【13話】こうして僕は騎士となった
その日の夜は月が出ていなかった、暗く寒い感覚に包まれる。
背後から声がする。
「どう、したの、空、と、同、じ、暗い、顔」
月が出ていなくても白く純白な少女が居た。
何を思ったのか俺は少女を抱きしめていた。
強く離れないように……本当に最低だ。
最低な事をしたというのに少女は何も言わず頭を撫でてくれた。
それは俺にとって安らぎを与え感情を溢れさせた。
必死に抱きしめながら
「やっぱり俺なんかじゃダメだよな、肝心な時に何も出来ずに逃げてばかりでしかもこんな性格で」
少女は何も言わずに頭を撫で続けた。
吐き捨てるように
「だからエーリヤとろくに話せずにまたこうなるんだよ二回目だ、いやまた繰り返す一生俺はこのままなんだ」
何とか泣かないようにはしていたが、我慢が出来ず涙が垂れ落ちる。
撫でる手が止まり
「ああ、まあ、そ、う、だよね」
そう言って少女はカーテンのようにひらりと舞い俺から離れる。
赤と黒が混じったワンピースの裾をぎこちなく掴み、首を傾け
「私、の、名前、は……マリー、お母、様、から、貰っ、た、の、貴方、の、名、前、は?」
と名乗り出した。
違和感を覚えた。
ただ名前を教えてくれただけなのにこの状況で名乗り出したから? いやむしろありがたい聞くタイミングを見逃し続けていたから。
じゃあこの違和感は一体? 中々動く事も話す事も出来ずに考え込んでいた。
少女は空に手を伸ばした後、俺の方に両手を伸ばした。
抱きしめるようにも抱きしめて欲しいかのようにも見えた。
優しい声で
「来て」
と呼ばれる。
俺は少女の方に導かれそうになった。
心残りも疑問も罪悪感も全部置いてこのまま手を取って逃げてしまいたかった。
ある程度近付き首に冷たい感覚を覚える。
何も無いはずなのにただ一つ分かった事をあげるのなら、これ以上近付くと俺の首は落ちてしまうだろうという事だけだ。
動かない俺を見て少女は無邪気に笑う
「どうし、たの? 来て、く、れ、ない、の」
足を前に出して手を伸ばしたくなる、再度呼ばれても尚、俺の体は動けなかった。
少女は手を下ろしこちらに背を向け
「サヨナラ」
と言って去って行こうとした。
視界に映る小さな背がより小さくなっていくのを見て自然と体が動いていた。
首は落ちなかったが体に糸のようなものが巻きついていた。
白く細い腕を優しく掴み
「名前は、俺の名前はクオっていうんだ」
少女は口を開け驚いていたが直ぐに笑みを浮かべ
「クオ、バイバイ」
そう言って手を軽く握り返して、離して、手を振り去って行った。
翌朝目が覚める、周りには誰も居なくて俺一人で起きたようだ。
目を擦りカーテンを開け扉が開いてくれるのを待つ。
陽の光よりも眩しくて暖かい笑顔の君が来てくれると願っていたから
「エーリヤ……」
小さく呟く、虚しくも願いは届かなかったようだ。
朝食と昼食はザルツが届けてくれたようだ。
エーリヤの居場所を聞くと、ピスと居るらしいが、それ以外は知らないのか具体的には教えてくれなかった。
憂さ晴らしかのように剣を必死に振るっていると
「クオ殿、少しいいか」
珍しく訓練中にノアが話しかけてきた。
手を止めるとノアの部屋へと案内され
「今から俺と一生に騎士の仕事をこなしに行かないか」
意外な誘いだった。
ノアは部屋の奥へと入って行きしばらくしてから、鞘に収まった剣を持って来た。
机に置き
「君の剣だ」
と言った。
ゆっくり手を伸ばし持ってみると、思わず落としそうになった。
これが鉄の重みかと、玩具の剣とは段違いだ。
鞘の部分にホルダーが付いていたのでベルトに固定し揺らしてみる。
かなり頑丈で外れることも無くしっかり固定出来た。
そのままノアに着いて行き最初の仕事は壊れた屋根の修理だった。
ノアは梯子に登り器用にトンカチで釘を打っていた。
俺はというと梯子を支えたり木材を運んだ。
次は橋の修理、街のパトロール……何かこれって、流石に我慢出来ずにノアに言葉を漏らす。
「こんな事言いたくないんだけどさ……騎士というより便利屋じゃないか? これは」
