【14話】真似事
昨日の疲れからかぐっすり眠っていると
「おはようございますクオ様」
懐かしい声が聞こえ飛び起き目を擦り前を見る。
しかし誰も居なかった。
会いたいからといって幻聴が聞こえる程に陥ってしまったのかとため息をつき、ベッドから降りようとすると誰かに浅く抱きつかれた。
心臓が飛び出そうになったがゆっくりと横を見ると見慣れた紫色の髪が視界に入る
「ピス?」
と言うと、ピスは笑みを浮かべ
「朝から女の子に起こされるのって幸せですよね」
妙な胸騒ぎがした。
普通の言い回しだと言うのに、脳裏にエーリヤがチラついて仕方なかった。
ピスは俺から離れ、裾を掴みながら
「ノア様の言いつけ通り本日から全面的に支援させていただきますね、改めてよろしくお願いしますクオ様」
礼をし笑顔を俺に見せた。
まただ、あの笑顔や礼の角度タイミング全てがエーリヤと瓜二つだ。
ピスの立ち姿にエーリヤが重なりだすのを必死に抑える。
まるで自分がエーリヤの代わりだと言わんばかりの立ち振る舞いに声を荒らげる。
「いい加減にしろ、似てない真似事ばかりしやがって」
気味の悪い笑顔を向けられ
「いい加減にするのは貴方よ、あたしのくだらない真似事ですらエーリヤちゃん様がチラついていたんじゃないの?」
そう言いながら両手で顔を隠し
「互いに思っている事を言い合わない限りは、あたしは絶対に貴方達二人を合わせない合わさせない」
手を開き俺の好きな人のあの笑顔になりながら
「だからそれまでは私の事をエーリヤだと思うか、それかエーリヤの事を諦めてください!」
気分が悪くなっていくのを感じた。
何も言葉が出なかった、いや出せなかった出す訳にいかなかった。
何か言葉にしようとするとみっともなく罵詈雑言が出そうになる、必死に唇を噛んでせき止めた。
口内に苦味と鉄の味が広がっていった。
そんな俺にお構い無しにゆっくりと近づかれ、耳元で囁かれる。
「貴方のすべき事は与えられた自分の役目だけをしていたらいいの、エーリヤちゃん様の事はあたしに全部任せて」
その後は何も言わず何も考えずに黙々と山積みの書類に目を向けていた。
思考の隙を与えない程に書類に目を通し内容を頭に叩き込む、そうでもしないと気が狂ってしまいそうだった。
ピスは各書類の説明と書き方を教えコーヒーを持ってきてくれた。
「……ありがとう」
礼を言い口に運ぶ、適度な苦味で満たされていった。
ピスは再び抱きつき
「お礼なんていいんですよクオ様、従者として当然ですから」
カップを握る手に力が入る
「頼むからもうやめてくれ」
何とか口調を荒げずに冷静に言えた、手が震えカップの鳴る音にさえ目を瞑ればだが。
ピスはニヤつきながら人差し指を口元に立て
「ねぇクオ様この後は何をしますかぁ? デザートに私なんていかがですか?」
カップが音を立て完全に割れてしまった、破片が机と床に散らばる、我慢の限界だった。
心底仮面を着けていてよかったと心から思った、そうじゃなかったらピスをずっと睨み続けていたからだ。
一瞬びっくりしていたがすぐに普段通りになり
「怖いなぁ、女の子にそんなやり方しちゃダメなんだぞ」
とふざけていた。
手を握って拳を作りそれを思いっきり机に散らばった破片へと落とす。
大きな音を立て破片は粉々になり俺の手に突き刺さる、血が滲み流れ落ちていく。
いっっってぇ……馬鹿みたいだ、普通に怒鳴ったり少しくらい痛い目に合わせた方がいいのかもしれないというのに、そっちの方が嫌だった。
ピスの顔色が変わり急いで部屋を出たかと思うと、白い箱を持ってきては消毒液やら包帯やらを手早く処置してくれた。
何とか冷静になり包帯が巻き付けられた手を見ながら謝る。
「……悪かったカップを割ったり大きな音立てたりして」
そんな俺にピスは
「どうしてそんなに我慢しすぎてしまうの、何でよ……あたし殺されてもおかしくないくらいの事してるのに、どうしてそんなに優しいの」
そんな本音だと思われるものを漏らしていた。
ピスは手を優しく握ってきて
