44:VSヒュドラ・後編
山風は枝から枝へ跳んでいる。
ただの跳躍だけでなく、時折大車輪のように回転して遠心力で跳ぶ。なるほど、あれなら筋力だけでは届かない場所へも飛び移れる。猿飛の術ってやつかな。
そんな山風を見つけ、いくつかの首が彼を狙う。
襲撃。身を捩って避ける。迫撃。手でいなして上に飛び乗る。攻撃。四本のクナイを目に当ててのけぞらせる。
のけぞった首がのたうちながら近づいてくる。
好機だ。赤熱する刀を抜いてこちらからも近づく。
「――木々乃霊の太刀」
両断。
む。手応えがさっきと比べて少しだけ軽い。もしかして弱点属性か。
傷口もしっかり焼けている。が、わずかに血が飛び散り体にかかった。
「『アンチドートミスト』!」
解毒の霧が周囲を満たす。ありがたい。
「よし、次」
地を這いながら下から山風を狙う首があった。
そこに即座に走り寄る。
山風はヒュドラの攻撃を避け続けている。それによってやっきになったヒュドラのヘイトを一身に集めている。理想的な回避盾の立ち回りだ。
「木々乃霊の太刀」
地を這う隙だらけの首を側面から接近して両断。
二本目の首を断つ。
「次!」
首の一つが山風のいる木を打ち倒した。
そして飛び移ろうとする先の枝を噛み砕いて妨害する。
このままでは地面に落ちる――と、そう思った瞬間。
「『ウィンドクッション』」
空中に緑色の風球を作り、それを踏んで高く飛び上がる。
そうだった。山風は魔法剣士だった。いや、魔法忍者か。
山風が落ちてくると予想して下で口を開けていた蛇頭が二つ、致命的な隙を晒す。
「木々乃霊の太刀」
三本目と四本目の首を断つ。
「次!」
ついにこちらを脅威と認識して向かってくる首が出始めた。
首の振り分けは山風に二本、オレに二本か。
なら――問題ない。
「木々乃霊の太刀――枝分かれ」
蛇頭が到達する直前に逆袈裟斬りを放ち、その勢いのまま地面スレスレまで倒れ込む。二本の首がオレの体の上を通過する。そこを狙って倒れかけたコマのような姿勢でニ回転。
五本目と六本目の首を断つ。
大量の血が雨のように降る。
逃れようもなく毒になる。しかし次の瞬間には、
「『アンチドートミスト』『ヒール』!」
シスターのおかげで回復する。だから――
「次ッ!」
眼の前に首が倒れてくる。
その目の周りは赤くなっている。さらにガガガガン、ガガガガンと打撃音が続く。山風のクナイだ。それが幾度となく投げつけられている。蛇にはまぶたがないので目を閉じることもできないのだろう。避けようと首を振っているが、クナイはそれを追尾するように正確に眼球を打ち続ける。
「木々乃霊の太刀」
そうして怯えるように暴れる七本目の首を両断する。
「はあ、はあっ――次ッ!」
一本の首がオレの頭上で止まる。
ざっと八メートルくらいか。刀の届かぬ間合いから降りず、口を開いて紫色の液体を吐き出す。飛び退いて避けるが、構わず追ってきて一方的に攻撃をされ続ける。
木を頂点まで登っても高さが足りない。山風がクナイを投げているが、真上への投擲では威力が出ない。攻撃というのは上から行うほうが圧倒的に有利なのだ。
それなら――
「山風、さっきの風球を頼む!」
「心得た。『ウィンドクッション』」
オレのやりたいことを汲んでくれた。
設置場所もばっちりだ。地面に置いたんじゃ届かない。空中だ。そこがいい。
オレは木の幹に足をかけて跳び、隣の木の幹に足をかけて跳び、徐々に高度を上げて――そして空中に設置された風の球を踏む。
跳躍。
高く、より高く。
ヒュドラの首よりも高く。
足場がない状態で斬鉄をするのは難しい。地面の力を借りられないなら、他の力を用意するしかない。
「――『落下制御』」
刀を構え、落下速度を最大にする。
そう決めた刹那ぶわっと視界が霞み、次の瞬間には爆音と共に着地した。
足に痛みが走り、地面がくぼみ、周囲に泥水が撒き散らされる。
「『ヒール』!」
かなり減っていたオレの体力が全快する。
そして眼の前に転がっていたヒュドラの首が光の粒子になって消えていく。
手応えも何もなかったが、八本目の切断に成功していたらしい。
「それじゃあ次――残る一本だ」
「注意めされよ。残った中央の首、あれは結局最後まで一度も攻撃に参加していないでござる」
「そうなのか? それなら逆にあれが弱点の可能性もあるんじゃないか?」
攻撃されるのを恐れて出し渋っていたとか。
「それならいいでござるが――」
「――わかった。最大限警戒して行こう」
告げて、オレたちはヒュドラと距離を詰めていく。
ヒュドラの体力は残り二割くらいだ。
いける。倒せる。
確かに信じられないほど強かったが、それでもここまで来たのだ。
一緒に戦うことを選んでくれた二人のためにも――仕留めさせてもらうぞ。
そのまま警戒しながら近づいてく。動きはない。
近づく。動きはない。
近づく。まだ動かない。
近づく。そこでついに反応があった。
胴体の目と鼻の先――そこまで来てようやく首が動いた
残された最後の首が威嚇するように口を開き、上から突っ込んでくる。
「木々乃霊の太刀」
明火焔の赤熱した刃はぬるりとヒュドラの首を通過する。
驚くほどあっけなく、最後の首は切断された。
どーんと重たい音がして、首が目の前に落ちる。
小さく息を吐き、オレは最後に残った胴体に向かおうとして――
『シャアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
「――ッ!?」
ギイイィィィィィィィイイン!