それを聞いたノアの反応はさも当然だが? と言いたげな顔をしていた。
ノアの反応にツッコミを入れる。
「いやだって騎士といえば戦ってはまた戦う、そういうものじゃないのか」
ノアはしばらく考えてから
「クオ殿も見ただろう、皆のあの笑顔達を」
住民達の笑顔を思い返す。
「そりゃ、皆から感謝されるのは良い気分だけどもな……」
まあいいかと無理やり納得した。
ノアは口元に軽く笑みを浮かべ
「本来、力というのはこういう事に使うのが正しいのだろうな」
と爽やかに言っていた。
今は何をしているかというと森の中に俺達は居る。
あの忌々しい事件以降訪れなかった相変わらず薄暗く気味の悪い森の中だ。
どうやらノアの古くからの友人が森の先にある城で住んでいるらしい。
今回みたいに定期的に掃除をしに行っているみたいだ。
その道中ノアは急に足を止めた、ノアは一呼吸を置いてから俺の方に向き合い
「クオ殿、前に言っていた事を覚えているだろうか」
確か決心がついたら話したい事があるって言ってたな、と思い出した。
握り拳を作り胸を軽く叩きながら
「おう覚えてるぜ、別に迷惑だなんだの気にせず話してくれ」
とノアに言った。
仮面で顔が隠れている分、こんな感じで手とか使わないと感情表現が出来なくて不便なんだよなぁ……なんて事は思ったり思わなかったり。
ノアはポケットから小さな額縁を取り出し
「この写真の人物に見覚えはあるだろうか」
写真に写っていたのは短い黒髪の笑顔の少女だった。
写真を受け取りしっかりと見たが見覚えすらも無かった。
「いや分からないな初めて見た」
と言い写真を返した。
ノアは写真を大切にしまい固く閉ざしていた口を開く。
「妹だ、たった一人だけの大切な俺の家族なんだ」
正直驚いた、そんな素振りも痕跡も無かったから。
ノアは続けて苦しそうな顔になりながら
「十年程前にこの森で行方不明になってしまった」「俺のせいだこんな森で一人で薬草を取りに行かせてしまったばかりに、俺の軽率な考えのせいだ」
さらに顔を歪ませ胸を抑えていた。
苦しみ怒りそして悲しみが入り交じった顔をしながら
「気がついたら城を飛び出し今に至るまでの十年魔物を殺し続けた」
「言われたんだ誰かに、魔物が妹を連れて行った、だから魔物を殺し続ければいつかは出会えるわ、と、だから続けてきた」
剣を見つめながら
「そんな時にあの人と出会った、俺が行方不明になってこの森に居続けている時に、あの人が俺の目を覚まさしてくれた、そして連れ戻してくれて騎士への道を示してくれた」
少しだけ表情が和らいだかのように見えた。
しかし次には 青ざめた顔で肩を強く掴まれ
「なあクオ殿、愚かだと笑ってくれないか今更探す事を再開したところで意味が無いと遅すぎると、何故もっと早くからこうしなかったのかと、無駄な事だと俺なんかにもう助けられな――」
本当にらしくないこいつがここまでになるなんて
「笑える訳ないだろ」
遮るように話す
「いいかよく聞け、遅いとか遅くないとか関係ない、たった一人の大切な妹さんなんだろ? お前が信じるしかないんだ、諦めてしまったらそれこそ終わりなんだ、俺に出来ることがあるなら何でも協力するから、絶対に諦めんなんよ」
何となくノアの事を知れた気がする、今までの言動と行動に理解がやっと出来たからだ。
ノアは膝から崩れ落ち
「……本当にすまない」
顔を伏せ震えていた。
肩を軽く叩き
「ま、今はさっさと終わらせて帰ろうぜ」
と先へ進んだ。
ある程度進んで行くと茂みの方から物音が聞こえた。
ノアは石を投げると
「いたっ」
と女のような声が聞こえた。
茂みから何かが飛び出し
「酷いよ! 私は四足歩行の動物じゃないのに」
こちらに怒りを向けるそれは、喋るウサギのようだった。
ウサギはしばらく俺達を見た後、目を輝かせ
「わぁ人間さんだこんにちは! 私はヌンヌンっていうの」
と名乗った。
手を軽く振ろうとしたが、隣の人物がおぞましい殺気を出していることに気づき固まる。
「魔物か」
その声は鳥肌が立つくらいに冷たかった。