「ごめんなさいクオちゃん様、もうエーリヤちゃん様の真似なんてしないわ、あたしだってあんな猿真似したくないし」
気が楽になっていく、何とか平和に解決出来た。
ピスは悲しそうな顔になり
「貴方が魔物じゃなかったらすぐにでもエーリヤちゃん様と合わせたかったのに、どうして貴方は魔物なの?」
この発言には普段の意地の悪さは感じられなかった、ただの純粋な疑問であり嘆きであった。
俺だって同じ気持ちだ。
「本当に何で俺は魔物で生まれてしまったんだろうな、そのくせに何で人間であるエーリヤの事が好きになってしまったんだろうな」
つい本音を漏らしてしまった。
ピスは顔を赤らめ興奮した様子で背中をバシバシ叩いてくる。
「何であたしにそれを言うの、ぜっったいエーリヤちゃん様本人の前で言うのよ」
顔の熱を感じながら体が揺らされる、口走ってしまった事よりも、どうして好きになってしまったかという気持ちがそこにはあった。
書類や街の仕事をこなした後は、昨日行けなかったノアの友達の城の掃除の為にピスと一緒に森を歩いていた。
ヌンヌンに見つかったら今度は何をするのか、また掃除しに行けないのではないだろうか、なんて事を考えて少しだけまた会える事を期待したが、今回は無事に城まで辿りつけた。
城の中は真っ暗で電気も陽の光すらも無く薄暗かった。
こんなに暗いのに夜になったら何も見えないのではないのだろうかと思った。
ピスから説明を受け掃除をしていると、何処からか声が聞こえてきて
「おや新しい人がいるね、どうも初めまして僕はルイだよ」
その声は掠れていて元気が無かった。
後ろを振り返ると全身は恐らく赤色だと思われるボロボロのローブを纏った人? が居た、顔も体も隠れている為、性別も何も分からず返答に困って立ち尽くしていた。
ローブの中から細長い二つの光がこちらを見ていた。
こっそりとピスが近づいてきたかと思うと
「彼絶対に顔を見せたがらないの、ちゃんと歩けているか不安だから支えてあげないとね」
と耳打ちしてきたので、ルイに手を差し出し
「ほら歩けるか爺さん、俺の名前はク、オ、だよろしくな」
聞き取りやすいようにゆっくり名乗り、手を取りやすいように腰をかがめた。
しかしルイは手を取るどころか顔を下に向け
「……僕ってそんなに年をとっているように見える? 君から映る僕ってしわくちゃで醜く見えているんだね、それに僕はこれでも一応女の子なんだけどな」
嫌でも分かる完全にやらかしてしまった。
急いで言い訳と謝罪をする。
「あ、いやそんなつもり……別にそこまでは言って……ごめんなさい」
ピスに視線を向けると、笑いをこらえきれずに吹き出して腹と口を手で抑えていた。
恨むぞピス、心の中で文句を言いながらピスを睨みつけていると、ルイは咳払いをし
「今日はノアは居ないんだね」
と話をふった
「ノアは用事でしばらく忙しいんだ」
そう聞いたルイは目を閉じたのだろうか真っ黒になり、しばらく黙った後
「ありがとう教えてくれて、君達でさえよければまた明日も来てくれたって構わないよ」
小さな暗闇に浮かぶ笑顔が見えた。
帰り道の最中流石にピスに苦言を言う。
「おいピスどういうつもりだよあれは」
ピスは思い出し笑いをしながら
「あはは、あたしそもそも彼としか言ってないのにお爺ちゃんって勘違いしたのはクオちゃん様でしょ? 本当に最高過ぎるわ貴方って」
と再び爆笑していた。
言い返したかったがピスの言う通りではあった為、何も言い返せず体を震わせた。
誰かさんのせいで疲れフラフラと城に戻る、自分の部屋に向かう最中に誰も使っていないはずの扉が開いており、何となく覗いて見ると、ばったりとエーリヤと会ってしまった。
体が熱くなっていき鼓動が強まっていく、エーリヤはこちらに気づくと同じように固まり互いに沈黙が続いた。
今回は俺が先に動いた、そうでもしないとまたどこかに行ってしまいそうだと思ったからだ。
エーリヤを抱きしめる、逃げようとしていたので痛くない程度にこちら側へと抱き寄せる。
