43:VSヒュドラ・前編
白銀に輝く蛇頭の一本が、舌を出しながら降りてくる。
向こうがこちらに気づくのは時間の問題だ。
それなら今このとき、先制攻撃の機会を失うべきではない。
「――行くぞ」
「了解でござる」
「いつでもどうぞ」
二人の返事を背中で聞いて、オレは跳ぶ。
近くの木の幹に足をつけ、思い切り摩擦をかけてさらに上に跳ぶ。
『シュルルル――!』
ヒュドラの頭がこちらを向く。
気づかれた。
だがもう遅い。
お前が口を開くよりもオレが抜く方が速い。
「――雷霊の太刀」
ギィィィィィィィィィィン!
叩き斬るつもりで放った抜刀斬りは、しかし重い手応えと共に弾かれた。
体力バーの減りもほとんど見えない。
「なるほど、強い」
ガパリと口を開けた蛇頭の噛みつきを、刀を叩きつけて防ぐ。
しかしぶつかった結果弾き飛ばされたのはオレの方で、攻撃自体は防げたものの空中で無防備になり、そこに別の首が迫ってきて――
ガガガガッという連続した衝突音が響き、襲ってくるはずだった首がのけぞる。
その顔面からバラバラと落ちたのは山風のクナイだ。四本一気に投げて全てを一点に命中させたらしい。
「助かっ――」
た、と言おうとしたところで、首が四つ突っ込んでくるのが見えた。
「ぬおっ――!?」
一つを刀で弾いた。一つを身をよじって避けた。
一つが山風のクナイを受けてのけぞった。
さらに空中に浮いたまま近くにある木の枝に手を伸ばして掴まり、一つを躱した。
瞬間一帯に影が差し――
「ぐうぉ――っ!」
上から新たな首の突撃を受け、地面に叩きつけられた。
オレの体力がすごい勢いで減少し、わずか8を残して止まった。
「『ヒール』!」
シスターから回復が飛んできて体力が全快する。
しかし――
「……やばいな」
レベル34のオレでこれなら、たぶん他の二人は一撃でも受けたら即死だろう。即死級の攻撃が最大で九連続で襲ってくるわけだ。
しかも表皮は鉄みたいに硬く、先程のやりとりでもまったくダメージが入っていない。
「嫌になるほど硬いでござるなー」
「ああ。だが大丈夫だ。次は斬る」
鉄と同じくらい硬いのなら鉄を斬るつもりで斬ればいい。
とは言え、足場のない状態だとさすがに少しきついか。空中で斬れるのはせいぜい石までだ。であれば、取るべき手段は地上での迎撃。
「――迎え撃つ」
体をねじる。膝を曲げる。泥の地面を踏みしめて、硬い土の層に届くまで足を沈める。
肉体の、力を溜められるすべての箇所を利用する。
九つの首たちの攻撃範囲は広い。どこからどいつが来るかも重要だ。
観の目強く、見の目弱く。
首の一つ一つに集中するのではなく、すべてを俯瞰する。
――攻撃が来た。
左端の蛇頭が上から迫ってくる。大口を開け、長い牙を見せつけるように。
それに合わせてオレは仰角を調整し、溜めに溜めた力を解放する。
「――木々乃霊の太刀」
斬撃。
十分に遠心力が上乗せされた刃は鉄の表皮を斬り裂き、柔らかな肉を切り開き、勢いそのままにヒュドラの首を両断する。
――まだだ。
放った斬撃の勢いで今度は逆方向に体をねじる。
骨格がミシミシと悲鳴をあげる。およそ普通の人間ならば生涯使うことのない体の駆動。だがそれでこそ、常軌を逸した身体操作だからこそ、威力が得られる。
近づいてきたニ番目の首を両断。
再度体を逆にねじる。ゲームで軽減されているはずの痛みが激痛と呼べるまでに到達する。だが緩めるな。敵はまだ来ている。
すべてを解放し、刀を三本目の首に当てる。わずかな抵抗感。構うことなく体捌きで刃を沈め、三本目の首を切断する。
「か――はあっ」
不自然な体勢で狭窄された肺に空気を送り込む。
追撃は来ない。さすがの怪物も首を三つも落とされ警戒しているのか。そう思っていたのだが――ヤツの意図は違ったらしい。傷口を見せつけようにこちらに向ける。
その傷口から紫色の血が噴き出し、その飛沫が体に届く。
瞬間、猛烈な速度で削れていくオレのHPバー。
「な――」
さらにそこに放たれる新たな二つの首の追撃。
「ハスキー殿!」
「『アンチドートミスト』!」
山風の攻撃が首の追撃を阻止し、シスターの魔法がオレの周辺に霧を生み出し、状態異常が解除される。
「すまない、二人とも」
「いやいや、大金星でござろう。ヒュドラの首を三つも落とし、体力バーもあそこまで削れているでござる」
