48:通学路
明けない夜はなく、止まない雨はない。
それは昨日も痛感したことだった。
時間は大河のように絶えず流れ、それを堰き止める手段を人はまだ持たない。
どれだけ待ってくれと願っても、逃れようもなく週末が終わる。
では週末が終わるとどうなる?
知らんのか、月曜日がやってくる。
というわけで、重いカバンをぶら下げて通い慣れた通学路を行く。
オレは別に学校が嫌いなわけではない。
休日が好きで、体を動かしたりゲームをする時間がもっとずっと好きなだけだ。
だから面倒だな早く帰りたいなと思いつつ、行けば友人と楽しく話すし、気づけば帰る時間になっている。
勉強が好きだとは決して言えないが、授業の合間に挟まる『知らなかった知識』を得るのは好きだしな。
例えばこんなことがあった。
国語の授業でとある和歌が出たんだ。
――願はくは 花の下にて 春死なむ その如月の 望月のころ
オレの苗字は如月で、だからそれが二月を指す言葉だというのは知っていた。
だが、だからこそ困惑した。
この場合の花というのは桜のことだという。
だが、二月に桜が咲いてるものだろうか。
そう先生に質問した。
先生は笑って答えた。
『如月は確かに訳せば二月ではあるが、現在の暦に直すにはプラス一か月くらいする必要があるのだよ』
そしてさらに続けた。
『だから君の如月という苗字も、二月と訳すと寒く思えるが実際にはもっと暖かい言葉なのだぞ』
それを聞いて、オレは自分の苗字が前より少し好きになったのだ。
「――思えばなんとなく似てるな、先生とウィスタリアさん」
姿かたちではなく雰囲気が。
それと『知らない知識を知る喜び』を与えてくれるところとか。
「ううむ、ウィスタリアさんのことを思い出したら余計にAWAに潜りたくなってきた――」
手を握ったりひらいたりする。
刀を差していない腰のあたりが軽く、頼りなく感じてしまう。
禁断症状のように存在しない刀の柄を掴もうとしたとき、背後に慣れ親しんだ気配を感じた。
振り返ればよく知る顔。
「よお、ハッス」
「おはよう、ヒバ」
我が親友にして相棒、小鍛冶火花だった。
「RAINの返事なかったけど、アレはハッスだったよな?」
ああ、ツブヤイターの件か。
そういえば返事してなかったな。
「そうだよ」
「くわー……先にプレイしててくれとは言ったけど、まさか一日二日で有名人になっちゃうとは思わなかったぜ」
「別にそこまで――でもあるか」
10000イイネだもんな。
オレが今までもらったイイネ全部足してもまるで足りない。
「まあ、オレのことはいいだろ。ヒバは今日からプレイできそうなのか?」
「おう。行ける行ける。もうダウンロードも済ませたから、帰ったら速攻起動できるぜ」
「そりゃ頼もしい」
「で、どうなのよ実際。マジもんの神ゲーなのか?」
「マジもんの神ゲーだよ」
オレが即答すると、ヒバは安堵の息を漏らした。
「はー、よかったよかった。ナナセの評価が高かったからハズレはないなと思ってたけど、それでも無名の会社が作った最初のゲームだからなー」
「あれが最初のゲーム――?」
緻密で完成された現実のようなグラフィック。
今までのゲームがおもちゃに思える物理演算。
信じられないほど自然な受け答えをするNPC。
……あれらを下地もなしにいきなり作ったっていうのか。
「そうだよ。そのせいで、口コミやレビューの星は評価高いけど実際の販売数やプレイヤー数はまだ全然少ないらしい」
「ふーん……あれだけのゲームなのにな。もったいない」
「ほんとに気に入ってるんだな、ハッス」
「お前もやればわかるよ」
思うとおりに体が動いて、現実ではありえないものとも戦える体験。
あれはなにものにも代えがたい。
それに出会うヤツみんな個性的だけどいいヤツだし――
「あ、それで思い出したんだけど」
「なにをさ?」
「オレ、クランに入ってるんだが、ヒバはどうする?」
「珍しいな。ハッスはいつもソロ専なのに」
「いやまあ、そうなんだけど――ちょっとおもしろい人に会ってな」
ウィスタリアさんを表す言葉として最初に自然と出てきたのが『おもしろい』だったことに、自分でも笑ってしまう。
「で、クランの人数的にもう少しいればクランホームが開放できそうなんだ。よければヒバにも入ってほしいし、攻略にも協力してほしいんだけど」
「ふむ。まあ入るのは別に構わないぜ。けど、俺の最優先はハッスに刀を打つことだからな。どうしたって生産優先になる。攻略にまで付き合えるかは約束できないな」
「もったいない。ヒバの強さなら相当無双できるだろうに」
ヒバも子供のころから七星神流を習ってきた剣士だ。
直接技を比べればオレの方が強いだろうが、身長や筋力は明確にオレより高い。それらを加味するとゲーム内ではオレと同じくらい戦える可能性だって――
「ハッス。刀鍛冶が剣術を修めるのはあくまで作品のためだよ。敵を斬るためじゃない。刀のためなら敵を斬るけど、敵を斬るために刀を振るうことはない」
「……そうだったな」
それが小鍛冶家のモットーであり、ヒバのプレイスタイルだったな。
よくないぞ如月蓮巳。人のプレイスタイルは尊重しろ。ゲームは楽しく遊んでこそだ。
「じゃあヒバには予定通りオレの武器を作ってもらうか」
「おう、任された。まずは今日一日でAWAの生産システムを把握してみるぜ」
やる気満々の相棒に「頼む」と声をかけ、正面を向く。
そこにはすでに巨大な学び舎の姿がある。
いつの間にやら学校前まで到着していたのだった。




