47:火山地帯
――ああ、もうすぐ終わる。
どんなものにも終わりがある。
明けない夜はなく、止まない雨はない。
どんな行程も続ければ終わりが見えてくるものだ。それは本来であれば喜ばしい例えなのだろうが、今このときのオレにとってはそうではなかった。
それはたぶん同行している山風とシスターも同様で、先程から足取りが少し重い。わかっているのだ。この先に待つものがなんであるか。
この奇岩渓谷を抜けた先に待っているのがどういうエリアなのか。
そんな我々の中にあって、ただ一人足取りの軽い人物がいた。
ウィスタリアさんだ。
彼女は渓谷の終わり際、草が生えているギリギリこっち際に立つと、オレたちに向けて宣言した。
「さあ諸君。ここから先は火山地帯だよ」
「と、いうことはつまり――」
「うん。待ちに待った水着の時間だ」
「……ですよね」
オレは息を吐く。
そして装備を着替える。和服の防具から水着装備に。
オレはウィスタリアさんとは違うので、仲良くなったばかりの山風とシスターに上裸を見せつける趣味はない。ないのだが――ゲームシステム上、酷暑状態を無視して進むことはできないので、これはもうどうしようもないのだ。
切り替えた装備が反映され、涼しい感覚に包まれたところで他のメンバーを確認する。ウィスタリアさんはいつもの黄色ビキニ。シスターは意外とフリフリの多い黒水着だ。顔はヘッドドレス式の黒ベールで半分隠している。
山風は――紫の海パンに紫の布マスクか。
いや、というか、それよりも――
「――めっちゃ細いな、お前」
思わず口に出してしまった。
忍者装束を脱いだ山風は、オレが服の上から想像していたよりもずっと小柄で、細く、幼く、瘦せた少年だった。
「もしかして年下――というか、中学生か?」
「それを聞くのはさすがにマナー違反でござるよ」
「いや、そうだな。すまない。ちょっと衝撃的でな」
装束を脱いだ山風は、もじゃっとしたくせ毛の美少年だった。まつ毛はバチバチだし、色白だし、水着で上半身が裸でなければ女の子だと勘違いしたかもな。
コテコテ忍者の中身がこれとか、誰が想像できるんだ。
「シスターさんは知ってたんですか、山風のこれ」
そう訊ねたが返事がない。
怪訝に思って振り返ると、彼女は石のように硬直していた。
口を半開きにして、数秒経っても動く気配がない。
「あ、あれ。おーい」
顔の前で手を振ってみる。
と、そこで再起動がかかったように動き出す。
「あ、いえ。知りませんでした。知りませんでしたよ、山風。貴方がそんな、その、あれだなんて」
どうやら言語野はまだ再起動中らしい。
しばらくまじまじと山風を見つめ、それからオレのことも見て、一人うんうんとうなずいた。
「いいですね。とてもいいです。あ、私は最後尾を行きますので、どうか気にせず先に進んでください」
オレと山風は顔を見合わせる。
「だいぶ様子がおかしいでござるな」
「山風から見てもやっぱそうか」
「ちょっと見たことない感じでござるよ」
「ううむ……」
様子がおかしくなったパーティメンバーに、どう対応するか二人で悩む。
「もー、何をしてるんだい。そろそろ行くよー」
「あ、はい。わかりました」
しびれを切らしたウィスタリアさんに急かされて、オレたちは火山地帯へと足を踏み入れる。シスターのことはいったん放置だ。
エリアが変わる。
周囲から植物の姿が完全に消え、むき出しの地面がオレたちを出迎える。土は赤く、地熱を帯び、ときどき蒸気が噴き出してくる。ごろごろとした赤い岩が転がり、ときどき赤熱するように明滅する。
そんな地獄めいた景色の中を進んでいく。
「――山風、ハスキーさん。私から一つ、お願いがあるのですが」
しばらく進んでいると最後尾から声をかけられる。
歩いているうちに正気に戻ったのだろうか。
「なんです?」
「スクリーンショットの許諾をいただきたいのですが」
「オレたちの?」
再び山風と顔を見合わせる。
「拙者は別に構わんでござるが」
「オレもまあいいですけど」
答えて、ゲームウィンドウを開く。
以前ウィスタリアさんの水着姿を撮らせてもらったときに教えてもらったのだが、このゲームではただスクリーンショットを撮っても人物は黒塗りになってしまうらしい。
これを避けるためには設定で相手のスクリーンショットに映ってもいいという許諾の設定をする必要があるのだ。
「許可対象、『シスター・メイガス』と」
「ありがとうございます。ではどうぞ、気にせず進んでください」
「え、もう撮ったんですか?」
「いえ。道すがら撮るので、お気になさらず」
「????」
困惑するオレを見てウィスタリアさんが声を殺して笑った。
それから小声で耳打ちしてくる。
「以前小耳に挟んだんだけどね、シスターの趣味は犬ケツとハムケツの写真を集めることらしいよ」
「オレは犬扱いってことですか……」
まあ犬耳キャラメイクしてるし名前はハスキーだけどさ。
となると山風はハムスター扱いされてるのかな。首をかしげる彼に真実を告げるべきか悩ましいところだ。
