40:水の街メルクリア
第二拠点街、メルクリア。
別名を『水の街』。
そう聞いてオレが思い浮かべたのはヴェネチアだった。
と言っても行ったことはないのでイメージでしかないが。曲がりくねった水路が街中を走ってて、背の高い建物がところ狭しと並んでて――とかまあ、そんな感じだろうと。
でも、実際に来てみたら全然違った。
水路は直線で街を仕切るように流れているし、街路樹に柳や松が植えられているし、建物は漆喰の白塗りで背も低い。
だからヴェネチアというよりは――
「――江戸っぽい?」
「で、ござるよなー」
山風も同意した。
「故に拙者、ここに来ると妙に落ち着くでござる」
「確かに馴染んでるな」
本来西洋ファンタジーの世界に忍者はいない。
少なくともこんな忍者装束でコテコテの忍者はいないだろう。もしもアポロニアで山風を見かけたらペンキのシミのように目立つだろう。
けれども、この街には馴染んで見える。
「ジュピトリスはエジプトっぽかったけど、メルクリアは日本モチーフなのか?」
「おそらく。設定的にはイースタン関係なんでござろうが」
「イースタン?」
どこかで聞いた名前だ。
首を傾げたオレを見て、山風が指を立てて方位を示した。
「遥か西にあるらしい街の名前でござるよ」
「イースタンなのに西にあるのか?」
「ゲームの地名に意味を求めても不毛かと」
「……それもそうか」
真実は開発者のみぞ知る。
プレイヤーにできるのは推測だけだ。
「さておき、次はカエル狩りの準備でござるな」
「それも手伝ってくれるのか?」
「ここまで来たら乗りかかった船でござるよ」
ううむ。本当にいいヤツだ。
「で、何が必要なんだ?」
「うむ。まずは腹ごしらえでござる」
「朝飯ならリアルで食ってきたけど」
「いやいや、これも必要な準備なのでござるよ」
「そうなのか」
案内されるがまま近くの店に入る。
おお、室内も和風だ。
行灯の赤みがかった光が部屋を照らしている。
席はすべて四人掛けだな。椅子やテーブルは木製で、ニスを塗って磨いたみたいにつやつやしている。その椅子を引いて席につくと、メニュー画面が表示された。
この場合のメニューというのは設定に関するものではなく料理の品書きだ。
「どれどれ、メニューは――」
もりそば。
かけそば。
冷やしたぬきそば。
そばがき。
そば稲荷。
そば団子。
「……蕎麦屋じゃないか」
「蕎麦屋でござるよ」
「ファンタジー要素はどこ行ったんだ」
「どこかに散歩中でござろうな」
何もそこまで江戸に寄せなくてもいいのに。
「さて、拙者はやはりもりでござるかな。ハスキー殿は?」
「うーん……オレももりかな」
メニュー一覧から品物を選択すると、すぐに机の上に料理が現れる。
漆塗りのせいろにどっさりと盛られたそば。
小皿にこれまたどっさりと盛られたネギとワサビ。
薬味の小皿をどけるとその下には真っ黒なそばつゆ。
さんざん文句を言っておいてなんだが、素直に美味そうだ。
割り箸を手にとって二つに割ると、それを指に挟んで手を合わせる。
「いただきます」
そばをすくい上げてつゆにつけ、ずずっとすする。
ぷつんぷつんと噛み切る感触。口の中に広がる蕎麦の風味。麺は甘みが強いが、だからこそつゆは辛めにしてある。その対比が実にオレ好みだ。
はっきり言ってめちゃめちゃ美味い。
「この店が近所にあったら通うぞ、オレは」
「で、ござろう?」
「ああ。いい店を紹介してくれた」
そばの上にワサビを乗せ、つゆに先だけつけてすする。
喉奥に抜けるそばの風味。
鼻から抜けるワサビの香り。
そして舌の上に残るつゆの出汁。
オレがそれらを噛み締めていると――
「――あら、山風ではないですか」
背後から響く女の声。
反射的に目を向けると、そこには修道女姿の女性が立っていた。
修道服は一般的な黒ではなく水色。顔は半分くらいベールで隠れている。あと、背が高いな。たぶんオレよりも。
「珍しいですね。貴方が誰かと食事をしているなんて」
「人をぼっちみたいに言うのはやめて欲しいでござるな、シスター」
「実際ほとんどソロ専ではないですか」
「うぐっ――まあ、そうでござるが」
彼女は笑って椅子を引き、オレの隣に座った。
座ることで修道服が体にはりつき、彼女のスタイルの良さがあらわになる。
オレは目で山風に訴える。
――知り合いならお前の隣に座ってもらえ。
気まずすぎるから。
「ああ、彼女はシスター・メイガス。クランには所属せずに金銭やアイテムで雇われるフリーのヒーラーでござる」
「どうも。シスター・メイガスと申します」
「ああ、はい。どうも」
彼女が頭を下げたのでオレも下げ返す。
いや、紹介してほしかったのではないのだが。
引き続きアイコンタクトをするが山風には伝わらない。
「それで、山風。こちらの方は?」
「ああ、いや、彼は、ええと――」
「当ててみせましょうか?」
シスターは婀娜っぽく笑った。
「そもそも山風がいつもソロなのは同じプレイスタイルの人間がいないからだと言っていましたね。とすれば、彼もリアルスキルに特化したプレイヤーなのではないですか?」
「うぐっ――」
へえ、なるほど。
山風が良くしてくれるのはそういう理由もあったのか。
「そして以前の貴方の掲示板の書き込みです。出会った人物についてこう言っていました。『彼ならバルトアンデルスに手が届くかも』――と」
「うぐぐっ――」
苦悶の声をあげる山風。
それを見てより楽しそうに続けるシスター。
「最後に目撃報告です。件のプレイヤーは灰色の髪をした男の子である――ここまでくれば頭を働かせるまでもありません。貴方が、ハスキーさんですね?」
「あ、ああ」
肯定すると、シスターは唇の先を吊り上げた。
「それで、ここでそばを食べているということは、カエル狩りですよね?」
「え、まあ、そうですけど――」
自然と年上女性対応モードになって、敬語になってしまう。
ウィスタリアさんより明らかに年上だしな。学生ではなさそう――などと口に出したらとんでもない目に遭いそうなので飲み込んでおく。
「私もご一緒してよろしいでしょうか、ハスキーさん」
「……ええと、山風?」
どうする? という意味をこめて対面の忍者の名前を呼ぶ。
「……致し方ない。腕は確かでござるしな。了承するでござるよ」
「よい判断です、山風。それではさっそく――」
一拍遅れて、ぽーんと小気味いい効果音が流れる。
あわせて表示されるシステムメッセージ。
『シスター・メイガスがパーティに参加しました』