噛みついてきた首の攻撃を、かろうじて受け止める。
「首が――首だけで動いてる? これはいったい――」
「ハスキー殿、援護するでござる!」
ガガガガンとクナイがぶつかる音がする。
だが、首は全く動じない。というか、これ――
「落ちた首に体力バーがある――」
意味不明だ。
だが、状況を飲み込めなくても、オレの体はいつも通りに動いた。首に向けて斬撃を放つ。首の体力バーが減り――しかし一瞬で回復する。
「っ――木々乃霊の太刀!」
渾身の斬撃。
だが、体力バーは瞬時に回復し、まるで減らない。
「疾風霊の太刀――もダメか!」
刺突も、えぐりこみも、斬撃も意味をなさない。
山風のクナイも、刀による攻撃も、意に介していない。
傷もつかない。落ちた首にはもう破壊可能部位がないのだ。
首が毒を吐く。
一帯が毒まみれになり、即座にシスターが魔法を唱える。
「『アンチドートミスト』!」
魔法を使った瞬間、首はシスターの方へ走り出す。
オレは慌ててそこに割って入る。
「く、そ――!」
首の力は強い。
オレより遥かに大きくて重量があるから当然だが、ずりずりと押されていく。側面から山風が攻撃しているが、やはり瞬時に体力が回復してしまう。
「なんでござるかこれは、もはやバグなのでは!?」
「オレもちょっとそう思ってきた――」
暴れる首の叩きつけを食らって体力がミリまで減り、それをシスターが回復してくれるが、こちらだけが一方的にリソースを消耗している。
さらに追い打ちをかけるようにオーバーリミットの効果時間が終わり、反動ダメージが来る。流れが悪い。いや、さっきの体力ミリのときに来ていたら終わっていたので運はいいのか。
だがそんな風には思えない。前向きになれない。
「何かないのか、何か――」
何かが欲しい。状況を打開する、起死回生の一手が。
だがそんなものがどこにある。
いったいどこに――
『フレンド:ウィスタリアがログインしました』
そのメッセージが見えたとき、オレは即座に通話ボタンを押していた。
「ウィスタリアさん! ヒュドラの倒し方を教えてください!」
『ヒュドラ? まさかヒュドラと戦っているのかい? 相変わらず無茶するねえ』
呆れたような、でもどこか嬉しそうな、いつものウィスタリアさんの声。
『私はこのゲームのヒュドラと戦ったことはないから、あくまで神話での話になっちゃうけど』
「構いません! ヒントが欲しいんです!」
『ヒントになるかも保証しないけどね』
首の熾烈な攻撃を捌きながら、彼女の声に耳を傾ける。
『神話に曰く、レルネーのヒュドラの不死性には二つの秘密があったという』
「二つ――」
『うん。一つは切断しても倍になって再生する首。この問題について、英雄ヘラクレスは従者に傷口を焼かせることで対処した』
「じゃあ、もう一つの秘密は――」
『もう一つの秘密は、ヒュドラの中央の首だけは不死であり、切断しようが何をしようが決して殺せないというものだ』
――ビンゴだ。
「それです! その、ヘラクレスはどうやって倒したんですか!」
『くふふん。そう難しいことじゃないよ。ヘラクレスは不死の首に重石を乗せて動けなくし、その間に胴体の方をズタズタになるまで攻撃したんだ。そうやって彼は不死のはずの怪物にトドメを刺した』
「胴体――そうか」
逃げもせず、攻撃もしてこない胴体。
よくよく見ればあちらには首とは別に体力バーがある。
「山風、少しの間でいい、この首の動きを止めててくれないか」
「動きを――でござるか?」
「ああ。コイツは倒せない――いや、倒さなくていいんだ」
「よくわからんが、そういうことならお任せあれ――『影縫い』!」