異常なくらいの音を立てる心音が聞かれても構わない、今はただもう離れて欲しくなかった。
顔を赤らめ涙目になったエーリヤがこちらに顔を向け
「クオ様……私、謝らないといけない事が」
それを制止する。
「謝る必要なんて無い」
この後も何度も謝ろうとしていたので、その都度止めて次第に二人で見つめ合う時間が増えていった。
仮面の上から頬に手を添えられ
「私が知らない間にこんなに体も手も大きくなっていたんですね」
懐かしい笑顔を向けられる。
熱い、顔が体が、言いたい事が沢山あったはずなのに思考も脳も溶けていく。
この笑顔だ、この笑顔がずっと欲しかったんだ。
真似をするかのようにエーリヤの頬に手を添える。
くすぐったそうにエーリヤが笑う可愛い可愛くて仕方ない、いつ死んでもおかしくないくらいに心臓は跳ねまくっているが、そんな事が気にならない程に夢中になっていく。
エーリヤがゆっくりと仮面を外そうとしていたのでそれを優しく止める。
「まだ取られるのは恥ずかしいから……俺からなら」
エーリヤは少し驚いたが嬉しそうに笑う。
手が少し震えたがゆっくりと仮面に触れ外す。
色々事故って顔を見られた事はあったが、自分の意思でこうやって顔を見せるのはエーリヤが初めてだった、むしろエーリヤでよかった。
外したはいいもののエーリヤの方を向けなかった、仮面が無いとろくに人の顔も見れないからだ。
こんな顔でどんな表情をしているのか俺には知る術も無ければ知りたくも無い、不器用に笑い
「変な顔しているだろう」
と自嘲気味に言う。
エーリヤは直で頬を撫で笑顔をで言う。
「そんな事ありませんよ」
仮面が無い状態で見るエーリヤの顔も、笑顔も、普段より眩しくて愛おしく映った。
顔を真っ赤に染め上げたエーリヤの顔がゆっくりと近づいてくる息をするだけで胸が痛くなる。
それでもエーリヤとこのままいっそ、目を固く閉じ体も硬直していたが、何とか立ち続け受け入れようとしていた。
拍手のように手を叩く音が聞こえ
「はいはーい、おしまーい」
そんな声が聞こえたかと思うとピスが俺達の間にねじ込み、俺を無理やり引き剥がし、ピスはエーリヤに抱きついていた。
突然の出来事に驚いたが、口元だけはいつものようにニヤついたピスが死んだ目で俺達に問う
「で、貴方達言いたい事言い合えたの?」
思わず口をつぐんでしまう、言いたい事が言えないまま流れに流されて有耶無耶にしてしまったからだ。
ピスはため息をつくと
「残念だなぁ、クオちゃん様も結局ただの魔物なんだね」
そう言うと扉をゆっくりと閉めていく。
取手を掴み、必死に懇願する。
「待ってくれ、次はちゃんと話せるから」
懇願したもののピスはあっさりと
「ダメ、どうせ同じ展開になるでしょ、エーリヤちゃん様も勝手に部屋から出ちゃダメって言ったでしょ? 嫌だけどこうなってしまった以上は鍵をかけて出れないようにしなきゃね」
笑顔で手を振ると、扉を閉めた。
必死に弁明をするものの扉が開くことは無かった。
何とかエーリヤが勝手に部屋から出ていないという事だけは理解してもらえた。
しばらく扉の前に立っていたが諦めて
「また明日ピス、エーリヤ」
そう言い離れようとすると、扉が少し開きピスが笑顔で手を振り
「また明日〜クオちゃん様」
と言い、少しだけ顔を覗かせたエーリヤも
「また明日クオ様……」
恥ずかしそうに笑って手を振ってくれた。
今すぐ駆け寄りたかったが、何とか耐え手を振って自分の部屋へと歩いて行った。
到着してすぐにベッドへと吸い込まれ目を閉じ、色々と振り返った。
あまりにも休まらない、この世界に来て色々とありすぎるんだよ、色んな人に出会って色々経験して喜怒哀楽全ての感情を経験した。
そんな時にふとあの少女の事を思い出す。
そういえば最近会ってないな、定期的に夜になると城を歩いているというのに、あの別れ以降ばったりと姿を見なくなってしまった。
夜にしか会えなくてあんなに小さくて軽かった少女を思うと不安もあったが、また再会出来ることを祈りいつの間にか眠りに落ちていった。




