止められる。
「ダ、メだ頼、む君だ、けで、も逃げ」
その手を力強く握り返し、必死に訴える。
「お前を置いて逃げれる訳ないだろ」
見捨てるなんて嫌だ。
そんな俺に苦しそうな顔を向けながら
「君、しか……クオ、殿に、し、か出来、ない、従、者、達を、エー、リ、ヤを君が、守る、ん、だ」
唇を強く噛み締め葛藤したがノアから手を離し、背を向け走り去ってしまった。
とにかく走った、振り返らずに呼吸のタイミングがズレて口内に血の味のようなものが広がっても走って走って走り続ける。
そんな時に何かにつまづき前方へと転けてしまった。
木の根かと思っていたそれは、罠のように張っていた糸だった。
しまった、慌てて剣を取り出したが両手を縛られ、その間に全身に糸が伸びていく。
ノアが自身を犠牲にしてまで俺を逃がしてくれたのに結局俺はダメなのか? もう終わりだと思った瞬間、糸が緩み拘束が解かれていった。
街の方面から懐かしい姿が目に入る。
「君は……」
少女は人差し指を俺の口辺りに押し付け言葉を遮る、久しぶりの再会だというのに話す気は無いようだ。
少女は俺に背を向けると
「約束、して、も、うこ、の森に、来な、いって」
俺を横切り森の方へと足を進めた。
少女の方に足を踏み出し、動きを遮る。
「ダメだ、あの森にはまだノアが」
俺がこの森から出ない意志を理解すると少女は空に手を伸ばす。
重なる、あの魔女の動きと全く同じだ、嫌だやめてくれ。
そんな願いも虚しく、少女は自身の腕に糸を巻きつけ、それを俺に見せつけた。
「クソ……何でだよ、何で、何でなんだよ」
とっくに限界だった心が更にへし折られそうだ。
あの時感じた胸騒ぎが当たってしまった、この子の言うお母様はあの魔女の事だ。
少女は森の奥へと入って行こうとしたので手首を掴み。
「こ、こんな森なんかさっさと離れて皆で帰ろう、君も一緒に家に」
信じたくなかった、ただの悪ふざけだと、偶然だと願いたかった。
それに対し首を傾げ不思議そうに
「家? ここが私、の家だ、よ?」
それに対し肩を強く掴み否定をする。
「違う、君は人形なんかじゃないちゃんと生きている人――」
少女は宙を見ながら手を伸ばし、手を左に曲げた途端に首に鋭い痛みが走る、手で触れてみると指先に血が付着していた。
訳が分からずパニックになる。
「は? 何で? 何で血が、嫌だ、な、んで君までも……」
もうかなり限界だった。
こんな嫌な連続事に耐えられるメンタルも強さも持ち合わせていない。
再び手を伸ばし
「ごめ、んね」
と言ってきたので身構えたが、少女は自らの首を絞めていた。
すぐに辞めさせようとしたが体が動かない、どうやら少女が出した糸が俺の首に巻きついていた。
連動するように糸が絞まっていき呼吸が段々とズレていく。
過呼吸になりながら糸を剥がそうとするが、一本、二本、取れた所で何重にも重なる糸には意味がなかった。
少女は口元から唾液を垂れ流しながら
「落、ちて早、く落ち、て落、ちて落、ち、て落ち、て落ち、て」
狂ったように言い続けていた。
必死に息を取り込んでいるはずなのに、喉が隙間なく絞まって息が吸えない苦しい。
血液の流れが止まった熱を帯びた肌に、冷たい水が目と鼻から流れ落ちる。
何度目かの死を覚悟した瞬間に、首を絞める糸が緩み勢いよく前方に倒れた。
「ハアッ……ハアッ……ヒュー……ウッ……ヒュー……」
必死に口から鼻から息を吸い込む、少し落ち着いた所で少女の方に顔を向けると、首を赤く腫らした少女が放心状態でぐったりと座り込んでいた。
駆け寄り肩を揺らす。
「おい、しっかりしろって」
確かに殺されそうにはなった、だからって放っておけなかった。
過ごした日々を思うと、この子の事を放っておく事なんて出来なかった。
少女も落ち着きを取り戻したのか、俺の方に手を伸ばす。
それに対し俺は離れてしまい、手で首を守りしゃがんで謝ってしまった。
「ひっ……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
少女はそんな俺を見てゆっくりと近づき、両手で頬に手を添え顔を上げさせた。
体は震え目を固く閉じ未だに情けなく首を守っていると、少女が仮面の上の額にキスをした。
首を守る手の力が緩み目を開けると、頬を赤く染めた少女は口元に笑みを乗せ
「もう会えないね……大好きだったよクオ」
あのカタコト口調では無くはっきりと俺に自分の思いを伝えてくれた。
少女は手を離しゆっくりと離れて行く。
待ってくれ行かないで、手を伸ばし森の奥へと消え行く少女を止めようとする。
しかし体は動かなかった、これは比喩でも何でもない、いつの間にか糸が再び俺の手足を縛っていて動けないようにされていた。
必死に体を動かし叫ぶ。
「待ってくれ、ダメだ行かないでくれ」
その叫びに少女は答える事は無かった、振り返る事も止まる事も無く少女は森の奥へと消えて行った。
しばらくしてから糸が緩み、完全に自由にそして一人になれた。
それでも体は動けなかった、今までの出来事全てが糸のように俺の全身に巻きついているみたいだった。
どうして俺だけが無事になってしまったのだろうか。
「ああああああああ! ごめんなさいごめんなさいごめんなざい……俺だけが無事になってしまって……皆……本当に……ごめん……」
崩れ落ち地面を何度も叩き己の無力さを嘆く、意味も無くただ泣き喚きこのまま壊れてしまいたかった。




