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48/52

48:通学路




 明けない夜はなく、止まない雨はない。

 それは昨日も痛感したことだった。

 時間は大河のように絶えず流れ、それを堰き止める手段を人はまだ持たない。


 どれだけ待ってくれと願っても、逃れようもなく週末が終わる。

 では週末が終わるとどうなる?

 知らんのか、月曜日がやってくる。


 というわけで、重いカバンをぶら下げて通い慣れた通学路を行く。


 オレは別に学校が嫌いなわけではない。

 休日が好きで、体を動かしたりゲームをする時間がもっとずっと好きなだけだ。

 だから面倒だな早く帰りたいなと思いつつ、行けば友人と楽しく話すし、気づけば帰る時間になっている。

 勉強が好きだとは決して言えないが、授業の合間に挟まる『知らなかった知識』を得るのは好きだしな。


 例えばこんなことがあった。

 国語の授業でとある和歌が出たんだ。



 ――願はくは 花の下にて 春死なむ その如月の 望月のころ



 オレの苗字は如月で、だからそれが二月を指す言葉だというのは知っていた。

 だが、だからこそ困惑した。

 この場合の花というのは桜のことだという。

 だが、二(・)月(・)に(・)桜(・)が(・)咲(・)い(・)て(・)る(・)も(・)の(・)だ(・)ろ(・)う(・)か(・)。

 そう先生に質問した。

 先生は笑って答えた。


『如月は確かに訳せば二月ではあるが、現在の暦に直すにはプラス一か月くらいする必要があるのだよ』


 そしてさらに続けた。


『だから君の如月という苗字も、二月と訳すと寒く思えるが実際にはもっと暖かい言葉なのだぞ』


 それを聞いて、オレは自分の苗字が前より少し好きになったのだ。


「――思えばなんとなく似てるな、先生とウィスタリアさん」


 姿かたちではなく雰囲気が。

 それと『知らない知識を知る喜び』を与えてくれるところとか。


「ううむ、ウィスタリアさんのことを思い出したら余計にAWAに潜りたくなってきた――」


 手を握ったりひらいたりする。

 刀を差していない腰のあたりが軽く、頼りなく感じてしまう。

 禁断症状のように存在しない刀の柄を掴もうとしたとき、背後に慣れ親しんだ気配を感じた。

 振り返ればよく知る顔。


「よお、ハッス」

「おはよう、ヒバ」


 我が親友にして相棒、小鍛冶火花だった。


「RAINの返事なかったけど、アレはハッスだったよな?」


 ああ、ツブヤイターの件か。

 そういえば返事してなかったな。


「そうだよ」

「くわー……先にプレイしててくれとは言ったけど、まさか一日二日で有名人になっちゃうとは思わなかったぜ」

「別にそこまで――でもあるか」


 10000イイネだもんな。

 オレが今までもらったイイネ全部足してもまるで足りない。


「まあ、オレのことはいいだろ。ヒバは今日からプレイできそうなのか?」

「おう。行ける行ける。もうダウンロードも済ませたから、帰ったら速攻起動できるぜ」

「そりゃ頼もしい」

「で、どうなのよ実際。マジもんの神ゲーなのか?」

「マジもんの神ゲーだよ」


 オレが即答すると、ヒバは安堵の息を漏らした。


「はー、よかったよかった。ナナセの評価が高かったからハズレはないなと思ってたけど、それでも無名の会社が作った最初のゲームだからなー」

「あれが最初のゲーム――?」


 緻密で完成された現実のようなグラフィック。

 今までのゲームがおもちゃに思える物理演算。

 信じられないほど自然な受け答えをするNPC。

 ……あれらを下地もなしにいきなり作ったっていうのか。


「そうだよ。そのせいで、口コミやレビューの星は評価高いけど実際の販売数やプレイヤー数はまだ全然少ないらしい」

「ふーん……あれだけのゲームなのにな。もったいない」

「ほんとに気に入ってるんだな、ハッス」

「お前もやればわかるよ」


 思うとおりに体が動いて、現実ではありえないものとも戦える体験。

 あれはなにものにも代えがたい。

 それに出会うヤツみんな個性的だけどいいヤツだし――


「あ、それで思い出したんだけど」

「なにをさ?」

「オレ、クランに入ってるんだが、ヒバはどうする?」

「珍しいな。ハッスはいつもソロ専なのに」

「いやまあ、そうなんだけど――ちょっとおもしろい人に会ってな」


 ウィスタリアさんを表す言葉として最初に自然と出てきたのが『おもしろい』だったことに、自分でも笑ってしまう。


「で、クランの人数的にもう少しいればクランホームが開放できそうなんだ。よければヒバにも入ってほしいし、攻略にも協力してほしいんだけど」

「ふむ。まあ入るのは別に構わないぜ。けど、俺の最優先はハッスに刀を打つことだからな。どうしたって生産優先になる。攻略にまで付き合えるかは約束できないな」

「もったいない。ヒバの強さなら相当無双できるだろうに」


 ヒバも子供のころから七星神流を習ってきた剣士だ。

 直接技を比べればオレの方が強いだろうが、身長や筋力は明確にオレより高い。それらを加味するとゲーム内ではオレと同じくらい戦える可能性だって――


「ハッス。刀鍛冶が剣術を修めるのはあくまで作品のためだよ。敵を斬るためじゃない。刀のためなら敵を斬るけど、敵を斬るために刀を振るうことはない」

「……そうだったな」


 それが小鍛冶家のモットーであり、ヒバのプレイスタイルだったな。

 よくないぞ如月蓮巳。人のプレイスタイルは尊重しろ。ゲームは楽しく遊んでこそだ。


「じゃあヒバには予定通りオレの武器を作ってもらうか」

「おう、任された。まずは今日一日でAWAの生産システムを把握してみるぜ」


 やる気満々の相棒に「頼む」と声をかけ、正面を向く。

 そこにはすでに巨大な学び舎の姿がある。

 いつの間にやら学校前まで到着していたのだった。


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