燃える空白
――終わったはずの未来が、まだ瞼の裏にこびりついてる。
医務区画の診察台に座りながら、僕は天井灯の蛍光に浮かぶ塵を見上げていた。
空調の風がつかんで離さない埃の粒が、戦闘前に視えていた未来の網目と重なる。
あのとき選び取った一本の糸。
生き延びるための、最善のルート。
でも、その一本の裏側には無数の“切り落とされた選択肢”があった。
存在しなかった死。観測されなかった犠牲。
けれど、僕の中にはまだ残っている。
誰にも見えない“その未来”の残響が。
僕は拳をゆっくりと握った。
爪が掌に沈む感触が、どこか現実に触れているようで落ち着く。
それでも胸の奥に、焦げた風が吹いていた。
あれほど確率を“調律”しても、未来は完全じゃない。
むしろ、切り捨てるたびに、自分の中が煤けていく気がする。
「……カイン訓練生?」
聞き慣れない女性の声が、診察室の空気を揺らした。
視線だけ向けると、白衣のカウンセラー――まだ若い。
おそらく配属されたばかりなのだろう。
表情は柔らかいけれど、眼の奥が動揺していた。
僕を見ているようで、見ていない。
焦点が合っていないのは、彼女の目か、それとも――僕のほうか。
「バイタルはすべて正常です。心拍、血圧、反応速度も問題なしですね。
ただ……少し、眠れていないように見えます。睡眠ログは、後日提出してくださいね」
僕は小さく頷いた。
“正常”か――。
機械で測れる数値は、いつも僕を「問題なし」と記録していく。
だけど、あの戦闘のあとでさえ、僕の内側にはあの“誰も知らないはずの未来”が積もっている。
僕だけが覚えている死。
僕だけが体験した喪失。
記録されることもなく、誰にも語られることもない、“存在しなかった未来”。
今更、艦内放送が戦果を報じる声に切り替わった。
勝利だ。祝杯だ。刹那的な喜びの言葉の洪水。
でも、僕の耳にはその合間に、あの未来で死んだ仲間たちの声が混じっている。
誰にも知られずに消えた彼らが、目の前で祝杯を上げているようにさえ思える。
――全部、もう“なかったこと”になった。
僕は立ち上がった。
目の前には、まだ揺れている“次の糸”がある。
選択はまた訪れる。
また誰かを生かすために、誰かを“選ばない”。
ヴァリアント・シュレーディンガーが格納庫で眠っているのが、まるで僕の心そのものみたいに思えた。
白く、静かで、冷たい。
それでも――起きるときが来れば、また僕はそこに乗り込むだろう。
だって、僕には“視えて”しまう。
誰が、どこで、何を失うか。
そして、どの未来なら、僕たちは……生きていられるのか。