山風が地面に向けてクナイを投げる。
瞬間ぴたりと首の動きが止まった。山風はそれでもクナイを投げ続ける。首の影がクナイまみれになってゆく。
「シスターさん、引き続き体力管理お願いします。オレは攻撃に全振りします」
「何か策があるのですね。わかりました」
「頼みます」
そうしてオレは胴体の真下まで近づく。
見上げるほどの巨体。10メートル以上はある。何本もの蛇を束ねたようなその胴体に足はなく、代わりに地面について体を支える平たい尻尾のような部分がある。
近づいても攻撃はしてこない。
まあ目も脳も全部首の方にあるのだとしたら、こっちにあるのはただ生命を維持する機能だけなのだろう。
そしてそれを破壊することこそが、不死の怪物を倒す唯一の手段――
「――木々乃霊の太刀」
胴体を斬る。
破壊可能部位ではないから傷は残らず、けれども毒血は吹き出す。
ダメージ量は――駄目だ。残り体力の百分の一以下だ。これじゃ時間がかかりすぎる。いくら山風でも、そこまで長時間あの首を押さえておけるとは思えない。
どうすればいい。
どの技をどういう風に使えば一番ダメージが出るんだ。
雷霊か、疾風霊か、水霊か――いや、そうか。
「――選択肢はただ一つ」
刃を返し、棟を構える。
この明火焔で斬り込めば鉄の表皮を斬って通過してしまう。それでは駄目だ。適さない。
けれど、当てるのが棟ならば弾かれる。
弾いてもらえる。
「七星神流が四星――蛇霊の太刀」
一撃目が弾かれる。
弾かれることによって反対側に加速し、倍の力になった二撃目が放たれる。
二撃目が弾かれる。
弾かれることによって反対側に加速し、倍の力になった三撃目が放たれる。
三撃目が弾かれる。
弾かれる。
弾かれる。
だが、弾かれるたびに威力を増し、ダメージが加速してゆく。
胴体の体力がゴリゴリと目に見えて減ってゆく。
「これで――終わりだ」
最後の一撃。
胴体の体力バーが尽き果て、同時に後ろで蛇の断末魔が聞こえた。
振り返れば最後の首の体力バーが消え、光の粒子になるところだった。
安心して胴体に向き直る。
そうしたら――胴体の形が変わっていた。
「――――え」
ぶくぶくと胴体が膨らんでいく。
いくつもの球体を詰め込んだように、内側から何かが弾け出すように。
これから何が起きるのかは、火を見るよりも明らかだ。
胴体が破裂して、最後の毒血攻撃が放たれる。
そしてたぶん、それを食らったら死ぬだろう。少なくとも山風とシスターは。
――瞬間、オレは走り出した。
座り込んでいた山風の首根っこを掴んで、驚いた顔のシスターの脇に腕を差し込んで、二人を引っ張って逃げる。
だが足場が悪い。それ以上に時間がない。逃げ切れない。間に合わない。
「くうっ――おおおぉぉぉぉぉぉぉおおおッ!」
走る。全力で走る。胴体から離れるために走る。だが。
ダメだ。間に合わない。間に合わない。間に合わない――
「『ダイヤモンドウォール』」
聞き覚えのある声が響いて。
液体が弾ける音がして。
けれどもオレたちに毒は飛んでこなくて。
「やあやあ。どうやら間に合ったようだね」
振り向けば、そこにあるのは見慣れた姿。
まるで何でもないことのように、頼もしい魔法使いが立っていた。
『ワンダーボス『ヒュドラ』を撃破しました』
『撃破パーティのメンバーは『ハスキー』『山風』『シスター・メイガス』です』
『ワンダーボスの討伐により、一部の地形に変化が起こります』
『限定スキル『ナインライブズ』のスキル取得条件を達成しました』
『このメッセージは五分後、ワールドアナウンスにも流れます』