そんなこんなで、背後からの熱視線を感じながら進み続けた。
今のところ、道中は順調でモンスターの姿も――
「――む」
気配を感じ刀の柄に手を置く。
進む道の先、前方二十メートルくらいのところに黒っぽいウサギがいる。
頭には細くねじれた角が生え、背中には申し訳程度の翼が生えている。
「ツノウサギ?」
「の一種だね」
モンスターネームはヴォルパーティンガーか。
聞いたことないな。
「ツノウサギってそんなに色々いるんですか?」
「いるよ。有名どころだとアルミラージにジャッカロープ、ラッセルボックとかかな。特にドイツに多いとされているね」
「ほほう。博識でござるな、ウィスタリア殿は」
後ろから感心したように混ざってきたのは山風。
彼の手にはすでにクナイが握られていて、その目は油断なくウサギをターゲティングしている。
「せいっ――!」
投擲。
六本のクナイはすべてウサギの頭部に突き刺さって体力バーを全損、少し遅れてグラフィックが爆散した。
その場には角と羽が数枚ドロップアイテムとして残される。
「お見事」
「まあヒュドラ戦でレベルも上がったでござるからなー」
後ろからパシャパシャとスクリーンショットの音が響く。
山風の雄姿を撮影しているのかな、と思ったが、どうにも焦点は尻にあっている気がする。
……大丈夫なのか、あれは。許可した手前何も言えないけど、何らかのハラスメントに該当するんじゃないのか。
しかし山風もウィスタリアさんも気にする様子はない。
粛々とドロップ品を回収している。
「というわけでさっきのヤツがヴォルパーティンガー。角、羽、牙の欲張りセットを持つドイツのツノウサギだよ」
「ヴォーパルバニーとは違うんですか?」
名前も似ているし、あれもウサギのモンスターだ。
そう思ってついでに聞いてみる。
「うん。完全に別系統のモンスターだね。ヴォーパルバニーはカルバノグの洞窟に棲むという殺人ウサギをモデルにしていて――」
なんて話をしながら歩いているうちに、妙なものが視界に入った。
視界の先。切り立った崖の下。草木が一本もない灼熱の山々に囲まれたその盆地にあったのは、桃色の半透明なドーム。
そのドームの中には高い壁があり、建物があり――つまりは街があった。
「ああ、もう見えるとこまで来たね。あれがマルシスだ」
「あのピンクのドームは?」
「聖獣の都市封鎖だよ。なんびとも超えられない絶対的な障壁だ」
へえ。解放前はあんな風に物理的に封鎖されてるのか。
てっきり聖獣が道を塞いで通行止めしてるくらいのイメージだった。あれじゃ確かにアイテムの輸入輸出はできないよな。
「そしてあの街の向こうが次の目的地――古王の墓標だね」
「ということは次の狙いはスフィンクスですか?」
パシャパシャとスクショ音を響かせながらごく自然に会話に混ざるシスター。
「うん。二人には言ってなかったね。そうだよ、次は第四の聖獣スフィンクスを倒す。明日には私の友人も合流できるから、詳しい話はそこでかな」
と、そこでシスターはスクショの手を止め、悲しそうな顔をした。
「申し訳ないのですが、私平日はほとんどプレイできないので、金曜日まではいないものと思っておいてください」
「ああ、そっか。明日は月曜日だね。山風くんとハスキーくんは?」
「拙者はたいてい暇してるでござるよ」
「オレも大丈夫です。19時以降なら」
「そっか。ううむ……ヒーラーがいなくなるのはちょっと痛いけど、やれるだけはやってみようか」
気がつけば高度は下がり、盆地の近くまで降りてきていた。
そして目前にはもはや見慣れたアライバルオーブ。オレたちは順番にオーブに触れて開放していく。
『新しいアライバルオーブが登録されました』
「みんな今日はありがとう。おかげでスムーズにここまで来られたよ。ヒュドラ戦で疲れてただろうに、悪かったね」
「いえ。私たちはそれほど。主に戦っていたのはハスキーさんでしたし」
「いやいや。山風とシスターさんのおかげですよ」
「私なんか回復飛ばしてただけです」
「それを言ったらオレなんか剣をぶんぶんしてただけです」
「譲り合い宇宙でござるなー」
「はいはい。仲がいいのは結構だけどこのままだと終わらないから、みんなえらいってことで解散するよー」
ウィスタリアさんが手を叩き、その日はお開きとなったのだが。
「ハスキー殿。もう落ちるでござるか?」
「いや。少しカエルを狩ってから寝ようと思う」
ヒュドラのせいで『跳躍強化』の取得が途中になってるからな。
「だと思ったでござる。拙者も付き合うでござるよ」
「む。そうか。頼む」
「では沼地のアライバルオーブに――」
「――待った」
アライバルで飛ぼうとする山風を呼び止める。
「なんでござるか?」
「服、服」
「服? ――あ」
というわけで。
すんでのところだったが、水着で狩場に飛ぶことは未然に防ぐことができたのだった。
なんだか急にPVやブクマが増えてドキドキしています
ありがとう!!




