暗転する策謀
独立星系連合旗艦〈ディスコーディア〉——重力中枢を偏らせた艦内の戦略室で、ゼファー・クロスは半身を椅子に預けたまま、蒼白い映像に視線を走らせていた。再生されているのは、敵軍新型機体〈ヴァリアント・シュレーディンガー〉の初陣記録。
だが彼が見ているのは戦果ではない。画面の奥で、まだ“撃たれていない”ミサイルが斬り裂かれる、その一瞬にある“因果の逆流”だった。
彼の虹彩がわずかに収縮する。視界に滲む量子フラクタルを、誰も気づかぬまま、彼は“視て”いた。
〈ああ。確かに、あの機体のパイロットは……“触れている”〉
ゼファーは腕を組み、唇をわずかに吊り上げた。
「やっと、ここにも現れたか。“外れ値”が」
彼自身もまた、未来を一時的に“引き寄せる”特異な感応者だった。
だがゼファーにとって、その力はただの才能ではない。秩序の名のもとに量子空間が固定され、存在が選別される現代への、唯一の反逆手段でもある。
壁際に立つ主任研究官カイラ・ヴェルデが、長巻きの量子演算グラフを手渡した。
カイラ「〈プロトα〉、次段階の臨界値を超えました。“存在確率”を負領域に沈める理論、今度は計算上成立しています」
ゼファーは書類には目を通さず、天井スクリーンに投影された“黒い灰”の映像に目を向けた。〈レムナント・コード〉の試作実験——情報次元が焼損する様は、彼にとって希望だった。
「数式では秩序は壊れない。だが、“選ばれなかった未来”を現出させれば、語られなかった自由は蘇る」
彼の思考に、映像の中で飛び交う〈シュレーディンガー〉の軌道が交錯した。
あの機体のパイロットは、ゼファーと同じ「確率の濁り」を纏っている。固定された世界の上を、なぞるのではなく裂いている。
「無名のまま終わらせるには、惜しいな……いずれ名を知ることになるだろう」
語尾に熱はない。ただ静かな確信があった。
戦場の霧の中、似た力を持つ存在が交差した以上、衝突は不可避だった。