言われて確認すると、確かにヒュドラ本体の体力バーが三割ほど削れている。
切断されたヒュドラの頭も光の粒子となって消えていく。
「これなら、このまま行けば――」
ずるり、と音がした。
音の方に視線を向ける。発生源はヒュドラの首の断面だった。そこが盛り上がり、そのまま新たな首が生えてくる。
「な、な、な――」
言葉に詰まっている山風。
ああ、オレも同じ気持ちだ。
信じられるか、一度減った体力バーまで全快してるんだぞ。
「――なるほど、こうなるのですね」
そんな中で唯一シスターだけが冷静だった。
「知ってたんですか?」
「いいえ。でも伝説でもヒュドラはこういう能力を持っているのです」
「ならシスターは知っているのでござるか、ヤツの退治方法を」
「有名なお話ですよ。逆に知らないのですか、山風」
「ええと――首全部に酒を飲ませてその間に倒す――でござったかな?」
「それはヤマタノオロチです」
ああうん。そっちはオレも知ってる。
「伝説では確か、傷口を松明で焼いて再生を防いだはずです」
「……この中で松明を持ってる人は?」
「申し訳ない」
「さすがに持っていませんね」
「じゃあ火属性魔法が使える人は?」
「拙者風属性でござる」
「私は水属性です」
「……詰んでるじゃないか」
思わず天を仰ぐ。
それでちょうど上から来ていた首の攻撃に気づくことができた。
「――上だ!」
即座に告げる。
おかげで全員その場から飛び退き、無事避けられた。
距離が空いたせいでヘイトが切れたのか、次の攻撃はない。
とはいえ――
「どうやら打つ手なしか」
「――いや。手がないわけではないでござるよ」
飛び上がった木の上から降りてくる山風。
「何か方法があるのか?」
「これを」
山風がストレージから取り出したのは一本の刀だった。
青い鞘に赤い柄で、刀身には反りがない。いわゆる直刀だな。
「拙者の虎の子、愛刀『明火焔』でござる」
差し出された刀を受け取ると、詳細が表示される。
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【直刀・明火焔】
鋼に竜の古鱗を混ぜて打たれた直刀。
鞘から抜くと、刀身が赤熱して斬った相手を炎で包む。
属性:火 耐久力:200 レアリティ:B
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確かにこれで斬れば傷口を焼くことができそうだ。
「けど、それなら山風が使えば――」
「そうしたいのは山々でござるが――残念ながら拙者に斬鉄は無理でござる」
山風はそう言って少し寂しげに笑った。
「ゆえに我が愛刀、ハスキー殿に預けるでござるよ」
「わかった。ありがたく借り受けよう」
「ハスキーさん、私からもこれを」
「む――」
後ろの方からシスターが投げてきたものを受け取る。
青い瓶だ。アイテム説明は――
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【アジリティポーション】
レアリティ:B 種別:消費アイテム
宝箱から稀に出現するポーション。
10分間AGIの基礎ステータスを+5する
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「どうぞ役立ててください」
「ありがとうございます。使わせてもらいます」
見るからに貴重そうなアイテムだが、勝算があると信じて出してくれたのだ。使わないほうが失礼に当たるというものだろう。
さっそく飲み干す。
体から一瞬青いエフェクトが出て、体のキレが増した感じがする。この感覚、『オーバーリミット』を発動したときに似てるな。
……そういえばさっきはアーツの類を使い忘れていた。
今のうちにかけておこう。
「『オーバーリミット』」
さらに感覚が研ぎ澄まされ、全身に力が充足していく。
「拙者は可能な限り囮役をするゆえ、ハスキー殿はその間に隙のある首の切断を」
「私は体力管理と毒対策ですね」
「オレは攻撃担当だな。――よし、じゃあ行くぞ」
告げると同時に、各自自分の立ち位置に向けて移動する。
後方に下がるシスター。
木の枝に飛び上がる山風。
そしてオレは、山風とヒュドラの両方を視界に収めながら少しずつ前進する。
――さあ、すべてはここからだ。