ノアはヌンヌンの首元に剣を向け睨みつけていたので慌てて止めようと
「別に殺さなくたって」
と言ったが、ノアは剣を構えたまま動かなかった。
目を逸らしたくなった見ているだけで心臓が痛くて苦しい。
自分の事じゃないというのに息が苦しくなった。
自身のトラウマもあるだろうけれど、さっきの話もあってノアにもうこんな事をして欲しくなかったのかもしれなかった。
ノアは剣を下げ、震える手で俺の時と同じように写真を見せ
「……この人物に見覚えは」
声も同様に震えていた。
必死に抑え込んでいるのがよく分かった。
ヌンヌンは両手でしっかりと写真を見てから返し
「うーん初めて見た力になれなくてごめんね」
と顔を左右に揺らしながら謝った。
「代わりにねこれあげる!」
そう言って取り出したのは、甘い香りのする紅茶の入ったボトルだった。
何処からかコップを二つ分取り出し紅茶を注いで俺たちに渡してくれた。
ノアと顔を見合わせ仮面を外し一口飲んでみる。
匂いからでも分かっていたがとても甘い、でも後から酸味が追いかけてくる複数のベリー類が入っている甘みと酸味のバランスが良い紅茶だった。
俺の顔を見たからか
「あー! 貴方も魔物なんだ私初めて見た、この森に同族なんて誰もいないからね」
と両手が伸びてきて、手を握られそのまま上下に激しく揺らされ握手をされた。
何杯か紅茶のおかわりを貰いながらヌンヌンとの会話を楽しみ
「楽しかった! 人間さんと同族と友達になれたし、こんなに沢山話したのなんて初めて! この森は誰も何にも無いから寂しかったの、また遊びに来てくれたら凄く嬉しい! って事で二人共よく掴まっててね」
嫌な予感がした瞬間、ヌンヌンの長い耳が伸び俺の体に巻きついた。
抵抗する間も無く上に持ち上げられ、頭の上に固定された。
ノアは荷物を持つように脇に抱えられていた。
慌ててヌンヌンを止めようとする。
「な、何する気だ……俺達まだ仕事が……」
しかしヌンヌンは聞く耳を持たずに全速力で森を駆け抜けて行った。
葉が揺れ木々はざわめく、普段は静かな森だがこの時はこの数分間だけは、あの街と同じくらい騒がしかったのかもしれない。
激しく揺れる世界に必死に吐き気を抑えながら一人の人間と二体の魔物のちょっとした冒険はあっという間に終わりを迎えた。
ヌンヌンは耳をパタパタとし手を大きく振り
「またね! 絶対絶対また遊びに来てね」
そんな元気な声が大きく響いた。
手を振りノアの方を見る
「どうする? また森に戻るとヌンヌンに捕まりそうだしな」
無邪気にはしゃぐヌンヌンの姿が浮かぶ。
ノアは何も言わずに街へと歩いて行った。
明らかに元気が無かった。
街はだいぶ暗く夕はほとんど沈んでいた。
俺達は互いに話す事無く歩いていた。
気まずさからか、やっとノアが口を開き飯でも食べようと誘ってきたのでお言葉に甘える事とした。
見覚えのあるカフェへと足を運び店に入る。
「あ……いらっしゃいませ奥へとどうぞ」
やってきた客が俺達だと気づくと、ザルツは嬉しそうに案内してくれた。
料理が運ばれ食べ進めていると
「明日から本格的に妹を探しに行こうと思う」
ぼんやりとした顔でノアは言い出した。
静かに聞いていると
「その間にクオ殿に今日のような騎士の仕事を任せたいと思っている」
とんでもない事を言われ手を止め訴える。
「え、俺が? まだ騎士になってないし、仕事も全然分からねぇって」
しかし流石ノアといったところか
「安心してほしいやる事はリストとして俺の机の上にまとめてあるし、誰か一人を常に君の傍に置いておくように手配済みだ」
あまりの準備万端っぷりにまさか俺に騎士になって欲しかったのってこれが理由じゃ……なんて邪推はやめておくか。
店を出てすぐにノアに向かって
「奢ってもらった訳だから俺もいつかは奢らないとな、そういう訳だから絶対に帰ってこいよ」
と言い手を差し出す。
「気にしなくてもいいというのに、分かった必ず妹を連れて戻ってくると約束しよう」
ノアも手を伸ばし固く握手をして城へと戻った。




